T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.1 Welcome to T.T.S.  Chapter2-4




「えぇっと、そんじゃ一人二殺って事でいぃな?」


「二殺って言うか二封だけどね」


 制裁を終えた絵美と肺を全換気した男は、階段を下りていた。
 当然だが、絵美は面接を行う事は出来なかった。
 だが、先に面接を終えたと言う男…かなはじめ源曰く、当の面接官は。


「正岡さんね。まあ今回は状況が状況だから面接はなしの方向で行こうか。あ、でもそれじゃあ面接意味なくなっちゃうね。う~ん困ったなあ……。ああ!イイ事思い付いた!!代わりにこの事件を終わらせといて貰おう!!ウン!いいじゃんソレ!!よしそれで行こう!あ、でも彼女一人じゃ大変かもしれないから、一応手伝ってあげてくれる?って事でかなはじめ君よろしくね☆」といった具合に、全く以って無責任この上ない事を言うだけ言ってタイムマシンでご帰還されたらしい。


 何となく絵美もそんな気はしてはいたが、やはり面接官は違う時間の住人の様だ。
 そんな訳で、絵美は何としても事件を解決しなければならない。


「じゃあまぁ、電磁狙撃銃無力化オリエンテーリングって事で」


「……まあ、そうなるけど」


「何だよ?手伝ってやるってんだからちったぁ感謝しろ。弾道解析情報も渡してやったろ?」


「……勿論協力には感謝しているけど……」


 生きているのが不思議な事態に翻弄された挙句、一方的に行動を決めらた絵美は釈然とせず、嫌でも反応が鈍る。
 だが、まだまだトラブルは彼女を離さず、振り回す。
 突然、少女の声が響いた。


「源!!知らない番号から非通知の着信だよ!!」


「……あぁ、来るとすりゃそろそろだと思ったよ……繋げキャッチ


「はーい」


 まだ何かあるのか、とゲンナリする絵美を脇目に、源はゆっくりと手首に目を向ける。
 ノイズ交じりのスピーカーから、強気な変換音声が流れ出した。


〈ゲン…カナハジメ……〉


「ピザを注文した覚えはねぇぞ、何の用だ?」


〈今…戦、C4解除……電磁狙撃銃の効果抑…………貴様の全ての行動…想定外だっ……だが、我等は……負けて…いない。電磁…撃銃の銃把は……我等が握っている…照準…衛星経由に切り替えた…だが貴様…も命は惜しか……そこで取引だ…同志ホセを15分……ロンドン・アイに………来い〉


「あぁ?ノイズで何言ってんだか分かんねぇよ。まぁいぃや、取り敢えず今からお前等潰しに行くから待ってろ。………おい紫姫音、ノイズどうにかなんねぇか?うるさくてしょうがねぇ」


「んー…分かった、やってみる……」


〈何…と?貴様…二…でか?正気か?ま…電磁……銃は……の手に……だぞ?先程はどんな魔法を使ったか知らないが、一個師団率いていようと〉


「これでどう?」


「おぉ、上等上等」


〈……ねえ、聞いてる?〉


「あぁ悪ぃ悪ぃ。続きどぉぞ」


『……何か相手が可愛そうになって来た……』


〈とにかく!!貴様等二人で電磁銃装備四人を相手にするのは不可能だ!取引に応じろ〉


 実の所、それは絵美の懸念事項でもあった。
 本来電磁銃なんて代物は、戦車や装甲車だって火線に置いておきたくない強大な兵器だ。
 そんな物を四丁も持った相手に、たった二人で挑むなんて。


『武勇伝にしても盛り過ぎよ』


 正に狂気の沙汰だ。
 でも、と絵美は源の背中を見る。
 この黒長髪男は、四方から迫り来る電磁銃を捌いて見せた。
 どの様な手段を用いたかは分からないが、絵美自身生きているのだから、それは事実だ。


『でもどうやって?』


 だがその答えは、意外な程アッサリと聞こえて来た。


「Neuemenschheitherstellungplanって……知ってっか?」


 唐突に聞こえて来た耳慣れない言語。
 独語だった。
 通話相手もそれを知っているのか、声が一オクターブ下がる。


〈先の第二次核大戦中、ドイツ連合国が行ったとされる兵士強化計画か?〉


正解ヤー鉄の意志ネオナチが吹かした鼬の最後っ屁、遺伝子レベルで肉体変化を喚起する人体実験だ」


〈…それが何だ?〉


「俺がその被験者だっつったら、お前どぉする?」


〈……〉


「現にお前見たろ?俺が電磁狙撃銃を防いだのよぉ」


〈……嘘だ〉


「はぁ?」


〈国家秘匿の実験被験者が国外に平然と出れる訳がない。研究成果の漏洩は国益に関わる上、人体実験ともなれば倫理上糾弾されるべき点は五万とある筈だ。最悪処分とて辞さないのが普通だと、私は思うが?〉


 その話題には、絵美も覚えがあった。
 まあ彼女が見たのは胡散臭いタブロイド誌の記事なので、信憑性は皆無に等しい物だが。
 それによると、全ては2150年の第二次核大戦直後に起こった。
 21世紀末に起こった第一次核大戦に続き、再び起こった核大戦。
 再び起こった核大戦に、放射線耐性を高めた兵士の必要性を感じたドイツ連合国が、独自に始めた兵士の身体改造計画。
 それが、Neuemenschheitherstellungplanなのだそうだ。
 日本語で“新人類組成計画”と銘打たれたその計画は、陰謀論が過ぎる上、掲載したのがタブロイド誌という事もあって、与太話として扱われた。
同誌は世界初のタイムマシン開発者に隠し子がいた等と吹聴した過去があった為、その記事を信じる者は殆どいなかった。
 だが、今絵美の眼前にいる男は、それが事実だと言っている。
 誰もが鼻で笑う与太話の、被験者だと。
 シレッととんでもない事を言った源は、尚も嘯く。


「俺の言葉を疑うなら、もっかい撃ってみろよ。お前等に殺される俺じゃねぇ」


 この発言には、誰でもない絵美が真青になった。


『ちょっ!!』「ちょっと待って!これ以上私を巻き込まないでよ!!」


 下っていた階段を登ろうとした彼女を、源が小声で引き止める。


「馬鹿、撃って来る訳ねぇだろ!あちらさん逃げ腰なんだぞ!それにもし撃って来たら、ここは崩れる。だったら登ってどぉする!」


『う……確かにそうだけど……』


 今の発言はどうもハッタリに聞こえなかった。
 再び通話に戻った源を見て、絵美は考える。
 正直、彼女はまだ彼を信じられなかった。
 それは、現職たる凶悪犯対策本部で培った警戒心からだ。
 数々の経済協定や戦争、自然災害を経て、日本は犯罪の面でも急速に国際化が進んだ。
 祖国を追われた元軍属や諜報員達の関わった犯罪も増え、組織間抗争はより血みどろで凄惨に、サイバー犯罪はより革新的に、それぞれ進化して行った。
 それを第一線で見て来た絵美だから抱く、人間への不信感。


『一応、警戒は怠らないでおこう』


「まぁそんな訳で、今からお前等全員潰すから覚悟しとけ」


 絵美が訝しむ前で、源は一方的な宣言と共に通話を締め括った。
 そして間髪入れず、彼はWITに向かって別の指令を飛ばす。


「紫姫音、今の逆探知で分かった位置情報。GPSに照合出来っか?可能なら向こぉの端末にヒモも付けて。出来るだけ複雑で緻密なのがいぃ。あ、でも対ハッキングプログラムには気ぃ付けてな」


 即座に、源のWITに少女が現れた。
 腰まで伸びるサイドテールの紫髪に、ワインレッドのイブニングドレスを纏った電子少女は、軽やかな動作で身を躍らせている。


『わあ、かわいい……けど、これってコイツの趣味なのかな?』


 何とも言えない


「知らない!!……さっきこの人のオッパイつかんだ事、忘れないからね!」


「それは私も忘れない」


 紫姫音と絵美は互いの目を見て、頷き合った。
 どんな時代だろうと、恨みを共有する女の結託は強い。
 事の推移を見ていた源が苦笑する中、紫姫音の傍らにポンッとメッセージボックスが現れた。


「位置情報出たよ!!……あれ?えっと……ん?」


「どうしたの?」


 言葉に詰まった紫姫音に、絵美は助け舟を出す。


「……っとね、発信元が……地球上にないの……」


「それはつまり……衛星発信って事?」


「うん、しきねもそう思ったんだけど……」


 そこで途切れた紫姫音の言葉を、源が継いだ。


「Mars Colonyだな」


 コクリと一つ、紫姫音が頷く。
 Mars Colony。
 文字通り、火星上の環境を整えられた居住地区の事だ。
 つまり先の通話相手は。


「火星にいやがんのか……成程、今年は渡航困難周期年だったな」


 苦々しく呟く源を見て、絵美はつくづくツいてないと思った。
 21世紀中頃から始まった火星移住計画は、世紀を跨いで22世紀にようやく完遂した。
 歳月を要した成果は確かにあり、今や火星の惑星地球化値クリアランスは99.8%に達している。
 ちなみに残りの0.2%は火星環境調査用の研究資料区画なので、実質100%と言って障りない。
 百年近く時間が掛かった要因としては、火星地球化テラフォーミングと老朽化した宇宙ステーションの再開発、増設が挙げられるが、何より大きかったのが地球と火星の公転周期差だ。
 その影響は今日に至っても存在し、今年こそがその渡航困難公転周期年だった。
 即ち、火星が太陽の真裏に差し掛かる年なのだ。
 首謀者は、それを織り込んで計画を実行したのだろう。
 それ故、即日の敵組織壊滅は望めなかった。


「まぁでも、これで余計な可能性は潰せた訳だ。今は電磁狙撃銃の鎮圧に集中だな」


「待って、Mars Colonyを回線中継地にしているだけの可能性は?」


「それはしきねも考えたんだけど、ノイズ中和指数がその環境で想定計算した理論値より低かったからないと思う。」


「そっか……」


 機械は真実しか語らない。
 だが、警察官である絵美は敵の力量を考え、“どこか抜け道ないか?”と模索してしまう。
 黙考しようと視線を下げた絵美に、源が補足を差し挟んで来た。


「もし地球発信火星中継の可能性を探ってんなら、そいつぁないから安心しろ。渡航困難周期年の星間通信は太陽波対策で太陽系を大外迂回するコースで行ってる。それを往復でやるとなれば、どうしたって通話にタイムラグが出来んだ。でも今回はそれがなかった、だろ?」


「う……確かに」


 それを言われては、絵美も頷かざるを得ない。
 首謀者の火星在中説が固まった所で、紫姫音がアプローチを変えた報告を入れた。


「弾道解析で出た四つの発砲予測地点の半径10km圏内にある全てのWITとNIT、あとクラウドサーバーにもクラックしてみたけど、事件に関与してそうな履歴は見当たらないや……」


「WITとNITの検索対象は何件位だ?」


「大体二十万機。あ、一応スタンドアローンに入ってる端末にも即席回線繋げてるから回線事業者の顧客データとの差異はあるよ」


『この子、私達と会話をしながらそこまでしていたの?』


 少女型OSAIの余りのハイスペックぶりに、絵美は絶句した。
 かつて裏付け捜査の過程で即席回線を設けた経験からして、それがどれだけとんでもない事かが、肌で分かる。
 だが、これでやるべき事は確定した。


「それじゃあ、やっぱり第一優先事項は電磁狙撃銃の無力化って事ね。もうロンドン市警も来ているみたいだし、ビック・ベンここは彼等に任せましょう」


「そぉだな」


「で……さ、やっぱり二手に別れる?」


「ん?何か問題あっか?」


『はーい、大ありでーす』


「あのね。どうやったか知らないけど、私はアンタみたいに電磁銃の弾をぶっ叩ける様な真似は出来ないし、承認試験の為に警察も休んでいるから碌な装備もないの。言ってみれば一般人なの一般人。さっきは気が昂っていたから二手に別れた方が効率的に感じちゃったけど、冷静に考えたら相手電磁銃持ちでしょ?まるっきりドンキ・ホーテじゃない私。だから……その……アンタの協力がなしだと……ちょっと無理」


 正直、これは絵美にとってかなり恥ずかしい提案だった。
 まさか国際機関秘匿の試験会場に犯罪組織の妨害が入る想定はしていなかったし、増してやその組織が獲物に電磁銃を選んで来る想像等していなかった。
 それでも、この事件解決が試験に変わった以上、彼女は何とかして事態を鎮静化しなければならない。
 故にこうして恥を忍んでのお願いしている……のだが、源の肩は震えていた。


「ちょっと……何も笑う事ないじゃない!」


 流石にプライドが傷付いて、絵美は抗議する。
 若干涙目になったのは、彼女だけの秘密だ。
 変わらず笑い続ける源は「悪ぃ悪ぃ」と平謝りをした後、「いやぁな…」とその真意を語った。


「今のドMちゃんの言葉で確信が持てた。その心配は多分、杞憂に終わる」


「え?それって……」


「まぁいぃ。一番近ぇ所から行ってみんべ。勿論二人でだ。そこで答え合わせをしよぉじゃねぇの。それでいぃだろ?ドMちゃん」


 言いたい事を言うだけ言って、源は階段を下り出す。
 何だかよく分からないが付いて行くしかない絵美は、こう言い返すしかなかった。


「ドMちゃん言うな」

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