【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第9話『おっさん、対策を講じる』
エトラシを出た親衛隊は、直接ヘイダの町に向かわず、大きく西にそれて行軍し、町とヌネアの森のあいだに広がる荒野に陣を張っていた。
「おー! よくぞ来てくださった、親衛隊のみなさま!」
その陣に、ひとりの男が近づいてくる。
斧槍を手にした熊獣人の冒険者、『酔乱斧槍』のガンドであった。
「いやいや、こちらもありがたい申し出でしたぞ」
そんなガンドを迎え入れたのは、親衛隊の副隊長だった。
「大規模な行軍の訓練といっても、ただ歩くだけというのは意外にしんどいものです。模擬戦のひとつでもと思っていたところでしたからなぁ」
「ふふふ。こちらも親衛隊を相手に訓練ができる機会を、逃すわけには参りませんからな」
友好的な様子で握手を交わすふたりの姿を、隊員たちもニコニコと見守っていた。
ガンドの後ろ、少し離れた場所には100名ほどの冒険者がおり、各々準備運動などをしながら、好戦的な笑みを親衛隊に向けている。
そんななか、親衛隊長だけは苦々しげな表情を浮かべていた。
そしてこの親衛隊を率いる第2王子ヴァルターは、一応すまし顔を作っていたが、口元に笑みが浮かぶのを堪えているようだった。
**********
「どうやら親衛隊のほとんどは、本当にただの訓練だと思っているみたいだな」
敏樹はオートバイを飛ばして親衛隊に接近し、『情報閲覧』で情報集をおこなった。
タブレットPCのカメラに収めさえすれば、対象物のことをほぼ余すことなく知ることができる。
人にフォーカスすれば、過去に起こした行動のすべてを見ることすら可能だ。
そうやって親衛隊の行動や言動を調べた結果、真の目的を知るのはヴァルターと隊長のみであることがわかった。
「これ、このまま集落に行ったとして、まともに作戦を遂行できるのかね?」
この国に住まう多くの人にとって、精人というのは敬愛の対象だ。
彼らを奴隷や素材としてみているのは、本当にごく一部の不届き者だけである。
親衛隊に所属しているからといって、思想が統一されているわけでもない。
そんな彼らを集落に連れて行って、「いまから精人と戦う」といったところで素直に戦うとは思えないのだ。
「……っていうか、第2王子が想定以上のアホだったな」
タブレットPCに記録した、第2王子の過去を改めて見直す。
ヴァルターは言ってみればガキ大将がそのまま大きくなったような男だった。
ときには無茶をして大きな問題に発展しそうなこともあったが、兄エリオットや従弟の道楽貴公子ことカーティスがフォローして事なきを得た、ということが多々あったようだ。
そういった周りのフォローのおかげもあって、ヴァルターはその腕っ節と気風の良さから人気者になったし、王家にとっても軍部の信望を得られたのは行幸だった。
ただ、今回はいろいろと巡り合わせが悪すぎた。
いままで大抵のことが思い通りに進み、ほとんどの障害を力づくで退けてきたヴァルターは、自分の頭で深くものを考えるということがあまりなかった。
王家にとって使い勝手のいい道具のようなものだといっていいだろう。
それを正しく運用できれば問題ないが、絶望に染まった父バートランドがその使い手となったことは、誰にとっても不幸でしかなかった。
「考え無しにもほどがあるだろうに……。まぁ周りがそういう風に育てたってこともあるから、第2王子も被害者っちゃあ被害者か」
ヴァルター自身は自分が命じさえすれば、親衛隊は手足のように動くと思っているのだろう。
そのあたりを諫めるのが親衛隊長の役割なはずだが、彼はヴァルターを溺愛しているらしいので、王子の意見に反対することはない。
元々はヴァルター付きの訓練教官で、老齢を理由に引退しようとしたところ、親衛隊長というほとんど名誉職に近い役職を与えられた。
過去はともかく、いまの親衛隊は実質ヴァルターの私兵集団といっていいものになっているからだ。
「孫を甘やかすじじいかよ、ったく……」
この隊長がヴァルター並みの阿呆ならば、今回の作戦内容を他の隊員に漏らすなどしただろうし、そうすれば良識のある隊員たちから待ったがかかった可能性はあるが、誰にとっての不幸か、親衛隊長は中途半端に頭が使えた。
早い段階で隊員に知られれば反対されるし、強い反対があればヴァルーターは考えを改めるかも知れない。
しかし自分としてはヴァルターの望みを叶えてやりたい、ということで、真実をギリギリまで隠そうと考えた。
いざ作戦が始まったとき、ヴァルターが命じさえすれば、なんだかんだで隊員たちも命令を遂行するだろうという甘い考えのもとに。
老齢のため隊長の判断力が鈍っている、というのも不幸の一因かも知れない。
「さっさと滅んでしまったほうががいいんじゃなかろうか……」
などと考える敏樹であり、他人事であれば安易にそう結論づけたかも知れないが、自分たちの住む場所で政変が起こるとなると話は別だ。
それなりの期間をヘイダの町やその周辺で過ごしてきた敏樹としては、自分の活動拠点の平穏こそ最も優先すべきことである。
親衛隊を撃退、あるいは殲滅するのは、不可能ではないだろうが、そうすれば天網府や周辺国が動く。
動乱は必至であり、自分たちの住む場所が騒がしくなることは避けられないだろう。
落ち着くまで日本に帰る、あるいは拠点を変える、という選択を取るには、この場所で知り合いが増えすぎた。
ヘイダの町だけでなく、シゲルの訓練を通じで仲良くなった商都や州都の冒険者はもう100人を超えるだろうか。
ドハティ商会も大きくなり、いまやケシド州一の商会と言ってもいい。
彼らに活動拠点を変えろとも言えないし、ファランにしたところで、商会に関わる人たちを見捨てて、テオノーグ王国を出るということはあるまい。
「ま、ここは第2王子のアホさ加減を利用させてもらおうか」
事は穏便に済ませたい。
そういう意味で、敏樹とギルドマスターのバイロン、そして天網監察のマーガレットの利害は一致する。
いくら回りくどい方法になろうとも、そのための労力は惜しまないつもりだ。
「脳筋の戦バカってことは、手応えのある戦いができれば満足するんじゃないか」
シゲルの弟子ネットワークはいまやヘイダの町を超え、州都と商都にまで広がっている。
そのなかから腕利きの冒険者を募り、ヘイダの町とヌネアの森のあいだに広がる荒野で、模擬戦を行なう。
そうやって時間を稼いでいるあいだに、事態の収束を図ろうというのが、敏樹、バイロン、マーガレットの三者で考えた作戦の大枠だった。
**********
「ふむう、そちらは100名、対してこちらは千名……。ここは代表戦というふうにしたほうがよろしいかな?」
「こちらは乱戦形式で問題ありませんぞ? なにせ実戦慣れした腕利きばかりですからなぁ」
「そうはいっても魔物相手でしょう? 対人戦となると話は違う」
「いやいや、こちらは盗賊団を何度も殲滅した経験もありますからなぁ」
「おやおや、訓練の行き届いた軍を、山賊風情と同格に語られてはいささ気分を害しますなぁ」
「おおっと、これは失礼した。しかし、一騎当千とはいかぬまでも、十人力、百人力クラスはごろごろとおりますゆえ、同数での代表戦というのも面白くないですぞ」
と、さきほどから副隊長とガンドのあいだで、どのように模擬戦を行なうかが話し合われている。
副隊長もガンドも、互いのトップから作戦の真意を知らされていないので、どうやれば模擬戦が有意義なものとなるのかを、純粋に打ち合わせているのだった。
「殿下、このようなところで油を売らず、作戦を遂行すべきです」
どこか楽しげに話す副隊長とガンドを見て忌々しげな表情を浮かべながら、隊長はヴァルターの耳元で囁いた。
「あ、ああ。しかし、訓練という名目がある以上、ここを素通りするのもどうかと思うが……」
一方のヴァルターは、副隊長とガンドの会話の断片を耳にしながら、目を輝かせていた。
どうやら敏樹らの撒いた餌にまんまと食いつきそうである。
チョロい。
「あまり時間をかけすぎると、王の不興を買うやもしれませんぞ?」
「む……」
王と聞いて、高揚しかけていたヴァルターの心は一気に冷めた。
父バートランドにそそのかされての出兵だったが、思い返すにあのときの父の様子は異常だった。
強敵と戦えるという高揚感がある程度落ち着き、改めて父の顔を思い描くと、腹の底に冷たいなにかが溜まっているように感じられた。
隊長の言うとおり、いまの父をあまり怒らせたくはないという思いが、ゾワゾワと湧き上がってくる。
それに訓練というなら帰りでもいいはずだ。
ならば先に集落を攻め、しかるのちに模擬戦でもよかろうという、なんとも安易な考えのもと、ヴァルターが副隊長に声をかけようとしたときだった。
「悪いがここを通すわけにはいかんよ」
低いつぶやきを耳にしたヴァルターと隊長は、声のほうを振り返って身構えた。
いつの間に接近されたのか、そこにはローブ姿の老人が佇んでいた。
「おお! バイロン殿ー!」
そして老人の姿に気付いたガンドは、暢気な様子で声をかけ、軽く手を振る。
「バイロンとは、王国統括ギルドマスターのバイロン殿ですか!?」
続けて反応したのは副隊長だった。
副隊長は感激した様子で、バイロンのもとへ駆け寄っていく。
「な、なぜギルドマスターがこのようなところに?」
「だってここ、儂の生まれ故郷じゃもん」
苦々しげな表情を浮かべた親衛隊長の問いかけに、バイロンは飄々と答えた。
支部町の病気療養で代理が必要になり、とりあえずの場つなぎと里帰りを兼ねて、バイロンはヘイダの町に滞在していたのだった。
「いやぁまさか名高き『殲滅の大魔導』とこのようなところで出会えるとは」
「ほっほ、懐かしい呼び名じゃな」
バイロンのもとに駆け寄った副隊長は、子供のように目を輝かせている。
「まさかこのたびの訓練、バイロン殿直々にご指導くださるのですか?」
「ふむ、お主らが望むなら、それもよいかの」
「おお!!」
感嘆の声を上げた副隊長は、踵を返して隊員たちのほうへ駆けていく。
「みんな聞けぇ! 我らがテオノーグ王国の、救国の英雄たる殲滅の大魔導ことギルドマスターのバイロン殿が、直々にご指導くださるとのこと!! こんな機会は滅多にないぞぉ!!」
『おおおおおおおお!!!!』
副隊長の言葉に、親衛隊から歓声が上がる。
ヴァルターを慕う親衛隊員は、基本的に脳筋なのだ。
「……というわけじゃ。これでも素通りするというなら、儂、ちょっとだけ本気出しちゃうかも」
「ぐぬぬ……」
その言葉に親衛隊長は悔しげにうなり、さすがのヴァルターも顔を青ざめるのだった。
書籍3巻無事発売できました!!
よろしくお願いします!!
「おー! よくぞ来てくださった、親衛隊のみなさま!」
その陣に、ひとりの男が近づいてくる。
斧槍を手にした熊獣人の冒険者、『酔乱斧槍』のガンドであった。
「いやいや、こちらもありがたい申し出でしたぞ」
そんなガンドを迎え入れたのは、親衛隊の副隊長だった。
「大規模な行軍の訓練といっても、ただ歩くだけというのは意外にしんどいものです。模擬戦のひとつでもと思っていたところでしたからなぁ」
「ふふふ。こちらも親衛隊を相手に訓練ができる機会を、逃すわけには参りませんからな」
友好的な様子で握手を交わすふたりの姿を、隊員たちもニコニコと見守っていた。
ガンドの後ろ、少し離れた場所には100名ほどの冒険者がおり、各々準備運動などをしながら、好戦的な笑みを親衛隊に向けている。
そんななか、親衛隊長だけは苦々しげな表情を浮かべていた。
そしてこの親衛隊を率いる第2王子ヴァルターは、一応すまし顔を作っていたが、口元に笑みが浮かぶのを堪えているようだった。
**********
「どうやら親衛隊のほとんどは、本当にただの訓練だと思っているみたいだな」
敏樹はオートバイを飛ばして親衛隊に接近し、『情報閲覧』で情報集をおこなった。
タブレットPCのカメラに収めさえすれば、対象物のことをほぼ余すことなく知ることができる。
人にフォーカスすれば、過去に起こした行動のすべてを見ることすら可能だ。
そうやって親衛隊の行動や言動を調べた結果、真の目的を知るのはヴァルターと隊長のみであることがわかった。
「これ、このまま集落に行ったとして、まともに作戦を遂行できるのかね?」
この国に住まう多くの人にとって、精人というのは敬愛の対象だ。
彼らを奴隷や素材としてみているのは、本当にごく一部の不届き者だけである。
親衛隊に所属しているからといって、思想が統一されているわけでもない。
そんな彼らを集落に連れて行って、「いまから精人と戦う」といったところで素直に戦うとは思えないのだ。
「……っていうか、第2王子が想定以上のアホだったな」
タブレットPCに記録した、第2王子の過去を改めて見直す。
ヴァルターは言ってみればガキ大将がそのまま大きくなったような男だった。
ときには無茶をして大きな問題に発展しそうなこともあったが、兄エリオットや従弟の道楽貴公子ことカーティスがフォローして事なきを得た、ということが多々あったようだ。
そういった周りのフォローのおかげもあって、ヴァルターはその腕っ節と気風の良さから人気者になったし、王家にとっても軍部の信望を得られたのは行幸だった。
ただ、今回はいろいろと巡り合わせが悪すぎた。
いままで大抵のことが思い通りに進み、ほとんどの障害を力づくで退けてきたヴァルターは、自分の頭で深くものを考えるということがあまりなかった。
王家にとって使い勝手のいい道具のようなものだといっていいだろう。
それを正しく運用できれば問題ないが、絶望に染まった父バートランドがその使い手となったことは、誰にとっても不幸でしかなかった。
「考え無しにもほどがあるだろうに……。まぁ周りがそういう風に育てたってこともあるから、第2王子も被害者っちゃあ被害者か」
ヴァルター自身は自分が命じさえすれば、親衛隊は手足のように動くと思っているのだろう。
そのあたりを諫めるのが親衛隊長の役割なはずだが、彼はヴァルターを溺愛しているらしいので、王子の意見に反対することはない。
元々はヴァルター付きの訓練教官で、老齢を理由に引退しようとしたところ、親衛隊長というほとんど名誉職に近い役職を与えられた。
過去はともかく、いまの親衛隊は実質ヴァルターの私兵集団といっていいものになっているからだ。
「孫を甘やかすじじいかよ、ったく……」
この隊長がヴァルター並みの阿呆ならば、今回の作戦内容を他の隊員に漏らすなどしただろうし、そうすれば良識のある隊員たちから待ったがかかった可能性はあるが、誰にとっての不幸か、親衛隊長は中途半端に頭が使えた。
早い段階で隊員に知られれば反対されるし、強い反対があればヴァルーターは考えを改めるかも知れない。
しかし自分としてはヴァルターの望みを叶えてやりたい、ということで、真実をギリギリまで隠そうと考えた。
いざ作戦が始まったとき、ヴァルターが命じさえすれば、なんだかんだで隊員たちも命令を遂行するだろうという甘い考えのもとに。
老齢のため隊長の判断力が鈍っている、というのも不幸の一因かも知れない。
「さっさと滅んでしまったほうががいいんじゃなかろうか……」
などと考える敏樹であり、他人事であれば安易にそう結論づけたかも知れないが、自分たちの住む場所で政変が起こるとなると話は別だ。
それなりの期間をヘイダの町やその周辺で過ごしてきた敏樹としては、自分の活動拠点の平穏こそ最も優先すべきことである。
親衛隊を撃退、あるいは殲滅するのは、不可能ではないだろうが、そうすれば天網府や周辺国が動く。
動乱は必至であり、自分たちの住む場所が騒がしくなることは避けられないだろう。
落ち着くまで日本に帰る、あるいは拠点を変える、という選択を取るには、この場所で知り合いが増えすぎた。
ヘイダの町だけでなく、シゲルの訓練を通じで仲良くなった商都や州都の冒険者はもう100人を超えるだろうか。
ドハティ商会も大きくなり、いまやケシド州一の商会と言ってもいい。
彼らに活動拠点を変えろとも言えないし、ファランにしたところで、商会に関わる人たちを見捨てて、テオノーグ王国を出るということはあるまい。
「ま、ここは第2王子のアホさ加減を利用させてもらおうか」
事は穏便に済ませたい。
そういう意味で、敏樹とギルドマスターのバイロン、そして天網監察のマーガレットの利害は一致する。
いくら回りくどい方法になろうとも、そのための労力は惜しまないつもりだ。
「脳筋の戦バカってことは、手応えのある戦いができれば満足するんじゃないか」
シゲルの弟子ネットワークはいまやヘイダの町を超え、州都と商都にまで広がっている。
そのなかから腕利きの冒険者を募り、ヘイダの町とヌネアの森のあいだに広がる荒野で、模擬戦を行なう。
そうやって時間を稼いでいるあいだに、事態の収束を図ろうというのが、敏樹、バイロン、マーガレットの三者で考えた作戦の大枠だった。
**********
「ふむう、そちらは100名、対してこちらは千名……。ここは代表戦というふうにしたほうがよろしいかな?」
「こちらは乱戦形式で問題ありませんぞ? なにせ実戦慣れした腕利きばかりですからなぁ」
「そうはいっても魔物相手でしょう? 対人戦となると話は違う」
「いやいや、こちらは盗賊団を何度も殲滅した経験もありますからなぁ」
「おやおや、訓練の行き届いた軍を、山賊風情と同格に語られてはいささ気分を害しますなぁ」
「おおっと、これは失礼した。しかし、一騎当千とはいかぬまでも、十人力、百人力クラスはごろごろとおりますゆえ、同数での代表戦というのも面白くないですぞ」
と、さきほどから副隊長とガンドのあいだで、どのように模擬戦を行なうかが話し合われている。
副隊長もガンドも、互いのトップから作戦の真意を知らされていないので、どうやれば模擬戦が有意義なものとなるのかを、純粋に打ち合わせているのだった。
「殿下、このようなところで油を売らず、作戦を遂行すべきです」
どこか楽しげに話す副隊長とガンドを見て忌々しげな表情を浮かべながら、隊長はヴァルターの耳元で囁いた。
「あ、ああ。しかし、訓練という名目がある以上、ここを素通りするのもどうかと思うが……」
一方のヴァルターは、副隊長とガンドの会話の断片を耳にしながら、目を輝かせていた。
どうやら敏樹らの撒いた餌にまんまと食いつきそうである。
チョロい。
「あまり時間をかけすぎると、王の不興を買うやもしれませんぞ?」
「む……」
王と聞いて、高揚しかけていたヴァルターの心は一気に冷めた。
父バートランドにそそのかされての出兵だったが、思い返すにあのときの父の様子は異常だった。
強敵と戦えるという高揚感がある程度落ち着き、改めて父の顔を思い描くと、腹の底に冷たいなにかが溜まっているように感じられた。
隊長の言うとおり、いまの父をあまり怒らせたくはないという思いが、ゾワゾワと湧き上がってくる。
それに訓練というなら帰りでもいいはずだ。
ならば先に集落を攻め、しかるのちに模擬戦でもよかろうという、なんとも安易な考えのもと、ヴァルターが副隊長に声をかけようとしたときだった。
「悪いがここを通すわけにはいかんよ」
低いつぶやきを耳にしたヴァルターと隊長は、声のほうを振り返って身構えた。
いつの間に接近されたのか、そこにはローブ姿の老人が佇んでいた。
「おお! バイロン殿ー!」
そして老人の姿に気付いたガンドは、暢気な様子で声をかけ、軽く手を振る。
「バイロンとは、王国統括ギルドマスターのバイロン殿ですか!?」
続けて反応したのは副隊長だった。
副隊長は感激した様子で、バイロンのもとへ駆け寄っていく。
「な、なぜギルドマスターがこのようなところに?」
「だってここ、儂の生まれ故郷じゃもん」
苦々しげな表情を浮かべた親衛隊長の問いかけに、バイロンは飄々と答えた。
支部町の病気療養で代理が必要になり、とりあえずの場つなぎと里帰りを兼ねて、バイロンはヘイダの町に滞在していたのだった。
「いやぁまさか名高き『殲滅の大魔導』とこのようなところで出会えるとは」
「ほっほ、懐かしい呼び名じゃな」
バイロンのもとに駆け寄った副隊長は、子供のように目を輝かせている。
「まさかこのたびの訓練、バイロン殿直々にご指導くださるのですか?」
「ふむ、お主らが望むなら、それもよいかの」
「おお!!」
感嘆の声を上げた副隊長は、踵を返して隊員たちのほうへ駆けていく。
「みんな聞けぇ! 我らがテオノーグ王国の、救国の英雄たる殲滅の大魔導ことギルドマスターのバイロン殿が、直々にご指導くださるとのこと!! こんな機会は滅多にないぞぉ!!」
『おおおおおおおお!!!!』
副隊長の言葉に、親衛隊から歓声が上がる。
ヴァルターを慕う親衛隊員は、基本的に脳筋なのだ。
「……というわけじゃ。これでも素通りするというなら、儂、ちょっとだけ本気出しちゃうかも」
「ぐぬぬ……」
その言葉に親衛隊長は悔しげにうなり、さすがのヴァルターも顔を青ざめるのだった。
書籍3巻無事発売できました!!
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ノベルバユーザー4770
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