リストラ賢者の魔王討伐合理化計画

平尾正和/ほーち

第1話『基本方針の確認』

 ――少し時間を遡る。


 ヤシロがこの世界に喚ばれて半月ほどが経っていた。
 王立図書館にあったすべての書物と、その間に他国から取り寄せて追加された書物のすべてを読み終えた彼は〈賢者の時間〉を使い、得た情報の整理や分析を丸一日かけて行った。
 体感で数年の歳月を思考に費やしたヤシロは、この世界の知識をほぼ自分のものにできたのだった。 


 翌日からは執務室で資料の読み込みを始めた。


「あまり無理をなさっては身体に毒ですよ?」


 ものすごい勢いで資料を読み込んでいくヤシロを心配しながら、クレアはトレイに載せて持ち込んだカップをヤシロのデスクに置いた。
 ハーブの爽やかな香りが、ヤシロの鼻腔を心地よく刺激する。


「これは、気を使わせてしまいましたようで……」


 ヤシロは一度手を止め、クレアの出したカップに手を伸ばした。
 ハーブティーを一口すすり、落ち着いたように息を吐く。


「ほう……」


 あまり自覚はなかったが、少しずつ疲労が積み重なっていたのだろう。
 ミントに似た少し強めの香りによって頭がスッキリするのを感じたヤシロは、少し驚いたように目を見開く。
 そんなヤシロの心情を察したのか、クレアは少しだけ得意げにクスリと笑みをこぼした。


「筆頭魔道士として、一応薬学の知識もございますので」


 どうやらそのハーブティーは、彼女がブレンドしたものらしかった。
 ハーブティーを飲み干したヤシロは、ソーサーにカップを置き、大きく息を吐いた。


「ところでクレアさん。その後存在力のほうはどうなったのです? 回復したのですか?」
「残念ながら、一度失った存在力が自然に回復すということはございません」
「それは……」
「ご安心を。1からレベルを上げ直せばいいだけの話ですから」
「ふむ。それはそれで大変なのでは?」
「いいえ。レベルは下がりましたが、幸い習得したスキルや魔術はそのままですし、これまでに得た経験や知識が失われるわけではありませんからね。フランにレベリングを手伝ってもらい、いまはレベル10に達しております」


 魔物がはびこるこの世界において、レベル1のままでいるというのは非常に危険なことだ。
 それに、レベルアップにおける能力の上昇というのは、日常生活においても非常に役立つことが多い。
 そこでこの世界の人たちは、子供がある程度育つとレベリングという作業を行うのだ。


 大人たちが魔物を弱らせ、子供にとどめを刺させることで子供たちのレベルアップを図るというのが一般的な方法だ。
 無職の状態でもレベル5ほどあれば、病気や怪我に対する抵抗も得られ、人里の近くに現れる弱い魔物から逃げ切るくらいのことは出来るようになる。
 成人して職業クラスを得たり、転職クラスチェンジを行なえばレベルは1に戻るののだが、だからこそクレアはそれほど悲観していなかったのである。
 ちなみにアルバートら勇者一行も、神託を受けて勇者系の職業クラスを得た時点で一度レベル1に戻っている。


「フランというのは、大神官のフランセットさんですか?」
「はい。彼女の時間があるときに」
「しかし、半月程度でレベル10とは、随分とペースが早いような……」
「一応広範囲の魔物を殲滅できるような魔術も使えましたので、廃村に住み着いているような魔物の群れを駆除したのですよ。最初は魔力切れで気絶してしまいましたが……」


 軽く俯き、少し照れたように頬を染めるクレアには多少の可愛げを感じられたものの、話の内容は殺伐としている。
 反応に困るヤシロだったが、とりあえず事務的に話をすすめることにした。


「しかし、勇者一行に比べればかなり早いのでは?」
「彼らはパーティで存在力を分け合いますから、どうしてもレベルアップのペースはさがってしまうのです」


 通常、存在力というのは倒した者が手に入れるようになっている。
 しかし、神殿でパーティー申請を行うことにより、獲得した存在力を分け合うことができるのだ。
 通常のパーティーはある程度距離が離れていると存在力を分け合うことができないのだが、勇者一行の場合はどれだけ離れていようとも、仮に死んでいたとしても、獲得した存在力は平等に分配される。
 誰かが極端に強くなったり弱くなったりして関係が崩れることを防ぐために、神がそう定めたのだろうと言われている。


「それに、不思議と勇者系の職業クラスというのは、広範囲の敵を殲滅するたぐいのスキルや魔法を習得できないのです。なので、レベルアップにはどうしても時間がかかってしまうんですね」
「なるほど、それでか……」


 ヤシロはここまで読んだ資料の内容を思い起こしてみた。
 中には勇者一行の行動を記録したものも、もちろんある。
 彼らの最終目的は魔王の討伐だが、中間目標として、魔王軍に奪われた領土を奪還するというものがあった。
 その奪還の方法だが、占領された街や村、砦などに突入し、指揮官と思しきものを倒すというのが、彼らの基本的な行動の指針である。


(雑魚を蹴散らし中ボスを倒す。まるでゲームだな)


 しかし、ゲームとは異なり、ボスを倒しても配下の魔物が無力化されるわけではない。
 そこで登場するのが軍である。
 指揮官を倒され、統率が取れなくなった魔王軍は脆い。
 そもそも知能の高くない魔物を、魔王やその配下の指揮官たちが操って軍の体裁をなしているのが魔王軍である。
 中ボスからの指示がなくなり、烏合の衆となった魔物の群れであれば、制圧の難易度はかなり下がるのだ。
 勇者一行が指揮官を倒し、弱体化した魔物の群れを軍が殲滅する。
 これが領土奪還の基本方針となる。
 無論、軍のみでの侵攻も行われており、勇者の力を借りずに領土を奪還している例も多々あるが、勇者一行と連携したほうが成功率は高く、犠牲も少なく済むのだ。


「例えば、クレアさんのような魔導師が前線に立つというのではダメなのですか? 広範囲の敵を殲滅できるのであれば、そういった魔術などを駆使して魔物の数を減らしていったほうが効率はよさそうに思えるのですが」
「そうですね……。全盛期のわたくしであれば100や200であれば容易に殲滅できたでしょう。しかし敵が千を超えれば退けるのは困難ですし、万を超える魔物――たとえそれが脆弱なゴブリンの群れだったとしても――それを相手にしたら侵攻を一時的に止めることすらできないでしょうね」
「なるほど。いかに優れた個の力であっても、数の暴力には為す術なしといったところですか」
「はい。数に対抗するにはこちらも数を、すなわち軍をもって当たるしかないのです」
「小規模な街や村の奪還ではどうです? 数名の魔導師が連携すれば、千やそこらの魔物を相手にすることは可能でしょう?」
「家屋や施設を破壊してもいいのなら」
「ふむう。奪還しても焦土と化したのでは意味がありませんなぁ……」


 結局のところ、軍をもって魔王軍の侵攻を食い止めつつ、勇者の力を借りで少しずつ領土を奪還しながら彼らを育てていく。
 そして勇者一行が充分に成長したところで魔王を討ち、魔王軍を瓦解させるという基本方針の大枠を変更するのは困難であるようだった。


(しかし、討伐と言えば聞こえはいいが、勇者一行のやっていることはまるっきり暗殺だな)


 だが、有効な手段ではある。


「となれば、大筋はそのまま細かい部分を見直していくしかないようですね」


 やれやれと言った口調でそう述べたヤシロだったが、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
 小さな再構築を積み重ね、やがて大きな改革へと至る。
 それこそ、ヤシロが得意とするリストラの基本方針だった。



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