【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第6話『おっさん、襲撃を開始する』後編

「しゅ、襲撃です!!」


 頭目の部屋に伝令が駆け込んできた。部屋では幹部十数名が集まり、先日の集団失踪のことや、今後の対策について答えのない議論が繰り返されていた。


「襲撃だとぉ? 馬鹿な!」
「まさか、アジトの場所が軍に?」
「いや、やはりこの間のあれは侵入者がいたのだ」


 幹部たちがどよめき、口々に推論を述べ始める。


「静まれぃ!!」


 それを一喝するように、野太い声が室内に響いた。それは部屋の奥に鎮座する頭目の傍らに立つ、大男が発したものだった。


「で、襲撃ってのはなんだ。どこの命知らずがここにきたってんだ?」


 一同が静まりかえったところで頭目が口を開いた。
 大きな口に鋭い犬歯、切れ長の目、茶色がかったグレーの髪の間から、獣の耳が見え隠れしている。


「そ、それが、どうやら数十名の水精人のようでして……」


 頭目の眼光に怯えながら伝令の男が答える。


「なんだと……? 連中正気か?」


 頭目は眉をひそめた。
 そしてそこにもわずかな怯えが見え隠れする。


「あと、水精人に混じってひとり女の犬獣人がいるとかなんとか」
「犬獣人?」
「は、はい。なんでも、シーラに似てるとか似てないとか……」
「ばかなっ!! あのメス犬は手足を砕いて動けなくしたはずだぞ」


 幹部のひとりが叫ぶ。


「ふん、それが何者かはしらんが、メス犬風情が粋がってオレ様に楯突いたことは後悔させてやらんとなぁ」


 頭目はわざとらしい笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がる。


「魔術師を迎撃に出せ。水精人は殺してもかまわん。ただし、ひとり混じっているメス犬は生かしたまま連れてこい。全部終わってからじっくり可愛がってやる」


 嗜虐的な笑みを浮かべる頭目の姿に、幹部たちはようやく落ち着きを取り戻したようだった。
 部下を率いるためか、部屋にいた者の内半数が駆け出していった。


「しかし斥候はどうした? なぜあれに気付かれずここまでこれた?」


 頭目の疑問に残った幹部たちが首をかしげる。
 そんな中、部屋に残っていた幹部のひとりが驚いたように立ち上がった。


「どうした?」
「……斥候から通知が」
「なんだと? あの役立たずめ! いまどこにいる!?」
「そ、それが……」


 その幹部は青ざめた顔を頭目に向けた。


「城内の牢にいるようで」
「はぁっ!? アホ抜かせぇっ」
「し、しかし、発信元は確かにそこになってるんです!」
「くそっ!! 女どもの失踪といい今回の襲撃といい、わけがわからんぞ」


 頭目が吐き捨てながら机をたたくと、傍らの大男以外、その場にいた者たちがビクッと震えた。


「とにかく牢に人をやれ。あと城門を閉じて城内の警戒レベルを最大級に引き上げだ。外から入れるな、中から出すな。いいな? わかったら、全員さっと持ち場に着きやがれっ!!」


 残った幹部たちや伝令が、慌てて部屋を出る。
 そうして残ったのは頭目と大男だけ。
 頭目は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、どっかりと椅子に座り直した。




**********




「お、きたきた。みなさん、俺から離れないでくださいね」


 敏樹はタブレットPCを片手に、牢のある部屋で待機していた。
 ゲレウたちは手を伸ばして敏樹に触れており、〈影の王〉を使って全員に隠密効果を付与している。
 敏樹は斥候の男から奪った通知の魔道具を持っていた。
 あれが男の死とともに作動するのはもちろん知っていたが、男が生きている間に〈格納庫〉に入れておけば、庫内時が止まっているので魔道具が作動することはない。
 そして〈格納庫〉から取り出されて時が動き始めた魔道具は、所有者の魔力を感知できずに作動したというわけである。
 そしてその通知に釣られて、3名の山賊が様子見に派遣され、いままさにその連中がこちらに向かってきているのを、敏樹はタブレットPCの『情報閲覧』機能を使ってリアルタイムに監視しているのだった。


「おい、どうした? なんか城内がやたら騒がしいみたいだが」


 様子見の男たちが到着したようで、見張りの男が彼らに話しかけたようだった。
 敏樹はこの男の言葉に、思わず吹き出しそうになる。


「ゲレウさん聞きました? 城内ですってよ」
「それが?」
「いやだって、こんなちょっと改装しただけのちんけな洞窟を“城”呼ばわりですよ?」
「ふふ、そう言われれば確かに滑稽ではあるな」
「滑稽どころか可哀想になってきますよねぇ」


 付与された〈音遮断〉の効果により、多少の会話は周りに聞こえないのである。


「どうやら襲撃があったらしい」
「襲撃!? じゃあ俺も出撃か?」
「いや、牢の様子を見るように言われたんだが……、何か異常はないか?」
「異常と言われてもとくに…………あっ!」


 見張りの男が扉の格子から室内を覗き、大声を上げる。


「どうした?」
「わからん。ただ、水精人どもの姿が見えん!」


 見張りの男は慌てて閂を外し、扉を開けた。


「ばかなっ!!」


 鉄格子が無残にゆがめられた、誰もいない牢の姿が、部屋に踏み込んだ男の目に飛び込んできた。


「いつの間に?」


 唖然とする見張りの男に続いて、様子見の男たちも部屋に入ってくる。


「お、おい、もぬけの殻じゃないか……」
「気付かなかったのか?」
「いや、気付くも何も、なんの物音もしなかったんだよ! それに、扉が開いた様子もなかったし」
「と、とにかく俺はお頭に報告を――ぎゃっ!!


 ひとり部屋を出てかけだした男が悲鳴を上げて倒れた。頭が陥没し、そこからじわりと血がしみ出してく。


「おい、どうし――たっ?」


 見張りの男が振り返ると、見慣れぬ男――すなわち敏樹がいた。


「よう」


 敏樹は短く声をかけると、逆手に持ったサバイバルナイフを見張りの男の首に突き立てた。


「あ……が……」
「山賊になったことを地獄で悔やめよ?」


 いまだ事態を飲み込めず驚きのあまり目を見開き、短くうめく男の首から敏樹がナイフを引き抜くと、勢いよく血が吹き出した。
 そして見張りの男はそのまま白目をむいて仰向けに倒れた。
 それとほぼ同時に、残りのふたりもドサリと倒れる。
 ひとりはゲレウのマチェットで首を断ち切られ、ひとりは斧で頭をかち割られていた。
 最初に部屋を出ようとした男は、砕石用のハンマーで頭を殴られており、4人とも即死だった。


 敏樹の胸にモヤモヤとしたものが渦巻き始めた。
 しかし、この連中がシーラたちをあのような状態に追い込んだのだと、そして一歩間違えればロロアも酷い目に遭っていたかも知れないと考えたとき、胸に渦巻く不快感は、すぐに怒りへと塗り替えられるのだった。


「ではみなさん、せいぜい派手に暴れてください」
「おう、ではまた後で」


 牢を出るときに再び〈影の王〉を使って6人で移動し、城内(笑)の中心部辺りでスキルを解除した。


「うわあぁっ!!」


「なんだ? 急に現れたぞ!」
「す、水精人!?」


「なにをしているっ、水精人は殺せぇ!!」


 城内を警戒していた山賊たちが、突然現われたゲレウたちに混乱する。


「おおおおっ!!」
「いままでの屈辱、晴らさせてもらうぞぉっ!!」


 ゲレウたち5人の水精人は、雄叫びをあげながら分かれて突進していった。
 さすが獣人を上回る膂力の持ち主である。
 彼らが武器を一振りするたびに、山賊の死体が積まれていった。


「ひいいぃぃっ!!」
「ば、ばけもんだぁっ!」
「助けっ……ごはぁっ!!」


 最初は抵抗しようとした山賊たちだったが、圧倒的な能力差を前に逃げ惑うしかなくなっていた。
 人の身で精人に対抗したければそれなりの魔術師が必要だが、城内にいた魔術師は、迎撃のため出払っている。
 そのことを知っていたからこそ、敏樹はゲレウたちに暴れてもらったのだった。


「さーて、俺は俺の仕事をやりますか」


 ゲレウたちが派手に暴れ回っている隙に、敏樹は〈影の王〉で身を潜めつつ城門(笑)を目指した。




 城内の地図は頭にたたき込んでいるので、すぐに到着できた。


「ぎゃっ」「ぐえっ」


 門の内側を警戒していたふたりの山賊が突然倒れた。


「お、おいどうした?」


 突然聞こえた悲鳴に、門の外側に立っていた山賊が慌てて振り返ると、門の格子越しに倒れた仲間の姿が見えた。
 1人は頭を割られて血を流し、もう1人は首を後ろ側から半ばまで断ち切られ、どちらも息絶えているのは明らかだった。


「なんだってんだ?」


 閉じられた門のすぐ外には3名の山賊が配置されていた。そのうちのひとりが、倒れた仲間の様子を見るべく門に近づいていく。


「まて、不用意に近づくなっ」
「がはっ」


 別の山賊が注意を促したが時既に遅く、門に近づいた男は喉から血を流して倒れた。


「くそっ、なにかいる……のか……?」


 何かがいると思って倒れた仲間のほうを凝視すると、そこに丸い兜をかぶった男が立っているのが見えた。
 両手には変わったかたちの手斧が持たれ、その先端から血がしたたり落ちていた。


「なんだお前っ、いつからっ!?」
「え? どこ――うわぁっ、いつの間に?」
「おおっと、見つかったか」


 〈影の王〉を使っていても、その存在を疑われ、注意深く観察されれば見つかってしまう場合があり、一度認識されてしまえばその効果は激減してしまう。
 そもそもゲレウと分かれてからは体力と魔力温存のため効果を少し下げていたのだ。


「しっかし門の警備にたったの5人とは……ねっ!! っとぉ」
「ごふっ……!」


 片手斧槍の間合いを警戒した二人の山賊だったが、ひとりは敏樹が持ち替えたトンガ戟の穂先で喉を貫かれて絶命した。


「うわああ!! 何で? いつのまに武器を持ち替――ごっ……!!」


 仲間が長柄の武器に突かれ、わけも分からぬ様子で怯えながら後ずさった最後の一人は、後頭部を矢に貫かれて死亡した。


「そっち側は戦場なんだから、油断しちゃだめだわな」


 矢の飛んできたほうを見ると200メートルほど先にロロアの姿が見えた。


「さて、じゃあ門を開けますか」


 内側から閂を外した敏樹は、そのままぐぐっと門を押しあけた。
 城門などと大層な呼び方をされているくせに、滑車による開閉装置もなく、敏樹は普通に門を開けることができた。


「おーい! 門が開いたぞー!!」


 敏樹が知らせるまでもなく何名かはこちらに向かっていた。


「いえーい、いっちばーん! よ、おっさん」


 そして最初に駆け込んできたのはシーラだった。
 彼女の手にしたミリタリーマチェットには大量の血が付着し、刃こぼれやゆがみが生じていた。
 彼女自身も全身に返り血を浴びている。


「おう、元気そうで。とりあえずこれ」


 敏樹は予備のミリタリーマチェットを〈格納庫〉から取り出し、代わりにシーラの持っていたものを受け取った。


「お、ありがとね」
「おう。ついでに、ほいっと」


 続けて敏樹はシーラに【浄化】をかけてやる。
 血まみれだった髪の毛や装備、露わになっていた肌から、血糊が洗い流された。


「おー、おっさんありがとー! ベッタベタでちょっと気持ち悪かったんだよねぇ」


 そうこうしているうちに、数名の水精人が門にたどり着いた。先頭に立っていたのはゴラウである。


「おお、トシキさん! うまくいったのですね?」
「ええ。いまはゲレウさんたちが中で大暴れ中ですよ」
「そうか、ゲレウ……。この門は僕たちが死守しますので、おふたりは中へ」
「あいよー。じゃあ行こうかおっさん」
「おう。じゃ、ゴラウさん、あとはよろしく。って、待てよシーラぁ! 道知らんだろうがぁ!!」


 シーラが駆けだしたので、敏樹もそれについて走り出した。



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