【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第1話『おっさん、ロロアを連れ去られる』前編
「ロロアー?」
実家から集落へ戻ってきた敏樹は、ロロアの出迎えがなかったのでテントの中を覗いてみた。
「……いないか」
しかしその中にロロアの姿はなかった。
「どこいったんだろ……。グロウさんなら知ってるか?」
なんとなく集落の様子がいつもと異なることを感じながら、敏樹は集落の長であるグロウの家を目指して歩いた。
(なにかあったか……?)
ここ数日で随分と打ち解けたはずの住人から、何故かこの日は剣呑な視線を向けられることが多かった。
ただ、中には縋るようなものもあったように感じられた。
「ああ、トシキ殿……」
グロウの家の前には息子のゴラウが立っていた。彼は特に剣呑な態度を見せなかったが、かなり憔悴しているようだった。
「父さん、トシキ殿が――」
「通せ!!」
なにやら刺々しい叫びが、扉の向こうから聞こえてきた。
「あの、トシキ殿、どうぞ」
「ああ、うん」
グロウの家の中には10人ほどの水精人がおり、その半数ほどが敵意むき出しの視線を向けていた。
残りは戸惑っていたり、申し訳なさそうにしていたりという具合だ。
よく見れば、敵意を持っているのは滞在中にあまり交流のなかった者たちだということがわかった。
中央奥に座るグロウだけは、無表情のまま鋭い視線を向けていた。
「皆、すまんがトシキと2人にしてくれんか?」
問いかけではあるが、その口調は命令と言ってよかった。
何人かは異を唱えようとしたが、グロウの視線で抑え込まれ、渋々といった様子で応じ、家の中には敏樹とグロウの2人だけになった。
全員が家を出たのを見計らい、グロウが立ち上がった。
そして敏樹の近くまで歩み寄ると、その場で膝をついて頭を垂れた。
「頼む……。ロロアを……、孫娘を助けてやってくれ……!!」
外に漏れないよう押し殺した声で、しかし悲痛な叫びとともにグロウは敏樹に訴えた。
「どうされたんですか……?」
「ロロアが、人間に……、盗賊にさらわれたんじゃ……!!」
「な……!?」
敏樹はその言葉に驚きを禁じ得なかった。
というのも、精人は人よりも遙かに優れた能力を有しているからだ。
身体能力は人類随一の獣人に勝り、魔法に関してもエルフを遥かに上回る使い手である。
そんな精人の一種である水精人のグロウたちが、人間の山賊ごときに後れをとるとは思えないのだ。
「その山賊というのはそんなに強い連中なんですか?」
「いや、戦って負けるということはない」
「じゃあなんで……」
「それでも儂ら精人は人には逆らえんのじゃ!!」
そう、いくら種族として優れていようとも、精人は人類に勝てないのである。
まず第一に数が違う。精人は人間に比べて数が圧倒的に少ない。
次に技術。
人は身体能力の差を、高い技術力によって開発・生産された武器や防具で埋めることが出来る。
そして最後に魔術。
例えば敏樹が使っていた【炎矢】などの魔術を魔法で再現しようとすると、十倍以上の魔力を消費しなくてはならない。
魔法に比べて十倍、下手をすれば百倍以上も効率化され、かつ誰でも習得でき、誰が使っても効果がさほど変わらない。それが魔術である。
数と技術と魔術で圧倒されれば、精人に為す術はない。
しかしそれでも人類は精人を敬い、友好的な交流を続けていた。
この水精人の集落も、つい少し前までは、近くの街へ酒や米を卸し、人の街からも行商人が訪れ、互いに交流を図りながら豊かな生活を送っていたのだ。
しかしある時、交易路となっていた街道に山賊が現れるようになった。
『森の野狼』と名乗るその山賊団は、人間も精人も構わず襲った。
やがて交易が途絶えると、今度は水精人の集落を襲うようになった。
街を襲えば官憲や軍が現れるからであろう。
水精人の皮は工芸品や防具の素材として優れ、精石は魔石に比べて魔力密度が高く、また身体能力が高く食事を必要としない彼らは奴隷としても有能なので、水精人一人で二〇〇人からなる山賊団がひと月は暮らしていけるだけの利益を得ることが出来た。
そこで森の野狼は、月に一度のペースで数人の水精人を連れ去っていたのだ。
連れ去られた水精人は奴隷として死ぬまで酷使され、死後も素材として使い潰されるのである。
「なるほど、野狼ね……」
最初に敏樹が訪れたときの、住人のヒトに対する敵愾心はここに起因していたようである。
これまでロロアが山賊団に目をつけられなかったのは、顔をすべて隠していたからであった。
しかし、ここ最近は口元を覆う布を外していることが多く、たまたま徴収に来ていた山賊の目に止まり、連れ去られたのだった。
「ロロアを助けたら、そのままここには戻らず街へ逃げてくれ」
「いや、それは……」
「頼む! 儂は長という立場のせいで、あの娘に……、孫娘であるあの娘になにもしてやれなんだ……」
それは懺悔のような言葉だった。
「40年……!! 40年もの間、儂はあの娘をここに縛り付けていたのだ。しかし、獣人とはいえロロアは水精人の因子を色濃く持っておるから、まだまだ人生は長い。だから頼む! 幸せにしてやってくれなどとは言わん。ただ、自由になるための手助けをしてやってくれ……!!」
「そんな気合い入れて頼まなくても、ちゃんと助けますから。とりあえず頭を上げてください」
「すまん……、恩に着る。よそ者のお主にこんなことを頼むなど、お門違いだとはわかっているのだが」
「まぁ、でも、いずれここから出すつもりではあったんですよね?」
「それは……」
「だから大陸共通語を学ばせていたのでは?」
「む……、バレておったか」
「そりゃまぁ。一生ここで暮らすんなら、別に覚える必要もないことですし」
「…………あの娘の言葉は、変じゃないだろうか?」
「問題ないですよ」
「そうか……」
敏樹の言葉に、グロウが微笑んだように見えた。トカゲ頭は表情が読みづらいので何とも言えないが。
「ああ、そうだ。集落のみなさんにお願いしたいことがあるんですが」
「何でも言ってくれ。儂らにできることなら何でもする。何でもさせる」
**********
少し時間を遡る。
敏樹が集落を訪れておよそ一ヶ月。
彼がここに来たのは、森の野狼を名乗る山賊団がこの集落へ定期徴収に訪れた直後のことであった。
定期徴収はおよそ月に一度。
「よーしお前らぁ! さっさと貢ぎ物の準備をしろや!!」
その日、敏樹は実家に帰っていて、集落にはいなかった。
集落の入り口には、荷馬車に乗ってきたふたりの男が立っていた。
ひとりは革鎧に身を包んだ小柄な男で、もうひとりは布製の服にマントを羽織った中背の男だった。
どちらも年の頃は三十前後といったところか。
「おい、そこのローブの女!」
革鎧の男が叫び、遠巻きに男達を見ていた住人の視線が、その男の視線と声の先を追う。
そこには、フードを目深にかぶったロロアの姿があった。
自分が呼ばれたのであろうことに気付いたロロアは、男のほうに顔を向けた。
「そうだ、お前だ。ちょっと来い」
ロロアは躊躇したが、ここで反抗的な態度を取っては他の住人に迷惑がかかると思い、素直に応じた。
男は目の前に立ったロロアのフードを乱暴に外した。
「あっ……」
「ほおおっ、こいつぁ……。どう思う?」
革鎧の男がマントの男のほうを見る。
「うむ。そうだな」
「いやぁっ……!!」
マントの男はロロアに歩み寄ると彼女の着ていたローブを剥ぎ取った。
「こりゃまた……変わった服着てんな……」
ロロアはローブの下に、敏樹からもらった日本製のジャージを着ていた。
「あぅっ……ぐっ……!!」
マントの男が無造作に手を伸ばし、遠慮無しにロロアの胸を掴んだ。
「あっ!! てめぇ汚ぇぞっ!! 俺も――」
「ふんっ!!」
「いてっ」
マントの男に続いてロロアの身体に触ろうとした革鎧の男の手を、マントの男が弾く。
「ふむ、身体のほうもいいようだな」
「てめぇっ、なにすんだよ!?」
「お前こそ何を考えている。どう見ても頭の好みだろうが。死にたくなければこれ以上手を出すな」
「死にたく……って、お前が黙ってりゃ」
革鎧の男の抗議に対し、マントの男は自身の首に提げられたネックレスを掲げる。
「こいつをごまかせるというのなら、好きにしてくれてかまわんが?」
「……ちっ、わかったよ」
マントの男が首に提げたそれは、記録用の魔道具である。
装備者が何を見て何を聞き、何をしゃべったかということを記録しておける物で、森の野狼のメンバーは外へ稼ぎに出るとき、集団の内のひとりに装備が義務づけられていた。
任務を終えた団員はこの記録用魔道具を上層部に提出し、行動を確認される。
もしピンハネなどをしていれば厳罰に処されるというわけだ。
「さて、あとはどいつを……」
「待ってくれっ!!」
ロロアを確保し、物色を再開しようとした山賊達の前にグロウが姿を現した。
「これはこれは長殿。どうされだのかな?」
それに対し、マントの男が慇懃に応じる。
「その娘は……、勘弁してくれっ……!!」
「ほほう……?」
自分たちに対して頭を下げるグロウに、マントの男は興味深げな視線を送った。
「ふむふむ……どうやらこの娘、よほど大事なようだな」
周りに目を向けてみても、いつもは諦めたように従順な住人達が、敵意をむき出しにしていた。
「まぁ、これだけの上玉だもんなぁ。それよりあと2~3人見繕って……」
「いや、この娘だけでいい」
「はぁっ!?」
革鎧の男が疑問の声を上げる。そしてグロウをはじめとする住人達もマントの男の言葉を訝しむように、男を見たり、互いに見合ったりした。
いつもは2~3人、多いときは5人連れて行かれたこともある。それがたったひとりでいいというのはどういうわけか。
「この娘と、あとは荷馬車に積めるだけの酒と米。今回はこれで勘弁してやろう」
「お前、そんな勝手に……」
「……もしくは、10人差し出せ」
男の顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。
その言葉に、革鎧の男は納得の笑みを浮かべ、数回うなずいた。
「ったく……お前ってやつは性格悪いね」
要はロロアを諦めるならいつもより徴収は少なくなり、それを拒むならいつも以上に徴収するということだ。
「どうした? この娘が大切ならそれくらいは出せるだろう?」
「ぐぬぬ……」
歯がみするグロウの様子をうかがう住人たち。そのうちのひとりがグロウの前に立った。
「長、もううんざりだ。これ以上こんな連中の言うことを聞いていられるかっ!!」
そう言って槍を構えたのは、最初に敏樹と遭遇した蜥蜴頭の門番だった。
「待てっ!」
「ほう、逆らうのか?」
グロウが静止の声を上げるとのほぼ同時に門番の男は踏み込んだが、その構えた槍が届くより先に、マントの男がかざした手から放たれた炎の槍が門番の腹に直撃した。
「ぐおおっ……」
住人たちがどよめく。
「おいおい、【炎槍】くらってかすり傷かよ……。やっぱ精人ってなバケモンだな」
革鎧の男は半ば感心したように、それと同時に少しばかり怯えたようにつぶやいた。
「これがお前達の総意と言うことでいいか? なら好きに逆らうがいい。見ての通り我らはしがない魔術師と斥候だ。1分とかからずに負けるだろうよ」
「おい、お前……」
「ただし、明日の日没までに我らがアジトに帰らねば、追加の人員が送られるぞ? それも退けるか? なら全面戦争だ」
マントの男は声にすごみを含ませながらも、淡々としゃべり続ける。
「森の野狼およそ200人。水精人数十人を相手にするには戦力不足だが、我らにはお得意様が多くてな。我らを全員を退けたとしてそのあと何が出てくるのか分からんが、この集落が滅びることに変わりはないだろうなぁ」
「つまりだ、てめえらの選択肢は3つ!! ここでこの女を俺たちに寄越すか、ほかの十人を寄越すか、逆らって滅びるかだぁ!!」
マントの男の言葉を引き継ぎ、革鎧の男が得意げに喚く。
「わかった……。少し時間をくれ。皆と協議を……」
「その必要はないでしょう」
歯噛みし、なんとか絞り出したグロウの言葉を遮ったのは、彼の息子ゴラウだった。
実家から集落へ戻ってきた敏樹は、ロロアの出迎えがなかったのでテントの中を覗いてみた。
「……いないか」
しかしその中にロロアの姿はなかった。
「どこいったんだろ……。グロウさんなら知ってるか?」
なんとなく集落の様子がいつもと異なることを感じながら、敏樹は集落の長であるグロウの家を目指して歩いた。
(なにかあったか……?)
ここ数日で随分と打ち解けたはずの住人から、何故かこの日は剣呑な視線を向けられることが多かった。
ただ、中には縋るようなものもあったように感じられた。
「ああ、トシキ殿……」
グロウの家の前には息子のゴラウが立っていた。彼は特に剣呑な態度を見せなかったが、かなり憔悴しているようだった。
「父さん、トシキ殿が――」
「通せ!!」
なにやら刺々しい叫びが、扉の向こうから聞こえてきた。
「あの、トシキ殿、どうぞ」
「ああ、うん」
グロウの家の中には10人ほどの水精人がおり、その半数ほどが敵意むき出しの視線を向けていた。
残りは戸惑っていたり、申し訳なさそうにしていたりという具合だ。
よく見れば、敵意を持っているのは滞在中にあまり交流のなかった者たちだということがわかった。
中央奥に座るグロウだけは、無表情のまま鋭い視線を向けていた。
「皆、すまんがトシキと2人にしてくれんか?」
問いかけではあるが、その口調は命令と言ってよかった。
何人かは異を唱えようとしたが、グロウの視線で抑え込まれ、渋々といった様子で応じ、家の中には敏樹とグロウの2人だけになった。
全員が家を出たのを見計らい、グロウが立ち上がった。
そして敏樹の近くまで歩み寄ると、その場で膝をついて頭を垂れた。
「頼む……。ロロアを……、孫娘を助けてやってくれ……!!」
外に漏れないよう押し殺した声で、しかし悲痛な叫びとともにグロウは敏樹に訴えた。
「どうされたんですか……?」
「ロロアが、人間に……、盗賊にさらわれたんじゃ……!!」
「な……!?」
敏樹はその言葉に驚きを禁じ得なかった。
というのも、精人は人よりも遙かに優れた能力を有しているからだ。
身体能力は人類随一の獣人に勝り、魔法に関してもエルフを遥かに上回る使い手である。
そんな精人の一種である水精人のグロウたちが、人間の山賊ごときに後れをとるとは思えないのだ。
「その山賊というのはそんなに強い連中なんですか?」
「いや、戦って負けるということはない」
「じゃあなんで……」
「それでも儂ら精人は人には逆らえんのじゃ!!」
そう、いくら種族として優れていようとも、精人は人類に勝てないのである。
まず第一に数が違う。精人は人間に比べて数が圧倒的に少ない。
次に技術。
人は身体能力の差を、高い技術力によって開発・生産された武器や防具で埋めることが出来る。
そして最後に魔術。
例えば敏樹が使っていた【炎矢】などの魔術を魔法で再現しようとすると、十倍以上の魔力を消費しなくてはならない。
魔法に比べて十倍、下手をすれば百倍以上も効率化され、かつ誰でも習得でき、誰が使っても効果がさほど変わらない。それが魔術である。
数と技術と魔術で圧倒されれば、精人に為す術はない。
しかしそれでも人類は精人を敬い、友好的な交流を続けていた。
この水精人の集落も、つい少し前までは、近くの街へ酒や米を卸し、人の街からも行商人が訪れ、互いに交流を図りながら豊かな生活を送っていたのだ。
しかしある時、交易路となっていた街道に山賊が現れるようになった。
『森の野狼』と名乗るその山賊団は、人間も精人も構わず襲った。
やがて交易が途絶えると、今度は水精人の集落を襲うようになった。
街を襲えば官憲や軍が現れるからであろう。
水精人の皮は工芸品や防具の素材として優れ、精石は魔石に比べて魔力密度が高く、また身体能力が高く食事を必要としない彼らは奴隷としても有能なので、水精人一人で二〇〇人からなる山賊団がひと月は暮らしていけるだけの利益を得ることが出来た。
そこで森の野狼は、月に一度のペースで数人の水精人を連れ去っていたのだ。
連れ去られた水精人は奴隷として死ぬまで酷使され、死後も素材として使い潰されるのである。
「なるほど、野狼ね……」
最初に敏樹が訪れたときの、住人のヒトに対する敵愾心はここに起因していたようである。
これまでロロアが山賊団に目をつけられなかったのは、顔をすべて隠していたからであった。
しかし、ここ最近は口元を覆う布を外していることが多く、たまたま徴収に来ていた山賊の目に止まり、連れ去られたのだった。
「ロロアを助けたら、そのままここには戻らず街へ逃げてくれ」
「いや、それは……」
「頼む! 儂は長という立場のせいで、あの娘に……、孫娘であるあの娘になにもしてやれなんだ……」
それは懺悔のような言葉だった。
「40年……!! 40年もの間、儂はあの娘をここに縛り付けていたのだ。しかし、獣人とはいえロロアは水精人の因子を色濃く持っておるから、まだまだ人生は長い。だから頼む! 幸せにしてやってくれなどとは言わん。ただ、自由になるための手助けをしてやってくれ……!!」
「そんな気合い入れて頼まなくても、ちゃんと助けますから。とりあえず頭を上げてください」
「すまん……、恩に着る。よそ者のお主にこんなことを頼むなど、お門違いだとはわかっているのだが」
「まぁ、でも、いずれここから出すつもりではあったんですよね?」
「それは……」
「だから大陸共通語を学ばせていたのでは?」
「む……、バレておったか」
「そりゃまぁ。一生ここで暮らすんなら、別に覚える必要もないことですし」
「…………あの娘の言葉は、変じゃないだろうか?」
「問題ないですよ」
「そうか……」
敏樹の言葉に、グロウが微笑んだように見えた。トカゲ頭は表情が読みづらいので何とも言えないが。
「ああ、そうだ。集落のみなさんにお願いしたいことがあるんですが」
「何でも言ってくれ。儂らにできることなら何でもする。何でもさせる」
**********
少し時間を遡る。
敏樹が集落を訪れておよそ一ヶ月。
彼がここに来たのは、森の野狼を名乗る山賊団がこの集落へ定期徴収に訪れた直後のことであった。
定期徴収はおよそ月に一度。
「よーしお前らぁ! さっさと貢ぎ物の準備をしろや!!」
その日、敏樹は実家に帰っていて、集落にはいなかった。
集落の入り口には、荷馬車に乗ってきたふたりの男が立っていた。
ひとりは革鎧に身を包んだ小柄な男で、もうひとりは布製の服にマントを羽織った中背の男だった。
どちらも年の頃は三十前後といったところか。
「おい、そこのローブの女!」
革鎧の男が叫び、遠巻きに男達を見ていた住人の視線が、その男の視線と声の先を追う。
そこには、フードを目深にかぶったロロアの姿があった。
自分が呼ばれたのであろうことに気付いたロロアは、男のほうに顔を向けた。
「そうだ、お前だ。ちょっと来い」
ロロアは躊躇したが、ここで反抗的な態度を取っては他の住人に迷惑がかかると思い、素直に応じた。
男は目の前に立ったロロアのフードを乱暴に外した。
「あっ……」
「ほおおっ、こいつぁ……。どう思う?」
革鎧の男がマントの男のほうを見る。
「うむ。そうだな」
「いやぁっ……!!」
マントの男はロロアに歩み寄ると彼女の着ていたローブを剥ぎ取った。
「こりゃまた……変わった服着てんな……」
ロロアはローブの下に、敏樹からもらった日本製のジャージを着ていた。
「あぅっ……ぐっ……!!」
マントの男が無造作に手を伸ばし、遠慮無しにロロアの胸を掴んだ。
「あっ!! てめぇ汚ぇぞっ!! 俺も――」
「ふんっ!!」
「いてっ」
マントの男に続いてロロアの身体に触ろうとした革鎧の男の手を、マントの男が弾く。
「ふむ、身体のほうもいいようだな」
「てめぇっ、なにすんだよ!?」
「お前こそ何を考えている。どう見ても頭の好みだろうが。死にたくなければこれ以上手を出すな」
「死にたく……って、お前が黙ってりゃ」
革鎧の男の抗議に対し、マントの男は自身の首に提げられたネックレスを掲げる。
「こいつをごまかせるというのなら、好きにしてくれてかまわんが?」
「……ちっ、わかったよ」
マントの男が首に提げたそれは、記録用の魔道具である。
装備者が何を見て何を聞き、何をしゃべったかということを記録しておける物で、森の野狼のメンバーは外へ稼ぎに出るとき、集団の内のひとりに装備が義務づけられていた。
任務を終えた団員はこの記録用魔道具を上層部に提出し、行動を確認される。
もしピンハネなどをしていれば厳罰に処されるというわけだ。
「さて、あとはどいつを……」
「待ってくれっ!!」
ロロアを確保し、物色を再開しようとした山賊達の前にグロウが姿を現した。
「これはこれは長殿。どうされだのかな?」
それに対し、マントの男が慇懃に応じる。
「その娘は……、勘弁してくれっ……!!」
「ほほう……?」
自分たちに対して頭を下げるグロウに、マントの男は興味深げな視線を送った。
「ふむふむ……どうやらこの娘、よほど大事なようだな」
周りに目を向けてみても、いつもは諦めたように従順な住人達が、敵意をむき出しにしていた。
「まぁ、これだけの上玉だもんなぁ。それよりあと2~3人見繕って……」
「いや、この娘だけでいい」
「はぁっ!?」
革鎧の男が疑問の声を上げる。そしてグロウをはじめとする住人達もマントの男の言葉を訝しむように、男を見たり、互いに見合ったりした。
いつもは2~3人、多いときは5人連れて行かれたこともある。それがたったひとりでいいというのはどういうわけか。
「この娘と、あとは荷馬車に積めるだけの酒と米。今回はこれで勘弁してやろう」
「お前、そんな勝手に……」
「……もしくは、10人差し出せ」
男の顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。
その言葉に、革鎧の男は納得の笑みを浮かべ、数回うなずいた。
「ったく……お前ってやつは性格悪いね」
要はロロアを諦めるならいつもより徴収は少なくなり、それを拒むならいつも以上に徴収するということだ。
「どうした? この娘が大切ならそれくらいは出せるだろう?」
「ぐぬぬ……」
歯がみするグロウの様子をうかがう住人たち。そのうちのひとりがグロウの前に立った。
「長、もううんざりだ。これ以上こんな連中の言うことを聞いていられるかっ!!」
そう言って槍を構えたのは、最初に敏樹と遭遇した蜥蜴頭の門番だった。
「待てっ!」
「ほう、逆らうのか?」
グロウが静止の声を上げるとのほぼ同時に門番の男は踏み込んだが、その構えた槍が届くより先に、マントの男がかざした手から放たれた炎の槍が門番の腹に直撃した。
「ぐおおっ……」
住人たちがどよめく。
「おいおい、【炎槍】くらってかすり傷かよ……。やっぱ精人ってなバケモンだな」
革鎧の男は半ば感心したように、それと同時に少しばかり怯えたようにつぶやいた。
「これがお前達の総意と言うことでいいか? なら好きに逆らうがいい。見ての通り我らはしがない魔術師と斥候だ。1分とかからずに負けるだろうよ」
「おい、お前……」
「ただし、明日の日没までに我らがアジトに帰らねば、追加の人員が送られるぞ? それも退けるか? なら全面戦争だ」
マントの男は声にすごみを含ませながらも、淡々としゃべり続ける。
「森の野狼およそ200人。水精人数十人を相手にするには戦力不足だが、我らにはお得意様が多くてな。我らを全員を退けたとしてそのあと何が出てくるのか分からんが、この集落が滅びることに変わりはないだろうなぁ」
「つまりだ、てめえらの選択肢は3つ!! ここでこの女を俺たちに寄越すか、ほかの十人を寄越すか、逆らって滅びるかだぁ!!」
マントの男の言葉を引き継ぎ、革鎧の男が得意げに喚く。
「わかった……。少し時間をくれ。皆と協議を……」
「その必要はないでしょう」
歯噛みし、なんとか絞り出したグロウの言葉を遮ったのは、彼の息子ゴラウだった。
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