魔物がうろつく町内にアラフォーおっさんただ独り

平尾正和/ほーち

第28話『ゴーレム戦 1』

 小学校に現れた五種のゴーレム。
 見るからに何らかの属性を帯びているようなので、その弱点となりそうなところを突くしかあるまい。
 うまく属性攻撃がハマれば、案外キマイラやゲイザーよりも楽に倒せるかもしれないと、敏樹は考えていた。


 まずはファイアゴーレムから攻略することにした敏樹は、消火器を大量に購入した。
 とりあえず纏っている炎を消してみようという作戦である。


(へええ、意外と安いな)


 消火器と言えば、訪問販売で何万円も取られるというイメージがあったのだが、いざTundraを開いてみると4,000ポイント足らずで購入できるようだった。
 今後も炎属性の魔物が出るかもしれないということも考慮し、とりあえず10本購入した。
 また、耐熱用の簡易砦を再作成するため台車と耐熱シートも購入しておく。


 ファイアゴーレム以外のゴーレム対策も一緒に考え、ついでに装備類を注文する、ということも考えなくはなかったが、対象を絞って一体ずつ倒したほうがいいだろうという結論にいたり、今回はファイアゴーレム対策に必要なもののみ注文する。
 ただし、簡易砦用の台車と耐熱シートに関しては、属性攻撃対策のみならず、物理障壁としても役に立つ可能性があるので、それぞれ多めに注文しておいた。


 注文を終えた敏樹は、早速ガレージで簡易砦の制作に取り掛かった。
 といっても、今の段階で出来るのはベニヤ板と石膏ボードを重ね合わせることぐらいだが、それでもやらないよりはマシだろう。


 ベニヤ板と石膏ボードのストックがなくなってきたので、ホームセンターへ追加購入しにいく。
 軽バンの後部座席を倒せば、910×1,820ミリのベニヤ板と石膏ボードはピッタリ収まる。
 たまたまというわけではなく、これがピッタリ入るように設計されているのだろう。
 さらに、砦用防壁を台車に取り付ける際のアタッチメントや固定具になりそうな木材や金具を適宜購入。
 帰宅後の時間は砦作成に費やし、都合10枚の砦用防壁が完成した。


 翌日、Tundraから消火器が届いたところで、午前中は簡易砦の作成に費やす。
 といっても、基本的には耐熱シートを巻きつけるだけであるが。
 台車と組み合わせ、とりあえずひとつの簡易砦が完成した。
 残りの壁と台車はバラしたままにしておき、以降、必要に応じて順次組み合わせていくことにする。


 2時間程度で耐熱シートの巻きつけ作業を終えた敏樹は、軽バンに消火器を積んでいった。
 体当たり攻撃を使わない以上、頑強かつ高価な米国車に乗る必要はないだろう。
 さらにキマイラ戦の時に購入していた耐熱装備を身に着け、車に乗り込んだ。




**********




 ファイアゴーレムの出現する小学校に到着した敏樹は、敷地内ギリギリのところに車を停めた。
 今回は色々と荷物を降ろす必要があるので、雑魚に襲われる可能性のある敷地外は避けたのであった。
 敷地内であってもギリギリのところに停めておけば、仮に死んだ後も取り戻し易いはずである。


「おーっし、いっちょやったるか!!」


 両手で頬をパシンと叩いたあと、敏樹は耐熱グローブを履き、助手席に置いてあった消火器を手に取ると、車から降りた。
 万が一死んだときのことを考えて運転席のドアは閉めておく。
 ファイアゴーレムは運動場の中心におり、どうやら車から降りた敏樹に気づいたようだ。
 敏樹は焦らず、ファイアゴーレムの動きを観察する。


 ファイアゴーレムは敏樹の方へ、ノッシノッシと向かってきた。
 歩くスピードは遅く見えるが、体が大きい分一歩一歩のストロークが大きく、意外と早く近づかれそうである。
 今のところ70~80メートル離れており、このままだと20秒ほどで接触といったところか。


「まずはひと当て」


 敏樹はそう呟きながら、消火器のピンを抜き、ホースをゴーレムの方に向ける。
 消火器の射程距離は3~6メートル。
 ギリギリまで引きつける。


(熱っちぃ……)


 ボスエリアの外に比べ、エリア内の気温は少し高めになっていたが、ファイアゴーレムが近づく度に温度が上がっていくのを感じた。
 彼我の距離が50メートルを切ったあたりから明確に『暑い』と感じるようになり、耐熱装備に身を包んだ敏樹の体表にじんわりと汗がにじみ出てくる。
 そして20メートル以上近づかれた辺りで『暑い』が『熱い』に変わる。
 10メートル。
 耐熱装備がなければちょっとした火傷を負っていたかもしれない。
 ゴーレムは相変わらずノッシノッシと近づいてくるだけである。
 そして6メートル。


「ファイヤー!!」


 敏樹は叫ぶとともに、消火器のレバーを引いた。
 真っ白な消火剤が勢い良く噴出される。
 火元であるファイアゴーレムが消火剤に包まれたためか、あるいは消火剤の効果で炎が弱まったのか、熱気がかなりマシになった。
 ただ、噴出された消火剤のせいでファイアゴーレムの様子は確認できない。
 白煙の中で、人型の影がまとわりつく消火剤を晴らすべく腕を振り回しているのがなんとなく見えたが、発声器官がないせいかうめき声のようなものが聞こえなかった。


 レバーを引き初めて十数秒。
 消火剤噴出の勢いが急速に弱まり、やがて完全に止まった。
 もしファイアゴーレムが前進のペースを保ったままであれば、既に敏樹は接触されているだけの時間を消費したことになる。
 しかし、熱気が近づいてくる様子はない。
 すでに白煙は、影すら見えないほどに濃くなっているが、敏樹はそれが晴れるのを待たずに運転席のドアを開け、車に乗り込んだ。
 消火剤の空き容器はその場に放置しておく。


 車に乗っても白煙は晴れない。
 当たり前である。
 あの白煙は敏樹が起こしたもので魔物とは関係ないのだから。
 しかし、熱気だけは嘘のように収まった。
 消火剤を撒いて幾分かマシになっていたとはいえ、それでも『熱い』の範疇であった熱気が、一気に消え去ったのである。


(ってか、ファイヤーは違うよな)


 消火器のレバーを引く時に思わず叫んでしまった言葉だったが、なんとなく状況にそぐわないような気がしたので少し反省しつつ、敏樹は白煙の中を突っ込んでいった。
 仮にファイアゴーレムが白煙の中にいようとも、車のドアをちゃんと閉めていればぶつかることはない。
 敏樹はそのまま白煙を抜け、運動場の反対側まで進んでファイアゴーレムがいた場所から充分な距離を取り、再び消火器を手に車を降りた。
 勝負を急ぐなら、ここで簡易砦を使って一気に畳み掛けるのもいいだろう。
 しかし、消火器でダメージを与えることが出来たのかどうかを、敏樹は念のため確認しておくことにした。


 消火器が生み出した白煙が少しずつ晴れてくる。
 やがて人型の影が視認でき、それがこちらへ歩いてくるのが見えた。
 最初は白煙のせいでよく見えなかったが、近づくに連れ明らかに炎の勢いが弱まっているように見えた。
 歩調も少し弱っているようで、歩く速度も遅くなっていた。


(より、もう一当てしたあと、距離を取って砦を組もう)


 敏樹は消火器のピンを抜き、ホースを構えてファイアゴーレムを待つ。
 上手くすればわざわざ砦を組まなくても、車で行き違いながら距離を取れば倒せるかもしれない。


 しかしファイアゴーレムが20メートルほどの距離まで近づいてきた時である。
 ファイアゴーレムが敏樹に向かって手をかざすと、手のひらの前に火球が生み出された。
 そしてそれは敏樹に向かって飛んできた。


「マジか!?」


 火球の速度はそれほど速くはないが、それでも数秒で敏樹のところへ到着する速度である。
 敏樹は慌てて消火器のレバーを握り、火球に向けて消火剤を噴出した。
 その火球は、芯に可燃性の個体や液体があるものではないようである。
 ほとんど質量を持たない純粋な炎だけの存在らしく、消火剤を受けてすぐに消えた。
 敏樹は第2弾を放たれる前に慌てて車に飛び乗った。


「あっぶねぇ」


 まさかの遠距離攻撃である。
 20メートルの位置から放たれると、消火器の射程からは外れてしまうので、なんとかあれをやり過ごして接近する必要がある。
 幸い芯のない軽い炎の塊なので、ぶつかったところで衝撃をうけることはなさそうである。
 だとすれば、簡易砦で防げるはずである。


 ドアを少し開けると、ファイアゴーレムの姿がフロントガラスの向こうに現れた。
 敏樹を見失っていたファイアゴーレムは、再び目標を見付け、近づいてくる。
 そして再び手をかざしてきた。


 敏樹は焦らずファイアゴーレムを観察する。
 手をかざしている間は立ち止まっているようだ。
 そして再び火球が生成され、発射された。
 発射直後からファイアゴーレムが歩き始めたのを確認した。
 そして火球が車に当たる前、少し余裕を持って敏樹は運転席のドアを閉めた。
 火球と、その向こうにいたファイアゴーレムの姿とが消える。
 数秒待ってドアを開ける。
 前方にファイアゴーレムが現れ、ルームミラー越しに火球が車を超えて後方へ飛んで行くのが見えた。


 以上の行動を繰り返し、ファイアゴーレムが10メートルの位置まで近づいたところで車を前進させ、すり抜ける。
 そしてそのまま距離を取り、ファイアゴーレムに背を向けた状態で車を停めた敏樹は、急いで車を降り、荷台を開けた。
 その時点でファイアゴーレムは方向転換を済ませ、100メートルほど離れた距離からゆっくりと近づいてくる。


 ファイアゴーレムの位置を確認しつつ、簡易砦を用意する。
 といってもほとんど手間はない。
 砦の壁の部分は2つに切断して大きめの蝶番で接続し、L字に折るようにして台車に乗せていた。
 今回のために購入していたアルミ製のラダーレールを設置して荷台から地面にかけてのスロープを作り、簡易砦をそのまま地面に下ろす。
 あとはL字に折れている壁をまっすぐに伸ばし、金具で固定すれば砦の完成である。
 その間20秒とかかっていない。


 ラダーレールを荷台に戻し、消火器を5つほど降ろして簡易砦の荷台部分に積む。
 車の荷台の扉を閉じ、準備は完了。
 ファイアゴーレムは50メートルの距離まで近づいていた。


 簡易砦の台車を押して少し前進する。
 お互いの距離が20メートル程度になったところで、ファイアゴーレムが手をかざした。
 その間も敏樹はゆっくりと前進し、火球が放たれたところで簡易砦に身を隠した。


 熱風が砦の両脇を通り過ぎていく。
 その影響でそれなりの熱は感じたが衝撃は一切ない。
 やはりあの火球に質量はほとんど無いようである。


 熱風が通り過ぎたのを確認した敏樹は、簡易砦の影から顔を出した。
 ちょうど前進していたファイアゴーレムが、再び立ち止まって手をかざした所だった。
 彼我の距離は15メートルほど。
 簡易砦の影で火球をやり過ごせると確信した敏樹は、ゆっくりと前進する。
 そして再び熱風が通り過ぎたところで簡易砦の影から顔を出す。
 ファイアゴーレムは前進を再開していた。


(火球の連続発射は出来ないみたいだな)


 お互いが歩み寄る形で、距離は10メートルを切った。
 そこでファイアゴーレムが立ち止まったのを確認した敏樹は、消火器のピンを抜きゴーレムにホースを向ける。


「消火!!」


 今度こそふさわしい掛け声だろうと思いつつ、敏樹はレバーを握った。


 射程距離を少し外れており、本体へのダメージは期待できないが、狙い通り手の前で生成された火球は消え去る。
 その後も律儀に手をかざし続けるファイアゴーレムの方へ、消火剤を噴射しながら小走りに近づき、6メートル程度の距離まで近づいた。
 消火器が生み出す白煙に包まれたファイアゴーレムは、それを振り払うように腕を振り回し始める。


 消火器が空になったところで敏樹は簡易砦の元へと駆け戻り、台車を押して一気に距離を詰めた。
 そしてまだファイアゴーレムが前進を始めていないことを確認。
 台車から消火器を取り、ファイアゴーレムに向かって消火剤を噴出した。


 その後も消火器が空になるたびに連続して何度も消火剤を掛け続ける。
 もう辺り一面真っ白で、周りは何も見えない。
 しかし、ファイアゴーレムの位置は変わっていないだろうという想定のもと、敏樹は次々に消火器を交換しつつ消火剤を掛け続けた。
 2本、3本と消費する内に、どんどん熱気が弱まっていく。
 そして都合5本目の消火器のレバーを引き始めた時――


1,163,562


 ポイントが加算され、ゴーレムを倒せたことがわかった。


(50万か……。やっぱ神社はもうちょい後のイベントだったっぽいな)


 ポイントはキマイラの半分。
 攻略順としてはどうやらこちらの方が先だったようである。


 しかしキマイラ戦で簡易砦を作り、耐熱装備を用意していたおかげで、一度も死ぬことなくファイアゴーレムを倒すことが出来た。
 結果オーライといってよかろう。


(よし、次もいっちょやったるか)


 決意を新たにし、台車を引いて車へと戻る。
 簡易砦を折りたたんでで荷台に積もうとしたのだが、ストッパーの金具を外しても、蝶番が動かず折れ曲がらない。


「ん?」


 表面を見てみると、火球を受けたであろう壁の表面に張ってある耐熱シートが黒焦げになっていた。
 車に積んであったバックパックからサバイバルナイフを取りだし、耐熱シートを切り裂いてみる。
 その下から現れた蝶番は、高温のせいでドロドロに溶けていた。
 よく見れば、台車部分も熱の余波でドロドロに溶けている。


(……やばかったかも)


 質量のほとんどない炎だと思って甘く見ていたが、どうやらかなり高温だったらしい。
 もし簡易砦がなく、直接食らっていれば、耐熱装備があっとはいえおそらく即死だっただろう。


 敏樹は簡易砦を放置し、荷台のドアを閉めた。
 そして、ボスがいなくなった後のエリアに雑魚が出現する前に、急いで車に乗り込むのだった。 





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