魔物がうろつく町内にアラフォーおっさんただ独り

平尾正和/ほーち

第24話『ゲイザー対策』

「はは……、なんだこりゃ……」


 軽バン回収のためゲイザーの居た神社近くを再び訪れた敏樹は力なくつぶやいた。


 ゲイザーに敗北した後、その攻略に必要と思われる物をTundraツンドラで注文した敏樹は、置きっぱなしにしてきた軽バンの存在を思い出し、慌てて神社近くまでやって来ていた。
 置き去りにした車を持ち帰る方法だが、おそらくポイント消費でレッカーが使えると予想している。
 もしダメなら、頑張って自転車で来ようと思っていた。
 あるいは安い原付ぐらいなら買っておいてもいいのかもしれない。
 今の敏樹なら、油断さえしなければ雑魚相手に遅れを取ることはないはずだ。


(いやぁ、車買っといて正解だったな!!)


 そう思いつつ、元々大下家にあった軽乗用車を悠々と運転する。


「なぜぇ!! ンンンン~ン~ンンンンなぜぇ!! ンンンン~ン~ンンンンなじぇっ!? うぇ……? なんじゃいこりゃあっ!?」


 カーオーディオから流れるお気に入りの歌を歌いながら上機嫌で車を飛ばし、神社へと続く坂を登りきった所で、敏樹は無残に破壊された軽バンを発見したのだった。


(そうか、ドアを開けてたからか……)


 新たなボス戦で何かあればすぐに車へ飛び込めるようにと、安全策のために運転席のドアを開け放っていたのだが、それが仇となったようだ。
 キマイラ戦の時に車が無事だったのは、しっかりとドアを閉めていたからだろう。
 つまり、ドアを開けた瞬間から車は安全地帯とはならないということだ。


 窓ガラスは割られ、ボディはベコベコにへこみ、運転席のドアは力任せに引きちぎられていた。
 遠目に見るだけでも、あれがもう車として機能しないことはわかる。
 座席も一部放り出され、積んであった高圧洗浄機や水鉄砲などの残骸も辺り一面に散らばっていた。


 だがこのまま呆然としている訳にはいかない。
 なにせ軽バンを破壊した犯人がまだそこにいるのだから。


 車の陰から現れたのは、コボルトのような、半人半獣の魔物。
 ただし、コボルトではない。
 まず第一に、コボルトより大きい。
 コボルトの身長は170センチ程度だが、車のところにいるそれは2メートル近い長身だ。
 そして縦だけでなく横にも大きい。
 それはもちろん太っているというわけではない。
 頑強そうな骨格と分厚い筋肉。
 顔は犬のようで犬ではない。
 同じイヌ科でも、犬とは異なる獣。


 狼である。


(ウェアウルフかよ……!!)


 敏樹に気づいたウェアウルフは、およそ20メートルの距離を一気に詰めてきた。
 それはまさに一瞬の出来事。
 なにか動きがあれば逃げようと思っていた敏樹の目の前に、気がつけば狼の顔が迫っていたのだ。


「どわあぁぁ!!」


 もし敏樹が完全に車から降りていれば、おそらく命を奪われていただろう。
 しかし長くこの状況に身を置いている敏樹には、それなりにではあるが常に周りを警戒する癖がついており、少しでも多く安全マージンを確保しようという意識がある。
 運転席のドアを開け、半身だけ降りた状態。
 左足は車内に残し、尻の半分をシートに乗せ、右足を軽く地面に着け、ドアに手をかけた状態で上半身を伸ばしてドア枠の上から外の様子を伺っていた敏樹は、慌てて身を縮めて車内に戻り、全力でドアを引いた。


 バタン! と運転席のドアが閉まると、ウェアウフルの姿は消えた。
 なんとか避難は間に合ったようだ。


(何匹かいたよなぁ……)


 襲ってきたウェアウフル以外にも、破壊された軽バンの車内でゴソゴソと動く影が見えていた。
 少なくともあと1匹、下手をすれば2~3匹はいるかもしれない。


「はぁ、まいったなぁ……」


 フロントガラスの向こうに見える、無残に破壊された軽バンの姿に、改めて力ない声が漏れる。
 前回の教訓を活かしたつもりで敷地外に車を停めたのも、これまた仇になった形だ。


(帰るか……)


 ウェアウルフをなんとかしておきたいところだが、今は向こうも警戒心が高まっており、多少離れてもすぐに気づかれてしまうだろう。
 であれば少し時間を置いた後、対処した方がいいはずだ。
 最初にこの神社を訪れた際に姿の見えなかった連中である。
 軽バンを荒らすのに飽きたら姿を消してくれるかもしれない。




 帰り道、敏樹は例の中古車ディーラーを訪れていた。
 失った軽バンは残念だったが、それでも予備の車の重要性は再確認できた。
 ゲイザーとの再戦で負けるつもりはないが、何があるかわからない状況において油断は禁物だ。
 先程は、なにかあれば自転車で車を取りに行けばいい、と思っていたが、ウェアウルフのような強そうな魔物が出るのは誤算だった。
 やはり自宅から離れればその分雑魚は強くなるらしい。
 近所の田畑地帯や国道近辺の魔物に対抗できるようになったからといって、いい気になっている場合ではない。


 というわけで、再度予備の車を買う。
 幸い2ヶ月に及ぶ訓練のおかげでコツコツとポイントは貯まっており、ゲイザーに負けて半減したとは言えまだ20万ポイントほど残っていた。
 今回はすぐに壊れてもいいので安いものをと考え、10万ポイント程度の軽バンを購入した。
 型式は前回のものと同じだが、年式はむしろ新しい。
 それでも安いのは、走行距離が15万キロを超えており、さらに事故歴があったからだ。
 事故歴についてはそれほど憂慮する必要はない、と敏樹は考えている。
 少なくともこのディーラーで購入する限りは。


 もともとこの中古車ディーラーは、整備に定評のあるところだ。
 事故車両についても相当数扱っているらしいが、それらが不具合を起こしたという話を、敏樹は聞いたことがなかった。
 田舎のことである。
 少しでも不具合があればその噂は瞬時に広がるはずだ。


 ただ、いかに整備が行き届いているとはいえ年単位で乗るのであれば不安もあろう。
 しかし、次の車を買うまでの代車だと思えば問題あるまい。
 ゲイザーを倒せばそれなりにポイントが入るはずなので、その時に改めて買い直せばいいだろう。




**********




 家に帰り無事新しい軽バンがガレージに停まっているのを確認した敏樹は、ゲイザー用の武器を作成することにした。


 ゲイザーは目玉の魔物である。
 目に対する攻撃方法として敏樹が得意とするのは、やはり塩素漂白剤を浴びせることだろうか。
 魔物と普通の動物との間にどれほどの生物的差異があるのかは不明だが、少なくともこれまで戦ってきた魔物に対して、粘膜へ塩素漂白剤を浴びせかける攻撃は非常に効果があった。
 だからこそ、初期の貧弱な装備と身体能力、そしてつたない技術であっても、魔物たちとなんとかやりあえたのだ。


 普通に考えればあの目玉に対し、塩素漂白剤というのは効果が高そうではある。
 だがしかし……


(あれ、見たまんま無防備かね?)


 と、敏樹は疑問に思う。


 目というのはあらゆる生物にとって最大の弱点となりうる器官である。
 となると、目玉だけのゲイザーという存在は、全身が弱点ということになる。
 ただただ脆いだけの眼球を、むざむざとさらけ出しておくだろうか?
 その辺をうろついているような雑魚ならともかく、ゲイザーはボスキャラクターなのだ。
 何らかの防御手段はあると考えてしかるべきだろう。
 もしそれが透明なまぶたのような被膜であった場合、液体による攻撃は効果が薄い、あるいは全く無い可能性が高い。


 では物理攻撃なら?
 コンパウンドボウで放った矢は、裏側の部分には深々と突き立ったし、その際に衝撃を受けたような様子を見せたので、効果がないとはいえない。
 しかし、敏樹が考えている魔眼対策を取った場合、コンパウンドボウで標的を射抜く、というのはおそらく不可能になるだろう。
 その他の物理攻撃にも不安が残る。
 敏樹の考えている魔眼対策をとると、どうしても視野が狭くなり、遠近感がおかしくなる。
 そうなればトンガ戟などの長柄モノでも命中精度に欠けると思われる。
 片手斧槍ハンド・ハルバードやナイフを使った接近戦であればなんとかなるだろうが、ゲイザーが魔眼以外の攻撃手段を持っていないとは限らないので、ある程度の距離は保っておきたいところだ。
 さらに言えば、物理攻撃に対する防御手段を持っている可能性すら考えられる。
 繰り返すようだが、あの目玉は剥き出しとは限らないのだ。


 簡易ナパーム剤を使った焼き討ちも、効果は未知数だ。
 キマイラはたまたま炎耐性を持っていなかったからよかったものの、ゲイザーもそうであるとは限らない。
 それに、魔眼対策により視覚が万全でない状態でナパーム剤を使ったとして、あの地獄の業火が誤って自身に引火でもしたら目も当てられない。
 死ねば身体は復活するが、燃えた装備は元に戻らないのだ。
 そもそも、死なずに済むならそのほうがいいに決まっている。


 ではゲイザーに対して、どうのような攻撃が有効なのか?


 敏樹には思い当たることがあった。
 魔眼を使うからこそ防ぐことがものがあることを。


 そもそも魔眼とは何か。
 これを正確に定義する知識も知恵も、敏樹は持ち合わせていない。
 あくまで想像を元に推測するしかないのだが、魔眼とは視線を通じて対象に何かしらの影響を与える能力であることに間違いはあるまい。
 少なくとも対象が見えなければ、視線を塞がれれば効果はないはずだ。


 『見る』という行為に必要不可欠なもの。


 光である。


 仮に液体や物理攻撃、炎などを遮断できる能力があったとしても、光だけは通さなくてはならないはずだ。
 無論、ゲイザーの防御手段にマジックミラーのような能力があれば光も通じないということになるが、それでも試すだけの価値はあるだろう。


 敏樹はネットの情報を参考にしながら、使っていないDVDドライブと、停電・災害用に常備しているマグライトをそれぞれ分解し組み合わせた。
 完成したのは強力なレーザーポインターだった。


 そして翌日、魔眼対策に必要な機材がTundraから届いた。



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