【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第2話『おっさん、覚悟を決める』前編
山賊団『森の野狼』の中核を担っているのは、『荒野の狼』という元傭兵団である。
ここ数百年は天下太平の時代と呼ばれているが、それでもちょっとした領土の奪い合いなどは行なわれており、国境での小競り合いなどは日常茶飯事だ。
ゆえに、天下太平といっても傭兵の食い扶持はそれなりにあるのだった。
荒野の狼は100人規模のそこそこ優秀な傭兵団だったが、とある小競り合いで団員の半数近くを失う被害を受け、傭兵団として存続するのが困難になり、やがて山賊に身をやつした。
よくある話である。
山賊として根城を転々とし、たどり着いたのがいまのアジトだった。
その間、大小様々な山賊団を取り込み、傭兵くずれや犯罪者を受け入れつつ規模を大きくしていった。
森の野狼が山賊団として一目置かれるもっとも大きな要素が、高い諜報力にあった。
それは傭兵時代のノウハウを活かして……というものではない。
その高い諜報力の裏には、ひとりの男の存在があった。
その男はとある国の暗部に所属していた。
簡単にいえばスパイである。
彼は任務に失敗し、消される予定だった。
しかしなんとか国を出て、大陸の反対側まで逃げおおせたところで森の野狼に拾われた。
暗部時代の彼はそれほど突出した能力を有していたわけではないが、所属先が山賊となると話は変わってくる。
彼は暗部時代に得たスキルを存分に発揮し、近隣の上級役人や名士たちとの黒いつながりを得ることに成功した。
そのつながりは王族にまで達するとの噂もある。
禁忌とされている精人売買に手を出すような200人規模の山賊が、討伐もされずに存続し続けられるのにはそれなりの理由があるのだ。
そんな男が、100人に満たない水精人のとある氏族の集落を監視している。
山賊団のアジトから女性たちが消えるという、なんとも奇妙な事件が起きた団は、いまかなりの騒ぎとなっており、もっと重要な仕事があるのではないかと男は思っていたが、頭目の命令には逆らえない。
渋々受けた任務だったが、まさか帰ってこなかった団員の件と消えた女性たちの件がつながるとは思ってもみなかった。
「さすがお頭だ……。あの勘だけは侮れねぇ」
ここぞという時の頭目の判断力には目を瞠るものがある。
森の野狼はなにも優秀な諜報員ひとりの力で大きくなったわけではない。
それをうまく使える者の存在もまた重要なのである。
斥候の男は諜報員として一流といっていい。
かなり高いレベルの隠密系スキルを有しているのはもちろん、探知系のスキルもかなり高い。
そもそも彼が暗部の追手から逃れることができたのにはその探知系スキルによるところが大きかった。
半径約200メートル。
自分を中心としたその範囲になにかあれば、彼は即座に察知できる。
その範囲内で自分を狙う者はもちろん、自分の存在に気付いているというだけの者すら察知できる。その範囲の外側から、例えば弓矢や魔術で狙われたとしても、その範囲に入った時点で察知することができた。
その気になればもっと広範囲に探知の輪を広げることもできるのだが、彼は範囲よりも精度を重視した。
そして半径200メートルというのは、彼にとっていかなる攻撃であっても余裕を持ってかわせる距離なのである。
そもそも高い隠密スキルを持つ彼を発見することがほぼ不可能といっていい。
万が一彼の存在に気付いたとしても、200メートル以内の位置にいれば彼の存在に気付いたことを察知され、範囲の外から彼の存在に気付き、彼を害しようとしても、あらゆる攻撃は200メートルの範囲に入った時点で察知され、悠々とかわされてしまうのだ。
ゆえに――、
「ぐぁっ!?」
背中に矢を受けて樹から落ちることになった彼に、なにかしら油断があったと断ずるのは少々酷というものだろう。
**********
「ごめんなさい、仕留められませんでした……」
矢を放った直後、それが致命傷に至らないとわかり、ロロアは謝罪の言葉を口にした。
「いや、上出来だよ」
いかに優れた隠密スキルを有していようが、『情報閲覧』からは逃れられない。
敏樹は5人の男たちとは別に斥候の男がついてきていたことを、彼がアジトを出たときから……、いや頭目が彼に様子見を命令した時点から知っていた。
そして彼の能力もすべて把握しており、300メートルの距離から狙えば気付かれないことも、ロロアの腕ならその距離で充分仕留められることもわかっていた。
そして男のほうは、矢に隠密効果を付与できる〈影の王〉のことを知らなかった。
「次は仕留めます」
ロロアは二本目の矢に手をかけ、少し場所を移動した。
斥候の男がもう少し森の深い位置にいれば、樹から落ちた時点で狙うのは困難だっただろう。
しかし隠密能力に長けた男は多少人目に付いたところで気付かれることはなかろうと、旧交易路沿いの樹を監視場所に選んでいた。
そのため、樹から落ちてうめく男の姿を、ロロアは少し移動しただけで捉えることができたのだ。
ロロアが二の矢をつがえる。
〈遠見〉のおかげで男の姿ははっきりと見ることができた。
不意打ちを受けて樹から落ちたせいか、彼は足を痛めているようだった。
すぐに逃げ出すことはない。
あとはゆっくりと狙いをつけて、仕留めるだけである。
「っ……、なんで……?」
手の震えが止まらない。
一射目で仕留めていればどうということはなかったのかも知れない。
男の眉間に狙いをつけて放った最初の矢は、振り返って樹から飛び降りようと少し身体を起こした男の背中を貫いた。
致命傷にはならなかったが、男を足止めするには充分な一撃となった。
そして確実に仕留めるべく男に狙いを定めたとき、ロロアは不意に気付いてしまう。
自分がいままさに人を殺そうとしているということに。
「とまれ……とまれ……」
いつまで経っても止まらない手の震えに、ロロアはいらだちを覚える。
しかし時間が経つほどに精神は乱れ、狙いは定まらなくなっていった。
この矢を放てば、放った矢が的に当たれば、自分は人殺しになってしまう。
その事実がロロアの心に重くのしかかる。
「ひぁっ!?」
突然耳元に息を吹きかけられたロロアが、素っ頓狂な声を上げて矢を放ってしまった。
放たれた矢は当初の狙いを大きく逸れ、すぐ近くの樹に刺さってしまう。
「な、なにするんですかっ!?」
ふざけている場合ではない。
あの男を逃せば自分たちの不利になる可能性は非常に高く、アジトに帰れないとしても、なんらかの連絡手段を持っていないとも限らないのだ。
一刻も早く仕留めなくてはならないというこの状況で、敏樹はロロアの邪魔をしたのだった。
「ごめんごめん。でもロロアはここで待ってて」
「え?」
「あれは俺が仕留めるよ」
そう言って、敏樹は男のほうに向けて走り出した。
「一発で仕留めなくてよかった……」
去り際にそうつぶやいた敏樹の独り言が、ロロアの耳に残っていた。
**********
「まったく、俺ってやつは……」
二発目を射てないロロアの姿を見て、人を殺すということの重大さに気付かされた。
いや、最初からわかっていてそこから目を逸らしていたというべきか。
自分たちにとっての障害となり得る者を排除する。
その程度の認識だった。
だから、最も成功率の高い方法として、ロロアの正確無比な剛弓に〈影の王〉を使って隠密効果を付与するという手段を選んだ。
それは一撃で終わるはずだった。
いつも魔物や獣を仕留めるようにあっさりと終わるはずだったのだ。
しかしちょっとした偶然からロロアは仕留め損なった。
それでも追い打ちをかければ容易に仕留められる状況だった。
しかしそこに至って気付いてしまう。
人が人を殺すという事の重大さに。
それはいつもの狩りのようにあっさりと終わるものではない。
そうあってはならないのだ。
これから山賊団との戦闘が本格的に始まったら、ロロアも人を殺さざるを得なくなるだろう。
自分たちの身を守るために、それは仕方がないことである。
だから「人を殺すな」などということを安易に言うつもりはない。
しかし――、
「手を汚すなら俺が先だろう」
と、敏樹は覚悟を決めたのだった。
そして男を目指して駆けながら改めて思う。
「ロロアが一発で仕留めなくてよかった……」
ここ数百年は天下太平の時代と呼ばれているが、それでもちょっとした領土の奪い合いなどは行なわれており、国境での小競り合いなどは日常茶飯事だ。
ゆえに、天下太平といっても傭兵の食い扶持はそれなりにあるのだった。
荒野の狼は100人規模のそこそこ優秀な傭兵団だったが、とある小競り合いで団員の半数近くを失う被害を受け、傭兵団として存続するのが困難になり、やがて山賊に身をやつした。
よくある話である。
山賊として根城を転々とし、たどり着いたのがいまのアジトだった。
その間、大小様々な山賊団を取り込み、傭兵くずれや犯罪者を受け入れつつ規模を大きくしていった。
森の野狼が山賊団として一目置かれるもっとも大きな要素が、高い諜報力にあった。
それは傭兵時代のノウハウを活かして……というものではない。
その高い諜報力の裏には、ひとりの男の存在があった。
その男はとある国の暗部に所属していた。
簡単にいえばスパイである。
彼は任務に失敗し、消される予定だった。
しかしなんとか国を出て、大陸の反対側まで逃げおおせたところで森の野狼に拾われた。
暗部時代の彼はそれほど突出した能力を有していたわけではないが、所属先が山賊となると話は変わってくる。
彼は暗部時代に得たスキルを存分に発揮し、近隣の上級役人や名士たちとの黒いつながりを得ることに成功した。
そのつながりは王族にまで達するとの噂もある。
禁忌とされている精人売買に手を出すような200人規模の山賊が、討伐もされずに存続し続けられるのにはそれなりの理由があるのだ。
そんな男が、100人に満たない水精人のとある氏族の集落を監視している。
山賊団のアジトから女性たちが消えるという、なんとも奇妙な事件が起きた団は、いまかなりの騒ぎとなっており、もっと重要な仕事があるのではないかと男は思っていたが、頭目の命令には逆らえない。
渋々受けた任務だったが、まさか帰ってこなかった団員の件と消えた女性たちの件がつながるとは思ってもみなかった。
「さすがお頭だ……。あの勘だけは侮れねぇ」
ここぞという時の頭目の判断力には目を瞠るものがある。
森の野狼はなにも優秀な諜報員ひとりの力で大きくなったわけではない。
それをうまく使える者の存在もまた重要なのである。
斥候の男は諜報員として一流といっていい。
かなり高いレベルの隠密系スキルを有しているのはもちろん、探知系のスキルもかなり高い。
そもそも彼が暗部の追手から逃れることができたのにはその探知系スキルによるところが大きかった。
半径約200メートル。
自分を中心としたその範囲になにかあれば、彼は即座に察知できる。
その範囲内で自分を狙う者はもちろん、自分の存在に気付いているというだけの者すら察知できる。その範囲の外側から、例えば弓矢や魔術で狙われたとしても、その範囲に入った時点で察知することができた。
その気になればもっと広範囲に探知の輪を広げることもできるのだが、彼は範囲よりも精度を重視した。
そして半径200メートルというのは、彼にとっていかなる攻撃であっても余裕を持ってかわせる距離なのである。
そもそも高い隠密スキルを持つ彼を発見することがほぼ不可能といっていい。
万が一彼の存在に気付いたとしても、200メートル以内の位置にいれば彼の存在に気付いたことを察知され、範囲の外から彼の存在に気付き、彼を害しようとしても、あらゆる攻撃は200メートルの範囲に入った時点で察知され、悠々とかわされてしまうのだ。
ゆえに――、
「ぐぁっ!?」
背中に矢を受けて樹から落ちることになった彼に、なにかしら油断があったと断ずるのは少々酷というものだろう。
**********
「ごめんなさい、仕留められませんでした……」
矢を放った直後、それが致命傷に至らないとわかり、ロロアは謝罪の言葉を口にした。
「いや、上出来だよ」
いかに優れた隠密スキルを有していようが、『情報閲覧』からは逃れられない。
敏樹は5人の男たちとは別に斥候の男がついてきていたことを、彼がアジトを出たときから……、いや頭目が彼に様子見を命令した時点から知っていた。
そして彼の能力もすべて把握しており、300メートルの距離から狙えば気付かれないことも、ロロアの腕ならその距離で充分仕留められることもわかっていた。
そして男のほうは、矢に隠密効果を付与できる〈影の王〉のことを知らなかった。
「次は仕留めます」
ロロアは二本目の矢に手をかけ、少し場所を移動した。
斥候の男がもう少し森の深い位置にいれば、樹から落ちた時点で狙うのは困難だっただろう。
しかし隠密能力に長けた男は多少人目に付いたところで気付かれることはなかろうと、旧交易路沿いの樹を監視場所に選んでいた。
そのため、樹から落ちてうめく男の姿を、ロロアは少し移動しただけで捉えることができたのだ。
ロロアが二の矢をつがえる。
〈遠見〉のおかげで男の姿ははっきりと見ることができた。
不意打ちを受けて樹から落ちたせいか、彼は足を痛めているようだった。
すぐに逃げ出すことはない。
あとはゆっくりと狙いをつけて、仕留めるだけである。
「っ……、なんで……?」
手の震えが止まらない。
一射目で仕留めていればどうということはなかったのかも知れない。
男の眉間に狙いをつけて放った最初の矢は、振り返って樹から飛び降りようと少し身体を起こした男の背中を貫いた。
致命傷にはならなかったが、男を足止めするには充分な一撃となった。
そして確実に仕留めるべく男に狙いを定めたとき、ロロアは不意に気付いてしまう。
自分がいままさに人を殺そうとしているということに。
「とまれ……とまれ……」
いつまで経っても止まらない手の震えに、ロロアはいらだちを覚える。
しかし時間が経つほどに精神は乱れ、狙いは定まらなくなっていった。
この矢を放てば、放った矢が的に当たれば、自分は人殺しになってしまう。
その事実がロロアの心に重くのしかかる。
「ひぁっ!?」
突然耳元に息を吹きかけられたロロアが、素っ頓狂な声を上げて矢を放ってしまった。
放たれた矢は当初の狙いを大きく逸れ、すぐ近くの樹に刺さってしまう。
「な、なにするんですかっ!?」
ふざけている場合ではない。
あの男を逃せば自分たちの不利になる可能性は非常に高く、アジトに帰れないとしても、なんらかの連絡手段を持っていないとも限らないのだ。
一刻も早く仕留めなくてはならないというこの状況で、敏樹はロロアの邪魔をしたのだった。
「ごめんごめん。でもロロアはここで待ってて」
「え?」
「あれは俺が仕留めるよ」
そう言って、敏樹は男のほうに向けて走り出した。
「一発で仕留めなくてよかった……」
去り際にそうつぶやいた敏樹の独り言が、ロロアの耳に残っていた。
**********
「まったく、俺ってやつは……」
二発目を射てないロロアの姿を見て、人を殺すということの重大さに気付かされた。
いや、最初からわかっていてそこから目を逸らしていたというべきか。
自分たちにとっての障害となり得る者を排除する。
その程度の認識だった。
だから、最も成功率の高い方法として、ロロアの正確無比な剛弓に〈影の王〉を使って隠密効果を付与するという手段を選んだ。
それは一撃で終わるはずだった。
いつも魔物や獣を仕留めるようにあっさりと終わるはずだったのだ。
しかしちょっとした偶然からロロアは仕留め損なった。
それでも追い打ちをかければ容易に仕留められる状況だった。
しかしそこに至って気付いてしまう。
人が人を殺すという事の重大さに。
それはいつもの狩りのようにあっさりと終わるものではない。
そうあってはならないのだ。
これから山賊団との戦闘が本格的に始まったら、ロロアも人を殺さざるを得なくなるだろう。
自分たちの身を守るために、それは仕方がないことである。
だから「人を殺すな」などということを安易に言うつもりはない。
しかし――、
「手を汚すなら俺が先だろう」
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