社畜は2度目の人生を謳歌する

ヨナ

自由に生きます



「では説明は以上です。何かご質問はありますか?」

ネムスは妖精を注意深く観察する。サラリーマン時代にこの問いが厄介であることを学んでいるのだ。
上の意向を確認する上でしっかり質問しておくのは大切だがそれぞれ特徴がある。ここで質問をすると「そんなこともわからないのか」と不機嫌になる人もいるし、質問しないで後から「ここはこうして欲しかった、どうしてあの時質問しなかったのか」と言ってくる人もいる。
ネムスはどういうタイプか確認しようと観察するが妖精は無表情のままピクリとも動かない。人形めいた無機質な顔だ。ネムスは意を決して質問する。


「ではいくつか質問します」
「はい」
「私はこの世界において何をすればいいのですか?」
ネムスは上の意向を確認する。自分は何をやらなければならないのかの把握は重要である。
「特にありません」
「、、、と言いますと」
「神の目的は貴方をこの世界に転生させること。つまり貴方がここにいる時点で神の思惑は達成されたということです。この世界で貴方は何をしても構いません。英雄になろうと大犯罪者になろうと貴方の自由です」
ネムスは困った。ネムスは元の世界では親の意向、教師の意向、上司の意向に沿って行動してきた。それが自由と言われても何をすればいいのかわからないのだ。
この時点で思考が間違っていることにネムス自身は気がついていない。自由ならば問われるのは何をすればいいのかではなく、何をしたいかであるというのに。


困惑しつつも質問を続ける。出来る限り情報を集めなければならない。
「私の戸籍などはどうなっているのでしょう?」
「この世界に戸籍に類するものはありません。この世界では民主制ではなく、君主制で国王を頂点として各領地を貴族が治めています。ですが貴族も国王もだいたい何万人という程度にしか人口を把握していません」
「戸籍がない、となると身分証のようなものもないのですか?」
犯罪者天国になるのではないかと思いながらネムスは質問する。

「国際組織としてギルドと言われる組織が存在します。魔物との戦いを生業とする冒険者ギルド、護衛や戦争を生業とする傭兵ギルド、商売を生業とする商業ギルド。他にもいくつかあります。
そのギルドに登録すると発行されるギルド証が身分証として一般的です」
「そうでしたか」
「はい。因みにですがこの世界には定住しない人というのもかなりの人数が存在します。行商を行う人であったり、冒険者は自分の強さに合わせて狩場を変えます。
定住すれば安全な生活が手に入りますが市民税が掛かります」

「では私の設定はどのようなものになるのでしょう」
意向の確認の次は自分の立ち位置の確認。どれだけの権限が与えられているのかを知らなければならない。

「貴方の年齢は10歳、この世界での成人は15歳でギルドに登録するときは成人してなくてはいけません。ですが両親がいない場合は別です。
貴方は両親が行商人だったが道中で魔物を襲われて死んだということにすればいいでしょう。出身地は物心ついた時には行商人の両親といろんなところに行っていたのでわからないということにすればいいです」
「わかりました」

「最後に私のような異世界からくる人というのは他にもいるのでしょうか?」
「絶対とは言いませんが数千年単位ですので貴方が会うことはないかと思います。
例外として勇者は100年ごとに召喚されます。ですがこの勇者には接触しないことをお勧めします。神によって正規の手続きを行い、この世界の人間として生まれ直した貴方とは違い、勇者は元の世界の身体のままこちらの世界に来たある種のバグみたいなものです」
「わかりました。気をつけましょう」
ネムスは絶対に勇者とは関わらないことを決める。サラリーマンにおいて上司の注意は禁止と同じことなのだ。


「ではこれで説明は以上となります。この先、我々が貴方に関わることはありません。正しく貴方はこの世界の住民となるのです」
「はい」
「餞別としてこれをあげます。この世界の硬貨の銀貨。貨幣価値は国や領地によって違うので自分で調べてください。それからナイフ。いざという時のためです」
「ありがとうございます」
「あちらの方向に3分ほどでは歩けば街道に出られます。サービスとして街に着くまでは魔物から襲われないようにしておきます」
「わかりました」


「では、良い人生を」

そう言って妖精は消えた。



「ふぅ、さてどうしたものか」
ネムスはポツリと呟く。
ネムスは口は災いの元ということを身にしみて実感しており人との会話は最低限しか話さない。その反動か、1人の時は独り言が多くなる。

「設定のこの世界のことも少しずつ理解していけばいいけど問題は、、、自由であるということ。何かやりたいことを見つけなければならない」
そこまで言ってネムスはハッと何かに気がついてかぶりを振る。
「いえいえ、私も非日常に遭遇して混乱しているのでしょうか。やりたいことを見つけるなど余裕のある人のすることでしょうに。今の私は未成年、無職、住所不定、収入なし、親なし。はっきり言って明日食べるものにも困る身です。まずは収入を得て生活を安定させることが優先です」

ネムスはステータスを確認しながら今後を考える。
「とりあえず商人が無難でしょう。若い体になったとはいえ思考と精神は中年から老年に差し掛かる年代です。今更戦いを習って強くなれるかは疑問です。それに日常的に命をかけるのは私には向かないでしょう」

「ではどうやって商売を行うか。まず異空間収納を活かして行商人をするにしても護衛を雇う資金が必要です。
ではショップを使って商売をするかですがユニークギフトは隠したほうがいいでしょうから仕入先がわからないものは厳しいかもしれません。
ショップで買ったものを元から異空間収納に入れておいたといえば誤魔化せるでしょうか」
思考にふけっているネムスは気がついていないが森の中でブツブツ呟いている少年というのは不気味だ。

「商会を作った方がいいですかね。どこかに雇ってもらうのでは身元が分からないと厳しいかもしれませんし、ショップのことがバレる可能性が大きくなります。

、、、、とりあえず街で商業ギルドに登録。その後、露店でも開き資金集めでしょうか。しかし露店で得るものもありませんね。確実に売れるものは食料ですかね。世界が変わろうと人が生きていくには食事が必要ですから。まぁ、売る物は街についてから考えましょう」



「今後の方針としてはあまり目立たずに堅実に生活基盤を築くことですかね」


この時のネムスは気づいていなかった。神の美的感覚で程々に造られた顔が人から見れば美少年であることに。
それでなくても中年特有の人生に疲れたような雰囲気を醸しながら死んだ魚のような目をした少年は極々珍しいということに。


こうして美少年でありながら醸し出す雰囲気のせいで台無しのネムスの異世界生活が幕を開けた。






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