魔物がうろつく町内にアラフォーおっさんただ独り

平尾正和/ほーち

エピローグ

 いつものように敏樹は目覚めた。
 しかし、なにやら雰囲気が異なる。


「……ポイント?」


 半年以上もの間視界の右上あたりに表示され続けていたポイント表示がなくなっていた。


「終わった……のか?」


 ベッドから起き上がり、体の調子を見てみる。
 特に変わったところはない。
 つまり、半年かけて鍛え上げたまま、ということになる。


 テレビをつけてみる。


「半年前に戻った……ってことはないわけね」


 時間は順当に過ぎているようだった。


 部屋を開けて一歩踏み出した時――


「にゃあああぁぁぁ」


 一番古くから飼っている鯖虎さばとらの猫が、甘えたような声を上げながらトットットッと階段を登ってきた。


「おおお、前ら……」


 足元にすりよってくる鯖虎とは別に、階段の陰から様子をうかがうようにこちらを見る白猫の姿も見えた。


 まとわりついてくる鯖虎を踏まないように気をつけけながら階段を降りると、白猫が一瞬警戒するように離れていく。
 しかし、何度かこちらの様子をうかがったあと、足元に駆け寄ってきた。


「おい、お前ら、危ないって……」


 一歩足を出すごとに踏みそうになるので、とりあえず鯖虎の方を抱え上げた。


「おう……久々のモフモフ」


 ちなみに白猫の方はやたら甘えてくるくせに、抱き上げると必死で逃げようとするので、後で撫でてやることにする。


 鯖虎を抱え、白猫を足にまとわりつかせながら廊下に出ると、玄関にいた黒猫と目が合った。
 そして黒猫は、そのまま物陰に隠れてしまう。


 この黒猫、普段は一番甘えてくるくせに、しばらく家を開けるとやたらと敏樹を警戒するようになるのである。
 捕まえようとすれば必死で逃げ、黒いので物陰に隠れられると発見が難しくなる。
 捕まえたら捕まえたで毛を逆立てて逃れようとするのだが、一旦敏樹の部屋に入れるとやたら甘えてくるようになるのだ。
 とりあえず今はいろいろ確認したいこともあるので、黒猫のことは後回しにする。


 リビングからテレビの音が漏れ聞こえてくる。
 たしかここのテレビはもう随分つけていないはずだ。
 扉を開けると、リクライニングチェアに深く腰掛けながらテレビを見る母親がいた。
 そして、母親が飼っている犬が、敏樹の足元にじゃれついてきた。


「あら、帰ってたの」


「ん? 帰って……?」


「旅行、行ってたんでしょ?」


「ああ、うん」


 どうやら敏樹は長い間旅行に出かけていたということになっているらしい。


 家の中を確認していくと、リフォームしたところはちゃんとリフォームされたままのようだった。
 ガレージに出てみると、ミニバンEVに元々あった大下家の乗用車と、最後の戦いに乗っていった大型SUVがあった。
 ガレージもきっちりリフォームされたままだった。


「おう、大下。帰ってたのか」


 ガレージでぼーっとしていると、男が声をかけてきた。


「真山……?」


 それは坂を降りたところに工房と住居を構えている、幼馴染の建築家だった。


「いやあ、ここ半年派手に直したなぁ。お陰でこっちは大助かりだけどさ」


「ん? おう……」


「しかし、よかったな、仕事上手く行って」


「仕事?」


「あれ、なんかエラい儲けたとかじゃない? えっと、ストック何とかで」


「ストックオプション?」


「そうそう、それそれ!! なんか昔関わったベンチャーなんとかがどうとかでさ」


 どうやら敏樹が昔仕事で関わったベンチャー企業が上場して、そのときに持っていた未公開株が大変なことになった、ということになっているらしい。


「リフォームもいいけどさ、おばちゃん、屋敷替えしたいっつってたぜ?」


 そう言いながら、真山が冗談っぽく笑う。


 屋敷替えというのはこのあたりの方言で、新しい土地に新しい家を立てることを指す。
 そう言えば母は父の生前から「なぜ屋敷替えじゃなく増築にしたのか」と事あるごとに愚痴を言っていたのを思い出す。
 父が死に、兄が家を出てからは「宝くじが当たったら屋敷替えする」と、冗談のように言っているが、おそらく本心なのだろう。


「そうだな。まぁ親孝行も悪くないか」


「え、マジ!? 冗談のつもりだったんだけど……」


 と真山が驚くとともに申し訳無さそうな顔を向けてきた。


「まぁ懐具合と相談かな。その時はまた頼むわ」


「お、おう! 友達価格で――」


「正規料金でいいよ」


「そうか……?」


「リフォームも結構無理してくれたんじゃない?」


「いや、ちゃんと利益はもらってるから。まぁ気が向いたらいつでも相談に来てくれや」


「おう」




 部屋に戻った敏樹は自室のPCを立ち上げた。
 猫達はすべて部屋に戻しており、最後まで逃げ回った黒猫が今は敏樹の足元にまとわりついている。
 ほかの二匹は思い思いの場所でゴロゴロしていた。


 PCが立ち上がるまでの間、ふとキャビネットを開いてみた。
 そこには、最後の方に購入した純金のインゴットが無造作に詰め込まれていた。


「これだけでもひと財産だよなぁ……」


 PC起動後ブラウザを開き、試しに掲示板に書き込んでみた。


「おお、書ける……」


 当たり前のことに感動しつつ、メインバンクのインターネットバンキングページを開き、ログインした。


「ぶほっ!!」


 予想はしていたものの、実際に残高に並ぶ数字を見ると驚きを禁じ得ず、思わず吹き出してしまった。
 近くで寝転がっていた鯖虎がビクッと起き上がり、敏樹の方を一瞥したあと、再び顔を伏せた。


 明細を見てみる。


ショウリホウシュウ(ヒカゼイ 1,500,053,286


「貰っていいんだよなぁ……」


 しばらくのあいだ、敏樹の心臓はバクバクと鳴り続けていた。




**********




 敏樹がラスボスを倒して半年ほどが経った。
 あの孤独な戦いに巻き込まれて1年ほどが経過したことになる。


 この日は新たな土地に建てられた大下家の棟上げ式が行われていた。
 結局母の要望を聞き、屋敷替えをすることにしたのだ。
 今は金もあるが、先のことを考えて出来るだけランニングコストを下げようと、太陽光発電やら蓄電池やら効率のいい空調やらその他色々を完備した。


 車に関しては、元々あった軽乗用車はそもそも古かったので廃車。
 大型SUVも売り払った。
 ミニバンEVに関しては母が好んで使っているのでそのまま維持。
 それとは別に、敏樹はアメリカ製EVのSUVを購入していた。
 太陽光発電システムパネルを惜しげもなく設置したので、電気に関してはタダ同然である。
 その分初期費用はエラいことになったが、いつか何かのトラブルで金を失っても生活できるように、維持費の方を重視したので問題無い。
 固定資産税に関しても真山がいろいろと頑張ってくれたらしい。


 元の大下家に関しては、近所で親と同居していた夫婦が賃貸で借りてくれることになった。
 リフォームしまくっているので、かなり快適であり、それなりの家賃を支払ってくれるそうだ。
 名義は母のままなので、年金と家賃を合わせれば当分は安泰だろう。


 敏樹は元々やっていた仕事を細々と続けながら、出来るだけ報酬で得た貯金を減らさないようにしていた。
 屋敷替えや新車の購入でかなりの額を使ったが、それでもまだ14億円以上残っている。
 よほどのことがない限り、生涯安泰と言ってもいいだろう。


「でも、結局なんだったんだろうな」


 出来上がりつつある新たな大下家を眺めながら、敏樹は呟いた。
 結局あれから半年になるが、一体あの戦いが何だったのかわからないままだった。


「ま、考えてもしゃーないか」


 何にせよ経済的な余裕は増えたのだ。
 のんびり暮らしながら、ゆっくり考えればいいだろう。


 心配事ごとがあるとすれば、新しい家に作った猫専用の部屋を、大下家の猫達が気に入ってくれるかどうかということぐらいであろうか。


―終―



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