【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第17話『おっさん、奴隷商館へ行く ジ・アザーサイド 前編』
奴隷商館が並ぶ通りにほど近い場所で、マーガレットたちは数名のグループに分かれて待機していた。
この場にいるのはマーガレットとシーラたちの4人のみ。
それ以外に4~5名からなる憲兵の集団が3つ。
それぞれ他州から派遣された天監とドラモントが率いている。
彼女らは近くの飲食店に分かれて入り、時間を潰していた。
「そろそろですね」
マーガレットが呟いて間もなく、テーブルの端に置かれた砂時計の砂がすべて落ちた。
敏樹らが奴隷娼館を訪れて、およそ30分が経過していた。
「ではよろしくお願いします」
「あいよ」「かしこまりました」「ん」
シーラたちはそれぞれ返事をし、一斉に立ち上がった。
会計は済ませているので、速やかに店を出る。
店を出て奴隷商館を目指す。
4人が歩いていると、近く店から数名のグループが出てきてマーガレットたちに合流した。
徐々に人数が増えてくると、周りからどよめきが起こり始めた。
なにせ憲兵の制服を着た者を中心に20名ほどの集団が、歩調を揃えて進んでいくのである。
なにか大きな捕物でもあるのではないかと、多くの人がわずかな畏れをいだきつつも、それを大幅に上回る好奇心から、遠巻きに集団を見ながら一部は少し距離を空けてついていく。
やがてマーガレットが率いる集団は、ひとつの大きな建物の前で止まった。
「お、おい……ここって?」
「ランバルグ商会の奴隷屋じゃねぇのか?」
「まさか、ランバルグ商会に手入れを?」
「いや、いくらなんでもそれはないだろう」
「だよな……。ここのヘタレ憲兵がでかい商会に逆らえるとは思えんし」
「でも、率いているのは見たことない女だぞ? それに、冒険者らしいのもいるし」
「いったいなにが起ころうってんだ……?」
商館を囲う塀には分厚い門が設置されているが、いまは営業時間中のため開け放たれていた。
門から商館の入り口まではおよそ50メートル。
きっちりと手入れされた庭が、屋敷の周りに広がっており、そこには数名の従業員らしき人影があった。
門を入ってすぐの所に簡易の詰め所が設置され、中には警備兵がふたり。
外が騒がしくなったため詰め所を出てマーガレットの前に立った。
「い、いったい何事でしょうか?」
この場にいるのがマーガレットとシーラたちだけならどうであったかわからないが、その後ろにずらりと並ぶ憲兵隊の制服に恐れをなしたのか、警備兵は丁寧な態度をとることにしたようだ。
「御用改めです。ランバルグ商会会長ドレイク・ランバルグに重大な天網違反容疑がかかっております。そのためこの商館内にいる者を一度全員拘束します」
「はぁ!?」
「吟味の結果、天網違反に関わりがないと判明した方は順次釈放しますのでご安心を。さぁ、あなたたちもさっさと武装を解除して投降してください」
ふたりの警備兵は戸惑ったまま、互いに目を合わせて頷きあった。
「あの、我々の一存ではなんともお答えしかねますので、まずは上の者に確認を――」
「無用です。この場は私の指示に従ってください。あなた方がランバルグ商会とどのような契約を結んでいるかにかかわらず、私の指示が優先されます」
「横暴なっ!! いったいなんの権利があってそんなことを!?」
先程から口を開くのはひとりだけで、もうひとりはじっとマーガレットたちの様子を見ていた。
そんなふたりの警備兵に対し、マーガレットは首に巻かれたチョーカーをトントンと叩いて示す。
そこには桜の紋が浮かび上がっていた。
「これが目に入りませんか?」
ふたりの警備兵が目を見開いて息を呑む。
「武装解除と投降に関わること以外、一切の行動を禁じます。指示に従わない場合は天帝への叛意ありとみなし、天網監察の権限を持って誅します」
以前州都で憲兵副隊長であるレンドルトの屋敷を訪れたときと違っていまは天網府が動いており、マーガレットにはそれなりの権限が与えられている。
「で、ではひとまずみなさま中へ……」
「無用です。我々が出向くのではなく商館内の者がこの場に出頭してください」
その答えに、警備兵はちらりと外を見た。
100人を超える野次馬が、事の成り行きを見守っている。
敷地内に憲兵たちを招き入れさえできれば、門を閉じで中で好き放題できるのだが、この状態で下手に動けば商会の評判に関わるどころの話では済まなくなる可能性が高い。
天監の存在はまだ野次馬に知られてはいないだろうが、憲兵の制服は多くの人に見られている。
仮にこの一団を力ずくで排除しようものなら、ランバルグ商会は憲兵隊に逆らったという事実が広まってしまうだろう。
「わ、わかりましたぁ!!」
先程から喋っているほうの警備兵が、大げさな動作で腰に刷いた剣を鞘付きのベルトごと外し、それを真上に放り投げつつ両手を上げた。
多くの人がその動作に目を奪われた隙に、もうひとりが身を翻して屋敷へと駆けていく。
「ちっ……」
舌打ちをしたマーガレットは素早く踏み出そうとしたが、ポンと軽く肩を叩かれてその場に踏みとどまった。
それと同時に、彼女の脇をひとつの影が駆け抜けていく。
「がっ……ぎぎぎっ!?」
首を打たれた警備兵が、大仰に身を仰け反らせたかと思うと、白目をむいてその場に倒れ込んだ。
「ふーん。便利だけど、もうちょっとリーチが欲しいねぇ」
倒れた警備兵の近くには、短い警棒のようなものを2本持ったシーラが立っていた。
彼女が手にしているのは、憲兵隊が拘束用に使っている『雷棒』と呼ばれるものだ。
対象に当たると同時に、雷撃を加えて動きを封じるものである。
『そういや海外には警棒型の強力なスタンガンってのがある、ってのを聞いたことがあるなぁ』
というのが、雷棒を見た敏樹の感想である。
シーラは警備兵の片割れが屋敷を目指して走り出すや、素早く走り込んで追いつき、首に一撃を加えたというわけである。
「ぐぇっ……!!」
「ひぃっ!?」
さらに悲鳴がふたつ。
敷地内にいた従業員が、異常を察知して屋敷へと知らせに入ろうとしたのだろう。
その内ひとりはメリダの放った矢で背中を射たれて倒れた。
彼女が使ったのは冒険者ギルドで使われる訓練用の矢である。
〈貫通無効〉〈刺突無効〉〈衝撃軽減〉という効果のあるスライム材でできた丸い鏃が付いたその矢には、殺傷能力こそないものの衝撃は半分ほど残るようになっている。
いくら衝撃が半減したところで、そこそこ近距離から射られればかなりのダメージを受けるものだ。
もうひとりは踏み出そうとした先の地面をライリーの魔術で穿たれ、驚いてへたり込んだのだった。
「い、いきなりなにを!?」
突然振るわれた暴力に抗議の意を示した警備兵だったが、マーガレットは冷ややかな視線を向けて口を開いた。
「もう一度言います。武装解除と投降に関わること以外の行動は天帝に弓引く行為としてその場で誅します。次から命の保証はありませんよ?」
警備兵はぎりりと奥歯を噛み締めたが、ほどなく観念したようにため息をつく。
「わかりました。通信箱を使って通達を出すので詰め所に戻っても?」
「ええ、どうぞ。一応言っておきますが、余計な真似はされないように」
「わかっていますよ」
そう答えた警備兵は口元をわずかに歪めたが、マーガレットは特に反応もせず彼を見送った。
**********
「こりゃまた随分とおそろいで……」
警備兵が詰め所に入って数分後に現われた一団をみて、シーラが呆れたように呟く。
屋敷の中や敷地の各所からおよそ50名ほどが出てきたのだが、全員が例外なく手に武器を持っていた。
剣や槍を持つものもあれば、戦闘用には見えないハンマーや斧、そして包丁やノコギリ、はさみなどを手にした者も入る。
「まったく……。余計な真似はしないようにと言ったはずですが?」
「おおっと、勘違いしないでくださいよ」
詰め所から出た警備兵はニヤニヤしながら両手を上げたまま、出てきた一団へと向き直る。
「よーしみんなぁ! 武器を捨てて投降するんだ!!」
警備兵の呼びかけに、一団の中央から剣を持った青年が前に出てくる。
革の装備に身を包んだその男は、冒険者崩れの用心棒といったところか。
一団の半数ほどは何かしらの戦闘経験がありそうに見える。
「わっかりましたぁ!!」
青年はそう答えたものの、彼を含めて50名の一団は動こうとしない。
「なんの真似です?」
「なんの真似って、天監サマの指示に従って“武器を捨てて投稿しろ”と呼びかけたじゃありませんか」
「その割には動きがないようですが?」
「さぁ……。武装解除に時間がかかってるんじゃないですか」
「……くだらない」
警備兵には何かしらの意図があって時間稼ぎをしようとしているのだろう。
得意げな笑みを浮かべる警備兵に対し、呆れたようにため息を付いたマーガレットに、憲兵隊長のドラモントが歩み寄る。
「即座に武装解除するよう指示を出し直せばよかろう。それこそ3つ数える内に、とでも」
ドラモントの言葉に、警備兵の笑顔が引きつる。
「あやつは自身を策士かなにかと思っているのかもしれんが、我々はこの場でルールを作ることができるのだからな。小賢しい策などいくらでも潰しようはあるさ」
「そうですね」
「あー、ちょい待ち」
ドラモントの提案に乗ろうとしたマーガレットに、シーラが異を唱える。
「あたしとしては連中がどんな悪あがきをするのか見てみたいんだけどねぇ」
警備兵たちは明らかに時間稼ぎをしようとしており、その目的は十中八九増援を待つためであろう。
内部の人員はほぼ全て出揃っていると見ていい。
武器を手にしてニヤつく連中の中に奴隷の姿はなく、そこまで総動員すればさらに倍以上の数を揃えることは可能だが、増援に奴隷が現れることは考えられない。
『その奴隷が過去に受けた命令を強制的に喋らせることが出来るという魔道具があります。不適切な命令で奴隷が不当に扱われていないかどうかを確認するためですね』
商館を手入れする際、奴隷が邪魔をしないのかという質問に対する、マーガレットの答えである。
天監である彼女に対して奴隷をけしかけた場合、明確な叛意の証言をとられてしまうのだ。
つまり、増援が来るとなれば外からということになる。
「ろくでもない連中がくるんだったら、遠慮なく成敗できるだろう?」
先程使った雷棒をドラモントに返し、愛用している双剣の柄を撫でながら、シーラは不敵な笑みを浮かべる。
この奴隷娼館がある区域は表通りから少し離れており、治安が少々悪い。
このあたりを縄張りにしている反社会的組織などはあるだろうし、そういう組織と大きな商会というのはそれなりに癒着しているものである。
そして、シーラとしてはそういった盗賊まがいの連中を相手に、ひと暴れしたいと考えているのだ。
「あえて危険を冒す必要はないと思いますが?」
「うむ。危険を避けられるならそれに越したことはないな」
シーラを窘めるようなふたりの言葉に、同行した憲兵たちもうんうんと頷く。
「ちっ……、腰抜けどもめ……」
荒事を得意としない、あまり優秀ではないこの町の憲兵たちからしてみれば、このあたりを根城にする粗暴な連中と事を構えるなどもってのほかと考えているのだろう。
そんな隊員たちに聞こえないよう、小さな声でシーラは不満を漏らした。
「失礼ながら」
そこへメリダが割ってはいり、少し声を落として――警備兵達に聞こえない程度の声量で――マーガレットたちに話し始める。
「彼らはいまのところ表向きはこちらに従っておりますが、自分たちの策が通じないとなりますとヤケを起こす可能性があるのでは?」
「ヤケ、ですか?」
「はい。それで彼らが開き直ってこちらと敵対した場合、みなさまで対処できますでしょうか?」
そこでメリダは憲兵隊員を見る。
少し鋭い視線を受けた隊員たちは、怯んだ様子で視線をそらした。
「最悪なのは彼らが敵対し、わたくしどもに向かってきたところで増援が来ることですわね」
「ふむ、挟撃か……」
ドラモントが放った『挟撃』という言葉に、隊員たちからどよめきが起こる。
いま屋敷の前で数十人がただ武器を持っているだけという状況にもかなりのストレスを感じている者たちである。
その数十名が武器を構え、自分たちに向かってきたら? そしてさらなる増援が背後から迫ってくるとしたら?
「た、たた隊長、む、無理強いして、騒ぎを大きくするのは、その、得策ではないかと……」
「ふむ……」
副隊長格のひとりがドラモントに意見する。
随分と情けない意見ではあるが、それでもこの場で騒ぎ出さずにいるだけ上出来だろうか、というのがドラモントの感想である。
一応彼が赴任してさほど経っていないが、多少は鍛え直しただけのことはある、といったところか。
「……わかりました」
ライリーと隊員の意見を受け、マーガレットは警備兵に向き直る。
「ではみなさん、できるだけ速やかに武装を解除し、投降してください」
その言葉に、警備兵や用心棒の青年はほっと胸をなでおろす。
彼らとて大逆の罪を負いたくはない。
“みっつ数える内に武器を捨てよ”と言われれば、それに逆らう者はいないだろう。
せめて彼らが門の内側に入ってくれれば、観衆の視線を遮ってなんとかできるかもしれないが、いまなお憲兵たちは門の外側にいるのだ。
(しかし今となってはそれが我らの有利に働く)
警備兵は内心でほくそ笑む。
このあたりの往来はゴロツキの縄張りであり、そこには州法はおろか天網すら及ばないのだ。
そして門の外で何が起ころうと、天帝の名のもとに武装解除を求められている自分たちにはなにもできないのである。
「道を開けやがれぇ!」
「おうおう! どきやがれ野次馬どもがっ!!」
「痛ぇ目に会わすぞゴルァッ!?」
人垣の一部が割れ、いかにもな連中がゾロゾロと姿を現す。
およそ50人のゴロツキが、少し距離を取ってマーガレット率いる集団と対峙した。
そこからボスと思われる男が前に出て大声を上げる。
「人さまのシマでなに好き放題やってやがんだぁ? あぁ!?」
さらにふたり、腹心と思われる者がボスの両側に進み出た。
「おうおう! 商都のヘタレ憲兵が俺らに逆らおうってのか?」
「痛ぇ目に会わすぞゴルァッ!?」
なんとも頭の悪そうな恫喝にシーラなどは思わず苦笑を漏らしたが、ヘタレと呼ばれた憲兵たちには効果的だったようで、ほぼ全員が及び腰になった。
「中に逃げ込まれちゃ面倒だ……、中のヤツー! 門を閉めやがれぃ!!」
「そ、そんなー、無理ですー」
ボスの指示に警備兵は棒読みで反抗する。
「おうおう! てめぇ家族や知り合いがどうなってもいいのか?」
「痛ぇ目に会わすぞゴルァッ!?」
「か、家族を盾にとられたのでは仕方ないー! 不本意ではありますが、門は閉めさせていただきますー!!」
これまた棒読みでの応答のあと、商館を囲む塀に設けられた大きく分厚い扉が閉じられた。
詰め所からの操作で開閉できるようになっているのだろう。
「てめぇら覚悟はできてんだろうなぁ……?」
「おうおう! 逃げ場ぁなくなったぞ?」
「痛ぇ目に会わすぞゴルァッ!?」
リーダー格の3人が凄み、その後ろに控える数十名も各々武器を手に嗜虐的な笑みを浮かべている。
逃げ場はないと言うが、別にマーガレットらは野次馬に囲まれているものの、ゴロツキ集団に包囲されているわけではない。
逃げようと思えば野次馬をかき分けて逃げられなくもないが、憲兵がゴロツキを前に遁走するわけにもいくまい。
「おい、いい女が結構いるじゃねぇか」
「俺ぁあの犬耳がいいなぁ」
「白い肌の女ぁ、ありゃエルフじゃねぇか? たまんねぇなおい……」
「ローブのガキは俺のもんだぜぇ?」
「へへ……うしろでビクビクしてる中にも何人かいいのがいるじゃねぇか」
ゴロツキの間から下卑た言葉が聞こえてくる。
多くの者は前に出ているマーガレットやシーラたちに注目しているようだが、招集された憲兵の中には女性もおり、そちらに卑しい視線を向ける者もいた。
野次馬たちもそういった柄の悪い言葉や雰囲気を恐れたのか、ゴロツキたちから離れるように移動し、それらが憲兵たちの背後に回った。
結果、野次馬たちによって憲兵たちの退路はほぼ断たれた。
「静まりなさい!」
マーガレットが前に出て声を上げ、どよめきがわずかに収まる。
「私はケシド州天網監察署所属の監察員マーガレットと申します。我々はいま天帝の御名において公務を執行中です。それを邪魔するということは天帝に弓引く行為、すなわち大逆の罪に問われます。大逆は例外なく死罪! 命が惜しくばおとなしく引き下がりなさい!!」
その宣告に、ゴロツキどもの多くは押し黙る。
「それがどうしたぁ!!」
しかし怯んだ仲間を鼓舞するように、ボスが叫んだ。
「大逆だぁ? 大いに結構じゃねぇか!!」
裏通りのゴロツキにしてみれば、州法も天網も対して違いはない。
特に、ボスを始めとするリーダー格の連中などは、これまでやってきたことを鑑みるに、相手が憲兵だろうが天監だろうが捕まればどうせ死罪になるだろう。
「いっそ箔が付くってもんだぜ! なぁ? 野郎どもっ!!」
『おおおおおおおおお!!!!!!!』
ゴロツキたちから野太い歓声が上がる。
ボスの言葉で闘争心に火がついたようで、ガラの悪い集団はここに現れたときよりも野蛮な表情を浮かべ、いまにも飛びかかってきそうだった。
「つまり、大逆の罪を甘んじて受け入れるということですわね?」
突然、冷たいメリダの声があたりに響く。
特に張り上げたわけでもない、ごく普通の会話をするように放たれたその言葉がその場にいた全員の耳に届いたのだが、それは彼女が風魔法に声を乗せたからである。
突然すぐ近くで話しかけられたような錯覚を覚えた人々は一様に戸惑い、あるいは驚き、暴発寸前だったゴロツキたちも水をかけられたように静まった。
「はっはっはーっ!! 望むところよ!! 俺たちゃあこれから反逆者として天下に名を轟かせてやろうじゃねぇか!!」
一度落ち着いた闘争心に再び火をつけるべく、ボスが大仰に叫ぶ。
「まずはてめぇらからだ……。女どもはここにいる全員でかわいがってやるから楽しみにしときなぁ」
そしてボスの言葉に気を良くしたのか、両脇の腹心ふたりも下卑た笑みを浮かべる。
「おうおう! 覚悟し――っ!?」
手下の言葉が中途半端に途切れたため、ボスはそちらに目をやる。
「か……はっ……!」
手下は喉に突き立った矢を掴み、空気の抜けたような短い声を漏らしていた。
「痛ぇ目にぎぃやあああああぁぁぁっ!!」
反対側からもうひとりの悲鳴が聞こえた。
ボスは慌ててそちらを振り返った。
もうひとりの手下は頭を炎に包まれて悲鳴を上げ、やがてのたうち回るのだが、ボスの視線はその光景を素通りして真後ろに向いたあと、ぐらりと揺れた。
――ああ、お天道さんてなぁこんなに眩しいもんだったんだなぁ……。
日没とともに起き出し、日の出とともに眠る。
裏社会で生きるようになってから、随分と長い間太陽を見ていないことを、彼は思い出した。
抜けるような青空と、その片隅でまばゆく輝く太陽。
それがボスの見た最後の景色だった。
――ドサリ、と音を立てて男の頭が落ちる。
「きゃあああ!!」
「こ、殺した……?」
「顔が……燃えてる……?」
「ひ、ひぃっ……! 血が……あんなにいっぱい……」
「ひとごろし……人殺しだぁっ!!」
無残に倒れた三体の死体を目の当たりにした野次馬の間から、悲鳴が沸き起こった。
ゴロツキのあいだからも悲鳴があがったが、それ以外にも戸惑いの声、あるいは怒号が噴出する。
「大逆は例外なく死罪」
そこへ、再び風魔法に乗ったメリダの声が響く。
淡々とした口調で一言一句はっきりと聞こえたおかげか、恐慌状態に陥りそうだった野次馬やゴロツキどもが嘘のように静まり返る中、メリダは弓を構えたままマーガレットを見て、ふっと微笑む。
「ですわよね?」
まるで今日の天気を語るような静かな口調と穏やかな微笑みに、マーガレットは背筋に寒気が走るのを感じるのだった。
この場にいるのはマーガレットとシーラたちの4人のみ。
それ以外に4~5名からなる憲兵の集団が3つ。
それぞれ他州から派遣された天監とドラモントが率いている。
彼女らは近くの飲食店に分かれて入り、時間を潰していた。
「そろそろですね」
マーガレットが呟いて間もなく、テーブルの端に置かれた砂時計の砂がすべて落ちた。
敏樹らが奴隷娼館を訪れて、およそ30分が経過していた。
「ではよろしくお願いします」
「あいよ」「かしこまりました」「ん」
シーラたちはそれぞれ返事をし、一斉に立ち上がった。
会計は済ませているので、速やかに店を出る。
店を出て奴隷商館を目指す。
4人が歩いていると、近く店から数名のグループが出てきてマーガレットたちに合流した。
徐々に人数が増えてくると、周りからどよめきが起こり始めた。
なにせ憲兵の制服を着た者を中心に20名ほどの集団が、歩調を揃えて進んでいくのである。
なにか大きな捕物でもあるのではないかと、多くの人がわずかな畏れをいだきつつも、それを大幅に上回る好奇心から、遠巻きに集団を見ながら一部は少し距離を空けてついていく。
やがてマーガレットが率いる集団は、ひとつの大きな建物の前で止まった。
「お、おい……ここって?」
「ランバルグ商会の奴隷屋じゃねぇのか?」
「まさか、ランバルグ商会に手入れを?」
「いや、いくらなんでもそれはないだろう」
「だよな……。ここのヘタレ憲兵がでかい商会に逆らえるとは思えんし」
「でも、率いているのは見たことない女だぞ? それに、冒険者らしいのもいるし」
「いったいなにが起ころうってんだ……?」
商館を囲う塀には分厚い門が設置されているが、いまは営業時間中のため開け放たれていた。
門から商館の入り口まではおよそ50メートル。
きっちりと手入れされた庭が、屋敷の周りに広がっており、そこには数名の従業員らしき人影があった。
門を入ってすぐの所に簡易の詰め所が設置され、中には警備兵がふたり。
外が騒がしくなったため詰め所を出てマーガレットの前に立った。
「い、いったい何事でしょうか?」
この場にいるのがマーガレットとシーラたちだけならどうであったかわからないが、その後ろにずらりと並ぶ憲兵隊の制服に恐れをなしたのか、警備兵は丁寧な態度をとることにしたようだ。
「御用改めです。ランバルグ商会会長ドレイク・ランバルグに重大な天網違反容疑がかかっております。そのためこの商館内にいる者を一度全員拘束します」
「はぁ!?」
「吟味の結果、天網違反に関わりがないと判明した方は順次釈放しますのでご安心を。さぁ、あなたたちもさっさと武装を解除して投降してください」
ふたりの警備兵は戸惑ったまま、互いに目を合わせて頷きあった。
「あの、我々の一存ではなんともお答えしかねますので、まずは上の者に確認を――」
「無用です。この場は私の指示に従ってください。あなた方がランバルグ商会とどのような契約を結んでいるかにかかわらず、私の指示が優先されます」
「横暴なっ!! いったいなんの権利があってそんなことを!?」
先程から口を開くのはひとりだけで、もうひとりはじっとマーガレットたちの様子を見ていた。
そんなふたりの警備兵に対し、マーガレットは首に巻かれたチョーカーをトントンと叩いて示す。
そこには桜の紋が浮かび上がっていた。
「これが目に入りませんか?」
ふたりの警備兵が目を見開いて息を呑む。
「武装解除と投降に関わること以外、一切の行動を禁じます。指示に従わない場合は天帝への叛意ありとみなし、天網監察の権限を持って誅します」
以前州都で憲兵副隊長であるレンドルトの屋敷を訪れたときと違っていまは天網府が動いており、マーガレットにはそれなりの権限が与えられている。
「で、ではひとまずみなさま中へ……」
「無用です。我々が出向くのではなく商館内の者がこの場に出頭してください」
その答えに、警備兵はちらりと外を見た。
100人を超える野次馬が、事の成り行きを見守っている。
敷地内に憲兵たちを招き入れさえできれば、門を閉じで中で好き放題できるのだが、この状態で下手に動けば商会の評判に関わるどころの話では済まなくなる可能性が高い。
天監の存在はまだ野次馬に知られてはいないだろうが、憲兵の制服は多くの人に見られている。
仮にこの一団を力ずくで排除しようものなら、ランバルグ商会は憲兵隊に逆らったという事実が広まってしまうだろう。
「わ、わかりましたぁ!!」
先程から喋っているほうの警備兵が、大げさな動作で腰に刷いた剣を鞘付きのベルトごと外し、それを真上に放り投げつつ両手を上げた。
多くの人がその動作に目を奪われた隙に、もうひとりが身を翻して屋敷へと駆けていく。
「ちっ……」
舌打ちをしたマーガレットは素早く踏み出そうとしたが、ポンと軽く肩を叩かれてその場に踏みとどまった。
それと同時に、彼女の脇をひとつの影が駆け抜けていく。
「がっ……ぎぎぎっ!?」
首を打たれた警備兵が、大仰に身を仰け反らせたかと思うと、白目をむいてその場に倒れ込んだ。
「ふーん。便利だけど、もうちょっとリーチが欲しいねぇ」
倒れた警備兵の近くには、短い警棒のようなものを2本持ったシーラが立っていた。
彼女が手にしているのは、憲兵隊が拘束用に使っている『雷棒』と呼ばれるものだ。
対象に当たると同時に、雷撃を加えて動きを封じるものである。
『そういや海外には警棒型の強力なスタンガンってのがある、ってのを聞いたことがあるなぁ』
というのが、雷棒を見た敏樹の感想である。
シーラは警備兵の片割れが屋敷を目指して走り出すや、素早く走り込んで追いつき、首に一撃を加えたというわけである。
「ぐぇっ……!!」
「ひぃっ!?」
さらに悲鳴がふたつ。
敷地内にいた従業員が、異常を察知して屋敷へと知らせに入ろうとしたのだろう。
その内ひとりはメリダの放った矢で背中を射たれて倒れた。
彼女が使ったのは冒険者ギルドで使われる訓練用の矢である。
〈貫通無効〉〈刺突無効〉〈衝撃軽減〉という効果のあるスライム材でできた丸い鏃が付いたその矢には、殺傷能力こそないものの衝撃は半分ほど残るようになっている。
いくら衝撃が半減したところで、そこそこ近距離から射られればかなりのダメージを受けるものだ。
もうひとりは踏み出そうとした先の地面をライリーの魔術で穿たれ、驚いてへたり込んだのだった。
「い、いきなりなにを!?」
突然振るわれた暴力に抗議の意を示した警備兵だったが、マーガレットは冷ややかな視線を向けて口を開いた。
「もう一度言います。武装解除と投降に関わること以外の行動は天帝に弓引く行為としてその場で誅します。次から命の保証はありませんよ?」
警備兵はぎりりと奥歯を噛み締めたが、ほどなく観念したようにため息をつく。
「わかりました。通信箱を使って通達を出すので詰め所に戻っても?」
「ええ、どうぞ。一応言っておきますが、余計な真似はされないように」
「わかっていますよ」
そう答えた警備兵は口元をわずかに歪めたが、マーガレットは特に反応もせず彼を見送った。
**********
「こりゃまた随分とおそろいで……」
警備兵が詰め所に入って数分後に現われた一団をみて、シーラが呆れたように呟く。
屋敷の中や敷地の各所からおよそ50名ほどが出てきたのだが、全員が例外なく手に武器を持っていた。
剣や槍を持つものもあれば、戦闘用には見えないハンマーや斧、そして包丁やノコギリ、はさみなどを手にした者も入る。
「まったく……。余計な真似はしないようにと言ったはずですが?」
「おおっと、勘違いしないでくださいよ」
詰め所から出た警備兵はニヤニヤしながら両手を上げたまま、出てきた一団へと向き直る。
「よーしみんなぁ! 武器を捨てて投降するんだ!!」
警備兵の呼びかけに、一団の中央から剣を持った青年が前に出てくる。
革の装備に身を包んだその男は、冒険者崩れの用心棒といったところか。
一団の半数ほどは何かしらの戦闘経験がありそうに見える。
「わっかりましたぁ!!」
青年はそう答えたものの、彼を含めて50名の一団は動こうとしない。
「なんの真似です?」
「なんの真似って、天監サマの指示に従って“武器を捨てて投稿しろ”と呼びかけたじゃありませんか」
「その割には動きがないようですが?」
「さぁ……。武装解除に時間がかかってるんじゃないですか」
「……くだらない」
警備兵には何かしらの意図があって時間稼ぎをしようとしているのだろう。
得意げな笑みを浮かべる警備兵に対し、呆れたようにため息を付いたマーガレットに、憲兵隊長のドラモントが歩み寄る。
「即座に武装解除するよう指示を出し直せばよかろう。それこそ3つ数える内に、とでも」
ドラモントの言葉に、警備兵の笑顔が引きつる。
「あやつは自身を策士かなにかと思っているのかもしれんが、我々はこの場でルールを作ることができるのだからな。小賢しい策などいくらでも潰しようはあるさ」
「そうですね」
「あー、ちょい待ち」
ドラモントの提案に乗ろうとしたマーガレットに、シーラが異を唱える。
「あたしとしては連中がどんな悪あがきをするのか見てみたいんだけどねぇ」
警備兵たちは明らかに時間稼ぎをしようとしており、その目的は十中八九増援を待つためであろう。
内部の人員はほぼ全て出揃っていると見ていい。
武器を手にしてニヤつく連中の中に奴隷の姿はなく、そこまで総動員すればさらに倍以上の数を揃えることは可能だが、増援に奴隷が現れることは考えられない。
『その奴隷が過去に受けた命令を強制的に喋らせることが出来るという魔道具があります。不適切な命令で奴隷が不当に扱われていないかどうかを確認するためですね』
商館を手入れする際、奴隷が邪魔をしないのかという質問に対する、マーガレットの答えである。
天監である彼女に対して奴隷をけしかけた場合、明確な叛意の証言をとられてしまうのだ。
つまり、増援が来るとなれば外からということになる。
「ろくでもない連中がくるんだったら、遠慮なく成敗できるだろう?」
先程使った雷棒をドラモントに返し、愛用している双剣の柄を撫でながら、シーラは不敵な笑みを浮かべる。
この奴隷娼館がある区域は表通りから少し離れており、治安が少々悪い。
このあたりを縄張りにしている反社会的組織などはあるだろうし、そういう組織と大きな商会というのはそれなりに癒着しているものである。
そして、シーラとしてはそういった盗賊まがいの連中を相手に、ひと暴れしたいと考えているのだ。
「あえて危険を冒す必要はないと思いますが?」
「うむ。危険を避けられるならそれに越したことはないな」
シーラを窘めるようなふたりの言葉に、同行した憲兵たちもうんうんと頷く。
「ちっ……、腰抜けどもめ……」
荒事を得意としない、あまり優秀ではないこの町の憲兵たちからしてみれば、このあたりを根城にする粗暴な連中と事を構えるなどもってのほかと考えているのだろう。
そんな隊員たちに聞こえないよう、小さな声でシーラは不満を漏らした。
「失礼ながら」
そこへメリダが割ってはいり、少し声を落として――警備兵達に聞こえない程度の声量で――マーガレットたちに話し始める。
「彼らはいまのところ表向きはこちらに従っておりますが、自分たちの策が通じないとなりますとヤケを起こす可能性があるのでは?」
「ヤケ、ですか?」
「はい。それで彼らが開き直ってこちらと敵対した場合、みなさまで対処できますでしょうか?」
そこでメリダは憲兵隊員を見る。
少し鋭い視線を受けた隊員たちは、怯んだ様子で視線をそらした。
「最悪なのは彼らが敵対し、わたくしどもに向かってきたところで増援が来ることですわね」
「ふむ、挟撃か……」
ドラモントが放った『挟撃』という言葉に、隊員たちからどよめきが起こる。
いま屋敷の前で数十人がただ武器を持っているだけという状況にもかなりのストレスを感じている者たちである。
その数十名が武器を構え、自分たちに向かってきたら? そしてさらなる増援が背後から迫ってくるとしたら?
「た、たた隊長、む、無理強いして、騒ぎを大きくするのは、その、得策ではないかと……」
「ふむ……」
副隊長格のひとりがドラモントに意見する。
随分と情けない意見ではあるが、それでもこの場で騒ぎ出さずにいるだけ上出来だろうか、というのがドラモントの感想である。
一応彼が赴任してさほど経っていないが、多少は鍛え直しただけのことはある、といったところか。
「……わかりました」
ライリーと隊員の意見を受け、マーガレットは警備兵に向き直る。
「ではみなさん、できるだけ速やかに武装を解除し、投降してください」
その言葉に、警備兵や用心棒の青年はほっと胸をなでおろす。
彼らとて大逆の罪を負いたくはない。
“みっつ数える内に武器を捨てよ”と言われれば、それに逆らう者はいないだろう。
せめて彼らが門の内側に入ってくれれば、観衆の視線を遮ってなんとかできるかもしれないが、いまなお憲兵たちは門の外側にいるのだ。
(しかし今となってはそれが我らの有利に働く)
警備兵は内心でほくそ笑む。
このあたりの往来はゴロツキの縄張りであり、そこには州法はおろか天網すら及ばないのだ。
そして門の外で何が起ころうと、天帝の名のもとに武装解除を求められている自分たちにはなにもできないのである。
「道を開けやがれぇ!」
「おうおう! どきやがれ野次馬どもがっ!!」
「痛ぇ目に会わすぞゴルァッ!?」
人垣の一部が割れ、いかにもな連中がゾロゾロと姿を現す。
およそ50人のゴロツキが、少し距離を取ってマーガレット率いる集団と対峙した。
そこからボスと思われる男が前に出て大声を上げる。
「人さまのシマでなに好き放題やってやがんだぁ? あぁ!?」
さらにふたり、腹心と思われる者がボスの両側に進み出た。
「おうおう! 商都のヘタレ憲兵が俺らに逆らおうってのか?」
「痛ぇ目に会わすぞゴルァッ!?」
なんとも頭の悪そうな恫喝にシーラなどは思わず苦笑を漏らしたが、ヘタレと呼ばれた憲兵たちには効果的だったようで、ほぼ全員が及び腰になった。
「中に逃げ込まれちゃ面倒だ……、中のヤツー! 門を閉めやがれぃ!!」
「そ、そんなー、無理ですー」
ボスの指示に警備兵は棒読みで反抗する。
「おうおう! てめぇ家族や知り合いがどうなってもいいのか?」
「痛ぇ目に会わすぞゴルァッ!?」
「か、家族を盾にとられたのでは仕方ないー! 不本意ではありますが、門は閉めさせていただきますー!!」
これまた棒読みでの応答のあと、商館を囲む塀に設けられた大きく分厚い扉が閉じられた。
詰め所からの操作で開閉できるようになっているのだろう。
「てめぇら覚悟はできてんだろうなぁ……?」
「おうおう! 逃げ場ぁなくなったぞ?」
「痛ぇ目に会わすぞゴルァッ!?」
リーダー格の3人が凄み、その後ろに控える数十名も各々武器を手に嗜虐的な笑みを浮かべている。
逃げ場はないと言うが、別にマーガレットらは野次馬に囲まれているものの、ゴロツキ集団に包囲されているわけではない。
逃げようと思えば野次馬をかき分けて逃げられなくもないが、憲兵がゴロツキを前に遁走するわけにもいくまい。
「おい、いい女が結構いるじゃねぇか」
「俺ぁあの犬耳がいいなぁ」
「白い肌の女ぁ、ありゃエルフじゃねぇか? たまんねぇなおい……」
「ローブのガキは俺のもんだぜぇ?」
「へへ……うしろでビクビクしてる中にも何人かいいのがいるじゃねぇか」
ゴロツキの間から下卑た言葉が聞こえてくる。
多くの者は前に出ているマーガレットやシーラたちに注目しているようだが、招集された憲兵の中には女性もおり、そちらに卑しい視線を向ける者もいた。
野次馬たちもそういった柄の悪い言葉や雰囲気を恐れたのか、ゴロツキたちから離れるように移動し、それらが憲兵たちの背後に回った。
結果、野次馬たちによって憲兵たちの退路はほぼ断たれた。
「静まりなさい!」
マーガレットが前に出て声を上げ、どよめきがわずかに収まる。
「私はケシド州天網監察署所属の監察員マーガレットと申します。我々はいま天帝の御名において公務を執行中です。それを邪魔するということは天帝に弓引く行為、すなわち大逆の罪に問われます。大逆は例外なく死罪! 命が惜しくばおとなしく引き下がりなさい!!」
その宣告に、ゴロツキどもの多くは押し黙る。
「それがどうしたぁ!!」
しかし怯んだ仲間を鼓舞するように、ボスが叫んだ。
「大逆だぁ? 大いに結構じゃねぇか!!」
裏通りのゴロツキにしてみれば、州法も天網も対して違いはない。
特に、ボスを始めとするリーダー格の連中などは、これまでやってきたことを鑑みるに、相手が憲兵だろうが天監だろうが捕まればどうせ死罪になるだろう。
「いっそ箔が付くってもんだぜ! なぁ? 野郎どもっ!!」
『おおおおおおおおお!!!!!!!』
ゴロツキたちから野太い歓声が上がる。
ボスの言葉で闘争心に火がついたようで、ガラの悪い集団はここに現れたときよりも野蛮な表情を浮かべ、いまにも飛びかかってきそうだった。
「つまり、大逆の罪を甘んじて受け入れるということですわね?」
突然、冷たいメリダの声があたりに響く。
特に張り上げたわけでもない、ごく普通の会話をするように放たれたその言葉がその場にいた全員の耳に届いたのだが、それは彼女が風魔法に声を乗せたからである。
突然すぐ近くで話しかけられたような錯覚を覚えた人々は一様に戸惑い、あるいは驚き、暴発寸前だったゴロツキたちも水をかけられたように静まった。
「はっはっはーっ!! 望むところよ!! 俺たちゃあこれから反逆者として天下に名を轟かせてやろうじゃねぇか!!」
一度落ち着いた闘争心に再び火をつけるべく、ボスが大仰に叫ぶ。
「まずはてめぇらからだ……。女どもはここにいる全員でかわいがってやるから楽しみにしときなぁ」
そしてボスの言葉に気を良くしたのか、両脇の腹心ふたりも下卑た笑みを浮かべる。
「おうおう! 覚悟し――っ!?」
手下の言葉が中途半端に途切れたため、ボスはそちらに目をやる。
「か……はっ……!」
手下は喉に突き立った矢を掴み、空気の抜けたような短い声を漏らしていた。
「痛ぇ目にぎぃやあああああぁぁぁっ!!」
反対側からもうひとりの悲鳴が聞こえた。
ボスは慌ててそちらを振り返った。
もうひとりの手下は頭を炎に包まれて悲鳴を上げ、やがてのたうち回るのだが、ボスの視線はその光景を素通りして真後ろに向いたあと、ぐらりと揺れた。
――ああ、お天道さんてなぁこんなに眩しいもんだったんだなぁ……。
日没とともに起き出し、日の出とともに眠る。
裏社会で生きるようになってから、随分と長い間太陽を見ていないことを、彼は思い出した。
抜けるような青空と、その片隅でまばゆく輝く太陽。
それがボスの見た最後の景色だった。
――ドサリ、と音を立てて男の頭が落ちる。
「きゃあああ!!」
「こ、殺した……?」
「顔が……燃えてる……?」
「ひ、ひぃっ……! 血が……あんなにいっぱい……」
「ひとごろし……人殺しだぁっ!!」
無残に倒れた三体の死体を目の当たりにした野次馬の間から、悲鳴が沸き起こった。
ゴロツキのあいだからも悲鳴があがったが、それ以外にも戸惑いの声、あるいは怒号が噴出する。
「大逆は例外なく死罪」
そこへ、再び風魔法に乗ったメリダの声が響く。
淡々とした口調で一言一句はっきりと聞こえたおかげか、恐慌状態に陥りそうだった野次馬やゴロツキどもが嘘のように静まり返る中、メリダは弓を構えたままマーガレットを見て、ふっと微笑む。
「ですわよね?」
まるで今日の天気を語るような静かな口調と穏やかな微笑みに、マーガレットは背筋に寒気が走るのを感じるのだった。
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