T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.1 Welcome to T.T.S.  Chapter2-3




  胃の中味が競り上がって来る様な絶望感に、天声が告げる。


「安心しろよ正岡絵美」
                         その時、WPが骨伝導のノイズを拾う。


 男は艶っぽい声で嘯く。
                     〈あーテステス〉


「お前はイイ終わり方アクメをするぞ」
                        〈準備は出来た〉


 顔は見えずとも、表情は分かった。
                       〈だから〉


「だから気持ち良く昇天けよ」
                       〈ちょっと伏せてろ〉


 そして次の瞬間!
                        〈分ぁったな?ドMちゃん〉






バチッバチチチチチチチチチチチッバチチチチチッ!!!!






 閃光と爆音が天より降り注ぎ、辺りをのた打ち回る。
 反射的に蹲った絵美の後ろで、テロリストの絶叫が上がった。


「ォあああああああああぁぁぁぁ……………!!!!!!!」


 全てが、瞬き一回分にも満たない出来事。
 閉じ掛けた目と塞ぎ掛けた耳を蹂躙した閃光と爆音が、絵美の危機感を刺激する。
 無意識の内に震えていた彼女の横に、誰かが降り立った。


『今度は何?』


 焼けた視界でその姿を探す。
 だが。


「まだ立つな!」


 骨伝導だった声が今度は鼓膜を震わせた。
 直ぐに、その言葉の意味を思い出す。


『ああ、最悪だ……』


 それは、絵美にとって映像資料の世界の話。
 電磁銃による蹂躙の光景。
 間もなくここに、熱と運動エネルギーの嵐が訪れ、全て薙ぎ払って行く。
 そうして、この時計塔は瞬く間に吹き飛ぶのだ。
 ネガティブなイメージに支配された絵美は再び目を固く閉じ、出来るだけ身体を球形に縮こませた。


『終わった』


 かつてない絶望に、心が諦観を受け入れる。
 走馬灯が五感を埋め尽くして行く。
 自分が今何を叫んでいるかも分からない絵美は、それでも必死に何かを訴えた。
 それだけが、自分に残せる最後のものだから。
 なのに。
 衝撃と轟音を掻き分けて、彼女の耳朶を声が打った。
 実に場違いな、間の抜けた声だった。


「おぃおぃ、ドMを自称すんなら着弾しに行く位の癖の強さは見せろよ」


 だが、それに不平を漏らす暇すら、絵美にはない。
 塔全体が大きく揺れ、軋み、四方の壁と思われる瓦礫が身体を打ち付ける。
 そして、金属が激しくぶつかり合う音が大きく一つ。
 ガンッ!!!!と響き渡りって。




















「…………あれ?」


 辺りは無音に包まれた。
 まるでさっきまでの混沌が嘘の様に。
 ゆっくりと、瞼を上げる。
 轟音の残響に震えていた鼓膜も、ようやく落ち着いて来た。
 風が吹き荒ぶ音がした。
 視線を上げると、四角いビック・ベンの角だけが柱の様に残っているのが見えた。
 焦げた空気の匂いがする。


「生きているの……」


 真実味のない現実が、絵美にそんな言葉を言わせた。
 何とか立ち上がろうとして、伸ばした脚に何かがぶつかる。
 瓦礫でもあるかと目を向けると、それは白目を向いて倒れたテロリストの男だった。


「本当に、生きている……」


 改めてそう実感する。
 それ位、絵美の体験と現実には誤差があった。


「よっ!」


「ふぇ!」


 不意に脇に何かが触れ、彼女の視線が起立時の高さまで上がった。
 吃驚して顧みるが、そこに人影はなく、ただ、硝煙の匂いと共に体温を感じさせる優しい声が聞こえた。


「へぇ、中々可愛ぃ声出すじゃねぇか。でもヘタレたまんまじゃ残存電荷で発生したオゾン吸っちまうかんな……立てっか?」


 言われるが儘に足を伸ばす。
 ガクガク震えてはいたものの、何とか立ち上がる事は出来た。


『あ……光学迷彩カメレオンか』


 そう考えが至った所で、不意に胸を下から鷲掴みにされた。


「んーC……もねぇな、B位か?」


『……おい』


 取り敢えず、肘鉄する。


「ごぁ!!……ちょ……お前……命の恩人に肘はねぇだろ」


「うっさい!視認不能でセクハラする奴が言うな!ってか誰がBだ!ギリCあるわ!」


「うわぁ、自分からカミングアウトしたよコイツ……必死過ぎてちょい引く……」


「やかましい!力ずくで黙らせるわよ!ってかいい加減光学迷彩それ解きなさいよ!どこにいるか分かんないでしょ!」


「はははは!誰が殴られると分かって解くものか!暫くそこで一人コントみたくやってろ貧乳女!うははははははははは……はは……は…………あれ?」


 嫌味な悪役バランみたいな台詞の途中から、絵美には見えていた。
 掛かってこいや!と挑発ポーズをする作業着姿の黒髪蒼眼の男が。
 必然的に男と目が合い、形勢が覆った。
 眩しい笑顔を貼り付けて、絵美は問う。


「墓前の花はどうなさいますか?」


「え?……あれ?……あの……もしかして見えてます?」


「曼珠沙華が宜しいですか?それともマリーゴールドですか?」


「紫姫音ちゃん!?何で!?何で光学迷彩カメレオン解いてんの!?紫姫音ちゃん!?」


 それに対し、幼い少女の声がこう答えた。


「シキミでお願いします」


「おぉ、日蓮式とは渋いとこ突くねぇ。でも違うんだ紫姫音ちゃん。今そんなお話してねぇの、分かる?どぉしちゃったの君?何言ってんの?」


「シキミですね~かしこ参りました」


「オメェもオメェで恙なく答えるじゃねぇか。でもちょっと待て、何で俺に味方がいねぇの?俺さっき人命救助したんだよ?体張ったんだよ?なのに何だコレ?この流れ何だ?」


 果敢にも会話の流れを切断しに掛かった男に、
まず少女が。


「その抗議❤」


 次いで絵美が。


「来世で承ります❤」


 それぞれ答えて。


「……先行受付はない感じですか?」


「「ございません❤」」


 結構なお手前のボディーブローが男の鳩尾に沈み込んだ。

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