T.T.S.
FileNo.1 Welcome to T.T.S. Chapter1-1
No.1  Operation Code:G-3842 [明治絢爛捕物絵巻]
――A.D.1892.9.21 17:48 大日本帝国 奈良県――
1
ゴォォーーーン!!
紅葉が目立つ斑鳩山に、伝統と格式を乗せた重厚な鐘の音が響き渡った。
斜陽を浴びた世界は時節と共に美しく燃え、秋雲と秋茜の群をどこまでも高く押し上げている。
春に萌えた新芽を冬に向けて焼き払う様な光景の中に、世界最古の木造建造物群の一つ、法隆寺西院伽藍を望む民家と、その庭先に植わった一本の柿の木があった。
天を掴まんと伸びる幹の、L字形に撓るその中腹に、男が一人、座している。
寸胴短足が基本公式の時代にしては小さい顔と広い肩幅を持つ大きな身体。
決して太くはない引き締まった肉付きは、正に長身痩躯を絵に描いた様だ。
くたびれた市松模様の小袖に、皺の目立つ色落ちした藍色の袴、草履を引っ掛けた片足はぶらりと投げ出している。
肩に届く程伸びた黒髪を結いもしない、だらしなくかつみすぼらしい出立に唯一彩りを添えるのは、彼の手にある大振りの柿だ。
それを一口齧りつつ、男は詠う。
「柿食えば 鐘が鳴るなりぶっ!!…………ゲホッ!ほ、法隆寺」
ゴォォーーーン!!
「……んでよりによって渋柿なんだよ」
二重瞼に滲む涙を拭いながら、男は柿を放り投げた。
彼の名はい源。
齢22を迎えた公務員だ。
カァァ~~~ン
打ち損じた鐘の音が駄目押しとばかりにオチを強調して、思わず源は法隆寺の方面を睨んだ。
「ったく、文明開化の残り香が漂ういぃ雰囲気なんによぉ……」
「アンタさあ……」
ふと、そんな言葉と共に、源の傍らに女が一人現れた。
肩甲骨まで伸びた三つ編みと、キツイ印象を与える切れ長の目。
鶯色の小袖は濃紺の袴を柔らかく中和し、白い足袋履きの草履が純潔さを引き立てる。
完璧な大和撫子装備の女は、モデルの様な高身長で屹立する。
「もう少し労働意欲に燃える気はないの?」
ただでさえ鋭い目を一層尖らせ、腕を組んで睥睨する彼女の名は、正岡絵美。
源と同じく22歳で、かの俳人、正岡子規の血縁子孫だ。
しかしながら、そのプレッシャーに対する源の対処は冷めたものだった。
「環境問題に関心の高い俺はそぉ何でもかんでも燃やさねぇんだよ。っつぅか労働意欲って可燃物なんか、知らんかった」
『どの口で言っているのよ、アンタ……』
顔を引き攣らせた絵美が何か言い返そうと口を開いた時、遮る様に少女の声が響いた。
「たいき時間はじゆうでしょ!なんで絵美がくるの?」
キンキン響く声に一瞬固まった二人は、直ぐに源の左手首にある腕輪を見た。
次の瞬間。
「いつもいつもなれなれしく源をよんで……しきねぜんぶしってるからね!」
源の左手首に嵌まっていた腕輪が消え、彼の膝の上に黒い日傘を差した一人の少女が現れた。
ツーサイドトップに結わえた紫髪に黒いヘッドドレスを乗せ、前髪を髪と同色のスワロフスキーのピンで留め、白いシャツの胸元に黒のリボン。
パニエこそないものの、フリルの多用された黒いロングスカートに編み上げブーツを履いた姿は、間違いなく20世紀後半に日本が生んだサブカルファッション。
ゴシック・アンド・ロリータだった。
レース地の手袋の指で絵美を指しながら、時代錯誤少女は不機嫌な表情で捲し立てる。
「亜金ならともかく、なんで絵美がプレイベートまで源といっしょにいようとするの?なんで源といるのがデフォなの?もしかして源にウワキさせようとしてるの?絵美ってバカなの?スジガネにプラチナつかってるレベルのバカなの?」
「……うん分かった、私が悪かったわ、紫姫音ちゃん」
手で眼元を覆いながら罵倒を切った絵美は、源にだけ見える様にギロリと視線を送った。
その阿吽もかくやの迫力に、流石の源も首を竦めた。
「あ!源!絵美のみかたするきでしょ!いいよ、ならぜんぶ亜金にチクってやる!それで亜金におもうぞんぶんいたぶられちゃえばい――」
突然、少女の声と姿は消えて、残ったのは、腕輪を撫でる源と戦慄く絵美だけとなった。
「あぁ静かんなった」
一悶着を終えて安心したのか、猫の様に欠伸と伸びをする男を、しかし戦慄く女は許さない。
「この馬鹿源!略そうか?このバーゲン!!!!」
「何だよ次はお前がお冠か?っつぅか人を安売りって呼ぶな、ワゴンに乗って化けて出るぞ」
「うるさい!!!!当たり前でしょ!!!!アンタ今をいつだと思っているの?19世紀よ19世紀!WWも戦車も知らない19世紀に何でアンタはスカイフィッシュ見付けた時代の物持って来ているのよ!このバーゲン!!!!!!!」
賢明なる読者諸賢もお察しの通り、彼等は1893年に生きる人間ではない。
彼等が生きる本来の時間は、2176年。
つまり、二人は283年もの時を隔てた時間から来た未来人だ。
――A.D.1892.9.21 17:48 大日本帝国 奈良県――
1
ゴォォーーーン!!
紅葉が目立つ斑鳩山に、伝統と格式を乗せた重厚な鐘の音が響き渡った。
斜陽を浴びた世界は時節と共に美しく燃え、秋雲と秋茜の群をどこまでも高く押し上げている。
春に萌えた新芽を冬に向けて焼き払う様な光景の中に、世界最古の木造建造物群の一つ、法隆寺西院伽藍を望む民家と、その庭先に植わった一本の柿の木があった。
天を掴まんと伸びる幹の、L字形に撓るその中腹に、男が一人、座している。
寸胴短足が基本公式の時代にしては小さい顔と広い肩幅を持つ大きな身体。
決して太くはない引き締まった肉付きは、正に長身痩躯を絵に描いた様だ。
くたびれた市松模様の小袖に、皺の目立つ色落ちした藍色の袴、草履を引っ掛けた片足はぶらりと投げ出している。
肩に届く程伸びた黒髪を結いもしない、だらしなくかつみすぼらしい出立に唯一彩りを添えるのは、彼の手にある大振りの柿だ。
それを一口齧りつつ、男は詠う。
「柿食えば 鐘が鳴るなりぶっ!!…………ゲホッ!ほ、法隆寺」
ゴォォーーーン!!
「……んでよりによって渋柿なんだよ」
二重瞼に滲む涙を拭いながら、男は柿を放り投げた。
彼の名はい源。
齢22を迎えた公務員だ。
カァァ~~~ン
打ち損じた鐘の音が駄目押しとばかりにオチを強調して、思わず源は法隆寺の方面を睨んだ。
「ったく、文明開化の残り香が漂ういぃ雰囲気なんによぉ……」
「アンタさあ……」
ふと、そんな言葉と共に、源の傍らに女が一人現れた。
肩甲骨まで伸びた三つ編みと、キツイ印象を与える切れ長の目。
鶯色の小袖は濃紺の袴を柔らかく中和し、白い足袋履きの草履が純潔さを引き立てる。
完璧な大和撫子装備の女は、モデルの様な高身長で屹立する。
「もう少し労働意欲に燃える気はないの?」
ただでさえ鋭い目を一層尖らせ、腕を組んで睥睨する彼女の名は、正岡絵美。
源と同じく22歳で、かの俳人、正岡子規の血縁子孫だ。
しかしながら、そのプレッシャーに対する源の対処は冷めたものだった。
「環境問題に関心の高い俺はそぉ何でもかんでも燃やさねぇんだよ。っつぅか労働意欲って可燃物なんか、知らんかった」
『どの口で言っているのよ、アンタ……』
顔を引き攣らせた絵美が何か言い返そうと口を開いた時、遮る様に少女の声が響いた。
「たいき時間はじゆうでしょ!なんで絵美がくるの?」
キンキン響く声に一瞬固まった二人は、直ぐに源の左手首にある腕輪を見た。
次の瞬間。
「いつもいつもなれなれしく源をよんで……しきねぜんぶしってるからね!」
源の左手首に嵌まっていた腕輪が消え、彼の膝の上に黒い日傘を差した一人の少女が現れた。
ツーサイドトップに結わえた紫髪に黒いヘッドドレスを乗せ、前髪を髪と同色のスワロフスキーのピンで留め、白いシャツの胸元に黒のリボン。
パニエこそないものの、フリルの多用された黒いロングスカートに編み上げブーツを履いた姿は、間違いなく20世紀後半に日本が生んだサブカルファッション。
ゴシック・アンド・ロリータだった。
レース地の手袋の指で絵美を指しながら、時代錯誤少女は不機嫌な表情で捲し立てる。
「亜金ならともかく、なんで絵美がプレイベートまで源といっしょにいようとするの?なんで源といるのがデフォなの?もしかして源にウワキさせようとしてるの?絵美ってバカなの?スジガネにプラチナつかってるレベルのバカなの?」
「……うん分かった、私が悪かったわ、紫姫音ちゃん」
手で眼元を覆いながら罵倒を切った絵美は、源にだけ見える様にギロリと視線を送った。
その阿吽もかくやの迫力に、流石の源も首を竦めた。
「あ!源!絵美のみかたするきでしょ!いいよ、ならぜんぶ亜金にチクってやる!それで亜金におもうぞんぶんいたぶられちゃえばい――」
突然、少女の声と姿は消えて、残ったのは、腕輪を撫でる源と戦慄く絵美だけとなった。
「あぁ静かんなった」
一悶着を終えて安心したのか、猫の様に欠伸と伸びをする男を、しかし戦慄く女は許さない。
「この馬鹿源!略そうか?このバーゲン!!!!」
「何だよ次はお前がお冠か?っつぅか人を安売りって呼ぶな、ワゴンに乗って化けて出るぞ」
「うるさい!!!!当たり前でしょ!!!!アンタ今をいつだと思っているの?19世紀よ19世紀!WWも戦車も知らない19世紀に何でアンタはスカイフィッシュ見付けた時代の物持って来ているのよ!このバーゲン!!!!!!!」
賢明なる読者諸賢もお察しの通り、彼等は1893年に生きる人間ではない。
彼等が生きる本来の時間は、2176年。
つまり、二人は283年もの時を隔てた時間から来た未来人だ。
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