明日の君に勝つために

しなー

第1話

「もう終わり?」

「く、くそっ……」

爆撃にでもあったかのように深々と抉り抜かれた地面。

 何度の炎で炙ればそうなるのか、赤く融解し、液体となって地面を満たしている鉄骨。

コンクリートで出来ているであろう建物の外壁は、まるで豆腐をスプーンで抉ったがごとく削り取られており、近くにある木々は鉄骨が溶ける灼熱の温度で周囲が満たされているというのに、透明度の高い分厚い氷の中に閉じ込められている。

「ちょっとやりすぎじゃないかな?相手が僕じゃなかったらこんな被害じゃすまなかったよ?」

「う、うるせぇ……!」

    灼熱と極寒が入り混じる地獄のような空間。そこには二人の人物が居た。

一人は荒い息を吐きながら体の半分を凍り付かせ、体の彼方此方を重症と言って差し支えのない火傷で黒くしている大柄な少年。

そしてもう一人は、少年とは対照的に平然とした顔で、まるでただ散歩に来だけであるかのようにその場に佇む華奢な美少女。この惨状を作り上げた少年をことも無げにいなし、地に這い蹲らせている存在である。

少女は優し気に、しかし少し勝気に微笑む。絶世の美少女と呼ばれ、絶対的な美しさを誇るその少女の笑みはどこか大人びていて慈愛に満ちた、男であれば一度は微笑まれたいと心から思うであろう芸術的な笑みであった。

しかしながら対面に居る男にとってはそうでは無かったらしい。女神のような美しさの笑みですら、現在進行形で惨めな敗北を喫している彼の眼には、ただの挑発としか映らなかった。

「俺はまだまけてねぇ……!」

だから、少年は使ってしまった。少年は少女を睨みつける。すると、瞬きを行う速度よりも早く発動されたそれが、鉄ですら一瞬で蒸発しかねない灼熱の業火が、華奢で可憐な少女の体を包み込む。

螺旋を描くかのようなそれは、閉じ込められた獲物を効率よく焼き尽くすべく、その炎は少女を全方位から包み上げる。

白金ですらも融解してしまう程の温度。その中では、例えどんな防火服を着ていようとも人間など一秒たりとも生存などしていられる筈がない。

しかもその炎は普通の炎ではない。光と熱を発する自然現象としてのそれではなく、魔力という純粋なる不純物の混ざった、より危険でより高度な現象によって引き起こされたものなのだ。明らかに人一人に使うには過剰も過剰。控えめに表現してもやり過ぎであり、この現象が終わった後には、少年は人殺しと相成ってしまうだろう。

決して殺す気があったわけではない。大柄な少年は、目の前の相手に自分の実力を認めさせてやりたかっただけなのだ。自分の方が上だとそう思わせてやりたかったのだ。だから、思わず自信の持てる全ての魔力をつぎ込んで、自らの持てる一番の技を叩きこんでしまった。

この学園の教師ですら一瞬で灰に帰してしまうような、いや、灰ですら残らず蒸発させてしまうようなそれを普通なら絶対に人になど使わないはずの手札を切らざるを得なかった。

……だというのに。

その炎は霧散する。

学生で行使できるであろう最高峰の練度で形成されたそれは、まるで綿毛が風に乗るかの如くあっけなく瓦解する。その余波が周囲に飛び散る。その熱気だけで渡り廊下の一部は融解し、凍り付いていた木は元の姿を取り戻し、あふれた水が瞬く間に蒸発していく。
それだけの温度。それだけの威力。

だというのにその中心にいた可憐な少女は傷の一つも服の乱れの一つもなく、悠然と天使のような微笑みを浮かべながらそこに立っていた。

「おや、また失敗か。指輪を新しくしたせいかな。こんなに校舎に被害を出すつもりは無かったんだけど……」

「……く、この、てめぇは余裕しゃくしゃくと」

「無理しないほうがいい。正直なところ、今意識を保っているのですら辛いだろう?さっき君に話しかけられた時に前もって救護班を呼んでおいたから安心して寝るといい」

「……ふざけやが……って……」

少女の言葉が終わるや否や、男は地面に崩れ落ちる。戦う前から救急を呼ばれていたという屈辱と、圧倒的な力で切り刻まれた雪辱に身を震わせながら、辛うじてつなぎ止めていた意識を手放す。

凍傷と火傷に塗れた体。擦過傷と打撲も数多く刻まれたことだろう。普通の人間なら確実に死に至っていることはまず間違いがない。偏に彼が生きているのは、魔力という人外の力によって彼の基礎生命能力が西暦人を超越しているからに過ぎない。

「少し期待したんだけどな。やっぱり君やアヤトでも僕の前に立つには役者不足なんだね」

困ったような笑みを浮かべて、安らかとは言えない顔をしながら倒れこむ少年の顔を覗き込む。

痛そうだな、という小学生並みの感想とともに彼女が抱いたのは、僅かではあるが絶望だった。

他人に期待することが馬鹿馬鹿しいことだなんて四年前のあの日にとうに理解していたが、それでも期待してしまうのが人間というものだ。

正直そんなに期待してはいなかったけど、彼ならばもしかしたらと考えていたので、少し残念だ。

彼女はゆったりとした動作でその場を立ち去る。

集まったギャラリーに笑顔を振りまき、絹のように柔らかい茶髪のボブカットを揺らしながらいていく彼女が通り過ぎた後は、先ほどの戦闘が嘘のように傷跡一つない校舎が広がっていたのであった。


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