あなたの未来を許さない

Syousa.

第十四日:01【ミリッツァ=カラックス】

第十四日:01【ミリッツァ=カラックス】

 洞穴の中で、ミリッツァがうなだれながら疲れた息を吐く。

(あれから四日目か。生き残っている連中は、どのくらいだろうか)

 生徒の四分の一程度は、初日で狩られたらしい。
 そう……文字通り「狩られた」のである。

 二日目に会ったヘンネバリは、【スカー】がパーティー会場の辺りで死体を埋める穴を掘っているのを見た、と話していた。近くに転がる生徒やテレビ局スタッフの死体は、十を軽く超えていたらしい。

 最初のうちは【スカー】に挑む度胸がある生徒もいたそうだが、セキュリティボットも暴徒鎮圧装備も無い彼らが、無策であの怪物に敵うはずもない。そもそも生身で闘争を行った経験がある人物など、ここの生徒にいるとは思えなかった。
 おそらく彼らは既に埋められているか、埋められるのを冷たく待つだけの肉塊になっていることだろう。

 ミリッツァとて、手をこまねいていたわけではない。逃げ回りながらも、閉ざされた航時船へのアクセスを何度か試みていたが……【スカー】の宣言通り、電源自体が落とされていてアクセスは不可能であった。いくらミリッツァにハッキングの知識があろうとも、メインフレームに細工してあろうとも、物理的に繋がらないのではどうしようもない。
 中世人の【スカー】にそんな真似ができるとは思えないので、おそらくはキョウカ=クリバヤシが内部に篭もって協力しているに違いないだろう。
 強引に船内へ入れないかとも試したが、深海の水圧にも耐えうる強固な外壁には傷一つ付けることもできなかった。石で殴られ剥げた塗装がナノマシンで自動修復されていくのを、虚しく眺めていただけだ。

 ……二日目の昼頃からか。【スカー】が携帯食料や水を適当な場所へ放置し、生徒らに拾わせ始めたのは。
 無論、慈悲ではない。悪辣な罠だ。そして皆は、彼女の目論見通り踊らされていく。
 三日目あたりからその物資、特に水を巡って生徒同士で醜悪な奪い合いが発生するようになった。中には極限の精神状態から、殺し合いへ発展してしまった例すらも。
 現在ミリッツァがヴァイオレットと二人きりでいるのは、そのためである。もう、誰も信用はできなくなっていた。

 この場にいないアンジェリークは、初日の夜にはもう殺されていたらしい。それは一昨日までミリッツァらと行動を共にしていたうちの一人、ブルイキンから聞かされた。
 好色なあの幼馴染みは早々に見切りをつけ、有志を募って最期の乱交に興じていたのだという。どうもそこを、【スカー】に襲われたというのだ。

(どういう神経の潔さだ、まったく。まぁアンジェらしいといえばらしいけど……)

 溜め息をつきながら、こめかみを指で押さえる。

(こうやって考えてみると、あいつは昔から一度もブレたことがないよな……)

 おそらくは小学校の時にそれを覚えてから、ずっと。アンジェリークの行動原理は常に、肉欲に基づいていたのだ。その点において彼女は、実に真っ直ぐな生き方をしていた。

(逆に考えると、いや逆に考えなくても、あいつ、すごい奴だったんじゃないのか?)

 男女様々な人物と精力的に交わりながら、交友関係も幅広く持ち、ミリッツァやヴァイオレットとの付き合いもしっかりと維持して……それでいて学業は上位の成績を維持し続けていたのだ。ヴァイオレットと違って、下駄も履かせずに。

(姉妹同然の長い付き合いなのに、私はあいつのことを何も見ていなかったのかもな)

 ひんやりとした岩壁に背を預けながら、自嘲するミリッツァ。

 ……なお、そのアンジェリークの消息を伝えたブルイキンは、昨日ミリッツァらに見捨てられている。
 食料を巡る争いが起きた時にかすり傷を負っていたのだが、ずっと「痛い痛い」と泣き叫ぶため、邪魔なので置き去りにしたのだ。
 あれでは襲われた時の盾にもならない。今頃はもう、【スカー】から嬲り殺しにされているだろう。

(邪魔と言えば……)

 視線を上げ、向かいを見る。
 洞穴の反対側の壁で、ヴァイオレットが膝を抱えて泣いていた。

「アンジェが死んじゃうなんて……アンジェぇぇ……」
「ヴァイオレット、涙の分だけ水分がもったいない。気をしっかり持つんだ」

 ミリッツァの言葉に、ヴァイオレットが鼻を啜りながら反応する。

「……ミリッツァ。助けは来るよね? お父様が、助けを寄越してくれるわよね?」
「ああそうさ。きっと来るさ。だから、それまで持ちこたえるんだ」

 嘘だ。
 ミリッツァは、助けが来るとは最早思っていなかった。
 救助とて時間航行なのである。来るのならば、もっと早く来ているだろう。
 来られないのではなく、来ないのだ。おそらくは、何か理由があるのだ。

(そして多分、この惨劇にも意味があるのだろう)

 そうミリッツァは確信していた。理屈による分析ではない。ただの直感である。

(どうもここのところ、計算しないで物事を感じるようになってしまったな)

 この心境の変化は【教育運用学】に興味を抱いたせいなのだろうか、はたまた【ライトブレイド】という損得嫌いの少年を担当したせいなのだろうか。ミリッツァにも、分からない。

(だが何にせよ、今は凌がないと)

 生き延びて機会を窺うのだ。連中が航時船を再起動する瞬間を狙い、何とかハッキングを行ってアクセス。コントロールを奪い返す。

(まだ可能性はある)

 航時船の中にいるキョウカとて、いつまでも隠れ続けてはいられないだろう。メインフレームを起動しなければ、食料合成や水の精製装置も動かせないのだ。
 航時船は旅客機と異なり、学術調査機の範疇である。多数の予備を含めた全電源の喪失や、複数あるサブフレームまで同時ダウンするなど、想定も法整備もされていない。そのため非常用備蓄の量もたかが知れており、あの中で何年も洞穴生物のように生きていけるとは到底考えにくかった。

(それにどうせ、キョウカは二十七世紀へは帰れない)

 これだけのことをしたのだ。帰れば極刑は免れまい。また他の時代へ逃げようにも、本来の時間軸と異なる未来への航行は不可能だ。
 万が一にも「未来人」の「打診し、指導し、監視し、警告し、攻撃する」システムにかからないための仕組みで、現行のタイムマシンは全て、政府の承認キーが無いと新たな時空座標を設定できない仕組みで作られているのである。
 時間移動を諦め、単純に航時船で移動されてしまったら困るが……そこまではもう、ミリッツァの側でどうこうできるものではない。

(とにかく、生き延びることを考えるんだ)

 少しでも体力を回復させよう、とミリッツァが目を瞑ったところで。

「あぁぁああぁぁあああ!」

 おぞましい叫び声を、二人は聞いたのだ。
 誰の断末魔かは、分からない。男のものか、女のものかすら。だが問題は、その声が左程離れていない場所から聞こえてきたということである。

「いやあああああ! もう嫌よ! 何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」
「何でってお前……」

 ヴァイオレットの呻きに、唖然とするミリッツァ。

(そもそもが、お前のせいじゃないか)

 下らない計画を立てたのも、キョウカを制裁してこんな事態を招いたのも、余計な一言で生徒らを恐慌状態へ陥らせたのも。全て、全てお前が発端ではないか。
 背中から肩にかけてが焼けるように熱くなる感覚に、ミリッツァは襲われる。

(駄目だこいつ)

 やはりこいつは、置いていこう。足を引っ張る。役に立たない。ミリッツァはそう再確認した。
 ヴァイオレットを囮にすれば、【スカー】を幾らか引き付けることも可能なはずだ。その間に何とか逃げ延びて、機会を窺う。
 もう一度、生き残った学友達を集めるのに賭けてみるのもいいだろう。説得は困難だが、「まともな戦力」は多いほうが良いに決まっているではないか。

(だから、こいつは置いていく)

 捨てていく。囮にする。ヴァイオレットは体力的にも精神的にも、これ以上逃げ続けられまい。もうその程度しか、彼女に使い道は残されていない。
 大体そもそもが、こいつのせいなのだ。こいつの自業自得なのだ。尊大で我が儘で、自意識ばかり肥大化した、いけ好かない小娘。面倒事ばかり起こすくせに、自分の尻拭いもできぬ大馬鹿娘め!
 そう、この女はここで見捨てるべきなのだ。見捨てて良いのだ。
 だから……!

 ……ミリッツァは、はぁー、と一際大きく溜め息をつく。

(……ただこんな阿呆でも、友達なんだよなぁ……)

 どんなに馬鹿でも。いくら腹が立っても。
 どんなに下衆でも。いくら手間をかけさせられても。
 それでも。
 ヴァイオレットやアンジェリークと過ごした時間は、嘘ではないのだ。

(……私はもっと早くそれを認めて、本気でヴァイオレットと向かい合うべきだったのか。そうすれば何処かで、もしかしたらこいつを止められていたかもしれない。もっと、もっと早くに)

「ミリッヅァ?」

 ぱん!
 鼻水を垂らし怪訝な顔で問いかけてきたヴァイオレットの顔を、勢い良く両手で挟むミリッツァ。

「しっかりしなさい! ヴァイオレット! そうよ、お前はヴァイオレット=ドゥヌエ! 尊大で、我が儘で、プライドばかり高い低脳の大馬鹿娘! だからもっと、気を強く持ちなさい!」

 目を見つめながら、彼女の栗毛を指でわしゃわしゃと弄ぶ。

「何か私、めちゃくちゃ言われてるぅ……」

 泣き笑いの表情で、ヴァイオレットがミリッツァに応えた。

「ヴァイオレット」
「うん」
「【スカー】はきっと、じきにこの洞穴を見つけるだろう」
「うん……」
「だから奴が入ってきたらこの石で、全力で殴りつけろ。私がまず、奴を引き付ける。お前は、それに合わせて思いっきり殴りつけるんだ」

 自分用に石を持ちつつ、ヴァイオレットにも渡すミリッツァ。

「でも私、人なんか殴ったこと無い」
「私だって無いさ。だが【スカー】だって人間だ。殴れば倒せる。何とかなるはずだ」

 ぎこちなく、頷くヴァイオレット。

「さあ、そっちの窪みに隠れるんだ。私が合図したら、同時に殴り掛かるんだぞ」
「う、うん。わかった」
「よし、しっかり隠れておけ」

 ……しばしの時間を置いて。
 何が楽しいのだろうか、【スカー】の鼻歌が聞こえてくる。そしてそれが、近付いて来るのも彼女らにはよく分かった。
 息を潜める二人が、それぞれ手に持った石を握りしめる。

「やるぞ」
「……うん」

 ミリッツァとヴァイオレット。
 彼女らの最初で最後の闘争が、始まろうとしていた。

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