【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第8話『おっさん、山賊を倒す』後編
頭目の咆哮には威圧効果があった。
対象を精神的に萎縮させ、一時的に動きを封じるものだ。
そしてこの咆哮にはそれ以外の効果があった。
正確にはこの咆哮が、別の能力の副次的な効果なのである。
頭目の身体が徐々に変化していく。筋肉が膨張し、顔が獣のように――狼のように変化していった。
――獣化。
これは人狼が持つ特殊能力であった。
頭目は一見すれば狼獣人のように見えるが、彼には人狼の血も流れていた。
人狼は獣人ではなく魔族に分類される。
狼獣人と人狼ではそもそも基本的な能力に大きな差があるのだが、最も大きな違いはこの獣化にあるといっていいだろう。
獣化することで人狼の能力は数倍になるといわれている。
そして先ほどの咆哮には獣化に必要な時間を稼ぐという目的があるのだが――、
「ぐあああっ!!」
獣化の最中で無防備になったところにシーラが踏み込み、装甲に覆われていない太ももを切りつけたのだった。
高いレベルの〈精神耐性〉を持つシーラに対し、残念ながら頭目の咆哮は効果を発揮しなかったようだ。
「ちぃっ、浅い!!」
切り裂かれたズボンからは血が噴き出したのだが、その傷は獣化によって体表を覆い始めた体毛でほとんど塞がれてしまった。
「きさまぁ、なぜ動ける?」
「ふん、半端もんの咆哮なんて怖くもないね」
シーラの言葉に狼風になった頭目の顔が歪む。
頭目には人狼の血が流れているものの、彼は純粋な人狼というわけではない。
純粋な人狼は人の姿をしているときに獣の耳や尻尾はなく、獣化すれば顔は狼そのものになるのだが、獣化を終えた頭目の顔はどこか人の雰囲気を残したままであった。
仮に頭目が真の人狼であるなら、その咆哮受けたシーラが即時動き出すことは困難だっただろう。
「馬鹿にしやがってぇっ!!」
頭目にとって、自分が純血の人狼でないということはかなりのコンプレックスだったようだ。
激昂した頭目が、剣と盾を捨ててシーラに飛びかかる。
獣化した彼にとって、両手の爪は鋼鉄の剣に勝る武器となるのである。
「ちぃっ……!!」
獣化前の段階で拮抗していた力のバランスが一気に頭目のほうへ傾いた。
両腕から繰り出される凶悪な爪撃を双剣でなんとかいなしていたシーラだったが、純粋な膂力に押され、弾かれてしまい、がら空きになったシーラの腹を頭目の爪が切り裂いた。
「くっ……!!」
しかしシーラの腹には数本の赤い線が入っただけで血が吹き出るようなこともなかった。
「……魔術か」
決定打を加えたと確信した頭目だったが、予想外にダメージが小さかったことに歯噛みした。
そして一瞬頭目が油断してくれたおかげでシーラは後ろに飛んで間合いを取ることができた。
(おっさんのおかげだな)
敏樹のかけた【斬撃軽減】がなければ、シーラは無残に内臓をまき散らしていただろう。
「死ねぇっ!!」
頭目が肩から突っ込んでくる。
斬撃の効果が薄いと悟った彼は、素早く踏み込んでタックルをかましてきた。
「ぐぅっ!!」
シーラは後ろに飛んで衝撃を殺したが、それでもかなりのダメージを受けた。
これも【打撃軽減】の魔術がなければ数本の骨が砕かれていただろう。
「ぐぬぬ……、打撃までとは……!!」
いくら魔術で防御力が上がっているといっても、完全に無効化できるわけではない。
現時点でそれなりのダメージをシーラは受けており、このまま力押しの攻撃を受け続ければ魔術の効果を超えて致命傷を負うこともあるだろう。
しかし頭目は用心深いのか、シーラの隙をうかがうべく、一時様子見に入った。
「はぁ、はぁ……ん?」
痛みをこらえつつ肩で息をしていたシーラだったが、ふと身体が楽になるのを感じた。
(おっさん……)
敏樹が回復術をかけてくれたのだろうと悟ったシーラは、頭目を見据えたままフッとほほ笑んだ。
「なにがおかしいっ!?」
「別に……。今度はこっちから行かせてもらうよっ!!」
しゃべり終わるが早いか、シーラは素早く踏み込み、上段から右手のマチェットを振り下ろした。
「こしゃくなっ」
マチェットを振り払い、反撃に出ようとした頭目だったが、シーラの一撃が予想外に重く、はじき返すことができなかった。
さらにシーラの左手が頭目の首を薙ごうとする。頭目は初撃を左手で受けたまま、二撃目を右手で受けた。
(こっちも重い……!?)
「ほらほらどんどんいくよっ」
シーラのラッシュが始まる。その一撃一撃が重く、頭目はなんとか防ぐのがやっとだった。
(なぜ急に……? しかも、速いっ!!)
頭目はシーラの一撃ごとの重さに押されつつ、その速度にも徐々について行けなくなっていく。
なんとか手甲でシーラの攻撃を受け続けてはいるが、防御が追いつかずに装甲のない部分にダメージを受け始めた。その頻度が徐々に増え、顔や首筋にまで軽い傷を受けるようになってくる。
(なぜ急に強く…………違う、俺が弱くっ!?)
そのとき、不意に頭目が視線を動かすと、視界に入った敏樹がひらひらと手を振るのが見えた。
敏樹はシーラを魔術で強化したのとは逆に、頭目を弱体化させていたのだった。
【筋力低下】というその名の通りの効果を持つ魔術を受けた頭目は、身体機能が全体的に低下していた。
「くそっ……はっ!?」
頭目が敏樹に視線をやったのはほんの一瞬である。
そして一瞬視線だけを逸らす程度ならどうということもなかったのだが、憎らしげに手を振る敏樹の姿に、意識もそちらに逸れてしまった。
そのままでもいずれシーラに追い込まれていたであろう頭目だが、一瞬とはいえ意識を相手から逸らしてしまったことで、敗北までの時間が大幅に短縮されることになった。
「ぐううっ……!!」
頭目の隙を突いた脳天をたたき割ろうとするシーラ渾身の一撃を、彼は斜め後ろに飛び下がることでなんとかかわそうとした。
しかし敏樹に気を奪われた一瞬が明暗を分ける。
「ぎゃあああっ!!」
シーラの斬撃は鉢金の一部を叩き割り、頭目の右目を通るように、彼の顔を切り裂いたのだった。
「ぐおおっ……、ま、待ってくれぇっ!!」
ドクドクと血が流れる顔を押さえながら、頭目は空いたほうの手をシーラに向けた。
徐々に獣化が解けていくのを確認したシーラは、警戒しつつも追撃の手を一旦止める。
「もうやめてくれっ! 負けを認めるっ……、認めるからこれ以上は勘弁してくれっ!!」
頭目の残った瞳に恐怖が浮かぶ。
シーラは冷たい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頭目との距離を詰めていった。
「“待って”、“もうやめて”、“勘弁して”……。あたしたちは一体アンタたちに何回同じようなことを訴えたかねぇ?」
「う……あぁ……」
「必死で許しを請うあたしたちに、アンタらはどんな顔で何を言いながら、どれほどのことをしてくれたのか、忘れちまったのかい?」
「ひぃぃ……ぎゃああぁぁっ!!」
シーラがヒュンとマチェットを振ると、出されていた腕の肘から先がコロリと落ちた。
「ひぎぃいぃぃっ……、俺の腕がぁ……」
ちょうど手甲のない辺りから前腕が切断され、数秒遅れて血が吹き出始めた腕を、頭目は胸に抱えてうずくまった。
「受けた苦しみからすればもっといたぶってやりたいけどねぇ。趣味じゃないからひと思いにやったげるよ」
「ま、待ってくれぇぇ……。宝を……、奥の扉の向こうが宝物庫になってる! 全部もっていっていいから命だけはっ……!!」
「そんなもん、アンタを殺した後にゆっくりいただくさ」
「へ、へへ、それじゃあ駄目だぁ……。開け方は、俺しか…………へ?」
恐怖と痛みで泣きじゃくり、涙と鼻水でぼろぼろになっている頭目が、勝ち誇ったような笑みを浮かべたのだが、その直後にガチャリと鍵の開く音が聞こえ、彼はそちらに目をやり間抜けな声を上げてしまった。
開け放たれた扉の前にはタブレットPCを手にした敏樹がにこやかに手を振っていた。
「くっ、あははははっ! ウチのおっさんに不可能はないからねぇっ!!」
とんだ買いかぶりではあるが、まともに生きていくことすら困難だったあの酷い状態から、こうして山賊団の頭目を圧倒できるだけの力を与えてくれた敏樹に対するシーラの評価が多少過大になるのは仕方あるまい。
「じゃあ晴れて用済みになったことだし、死になっ」
「待てぇっ! いいのか!? ただじゃ済まんぞ!!」
「ふん、往生際の悪い」
「俺らのバックになにがいるのか知ってるのか!?」
「おう、大体知ってるよ」
敏樹がふたりの元に近づきながら話しに割って入る。頭目は弾かれたように敏樹のほうを振り返ったが、シーラは頭目から目を離さず、警戒を続けていた。
敏樹はふたりの元へ歩きながら、『情報閲覧』で調べた森の野狼とつながりのある組織や人物名を淡々と述べていく。
この国に住む者なら誰もが知るような名前がいくつも出てきたため、油断なく警戒を続けていたシーラも最終的には呆然と敏樹を見つめることになった。
「へ、へへ……、そこまで知ってんなら話は早ぇ。今ならまだ間に合う。頭ぁ下げるってんなら口きいてやってもいいんだぜ?」
シーラが呆然とする様子を見て自信を取り戻したのか、頭目は痛みに耐えながら勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「アホか。ここで引くんなら最初っから攻めてないっての」
特に気負うでもなく淡々と述べる敏樹の様子に、頭目の笑顔が引きつる。
「わ、わかってんのか? 何を敵に回すかわかってんのかよぉ!?
「もちろん。まぁ、こんなチンケな山賊団なんぞは、さくっと切り捨てられて終わりだと思うけど」
「甘いぜぇ……。あの連中は俺らなんぞよりよっぽど悪どくて、プライドが高くて、なによりしつこいからなぁ……。舐められたと知ったら地獄の果てまで追い詰められるに決まってらぁ」
「だったらその都度撃退するさ」
「う……あ……、ま、待ってくれ、俺ならアンタの役に立つ! 何でもするから命だけは――ぶべらっ!!」
取り付く島もない様子の敏樹に縋り付こうとした頭目だったが、シーラに顔面を蹴飛ばされ無様に吹っ飛んだ。
「言っただろ、ウチのおっさんに不可能はないって。わかったらさっさと死にな」
「まっ、やめ……!!」
この期に及んで許しを請う頭目の脳天に、シーラはミリタリーマチェットを全力で振り下ろした。
対象を精神的に萎縮させ、一時的に動きを封じるものだ。
そしてこの咆哮にはそれ以外の効果があった。
正確にはこの咆哮が、別の能力の副次的な効果なのである。
頭目の身体が徐々に変化していく。筋肉が膨張し、顔が獣のように――狼のように変化していった。
――獣化。
これは人狼が持つ特殊能力であった。
頭目は一見すれば狼獣人のように見えるが、彼には人狼の血も流れていた。
人狼は獣人ではなく魔族に分類される。
狼獣人と人狼ではそもそも基本的な能力に大きな差があるのだが、最も大きな違いはこの獣化にあるといっていいだろう。
獣化することで人狼の能力は数倍になるといわれている。
そして先ほどの咆哮には獣化に必要な時間を稼ぐという目的があるのだが――、
「ぐあああっ!!」
獣化の最中で無防備になったところにシーラが踏み込み、装甲に覆われていない太ももを切りつけたのだった。
高いレベルの〈精神耐性〉を持つシーラに対し、残念ながら頭目の咆哮は効果を発揮しなかったようだ。
「ちぃっ、浅い!!」
切り裂かれたズボンからは血が噴き出したのだが、その傷は獣化によって体表を覆い始めた体毛でほとんど塞がれてしまった。
「きさまぁ、なぜ動ける?」
「ふん、半端もんの咆哮なんて怖くもないね」
シーラの言葉に狼風になった頭目の顔が歪む。
頭目には人狼の血が流れているものの、彼は純粋な人狼というわけではない。
純粋な人狼は人の姿をしているときに獣の耳や尻尾はなく、獣化すれば顔は狼そのものになるのだが、獣化を終えた頭目の顔はどこか人の雰囲気を残したままであった。
仮に頭目が真の人狼であるなら、その咆哮受けたシーラが即時動き出すことは困難だっただろう。
「馬鹿にしやがってぇっ!!」
頭目にとって、自分が純血の人狼でないということはかなりのコンプレックスだったようだ。
激昂した頭目が、剣と盾を捨ててシーラに飛びかかる。
獣化した彼にとって、両手の爪は鋼鉄の剣に勝る武器となるのである。
「ちぃっ……!!」
獣化前の段階で拮抗していた力のバランスが一気に頭目のほうへ傾いた。
両腕から繰り出される凶悪な爪撃を双剣でなんとかいなしていたシーラだったが、純粋な膂力に押され、弾かれてしまい、がら空きになったシーラの腹を頭目の爪が切り裂いた。
「くっ……!!」
しかしシーラの腹には数本の赤い線が入っただけで血が吹き出るようなこともなかった。
「……魔術か」
決定打を加えたと確信した頭目だったが、予想外にダメージが小さかったことに歯噛みした。
そして一瞬頭目が油断してくれたおかげでシーラは後ろに飛んで間合いを取ることができた。
(おっさんのおかげだな)
敏樹のかけた【斬撃軽減】がなければ、シーラは無残に内臓をまき散らしていただろう。
「死ねぇっ!!」
頭目が肩から突っ込んでくる。
斬撃の効果が薄いと悟った彼は、素早く踏み込んでタックルをかましてきた。
「ぐぅっ!!」
シーラは後ろに飛んで衝撃を殺したが、それでもかなりのダメージを受けた。
これも【打撃軽減】の魔術がなければ数本の骨が砕かれていただろう。
「ぐぬぬ……、打撃までとは……!!」
いくら魔術で防御力が上がっているといっても、完全に無効化できるわけではない。
現時点でそれなりのダメージをシーラは受けており、このまま力押しの攻撃を受け続ければ魔術の効果を超えて致命傷を負うこともあるだろう。
しかし頭目は用心深いのか、シーラの隙をうかがうべく、一時様子見に入った。
「はぁ、はぁ……ん?」
痛みをこらえつつ肩で息をしていたシーラだったが、ふと身体が楽になるのを感じた。
(おっさん……)
敏樹が回復術をかけてくれたのだろうと悟ったシーラは、頭目を見据えたままフッとほほ笑んだ。
「なにがおかしいっ!?」
「別に……。今度はこっちから行かせてもらうよっ!!」
しゃべり終わるが早いか、シーラは素早く踏み込み、上段から右手のマチェットを振り下ろした。
「こしゃくなっ」
マチェットを振り払い、反撃に出ようとした頭目だったが、シーラの一撃が予想外に重く、はじき返すことができなかった。
さらにシーラの左手が頭目の首を薙ごうとする。頭目は初撃を左手で受けたまま、二撃目を右手で受けた。
(こっちも重い……!?)
「ほらほらどんどんいくよっ」
シーラのラッシュが始まる。その一撃一撃が重く、頭目はなんとか防ぐのがやっとだった。
(なぜ急に……? しかも、速いっ!!)
頭目はシーラの一撃ごとの重さに押されつつ、その速度にも徐々について行けなくなっていく。
なんとか手甲でシーラの攻撃を受け続けてはいるが、防御が追いつかずに装甲のない部分にダメージを受け始めた。その頻度が徐々に増え、顔や首筋にまで軽い傷を受けるようになってくる。
(なぜ急に強く…………違う、俺が弱くっ!?)
そのとき、不意に頭目が視線を動かすと、視界に入った敏樹がひらひらと手を振るのが見えた。
敏樹はシーラを魔術で強化したのとは逆に、頭目を弱体化させていたのだった。
【筋力低下】というその名の通りの効果を持つ魔術を受けた頭目は、身体機能が全体的に低下していた。
「くそっ……はっ!?」
頭目が敏樹に視線をやったのはほんの一瞬である。
そして一瞬視線だけを逸らす程度ならどうということもなかったのだが、憎らしげに手を振る敏樹の姿に、意識もそちらに逸れてしまった。
そのままでもいずれシーラに追い込まれていたであろう頭目だが、一瞬とはいえ意識を相手から逸らしてしまったことで、敗北までの時間が大幅に短縮されることになった。
「ぐううっ……!!」
頭目の隙を突いた脳天をたたき割ろうとするシーラ渾身の一撃を、彼は斜め後ろに飛び下がることでなんとかかわそうとした。
しかし敏樹に気を奪われた一瞬が明暗を分ける。
「ぎゃあああっ!!」
シーラの斬撃は鉢金の一部を叩き割り、頭目の右目を通るように、彼の顔を切り裂いたのだった。
「ぐおおっ……、ま、待ってくれぇっ!!」
ドクドクと血が流れる顔を押さえながら、頭目は空いたほうの手をシーラに向けた。
徐々に獣化が解けていくのを確認したシーラは、警戒しつつも追撃の手を一旦止める。
「もうやめてくれっ! 負けを認めるっ……、認めるからこれ以上は勘弁してくれっ!!」
頭目の残った瞳に恐怖が浮かぶ。
シーラは冷たい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頭目との距離を詰めていった。
「“待って”、“もうやめて”、“勘弁して”……。あたしたちは一体アンタたちに何回同じようなことを訴えたかねぇ?」
「う……あぁ……」
「必死で許しを請うあたしたちに、アンタらはどんな顔で何を言いながら、どれほどのことをしてくれたのか、忘れちまったのかい?」
「ひぃぃ……ぎゃああぁぁっ!!」
シーラがヒュンとマチェットを振ると、出されていた腕の肘から先がコロリと落ちた。
「ひぎぃいぃぃっ……、俺の腕がぁ……」
ちょうど手甲のない辺りから前腕が切断され、数秒遅れて血が吹き出始めた腕を、頭目は胸に抱えてうずくまった。
「受けた苦しみからすればもっといたぶってやりたいけどねぇ。趣味じゃないからひと思いにやったげるよ」
「ま、待ってくれぇぇ……。宝を……、奥の扉の向こうが宝物庫になってる! 全部もっていっていいから命だけはっ……!!」
「そんなもん、アンタを殺した後にゆっくりいただくさ」
「へ、へへ、それじゃあ駄目だぁ……。開け方は、俺しか…………へ?」
恐怖と痛みで泣きじゃくり、涙と鼻水でぼろぼろになっている頭目が、勝ち誇ったような笑みを浮かべたのだが、その直後にガチャリと鍵の開く音が聞こえ、彼はそちらに目をやり間抜けな声を上げてしまった。
開け放たれた扉の前にはタブレットPCを手にした敏樹がにこやかに手を振っていた。
「くっ、あははははっ! ウチのおっさんに不可能はないからねぇっ!!」
とんだ買いかぶりではあるが、まともに生きていくことすら困難だったあの酷い状態から、こうして山賊団の頭目を圧倒できるだけの力を与えてくれた敏樹に対するシーラの評価が多少過大になるのは仕方あるまい。
「じゃあ晴れて用済みになったことだし、死になっ」
「待てぇっ! いいのか!? ただじゃ済まんぞ!!」
「ふん、往生際の悪い」
「俺らのバックになにがいるのか知ってるのか!?」
「おう、大体知ってるよ」
敏樹がふたりの元に近づきながら話しに割って入る。頭目は弾かれたように敏樹のほうを振り返ったが、シーラは頭目から目を離さず、警戒を続けていた。
敏樹はふたりの元へ歩きながら、『情報閲覧』で調べた森の野狼とつながりのある組織や人物名を淡々と述べていく。
この国に住む者なら誰もが知るような名前がいくつも出てきたため、油断なく警戒を続けていたシーラも最終的には呆然と敏樹を見つめることになった。
「へ、へへ……、そこまで知ってんなら話は早ぇ。今ならまだ間に合う。頭ぁ下げるってんなら口きいてやってもいいんだぜ?」
シーラが呆然とする様子を見て自信を取り戻したのか、頭目は痛みに耐えながら勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「アホか。ここで引くんなら最初っから攻めてないっての」
特に気負うでもなく淡々と述べる敏樹の様子に、頭目の笑顔が引きつる。
「わ、わかってんのか? 何を敵に回すかわかってんのかよぉ!?
「もちろん。まぁ、こんなチンケな山賊団なんぞは、さくっと切り捨てられて終わりだと思うけど」
「甘いぜぇ……。あの連中は俺らなんぞよりよっぽど悪どくて、プライドが高くて、なによりしつこいからなぁ……。舐められたと知ったら地獄の果てまで追い詰められるに決まってらぁ」
「だったらその都度撃退するさ」
「う……あ……、ま、待ってくれ、俺ならアンタの役に立つ! 何でもするから命だけは――ぶべらっ!!」
取り付く島もない様子の敏樹に縋り付こうとした頭目だったが、シーラに顔面を蹴飛ばされ無様に吹っ飛んだ。
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