【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第2話『おっさん、選ばれる』後編
――ピンポン
翌日、ドアチャイムの音で敏樹は目覚めた。
結局あのあと、敏樹は玄関まで戻ってキーを取り出し、車でコンビニへ行って自転車を積んで帰った。
車のシートを倒し、あくせくと自転車を積み込みながら“もしかして歩いて取りに来た方が楽だったんじゃね?”などと思いつつ、無事自転車の救出に成功していたのであった。
――ピンポン
再びドアチャイムが鳴る。そろそろ母親が応対してくれても良さそうだが……、と思いつつ敏樹は布団をかぶり直した。
――ピンポン
さらにもう一度ドアチャイムが鳴ったとき、ようやく敏樹は、今日母親が出かけていることを思い出した。
たしか近所の人たちと少し離れた町へランチを食べに行くとかなんとか、そんな話を昨夜寝る前に聞いた覚えがある。
――ピンポン
「あー……はいはい」
だるそうにつぶやきながら、敏樹はスマートフォンに手を伸ばし、ドアホンと連動させたアプリを起動すると、モニターに見知らぬ女性が映っていた。
「セールスか? 宗教ではなさそうだけど……」
モニターの向こうにいるのはおそらく自分と同世代の女性。
ビジネススーツに身を包んだキャリアウーマン風の格好で、容姿は十人並みといったところか。
「はい」
『応答』ボタンをタップ。
用件次第ではこのままお帰り願おう。
『恐れ入りますが、大下敏樹さまはご在宅でしょうか』
「どちらさまでしょう?」
『私、町田と申します。大下さまに折り入ってお話がございます』
「いや、どこの町田さんだよ……あ」
心の中で呟いたつもりが声に出てしまった。
そして声に出した結果、町田という名前に見覚えがあるような気がしてきたのだが、はて、どこで目にしたのだったか……。
『ふふ。昨日のメールについて、と申せばお察しいただけます?』
「え……?」
モニターの向こうに立つ女性は、なにやら怪しげな笑みを浮かべていた。
「世界管理局……?」
敏樹は女性に渡された名刺を見ながら、敏樹は眉をしかめた。
「日本にそんな組織が?」
「あ、日本とか関係ないです。町田っていうのも仮名ですし」
「はぁ!? いくらなんでも怪しすぎるだろアンタ!!」
特に悪びれる様子もなく答えた町田と名乗る女性に、敏樹は思わず怒鳴り声を上げてしまった。
結局あの後ドアを開けて応対すると、あれよという間に家に上がりこまれたので、敏樹は仕方なくダイニングに通していたのである。
今はダイニングテーブルを挟んで敏樹と向かい合う形で座っている。
改めて見る町田の容姿だが、身長は160センチ前後で、体型といい容貌といい、どこにでもいそうな女性である。
服装はタイトスカートのビジネススーツでビシッと決めている割に、下ろせば肩まではあるだろう癖のあるダークブラウンの髪は雑に後ろでひっつめられているだけという、少々バランスの悪い格好であった。
とはいえ対する敏樹はラフなジャージ姿なので偉そうなことは言えないのだが。
「ありゃりゃ? 全部ご承知の上で私を通したのでは?」
「全部ご承知ってなにをだよ!! アンタを通してしまったのはアンタの口がうまいのと俺がちょっと寝ぼけてたからだよ。なんなら今すぐお帰りいただきたいんだけど?」
「あははー。そんなことより喉渇いちゃったんですけど?」
「怪しい上にずうずうしいな! お前もう帰れよっ!!」
「あららー、いいんですかぁ?」
そう言いながら、町田と名乗る女性は上目遣いに窺うような視線を敏樹にむける。
「大下さん、ちゃんとメール読んでないみたいですけど、私がこのまま帰ったとしてあの15億円、どうされるんです?」
「う……」
「まー私も帰れと言われて居座るほど面の皮が厚いほうじゃありませんし? 残念ですが今日のところは――」
「待った、わかった」
敏樹はふてくされたような表情を浮かべつつ立ち上がろうとする町田を敏樹は慌てて制した。
彼女が何者であるにせよ今のところ自分に危害を加える様子はなさそうである。
ならば、何らかの事情を知っていそうなこの町田という女性から、聞き出せることは聞いておくべきであろう。
「……コーヒーでいいですか?」
立ち上がりながら敏樹は尋ねた。
「あ、はい。水出しのアイスコーヒーに生クリームとシロップたっぷりで。あ、生クリームは生乳由来のものでお願いしますね。なければ牛乳でもいいですけど、低脂肪は――」
「んなもんねぇよっ!! ウチはインスタントのホットだけだ!!」
「えー……。私、濃いめのホットコーヒーを氷で薄めるタイプのアイスコーヒーってあんまり好きじゃないんですよねー。やっぱりアイスコーヒーは水出しに限――」
「だからんなもんねぇって!! 言っとくけど氷で薄めるやつも淹れないからな。そもそもウチにはガムシロップがねぇ!!」
「うわぁ……。じゃあしょうがない、何か冷たくて甘い物をお願いします」
「ったく、充分面の皮は厚いじゃないか……」
敏樹は不満のつぶやきを漏らしつつキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。
「あー、すんませんけどね。冷たくて甘い物だと甘酒ぐらいしかないですわ」
「甘酒? 冷たい甘酒っておいしいんですか?」
「一般的にはどうか知りませんがね。こいつは冷たくてもおいしいですよ」
そう言いながら、敏樹は冷蔵庫から取り出した甘酒のボトルを町田に向かって掲げた。
それは彼の母親が好んで買ってくる地元の麹室で作られた物で、米麹と白米以外の余分な物が入っていない少し高級な甘酒であった。
米粒が入っているせいか腹持ちがいいので、敏樹は間食代わりによく飲んでいるのである。
「じゃあそれで」
敏樹はグラスに甘酒を注ぎ、町田の前に置いた。
「……美味しい」
「でしょう?」
グラスに口をつけ、少し口に含んだところで目を瞠り、そのまま一気に飲み干してしまった上での、町田の感想であり、それに対して敏樹は少々得意げに返した。
「おかわりください」
「どうぞどうぞ」
それほど郷土愛の強くない敏樹ではあるが、それでも地元産の物を気に入ってもらえるというのはうれしいものである。
「ぷはぁー。ごちそうさまでした。あ、おかわり入れといてください」
「はいはい」
甘酒が自分のグラスに満たされるのを確認した上で、町田は姿勢を正して敏樹に向き直った。
「さて、改めまして大下さん、当選おめでとうございます」
「えっと……、すいません。結局どういうことなんです? あの15億円は俺がもらってもいいものなんでしょうか?」
敏樹はアラフォー社会人なのでちゃんと話を聞くとなった以上、敬語に切り替える程度のことはできるのである。
「もちろんですとも」
ためらいがちに尋ねた敏樹に対し、町田はさも当たり前のように、真顔でうなずいた。
「メールにあったとおり、大下さんは選ばれたんです。選ばれ、受け取った以上、あのお金は自由にしてくださってかまいません」
「いや、ちょっと待って! そこだよそこ!! 俺、受け取るつもりなんてなかったんですけど?」
しかし、ちょっとしたことでしゃべり方が雑になってしまうのは、あまり他者とのつながりがないフリーランサーゆえであろうか。
「あら? でも受け取りを選択されてますよね」
「いやいや、俺はそんなもん選んだつもりはありませんよ? メール受け取ったあと、メシ食って部屋に戻ったら“お支払いが完了しました”って……」
「開封後1時間以内に選択されない場合は“受け取る”のほうを選択されますよって、ちゃんと書いてあったと思いますけど?」
「読んでねぇよっ!!」
思わず叫んでしまったあとで、敏樹は絶句した。もしかしてちゃんとメールを読まず、内容を理解していなかったことが明らかになったいま、15億円の権利を失ってしまうのではないかと。
「あー、最初のメールのちゃんと読んでなかったんですねー」
「あ……、いや、その……」
「ま、だからって今さらなかったことにはできませんし、15億円の所有権は大下さんのものですけどね」
ほっと一息ついたところで、改めて敏樹は戸惑ってしまう。そんな大金をほいほいと受け取ってしまってもいいものだろうかと。
数万円、せめて十数万円程度であれば“ラッキー!”と思って受け取ってしまいそうだが、15億円などという額はあまりにも現実離れしており、それを正当に受け取る権利を有したからといって一体どういう感情で受け止めればいいのかまったくわからないのである。
「あ、ご心配なく。あのお金は非課税ですから、確定申告なんかでの所得申告は必要ありませんから。15億円まるまる大下さんの物です」
「は、はぁ……」
敏樹の微妙な表情を見て勘違いしたのか、町田が諭すように説明してくれたが、彼は結局微妙な表情のまま曖昧に返答するしかなかった。
「ですので、あのお金を使って豪遊してもいいですし、堅実に使って一生を裕福に暮らしてくださってもかまいません。大下さんがあと百年生きるとしても、年に1500万円使える計算ですからね」
「……いや、あと百年も生きられませんから」
「あははー、そりゃそうか」
町田は敏樹がかろうじて発したつっこみに軽く答えながら、グラスをあおって甘酒を一気に飲み干した。
「まぁとにかくです。こちらの世界で好きに使っていただいても結構ですし、異世界行きの際にスキルポイントしてスキル習得へ割り振ってもらっても結構ですので、お気に召すままご自由に、というところでしょうかね。あ、おかわりください」
トンとダイニングテーブルにグラスが置かれたあとも、敏樹はしばらくの間呆然と町田を見つめるだけで、甘酒のおかわりを注ごうとしなかった。
「あの、大下さん、おかわりを……。なんでしたらグラス半分でもいいので……」
「あ、いやすいません」
そこでふと我に返った敏樹は、慌ててボトルの蓋を開け、グラスに甘酒を注いだ。
「あ、どうもです」
注ぎ終えたあとのボトルに蓋をし、テーブルに置いたあと、敏樹はうつむき加減に少し大きく息を吐いた。
そして肺の中がほとんど空っぽになったところで大きく息を吸いながら顔を上げ、ちょうどいい具合に肺が膨らんだところで町田のほうへ視線を向けた。
「異世界……?」
「え、あ、はい。異世界です」
少し怪訝な表情で敏樹の様子を見ていた町田は敏樹の言葉に少し慌てながらそう応えた。
“俺はいま一体どんな表情をしているんだろう?”と珍しく口に出さず心の中でつぶやいた敏樹は、ただ町田をじっと見据えて首をかしげるのであった。
翌日、ドアチャイムの音で敏樹は目覚めた。
結局あのあと、敏樹は玄関まで戻ってキーを取り出し、車でコンビニへ行って自転車を積んで帰った。
車のシートを倒し、あくせくと自転車を積み込みながら“もしかして歩いて取りに来た方が楽だったんじゃね?”などと思いつつ、無事自転車の救出に成功していたのであった。
――ピンポン
再びドアチャイムが鳴る。そろそろ母親が応対してくれても良さそうだが……、と思いつつ敏樹は布団をかぶり直した。
――ピンポン
さらにもう一度ドアチャイムが鳴ったとき、ようやく敏樹は、今日母親が出かけていることを思い出した。
たしか近所の人たちと少し離れた町へランチを食べに行くとかなんとか、そんな話を昨夜寝る前に聞いた覚えがある。
――ピンポン
「あー……はいはい」
だるそうにつぶやきながら、敏樹はスマートフォンに手を伸ばし、ドアホンと連動させたアプリを起動すると、モニターに見知らぬ女性が映っていた。
「セールスか? 宗教ではなさそうだけど……」
モニターの向こうにいるのはおそらく自分と同世代の女性。
ビジネススーツに身を包んだキャリアウーマン風の格好で、容姿は十人並みといったところか。
「はい」
『応答』ボタンをタップ。
用件次第ではこのままお帰り願おう。
『恐れ入りますが、大下敏樹さまはご在宅でしょうか』
「どちらさまでしょう?」
『私、町田と申します。大下さまに折り入ってお話がございます』
「いや、どこの町田さんだよ……あ」
心の中で呟いたつもりが声に出てしまった。
そして声に出した結果、町田という名前に見覚えがあるような気がしてきたのだが、はて、どこで目にしたのだったか……。
『ふふ。昨日のメールについて、と申せばお察しいただけます?』
「え……?」
モニターの向こうに立つ女性は、なにやら怪しげな笑みを浮かべていた。
「世界管理局……?」
敏樹は女性に渡された名刺を見ながら、敏樹は眉をしかめた。
「日本にそんな組織が?」
「あ、日本とか関係ないです。町田っていうのも仮名ですし」
「はぁ!? いくらなんでも怪しすぎるだろアンタ!!」
特に悪びれる様子もなく答えた町田と名乗る女性に、敏樹は思わず怒鳴り声を上げてしまった。
結局あの後ドアを開けて応対すると、あれよという間に家に上がりこまれたので、敏樹は仕方なくダイニングに通していたのである。
今はダイニングテーブルを挟んで敏樹と向かい合う形で座っている。
改めて見る町田の容姿だが、身長は160センチ前後で、体型といい容貌といい、どこにでもいそうな女性である。
服装はタイトスカートのビジネススーツでビシッと決めている割に、下ろせば肩まではあるだろう癖のあるダークブラウンの髪は雑に後ろでひっつめられているだけという、少々バランスの悪い格好であった。
とはいえ対する敏樹はラフなジャージ姿なので偉そうなことは言えないのだが。
「ありゃりゃ? 全部ご承知の上で私を通したのでは?」
「全部ご承知ってなにをだよ!! アンタを通してしまったのはアンタの口がうまいのと俺がちょっと寝ぼけてたからだよ。なんなら今すぐお帰りいただきたいんだけど?」
「あははー。そんなことより喉渇いちゃったんですけど?」
「怪しい上にずうずうしいな! お前もう帰れよっ!!」
「あららー、いいんですかぁ?」
そう言いながら、町田と名乗る女性は上目遣いに窺うような視線を敏樹にむける。
「大下さん、ちゃんとメール読んでないみたいですけど、私がこのまま帰ったとしてあの15億円、どうされるんです?」
「う……」
「まー私も帰れと言われて居座るほど面の皮が厚いほうじゃありませんし? 残念ですが今日のところは――」
「待った、わかった」
敏樹はふてくされたような表情を浮かべつつ立ち上がろうとする町田を敏樹は慌てて制した。
彼女が何者であるにせよ今のところ自分に危害を加える様子はなさそうである。
ならば、何らかの事情を知っていそうなこの町田という女性から、聞き出せることは聞いておくべきであろう。
「……コーヒーでいいですか?」
立ち上がりながら敏樹は尋ねた。
「あ、はい。水出しのアイスコーヒーに生クリームとシロップたっぷりで。あ、生クリームは生乳由来のものでお願いしますね。なければ牛乳でもいいですけど、低脂肪は――」
「んなもんねぇよっ!! ウチはインスタントのホットだけだ!!」
「えー……。私、濃いめのホットコーヒーを氷で薄めるタイプのアイスコーヒーってあんまり好きじゃないんですよねー。やっぱりアイスコーヒーは水出しに限――」
「だからんなもんねぇって!! 言っとくけど氷で薄めるやつも淹れないからな。そもそもウチにはガムシロップがねぇ!!」
「うわぁ……。じゃあしょうがない、何か冷たくて甘い物をお願いします」
「ったく、充分面の皮は厚いじゃないか……」
敏樹は不満のつぶやきを漏らしつつキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。
「あー、すんませんけどね。冷たくて甘い物だと甘酒ぐらいしかないですわ」
「甘酒? 冷たい甘酒っておいしいんですか?」
「一般的にはどうか知りませんがね。こいつは冷たくてもおいしいですよ」
そう言いながら、敏樹は冷蔵庫から取り出した甘酒のボトルを町田に向かって掲げた。
それは彼の母親が好んで買ってくる地元の麹室で作られた物で、米麹と白米以外の余分な物が入っていない少し高級な甘酒であった。
米粒が入っているせいか腹持ちがいいので、敏樹は間食代わりによく飲んでいるのである。
「じゃあそれで」
敏樹はグラスに甘酒を注ぎ、町田の前に置いた。
「……美味しい」
「でしょう?」
グラスに口をつけ、少し口に含んだところで目を瞠り、そのまま一気に飲み干してしまった上での、町田の感想であり、それに対して敏樹は少々得意げに返した。
「おかわりください」
「どうぞどうぞ」
それほど郷土愛の強くない敏樹ではあるが、それでも地元産の物を気に入ってもらえるというのはうれしいものである。
「ぷはぁー。ごちそうさまでした。あ、おかわり入れといてください」
「はいはい」
甘酒が自分のグラスに満たされるのを確認した上で、町田は姿勢を正して敏樹に向き直った。
「さて、改めまして大下さん、当選おめでとうございます」
「えっと……、すいません。結局どういうことなんです? あの15億円は俺がもらってもいいものなんでしょうか?」
敏樹はアラフォー社会人なのでちゃんと話を聞くとなった以上、敬語に切り替える程度のことはできるのである。
「もちろんですとも」
ためらいがちに尋ねた敏樹に対し、町田はさも当たり前のように、真顔でうなずいた。
「メールにあったとおり、大下さんは選ばれたんです。選ばれ、受け取った以上、あのお金は自由にしてくださってかまいません」
「いや、ちょっと待って! そこだよそこ!! 俺、受け取るつもりなんてなかったんですけど?」
しかし、ちょっとしたことでしゃべり方が雑になってしまうのは、あまり他者とのつながりがないフリーランサーゆえであろうか。
「あら? でも受け取りを選択されてますよね」
「いやいや、俺はそんなもん選んだつもりはありませんよ? メール受け取ったあと、メシ食って部屋に戻ったら“お支払いが完了しました”って……」
「開封後1時間以内に選択されない場合は“受け取る”のほうを選択されますよって、ちゃんと書いてあったと思いますけど?」
「読んでねぇよっ!!」
思わず叫んでしまったあとで、敏樹は絶句した。もしかしてちゃんとメールを読まず、内容を理解していなかったことが明らかになったいま、15億円の権利を失ってしまうのではないかと。
「あー、最初のメールのちゃんと読んでなかったんですねー」
「あ……、いや、その……」
「ま、だからって今さらなかったことにはできませんし、15億円の所有権は大下さんのものですけどね」
ほっと一息ついたところで、改めて敏樹は戸惑ってしまう。そんな大金をほいほいと受け取ってしまってもいいものだろうかと。
数万円、せめて十数万円程度であれば“ラッキー!”と思って受け取ってしまいそうだが、15億円などという額はあまりにも現実離れしており、それを正当に受け取る権利を有したからといって一体どういう感情で受け止めればいいのかまったくわからないのである。
「あ、ご心配なく。あのお金は非課税ですから、確定申告なんかでの所得申告は必要ありませんから。15億円まるまる大下さんの物です」
「は、はぁ……」
敏樹の微妙な表情を見て勘違いしたのか、町田が諭すように説明してくれたが、彼は結局微妙な表情のまま曖昧に返答するしかなかった。
「ですので、あのお金を使って豪遊してもいいですし、堅実に使って一生を裕福に暮らしてくださってもかまいません。大下さんがあと百年生きるとしても、年に1500万円使える計算ですからね」
「……いや、あと百年も生きられませんから」
「あははー、そりゃそうか」
町田は敏樹がかろうじて発したつっこみに軽く答えながら、グラスをあおって甘酒を一気に飲み干した。
「まぁとにかくです。こちらの世界で好きに使っていただいても結構ですし、異世界行きの際にスキルポイントしてスキル習得へ割り振ってもらっても結構ですので、お気に召すままご自由に、というところでしょうかね。あ、おかわりください」
トンとダイニングテーブルにグラスが置かれたあとも、敏樹はしばらくの間呆然と町田を見つめるだけで、甘酒のおかわりを注ごうとしなかった。
「あの、大下さん、おかわりを……。なんでしたらグラス半分でもいいので……」
「あ、いやすいません」
そこでふと我に返った敏樹は、慌ててボトルの蓋を開け、グラスに甘酒を注いだ。
「あ、どうもです」
注ぎ終えたあとのボトルに蓋をし、テーブルに置いたあと、敏樹はうつむき加減に少し大きく息を吐いた。
そして肺の中がほとんど空っぽになったところで大きく息を吸いながら顔を上げ、ちょうどいい具合に肺が膨らんだところで町田のほうへ視線を向けた。
「異世界……?」
「え、あ、はい。異世界です」
少し怪訝な表情で敏樹の様子を見ていた町田は敏樹の言葉に少し慌てながらそう応えた。
“俺はいま一体どんな表情をしているんだろう?”と珍しく口に出さず心の中でつぶやいた敏樹は、ただ町田をじっと見据えて首をかしげるのであった。
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コメント
Kまる
2話で来るのは珍しい気がするんですかそれは