社畜は2度目の人生を謳歌する

ヨナ

一息つきます



『雛鳥亭』

商業ギルドで紹介された宿に着いた。木造の建物でどこか温かみを感じる建物だとネムスは目を細める。


宿に入るとテーブルがいくつかおいてあり、カウンターに恰幅のいい女性がいた。

「おや、いらっしゃい。泊まりかい?それとも食事かい?」
宿の女将はさりげなくネムスの全身を見ながら訪ねた。この時点で女将は大体の事情を察した。
まずこの宿に来るのは各ギルドの新人達だ。だがネムスは見たところ未成年。未成年でギルドに登録できる条件はただ一つ、保護者と呼べる存在がいないこと。ネムスの疲れ切った目も納得ができる。
こういう身寄りのない新人はそう多くはないが割といるものだ。女将はそれと匂わせないように気をつけながら対応する。

「商業ギルドの紹介できました。泊まりたいのですがいくらくらいかかるのでしょう?」
「朝と夜の食事付きで銅貨3枚だよ。普通はもっと高いがここは新人支援のための宿だからね。その金額さ」
「そうですか。とりあえず2泊お願いします」
ネムスは銀貨を一枚渡す。これで残りの所持金は銀貨一枚と銅貨4枚だ。

「あいよ!食事は夜の鐘の後だ。一回で食べるんだよ」
「鐘、ですか?」
「ん?この街も他の街と同じさ。朝と昼と夜に一回ずつ鐘が鳴る。それが大体食事の時間ってことさ」
「ああ、わかりました」
鍵を受け取って部屋へ向かう。

部屋は個室で半分がベッドという感じだった。ネムスは予想以上にしっかりと部屋に少し期限を良くしながらベッドに寝っ転がる。
「そういえばこうしてベッドで大の字で寝るのは何十年ぶりでしょうか」
ネムスは癖である独り言をつぶやく。
仕事が忙しく会社のデスクで椅子に座りながら眠ることも多く、家に帰っても嫁がダブルベッドを独占していることがあったため基本的にどこでも寝れる特技ができてしまったほどだ。

「それにしても鐘はいつなるのでしょう?夕方を夜って言う人もいますし、陽が落ちたら夜という人もいます。夜の範囲が広すぎるんですよね」
天井を眺めながらボヤく。こうして特に意味のないことをしているのは何をすればいいかわからないからだ。ネムスは常に仕事に忙殺される日々を送っていたので暇な時間というのが皆無だった。そのためこういう暇な時間に何をすればいいのかがわからないのだ。


「ふう。今後の予定でも考えましょう」
身体を起こしてベッドの上に座りながらステータスを開いてショップを開く。

「さっきチラッと街中をみてわかったことですが私が商売で生活を成り立たせるのは可能。それどころか一攫千金もそう難しくはありません」
市場で売られていたものは日本のものよりもずっと質が劣るものだった。
「しかし私のショップという能力がバレないようにとなると格段に難しくなります」
日本のものを売れば儲けられても仕入先がどこかと言われればどうしようもなくなってしまう。

「う〜ん、やっぱり行商人がいいですかね。それなら立ち寄った街で仕入れましたで済みます。どこかに根を下ろすのならカモフラージュの仕入れ先を作らなければいけません。特にツテのないこの世界で1からそれをするのは至難の技でしょう」
店を開いて儲ければ他の商人も真似しようと私を調べるはず。その時に仕入れていないのにどこかから商品が出て来るとなれば怪しまれること必須だ。

「まぁ、ひとまずは行商人ということで根を下ろすかどうかはおいおい考えましょう。今考えるべきは当面の生活費です」
とりあえず2泊はできても所持金が足りない。

考えた末にネムスは妖精からもらったナイフをショップで売却する。するとナイフは特別製だったのか意外と高く売れた。

【所持:2500円】

この金額で買えるものを見ていく。このショップは意外と使いやすく、現在買えるものや食料品などの分類で分けることもできる。ネット通販を使わないネムスにも使いやすい。

「しかし商品を確認できるのはこの写真だけです。粗悪品をつかまされたくはないのですが、、、」
実際に自分の目で見て品質を確かめるタイプの人間だったネムスは少々不安になる。

「どれにしましょうか、、、この世界にないものをいきなり売って何かあってはいけませんからこの世界にもあるものがいいでしょう。
となると食料、、、果実や野菜は市場に十分にあったので売れません。生魚はそもそも需要がないでしょう」
交通の弁が良くないところでは意外と海産物というのは受け入れられない。普段から食べているか珍しいもの好きの金持ちならともかく庶民には売れない。

「う〜〜〜〜ん、、、、あっ!調味料はどうでしょう。砂糖、、、は中世では貴重品だと聞いたことがありますから流石にやめておきましょう。香辛料、、、いえ、1番メジャーな塩でいきましょう。これならば何処にでもあるでしょう」
人が生きていく上で塩は割と重要だ。


「、、、、お、業務用で25㎏で1500円というのがありますね。これにしましょうか」
業務用塩のところを押すと目の前の床に幾何学模様が浮かび上がって次の瞬間には布袋に入った塩があった。
「写真ではビニールに入ってたのですがこの世界にビニールがないために変換されたのでしょうか。

、、、、、、あ。買ってからなんですけど塩って何処に売りに行けばいいんでしょう?今日見た限りでは塩を取り扱っているところはありませんでしたが」


ゴ〜〜〜〜ンゴ〜〜〜〜ン

何処に売ったものかとネムスが唸っていると除夜の鐘のような音がした。これが鐘の音だろう。

部屋を出て一階に行って女将から料理を受け取る。ネムスの他にも十数人ほどいてそれぞれまとまって食べている。ボッチなのはネムスだけだ。

ネムスは特に気にせずに食事を始める。料理は野菜を煮込んだスープと焼いた肉、後はパンだ。この街での主食はパンのようだ。
「いただきます」
まずはスープを啜る。


「あ"あ"ア"ぁ"〜〜〜〜〜〜」

まるでおっさんのような声が出た。事実中身はおっさんなのだが。予想よりも美味しかったネムスは久しぶりの手料理を味わいながら食べる。リーマン時代の食事といえば専ら菓子パンとレトルトだった。嫁さんの料理を食べたのなんて数えるほどしかない。
満腹になったネムスはご機嫌で部屋に戻る。


この時、ネムスは気がついていなかった。周囲から同情の目が向けられていることに。
10歳で疲れ切った雰囲気を出して、安物のスープで何処か懐かしむような声を出すネムスは周囲が悲劇的な過去を連想するには十分な姿だった。


そんなこととはつゆ知らず、ネムスは異世界1日目を終えてベッドで眠りにつく。
自分自身に興味のないネムスは周囲から視線が集まっていたことには気がついていたがどう見られているのかは気にもしなかった。とことん自分に興味がなく、とことん自分を信用していないのだ。


それでも明日何しようかと眠りにつくことのできたネムスは元の世界よりも健全な生活を送ろうとしていると言えるだろう。






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