T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.1 Welcome to T.T.S.  Chapter2-1

No.2 Outside of an Operation [肉叢贄となろうとも]


――A.D.2171.8.25 15:55 UFCC・E ロンドン――





 T.T.S.に加わるには、三度の筆記試験と四回の面接試験、そして最終実技試験を受ける必要がある。
 面接と試験を交互うその期間は、約1年。
 その間、受験者は適性を診られ続ける。
 過酷な事に、この査定は最初の面接以降一切の通知がなく、受験生は各面接及び試験の中で次の査定日時や会場のヒントを探らなければなかった。
 しっかりとした集中力と僅かな手掛かりも見逃さない注意力と視野の広さ、そして何より切り替えの早さが要求されると言う、とんでもない難易度のものだ。
 源と絵美が初めて出会ったのは、そんな査定の第二回の面接時だった。
 前回の筆記試験時に見付けた情報により、面接会場が旧英国の国会議事堂にある時計塔ビック・ベンの時計調整室だと知った17歳の絵美は、当然の様に5分前にその前に立つ。
 時の流れは国をも変える。
 かつては先進国の名を欲しい儘にしていたイギリスは、22世紀の中頃にその歴史を閉じた。
 当時の英国民が個人主義に則った革命を起こし、国と言う形態が保てなくなったのだ。
 彼等は独自の判断基準で小規模なコミュニティを乱立し、それぞれが相互の協定を築き、対立関係に陥りそうならば距離を空ける事で武力衝突を避けた。
 そこにあったのは、理性的な協調と気遣いの精神であり、“いざとなれば我々は一味岩である”と言う敵対者達への牽制だった。
 そうした歴史を乗り越え、現在は各コミュニティの代表者会議の場として使われているここが、彼等の誇り。
 旧英国国会議事堂だ。
 時が刻んだ風格以外の一切を排除した荘厳な佇まいに、思わず溜息が出る。
 これ程時を象徴するに相応しい場を会場にすると言う粋な計らいに、胸のすく思いだ。
 前試験で試験監督者から掏った偽装IDを使い、幹細胞製変装マスクで堂々と登院を果たす。
 選挙戦を勝ち抜いた覚えも政治団体に履歴書を送った覚えもないが、虹彩や静脈、指紋に至る全てのアイデンティティを完全再現した偽装IDは、厳重な警備網を一瞬でザルに変えた。
 順調な推移に満足しつつ、鼻歌交じりに時計塔の螺旋階段に足を掛ける。
 午前中の市内観光や簡単なショッピング、雰囲気だけは楽しめた不味い料理を思い出し、絵美の足取りは軽い。
 さて、読者諸賢はお察しの事と思うが、こんな僅かな項数も稼がぬ内にこの章は終わらない。
 トラブルは奇襲を好むのだ。


「……何の騒ぎ?」


 先程から、登院口付近が騒がしい。
 奇声や怒号、慌ただしい足音に混じって、悲鳴まで聞こえる。
 瞬間、絵美は葛藤する。
 彼女は決して暇ではない。
 面接開始までの時間は僅かで、今時間を取られれば、確実に遅刻する。
 無視するのが得策なのは火を見るよりも明らかだが、同時に凄まじい勢いで変な使命感が膨れ上がった。


『私これからICPO入るのよね?そこって国際レベルでの治安維持的なあれだよね?って言うかむしろ時空レベルだよね?ヤル気の見せどころじゃない?むしろ見逃した方が査定結果に響くのでは?そうよ、こんな時こそ天下のICPO様?御中?どっちだっけ?まあとにかく出番じゃない!やってやる!やってやるわ!待ってろトラブル!私がお前を一撃の下に面接開始まであと3分しかなくて泣きそうな鬱憤ごとグチャグチャのメシャメシャにのしてやる!ああ、間違いなく今から行っても間に合わね。死ねトラブル!私の焦りと絶望と共に木端微塵に砕け散れ!あはははははははははは!』


 据わった目で肚を括った不審者は、怨念の籠もった足取りで踵を返す。
 お巡りさん、一番危険なのは彼女です。
 螺旋階段を駆け下り、大理石の廊下に敷かれた絨毯を、体幹を逸らして音を殺しながら駆け抜ける。
 近付く喧騒に腰を落とし、遂に最後の曲がり角を捉えた所で、絹を裂く様な悲鳴と煮え湯の様に滾るそれを聞いた。


「動くな!俺に背中を向けて一列に壁際に並べ!さもなきゃ旧英国初のラ・トマティーナトマト祭を始める事になるぞ」


 テロが行われれば古今東西を問わず聞くであろう、お約束の台詞だった。
 リコピンにデコピンされてしまえ!と心中ブーイングを入れ、コーナーで息を殺しつつ、絵美は相手の出方を探る。
 だが、探るまでもなかった。
 勝ち誇った男の声が、朗々とルールブックを読み上げる。


「ゲームルールとプレイシチュエーションを教えてやる。外にはγスコープと電磁狙撃銃で武装した狙撃手スナイパーが四人張っている。加えて地下の支柱にC4も仕掛けた。俺の心拍との連動式信管を採用しているから俺を殺せば手前等全員火星まで尻を蹴られるぞ」


 C4とはまた随分古風な爆薬を使っている。
 だがまあ、先進諸国が軒並み国家と言う枠組みを失いつつある昨今を思えば、一武装集団が用意できる物としては上等だ。
 そう考察していると、テロリストは気になる事を口走った。


「ゲームのクリア条件は一つだ。今日ここで行われるT.T.S.の承認試験。その関係者を全員ここに連れて来い!安いもんだろ?連中の命をベットすりゃ全員仲良く上がりを引けるんだぜ?」


『どこの馬鹿が垂れ流したのよ……』


 T.T.S.の試験は、ICPOの秘匿事項に該当する。
 国家機密より厚いセキュリティを掻い潜って情報を得るのは、容易な事ではない。
 悪転した状況に、絵美の顔は歪んだ。


『あの大見得が本当なら、ここの監視カメラ位余裕でクラックされていそうね』


 顧みると、通路奥の高い場所に燈る赤いランプが目に付いた。
 本職に有休申請してロンドンに来た絵美の手に、視認齟齬を誘発するツールは何一つない。
 ならば、既に彼女は捕捉されている可能性が高い。


「おいおいノーリアクションはねぇだろ、ノリ悪ぃな。チップの買い方も分かんねぇのか?しょうがねぇな、教えてやるよ……そこの女ぁ!とっとと出て来い!警視庁凶悪犯対策本部、正岡絵美警部補さんよぉ!」


『身元まで割れているの!?』


 絵美は舌を打つ。
 いよいよ事態は最悪だ。


『誰かサプライズ!って言いなさいよ……もう!!』


 嫌な方向にばかり進んで行く事態に、抗う術がなかった。
 仕方なく、絵美は諸手を挙げてその身を曝した。

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