【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第12話『おっさんのいぬ間に、代表戦2 重戦士対決』
弓士、軽戦士と続いた代表戦は、重戦士対決となった。
親衛隊側の代表者は、全身鎧を身につけた大男だった。
身長は2メートルに達するだろうか。
「次の勝負に勝たなければ、負け越しが決定する。必ず勝て」
第2王子ヴァルターの言葉を受け、大男が無言で頷く。
バケツヘルムを被った顔から、その表情はうかがえなかった。
対する冒険者の代表候補は、熊獣人のベアトリーチェと、ドワーフのランザ。
「嬢ちゃんがいったらええ」
「いいんですか?」
ランザの提案に、ベアトリーチェは少し驚く。
「ワシみたいな小兵がデカいのとやると、どうしても脚ぃ狙わないかんのや。なんぼ訓練いうても、勝つんやったら立たれへんようなるまでやらなあかん」
そこで敵方の代表者を見て、ランザはため息をつく。
「向こうが負け認めてくれたらええんやが、あの気合いの入りようや。下手したら再起不能になるまで叩きのめさなあかんかもしれへん」
神妙な表情で敵の代表を見ていたランザが、ベアトリーチェに向き直る。
「そんなんかわいそうやろ?」
ドワーフの重戦士はそう言うと、ニッと微笑んだ。
「せやから嬢ちゃんが叩きのめしたってや」
それはベアトリーチェが自分よりも強いということを認めての、発言だった。
自分と敵との力は拮抗している、とランザは見ていた。
そうなると、確実に勝てる方法として脚を狙うという戦術になるのだが、あまりひどくやり過ぎると中途半端な魔術では回復できないほどのダメージを与えてしまうかもしれない。
高位の魔術を使うとなるとそれなりの費用がかかるのだが、あの王子や親衛隊長が敗者にそのような温情を与えるかどうかはあやしいところだ。
ならば、圧倒的な力でねじ伏せるべきだろう、とランザは考えたのだった。
「わかりました。では、いってきます」
ランザの意図をくみ取ったベアトリーチェは、一礼して試合場に向かう。
「それでは両者構え」
大男とベアトリーチェが向かい合う。
彼女も長身だが、敵のほうが頭ひとつぶん大きかった。
「……待て!」
審判役の副隊長が、開始直前に中断を宣言する。
「君、その武器はどういうことだ!?」
副隊長は厳しい視線とともに、大男へ問いかけた。
彼の武器は鎖の先に鉄球のついた武器、モーニングスターだった。
「それは実戦用のものではないか。いますぐ訓練用の物に持ち替えなさい」
副隊長の指示に対して、大男は無言のままだった。
「おい、聞いているのか」
「まぁ、待ちたまえ」
そこへ、親衛隊長が声を上げ、前に出てきた。
「訓練用のモーニングスターを冒険者側が用意できなかったのだ。ならば実戦用のもの使うしかあるまい」
大きな町ならともかく、ヘイダのような田舎町には、使い手の少ない武器を用意できなかった。
「それはおかしいでしょう。訓練用のモーニングスターがないのなら、メイスなどに持ち替えるべきでは?」
「それでは彼の力が十全に発揮できない」
「しかし、これは模擬戦ですぞ? 危険すぎます」
「ふふん。訓練や模擬戦で死者が出ることなど、珍しくはあるまい。我ら王国軍人は勝利のためなら死などおそれぬ。生き汚い冒険者風情とは違ってな」
親衛隊長は吐き捨てるように言うと、侮蔑の眼差しをベアトリーチェに向けた。
彼女はそれを、無表情で受け流したが、親衛隊長は恐怖で反応できなかったのだと解釈した。
「訓練用の武器は冒険者側が用意すべきもの。行軍訓練中とはいえ実戦を想定したものである以上、我らがそれを用意するいわれはないからな」
「ふむ、お主の言いたいことはわかった。ではどうするのじゃ?」
ここでようやく、ギルドマスターであるバイロンが口を挟んだ。
「こちらが実戦用の武器を使う以上、そちらももちろん使って構わない。しかしそれで納得がいかないというのであれば、この試合は無効ということになりますかな」
「他の代表者は立てられぬか?」
「我が隊において、彼こそが最強の重戦士ですので」
「ふむう」
ここで一試合を無効にすると、残るは魔術士と自由形の二試合となり、それぞれに勝利すれば引き分けに持ち込める。
それが狙いなのだろうかと、副隊長などはそう考えたのだが、隊長はさらに言葉を続けるべく口を開いた。
「いや、無効というのはおかしいですな。そちらが逃げるのだ。こちらの不戦勝と言うことになりましょう」
勝ち誇ったような笑みを浮かべた親衛隊長は、ひときわ大きな声でそう告げた。
いくらなんでも勝手が過ぎるだろうと、副隊長が上官を窘めようと口を開きかけたとき。
「いいですよ」
ベアトリーチェが先に答えた。
「そうかそうか。では我らの不戦勝ということで――」
「やりましょう」
「――なに?」
自分たちの不戦勝を認める。
そういう返事と解釈していたところに、思わぬ言葉が続き、親衛隊長は笑顔を引きつらせた。
「やる、とはつまり、実戦用の武器で試合をすると?」
「違うんですか? こちらはその条件でも問題ありませんけど」
事もなげにそういうベアトリーチェの様子に、隊長は表情を歪めた。
「君、いいのか? 危険な試合になるぞ。不戦勝云々の話は、まだ協議の余地があると私は思っているが」
ベアトリーチェを窘めるべくそう言った副隊長に対し、隊長は眉を上げた。
「貴様、勝手なことを――」
「問題ありませんよ」
そして文句を言おうとした隊長の言葉を、ベアトリーチェが遮る。
「私、護衛戦士なんです。危険だからといって、逃げてばかりはいられませんから」
これといって気負うでもなく、しかしどこか芯の通った視線を受け、副隊長は気圧されそうになった。
しかしすぐに、ベアトリーチェは表情を緩めた。
「でも、私って冒険者でもあるんですよね。だから、命の危険があることは、基本的にやりませんからご安心ください」
そう言ったあと、彼女は大男を見てフッとほほ笑んだ。
「ぐぬぬ……」
大男は殺気を強めながら、バケツヘルムの奥からうなり声を漏らした。
実戦用の武器同士で戦っても、死ぬ恐れはない、と彼女は言い放ったのだ。
馬鹿にされたと思われても仕方がなく、事実ベアトリーチェは敵を馬鹿にしているのだ。
大男ひとりではなく、このような暴挙を起こした王や王子らを含めて、である。
「嬢ちゃんがそう言うなら、ワシに異存はないのう」
「よし、ならば試合開始だ!!」
ギルドマスターと親衛隊長の言葉を聞いた副隊長は、軽くため息をついたあと、ふたりの重戦士を交互に見た。
「それでは双方とも危険を感じたら意地をはらずに降参すること! よいな!?」
「ええい、ごたくはよいからさっさと始めよ!!」
副隊長は上官の言葉を無視して、再び試合場に立つ両者を見た。
大男は相手を見たまま反応せず、ベアトリーチェは無言で頷く。
「ふぅ……よろしい。では……はじめっ!!」
合図とともに大男はモーニングスターを振り回し始めた。
それを見届けた親衛隊長は、いったんうしろに下がって王子ヴァルターのそばに戻る。
「命を賭けた戦いか! 見応えがありそうだな!!」
邪気のない様子でそう言う王子の姿に、ため息をこらえる兵士が幾人もいた。
厳しい訓練のなか、人が死ぬことはもちろんある。
しかしそれは実戦での犠牲をより少なくするために、必要なことでもあった。
しかし今回の冒険者との勝負は、行軍訓練中に起こった娯楽イベントのような物だった。
もちろん自分たちの仲間である大男には勝って欲しいが、その結果相手が死んでしまう、というのはあまりいい気分ではなかった。
それ以上に、このような娯楽で仲間が死んでしまうことは、絶対に避けたいことだ。
そんな死の危険のある勝負を強要する隊長や、それを心底楽しんでいる様子の第2王子に対し、一部の兵士は不満を募らせていた。
「モーニングスターは攻防一体の武器。そうやすやすと攻め込めるものではありません」
「うむうむ」
親衛隊長が得意げに言い、王子は嬉しそうに頷いた。
風を切る轟音とももに振り回される鉄球は、たしかに脅威である。
大男の使うモーニングスターは、通常の物より鎖が長く、鉄球も大きかった。
ただでさえ重い鉄球に、遠心力が加わっている。
盾で受け止めたとしても、身体ごと吹き飛ばされてしまう、その衝撃は防具を超えて身体に大ダメージを与えるだろう。
うまく鉄球をかいくぐったとしても、鎖によって絡め取られてしまう恐れもあった。
鎖自体もそれなりの重さがあるので、打撃を受けると言うこともある。
また、大男は盾を持たず、両手で武器をあやつっていた。
鎖を持つ位置を変えて、間合いや回転速度を調整するためである。
いまは鎖を長く持ち、広い間合いを取っていた。
「くく……あの小娘、攻めあぐねておりますなぁ」
対するベアトリーチェは『POLICE』ロゴ入りの大盾に、メイスという装備だった。
片手用のメイスは間合いが狭く、彼女は盾を構えたままモーニングスターを振り回す大男と対峙していた。
隊長の言うとおり、攻めあぐねているように見えたベアトリーチェが、突然メイスを振り上げた。
メイスはもちろん、鎖の長いモーニングスターすら届かない位置であるにもかかわらず。
「えいっ!」
タイミングを見計らい、彼女はメイスを放り投げた。
「ぐぉっ!?」
予想外の攻撃に大男は驚きながらも、鎖を短く持ち、鉄球の回転を小さく、そして速くして飛んできたメイスを打ち払った。
そこへ、ベアトリーチェが踏み込んでくる。
彼は鎖を短く持ったまま、敵を打ち払おうとした。
「はぁっ!」
鉄球の軌道を読み、身を低くしてかわす。
さらに強く踏み込み、掌底を繰り出した。
――ベゴンッ!!
鈍い衝撃音。
大男の手からモーニングスターが離れる。
回転の余韻で鉄球がベアトリーチェに迫ったが、彼女はそれを盾で撃ち落とした。
回転は弱まっていたので、それほど衝撃はなかった。
「ぐぼぉっ……こほぉっ……!」
胸を打たれた大男が、膝をつく。
全身鎧の胸甲が、べっこりとへこんでいた。
「こほっ……ぐふぅっ……」
大男は咳き込みながら、うつ伏せに倒れた。
「鎧、脱がせてあげたほうがいいですよ。たぶん、息できないから」
彼女の言うとおり、へこんだ胸甲に圧迫されて、男は呼吸を妨げられていた。
それだけでなく、胸骨や肋骨も、折れているはずである。
「ぼ、冒険者側の勝利!!」
副隊長による勝利宣言とほぼ同時に、親衛隊から数名が駆け寄り、大男の鎧を脱がせた。
医療班が、慌てて回復魔術をかける。
膝などの関節に比べると、胸骨などのほうが魔術では治しやすい。
処置も早いので、後遺症をもたらすこともないだろう。
「見事な戦いだったな」
「……さようでございますな」
興奮さめやらぬという王子の傍らで、親衛隊長が舌打ちした。
冒険者側の勝ち越しが、この時点で決定した。
親衛隊側の代表者は、全身鎧を身につけた大男だった。
身長は2メートルに達するだろうか。
「次の勝負に勝たなければ、負け越しが決定する。必ず勝て」
第2王子ヴァルターの言葉を受け、大男が無言で頷く。
バケツヘルムを被った顔から、その表情はうかがえなかった。
対する冒険者の代表候補は、熊獣人のベアトリーチェと、ドワーフのランザ。
「嬢ちゃんがいったらええ」
「いいんですか?」
ランザの提案に、ベアトリーチェは少し驚く。
「ワシみたいな小兵がデカいのとやると、どうしても脚ぃ狙わないかんのや。なんぼ訓練いうても、勝つんやったら立たれへんようなるまでやらなあかん」
そこで敵方の代表者を見て、ランザはため息をつく。
「向こうが負け認めてくれたらええんやが、あの気合いの入りようや。下手したら再起不能になるまで叩きのめさなあかんかもしれへん」
神妙な表情で敵の代表を見ていたランザが、ベアトリーチェに向き直る。
「そんなんかわいそうやろ?」
ドワーフの重戦士はそう言うと、ニッと微笑んだ。
「せやから嬢ちゃんが叩きのめしたってや」
それはベアトリーチェが自分よりも強いということを認めての、発言だった。
自分と敵との力は拮抗している、とランザは見ていた。
そうなると、確実に勝てる方法として脚を狙うという戦術になるのだが、あまりひどくやり過ぎると中途半端な魔術では回復できないほどのダメージを与えてしまうかもしれない。
高位の魔術を使うとなるとそれなりの費用がかかるのだが、あの王子や親衛隊長が敗者にそのような温情を与えるかどうかはあやしいところだ。
ならば、圧倒的な力でねじ伏せるべきだろう、とランザは考えたのだった。
「わかりました。では、いってきます」
ランザの意図をくみ取ったベアトリーチェは、一礼して試合場に向かう。
「それでは両者構え」
大男とベアトリーチェが向かい合う。
彼女も長身だが、敵のほうが頭ひとつぶん大きかった。
「……待て!」
審判役の副隊長が、開始直前に中断を宣言する。
「君、その武器はどういうことだ!?」
副隊長は厳しい視線とともに、大男へ問いかけた。
彼の武器は鎖の先に鉄球のついた武器、モーニングスターだった。
「それは実戦用のものではないか。いますぐ訓練用の物に持ち替えなさい」
副隊長の指示に対して、大男は無言のままだった。
「おい、聞いているのか」
「まぁ、待ちたまえ」
そこへ、親衛隊長が声を上げ、前に出てきた。
「訓練用のモーニングスターを冒険者側が用意できなかったのだ。ならば実戦用のもの使うしかあるまい」
大きな町ならともかく、ヘイダのような田舎町には、使い手の少ない武器を用意できなかった。
「それはおかしいでしょう。訓練用のモーニングスターがないのなら、メイスなどに持ち替えるべきでは?」
「それでは彼の力が十全に発揮できない」
「しかし、これは模擬戦ですぞ? 危険すぎます」
「ふふん。訓練や模擬戦で死者が出ることなど、珍しくはあるまい。我ら王国軍人は勝利のためなら死などおそれぬ。生き汚い冒険者風情とは違ってな」
親衛隊長は吐き捨てるように言うと、侮蔑の眼差しをベアトリーチェに向けた。
彼女はそれを、無表情で受け流したが、親衛隊長は恐怖で反応できなかったのだと解釈した。
「訓練用の武器は冒険者側が用意すべきもの。行軍訓練中とはいえ実戦を想定したものである以上、我らがそれを用意するいわれはないからな」
「ふむ、お主の言いたいことはわかった。ではどうするのじゃ?」
ここでようやく、ギルドマスターであるバイロンが口を挟んだ。
「こちらが実戦用の武器を使う以上、そちらももちろん使って構わない。しかしそれで納得がいかないというのであれば、この試合は無効ということになりますかな」
「他の代表者は立てられぬか?」
「我が隊において、彼こそが最強の重戦士ですので」
「ふむう」
ここで一試合を無効にすると、残るは魔術士と自由形の二試合となり、それぞれに勝利すれば引き分けに持ち込める。
それが狙いなのだろうかと、副隊長などはそう考えたのだが、隊長はさらに言葉を続けるべく口を開いた。
「いや、無効というのはおかしいですな。そちらが逃げるのだ。こちらの不戦勝と言うことになりましょう」
勝ち誇ったような笑みを浮かべた親衛隊長は、ひときわ大きな声でそう告げた。
いくらなんでも勝手が過ぎるだろうと、副隊長が上官を窘めようと口を開きかけたとき。
「いいですよ」
ベアトリーチェが先に答えた。
「そうかそうか。では我らの不戦勝ということで――」
「やりましょう」
「――なに?」
自分たちの不戦勝を認める。
そういう返事と解釈していたところに、思わぬ言葉が続き、親衛隊長は笑顔を引きつらせた。
「やる、とはつまり、実戦用の武器で試合をすると?」
「違うんですか? こちらはその条件でも問題ありませんけど」
事もなげにそういうベアトリーチェの様子に、隊長は表情を歪めた。
「君、いいのか? 危険な試合になるぞ。不戦勝云々の話は、まだ協議の余地があると私は思っているが」
ベアトリーチェを窘めるべくそう言った副隊長に対し、隊長は眉を上げた。
「貴様、勝手なことを――」
「問題ありませんよ」
そして文句を言おうとした隊長の言葉を、ベアトリーチェが遮る。
「私、護衛戦士なんです。危険だからといって、逃げてばかりはいられませんから」
これといって気負うでもなく、しかしどこか芯の通った視線を受け、副隊長は気圧されそうになった。
しかしすぐに、ベアトリーチェは表情を緩めた。
「でも、私って冒険者でもあるんですよね。だから、命の危険があることは、基本的にやりませんからご安心ください」
そう言ったあと、彼女は大男を見てフッとほほ笑んだ。
「ぐぬぬ……」
大男は殺気を強めながら、バケツヘルムの奥からうなり声を漏らした。
実戦用の武器同士で戦っても、死ぬ恐れはない、と彼女は言い放ったのだ。
馬鹿にされたと思われても仕方がなく、事実ベアトリーチェは敵を馬鹿にしているのだ。
大男ひとりではなく、このような暴挙を起こした王や王子らを含めて、である。
「嬢ちゃんがそう言うなら、ワシに異存はないのう」
「よし、ならば試合開始だ!!」
ギルドマスターと親衛隊長の言葉を聞いた副隊長は、軽くため息をついたあと、ふたりの重戦士を交互に見た。
「それでは双方とも危険を感じたら意地をはらずに降参すること! よいな!?」
「ええい、ごたくはよいからさっさと始めよ!!」
副隊長は上官の言葉を無視して、再び試合場に立つ両者を見た。
大男は相手を見たまま反応せず、ベアトリーチェは無言で頷く。
「ふぅ……よろしい。では……はじめっ!!」
合図とともに大男はモーニングスターを振り回し始めた。
それを見届けた親衛隊長は、いったんうしろに下がって王子ヴァルターのそばに戻る。
「命を賭けた戦いか! 見応えがありそうだな!!」
邪気のない様子でそう言う王子の姿に、ため息をこらえる兵士が幾人もいた。
厳しい訓練のなか、人が死ぬことはもちろんある。
しかしそれは実戦での犠牲をより少なくするために、必要なことでもあった。
しかし今回の冒険者との勝負は、行軍訓練中に起こった娯楽イベントのような物だった。
もちろん自分たちの仲間である大男には勝って欲しいが、その結果相手が死んでしまう、というのはあまりいい気分ではなかった。
それ以上に、このような娯楽で仲間が死んでしまうことは、絶対に避けたいことだ。
そんな死の危険のある勝負を強要する隊長や、それを心底楽しんでいる様子の第2王子に対し、一部の兵士は不満を募らせていた。
「モーニングスターは攻防一体の武器。そうやすやすと攻め込めるものではありません」
「うむうむ」
親衛隊長が得意げに言い、王子は嬉しそうに頷いた。
風を切る轟音とももに振り回される鉄球は、たしかに脅威である。
大男の使うモーニングスターは、通常の物より鎖が長く、鉄球も大きかった。
ただでさえ重い鉄球に、遠心力が加わっている。
盾で受け止めたとしても、身体ごと吹き飛ばされてしまう、その衝撃は防具を超えて身体に大ダメージを与えるだろう。
うまく鉄球をかいくぐったとしても、鎖によって絡め取られてしまう恐れもあった。
鎖自体もそれなりの重さがあるので、打撃を受けると言うこともある。
また、大男は盾を持たず、両手で武器をあやつっていた。
鎖を持つ位置を変えて、間合いや回転速度を調整するためである。
いまは鎖を長く持ち、広い間合いを取っていた。
「くく……あの小娘、攻めあぐねておりますなぁ」
対するベアトリーチェは『POLICE』ロゴ入りの大盾に、メイスという装備だった。
片手用のメイスは間合いが狭く、彼女は盾を構えたままモーニングスターを振り回す大男と対峙していた。
隊長の言うとおり、攻めあぐねているように見えたベアトリーチェが、突然メイスを振り上げた。
メイスはもちろん、鎖の長いモーニングスターすら届かない位置であるにもかかわらず。
「えいっ!」
タイミングを見計らい、彼女はメイスを放り投げた。
「ぐぉっ!?」
予想外の攻撃に大男は驚きながらも、鎖を短く持ち、鉄球の回転を小さく、そして速くして飛んできたメイスを打ち払った。
そこへ、ベアトリーチェが踏み込んでくる。
彼は鎖を短く持ったまま、敵を打ち払おうとした。
「はぁっ!」
鉄球の軌道を読み、身を低くしてかわす。
さらに強く踏み込み、掌底を繰り出した。
――ベゴンッ!!
鈍い衝撃音。
大男の手からモーニングスターが離れる。
回転の余韻で鉄球がベアトリーチェに迫ったが、彼女はそれを盾で撃ち落とした。
回転は弱まっていたので、それほど衝撃はなかった。
「ぐぼぉっ……こほぉっ……!」
胸を打たれた大男が、膝をつく。
全身鎧の胸甲が、べっこりとへこんでいた。
「こほっ……ぐふぅっ……」
大男は咳き込みながら、うつ伏せに倒れた。
「鎧、脱がせてあげたほうがいいですよ。たぶん、息できないから」
彼女の言うとおり、へこんだ胸甲に圧迫されて、男は呼吸を妨げられていた。
それだけでなく、胸骨や肋骨も、折れているはずである。
「ぼ、冒険者側の勝利!!」
副隊長による勝利宣言とほぼ同時に、親衛隊から数名が駆け寄り、大男の鎧を脱がせた。
医療班が、慌てて回復魔術をかける。
膝などの関節に比べると、胸骨などのほうが魔術では治しやすい。
処置も早いので、後遺症をもたらすこともないだろう。
「見事な戦いだったな」
「……さようでございますな」
興奮さめやらぬという王子の傍らで、親衛隊長が舌打ちした。
冒険者側の勝ち越しが、この時点で決定した。
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コメント
ノベルバユーザー601714
ランキングから拝見しました。表紙のイラストが良いですし、内容も面白かったです。