魔物がうろつく町内にアラフォーおっさんただ独り

平尾正和/ほーち

第14話『装備を手入れする』

 翌日、Tundraツンドラから荷物が届いた。
 一部商品はTundra販売ではなく発送元業者が異なり、プラチナ配送対象外のものもあったが、全ての商品が同時届いた。
 無論、取扱業者ごとに箱は分かれていたが。
 これは多少現実とは異なる仕様だが、ありがたいので深く考えないことにした。


 早速Tundraからの荷物を開封し、装備を確認する。
 まず念願の防刃パーカーだが、やはりと言うべきか、ゴワゴワして着心地はあまり良くない。
 しかし、それがかえって頼もしく感じられる。
 上半身用プロテクターに関しては、胸当て、背当て、肩当てのみを装着。
 肘から前腕を守る肘当ては、ステンレス製ニー&エルボーパッドセットのものを使う。
 出来れば胸当て等も金属で揃えたかったが、残念ながらTundraにはなかった。
 バイク用のレザーパンツを履いた後、膝から向こう脛を守るニーパッドも装着。
 これに以前から持っていたジェットヘルメットをかぶる。


(おう。なかなか厳ついな)


 一応鎧系を全て装備した状態で姿見の前に立ってみたが、以前のホーロ鍋と雑誌とフライパンで装備を固めていた頃よりは頼もしい格好になっていた。
 無論、見た目不審者であることに変わりはないが。


 続けて盾を装備してみる。
 エルボーパッドを付けたままでは上手く収まらないので、左腕のエルボーパッドを外し、盾を装備。
 まずは円盾まるたての方を装備したが、さすがポリカーボネート製だけあって、同程度のサイズのフライパン盾に比べるとずいぶん軽い。


(うーん、これだと水鉄砲が使えないなぁ)


 この盾は前腕の肘近くをベルトで留め、内側に設置されたグリップを手で握るタイプだ。
 フライパン盾と違って手の部分もしっかり守れる代わりに、左手が使えない。
 これに関しては手首あたりをベルトで固定できるよう、ベルト通しを付けることにした。


 ついでに大盾の方も装備した。
 しゃがんで縮こまれば全身をほぼ隠すことが可能だ。
 こちらも円盾同様ベルトはひとつしかないので、手首を固定するベルト通しを追加するつもりだ。


 一旦防具系を外し、身軽になったところでベンチグラインダーと予備のサバイバルナイフを持ってガレージへ行く。
 ベンチグラインダーとは、据え置きタイプの回転式研磨機のことだ。
 幅二~三センチの円盤型ヤスリやフェルトのパッドを高速回転させ、その側面で対象を研磨する。
 敏樹はフリーター時代に靴修理のバイトをしていたことがあり、靴底の形を整えるために大型のグラインダーを使っていたという経験がある。
 当時使っていたものと比べると今回買ったベンチグラインダーはものすごく小さいが、しかし刃物の手入れぐらいなら出来るだろう。
 一応目の粗さが異なるヤスリやフェルトのパッドも購入済みだ。


 トンガ戟からサバイバルナイフを取り外す。
 血糊が付かないとは言え、それなりに硬いゴブリンの皮膚を貫いたり、骨に当たったり、あるいは棍棒や剣と打ち合ったりすることもあるので、多少の刃こぼれはあるのだった。
 敏樹はベンチグラインダーの準備を整え、早速サバイバルナイフを研いでみた。


「おわっ……とぉ」


 ベンチグラインダーは扱いになれないと力加減が難しい。
 油断するとパッドの回転に物を持っていかれてしまうのだ。
 靴修理のバイト時代は、一足数万~十数万円もするブランド物の靴も扱っていたので、グラインダーの扱いに関してはかなり厳しく仕込まれている。
 油断してパッドの回転に靴を持っていかれ、靴本体を傷つけてしまったら損害賠償ものなのだ。
 そもそも、そういうお高い靴を持ってくるのは厳つい風貌の方が多く、新品を持ち込んで『ちょっとかかとんとこ高くしてや』という注文を月に二~三度は受けていたので、そんな方々の靴を損ねようものなら損害賠償どころの騒ぎではない。
 今にして思えば敏樹が働いていた店は、そういうお仲間の間で『あそこだったら踵上げてくれるよ』という評判が出回っていたのではなかろうか。
 よくよく考えればそんな高価な、というかある意味危険なものを扱うのに、時給八五〇円というのはちょっと割に合わなかったな、と当時を思い出す。


 グラインダーで靴底以外のものを扱うのは初めてだったが、二~三度ナイフを持って行かれそうになりながらもすぐに力加減がわかってきた。
 靴修理のバイトは二年ほど続け、その間千足を超える靴を修理してきたが、それだけの経験を積んでいれば多少のブランクがあっても感覚を取り戻すのに時間はかからないらしい。
 少し目の粗いパッドで刃を研いだ後、フェルトのパッドで磨き上げる。
 サバイバルナイフの刃は見違えるほどきれいになった。


(よし、ついでにトンガもパワーアップさせとこう)


 トンガの耕筰用刃もついでに研ぐ。
 本来は土を耕すためのものなので、それほど鋭い刃は付いていない。
 しかし武器として使うなら、この刃は鋭いほうがいいはずだ。
 グラインダーを巧みに利用し研磨した結果、耕作用刃も切れ味の悪い包丁並みには鋭くなった。


(あとは盾の改良かな)


 以前Yタウンの手芸店で、フライパン盾改良用にベルト通しを買っていたが、失敗した時用に複数買っており、その時のベルト通しの余りがまだあったので、とりあえず円盾の方に付けてみる。
 今日のところは円盾のみ改良し、大盾の方は後日に回すことにした。


 円盾を二箇所のベルトで腕に固定し、水鉄砲を構える。


(うーん、ちょっと勝手が違うな……)


 フライパン盾は縁から先に手が出ており、左手は防御されないもののその分自由に動く。
 しかし円盾は左手部分が盾に隠れる形になる。
 なので、どうしても水鉄砲を構えづらくなるのだ。
 それでも盾や手首の角度を工夫することで、水鉄砲もなんとか使えそうだ。




(よし、今日は範囲を広げるか)


 せっかく防具が手に入ったのだ。
 これまでスライムとゴブリンしか相手にしていなかったが、これだけガッチリ防御を固めれば、未知の魔物であっても対処できるのではないか。
 そう考えた敏樹はいつもの狩場から少し足を伸ばすことにした。


 まずは新しい装備に慣れるため、いつもの狩場でゴブリンをメインに戦闘を何度か繰り返した。
 いままでより着込んでいるため動きづらいのだが、逆にそれが安心にもつながってくるようで、数回の戦闘で新しい防具にもすっかり慣れてきた。
 これまではヘルメットと盾以外にまともな防具はなく、体の防御はどうしても盾頼りになるため、動きが縮こまっていたのだが、全身に防具を装備したことで、むしろ今までより自由に動けるようになったのだ。
 ただ盾だけはかなり勝手が違うので、水鉄砲を撃つのには少し苦労したが。


(おおう、トンガやべぇな)


 グラインダーで研いだ耕作用刃だが、想像以上に強化されたようだ。
 今までは叩いてめり込むという感触だったものが、サクッと刺さるような感触に変わった。


(よし、これなら行けそうだ)


 一旦家に帰って水鉄砲への漂白剤の補給と電池交換を終え、軽くコーヒーブレイクを挟んだ後、敏樹は新たな敵を求めて再度出撃した。





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