T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.1 Welcome to T.T.S.  Chapter2-2




 対峙したテロリストは、蔑称の割にはラフな恰好を纏っていた。
 一世紀は前の大口径リボルバーは除くとして、褐色の身体を覆う安っぽいジーンズとTシャツの姿は、コンビニで立ち読みしている無害な殿方にしか思えない。
 しかし、その出立と相反する行住坐臥を見て、絵美はのっぴきならない気配を嗅ぎ取った。


『ああ何て事……冗談じゃない』


 無防備極まりない装いは、敵の脅しがハッタリでない事を背理的に証明している。
 事態は予断を許さない。
 絵美は改めて理解した。
 その上で、尚冷静に状況を観察し、考察する。


『本命は心拍連動型の信管。軽装備って事は流動感知型遠隔信管ナノマシンを体液に注入している可能性が高い……にしても』


 絵美は周囲を見回す。
 滑稽な光景だった。
 襟ばかり立派な連中が、どこにでもいそうな青年の言葉と迫力に圧され、壁に張り付いている。
 その数、ザッと見た限り三十人強。
 登院口で伸びているであろう警察官や議事堂内にいる他の人間も含めると、その数はネズミ算式に増えるだろう。


『…よくないわね……この雰囲気……』


 場慣れした絵美には分かる。
 この排他的で、宥恕なんて微塵もない張り詰めた雰囲気は、相手が本気になればなる程強く漂う。
 それを知っているからこそ、彼女には恐怖以外の感情が懐ける。
 戦争をモノポリーの一マスイベントにしか見ていない平和ボケとは違うのだ。
 だから、せめてもの抵抗として、絵美は必死に苦笑して見せた。
 自分はまだ何かを隠している、と挫けぬ靭さを示す。


「芸のないやり方ね、何が目的?」


「訊くの早ぇよ、空気読んでもぉ少し待てって」


「……どういう事?」


「お前の他に、T.T.S.が三名と候補生が二人いんだよ。パーティーの趣旨はそいつらと合流してから教えてやるよ。犠牲ベットが多くねぇと世論リターンは増えねぇだろ?」


『糞、切り崩せない』


 このままでは、追悼モニュメントに名を連ねるのを待つしかない。
 ならば、せめて犠牲を減らす努力をしなければならない。


「T.T.S.に用があるのは分かったわ。でも、それならここの人達を解放しなさい。関係ない人間までベットして、もし賭けに負けたらどうするの?リスクマネジメント位出来るでしょ?」


「安心しろ、VIP以外はお引き取り願う積もりだ。外の連中にも手筈は伝えてある。これで不満はねぇよな?……いぃだろう、会場までエスコートしてやるよ。さっさと歩け」


 テロリストの意外な柔軟性に少々驚いたが、ねちっこい熱を感じさせる声に背を取られてノロノロと歩き出す。
 警官である絵美には、武装解除の体術がある。
 だが、それを行った際問題になのが、外にいるγ線視覚機を着けた狙撃手だ。
 γ線の透過性を伴った視覚装置は、遮蔽物を悉く無視する。
 その上、獲物の電磁狙撃銃は全てを吹き飛ばす必殺の兵器だ。
 射線に入れば、成す術もなく薙ぎ払われてしまう。


『ブラックユーモア以外は引き出せそうにないわね』


 動けない。
 相手の意に反する行動は赦されない。
 抵抗の機会を徹底的に潰した戦力配置に、戦略性の高さを感じた。


『どうにかしなきゃ、何か、何かないか、何か……』


 そして遂に、足元が最初のステップを踏む。
 つい先程まで、そこは希望への上り路だった。
 だが今は、重苦しい絶望を与える螺旋の檻にしか思えない。


『高低差を利用して倒す?駄目だ、全部外に筒抜ける。それだけでどうにか出来るレベルじゃない』


 不愉快なモラトリアムに、気ばかり焦る。
 結局、絵美はそこに着いてしまった。
 ビッグ・ベンの心臓部、巨大なアナログ時計の調整室。
 その入口に、特別何かが掲示されている訳ではない。
 年月を感じさせる木製扉、Adjustment roomと刻まれた20cm程の鉄板があるだけだ。
 その無駄のない佇まいは、しかしかえってT.T.S.の存在意義の崇高さを示す様で、絵美の背筋は自然と伸びた。
 だからだろう。
 何の打開案も見出せていなかった絵美の中で、悪足掻きとも言える抵抗の意志が膨れ上がった。


「開けろ」


 簡潔な指示が背後から飛ぶ。
 恐らく、男は調整室内の情報も把握しているのだろう。


『……そう簡単にいくものですか』


 ドアノブに伸ばす手を止め、絵美は男に話し掛けた。


「ねえ、さっき訊いた目的の答え、まだ聞いてないのだけど」


「聞きてえなら黙って開けろ」


「ごめんね、私Мでさ、焦らされると喜んじゃう性質なの、もっと欲しくなっちゃう」


 普段の彼女ならばまず口にしない甘い口調で食い下がる。


「気持ち悪い真似すんなよ売女」


 演出上更に背中を預けようとして、頸に冷たい銃口を押し付けられた。


『駄目だ……もう回避の道なんかどこにもない……』


 そう、既に状況は決していた。
 この計画は、成すべくして成された物なのだ。
 巻き込まれた時点で術はなく、不可逆のギグは終焉に向かう。
 終焉とは、即ち、絵美を含めたT.T.S.承認試験受験者全員の人生の幕引きだ。

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