あなたの未来を許さない

Syousa.

第六夜:03【ハウンドマスター】

第六夜:03【ハウンドマスター】


「おぅううあああううぉおう」
「ううおああううあああう」


 醜悪な叫び声。


 新しく生み出した【ハウンド】が二匹。
 精神を集中させ指示を出すと、ぺと、ぺと、という音を立て、開けっ放しにした引き戸を抜けて四つん這いで廊下へ歩いて行く。


 そして、壁の向こうで「共食い」を始めた。


 その断末魔を聞きながら、【ハウンドマスター】……海堂竜二は、


「何であんなにキメェんだ……」


 そう、忌々しげに呟く。
 使用者本人ですら、あのデザインを好意的には受け入れられないのだ。


「こんなの視聴者にウケるのかねえ」


 軽くパーマが当てられたミディアムウェーブの茶髪を撫で上げつつ、溜息をつく。


「まあでも、キモいバケモンをイケメンが使うってのはギャップでウケるかもしれねーな」


 へっ、と鼻で笑う。


 確かに、海堂竜二は自負に足るだけの美形ではあった。
 背も高く細身で、足も長い。今着ているような地味な茶色ブレザーの制服でも、彼が着こなすと、ファッション誌の1ページのように見えた。
 長い前髪、丁寧に整えられた眉毛。よく観察すれば、ピアスもつけているのがウェーブの髪の下に見えるだろう。


 きっと、小夜子が彼を見たら、その印象を一言で語るに違いない。


「チャラい」


 と。





「これで今出ている【ハウンド】は、えーと、4体か」


 病室のベッドに腰掛けたまま、海堂が腕を組んで呟く。


 アンジェリークから相手が【能力無し】であることは聞いている。
【ハウンドマスター】の能力は最大で20匹まで【ハウンド】を展開することが出来るが、そこまで必要はないだろう。


「5、6匹で十分だろうな」


 何せ、新しい【ハウンド】の召喚には、1分程度の間隔が必要なのだ。
 わざわざ20匹になるまで準備していては、時間がかかりすぎる。


 相手は何の特殊能力も持たないただの高校生なのだ。
 正直、1匹目が倒されたことには驚いたが、本来であれば2匹でも十分過ぎるだろう。人間の手は、阿修羅のように沢山生えている訳ではない。
 5、6匹というのは、彼なりに保険をかけた上での慎重な算段であった。


「時間が来たかな」


 手を肩ほどの高さにかざして、精神を集中する。
 何もないはずの床から白い塊が盛り上がり、醜い叫びと共に二体の【ハウンド】が出現した。


「念のため、もう一匹」


 廊下へ向かわせ、「共食い」を命じる。
 不愉快な断末魔が、海堂の耳に届いた。


(不愉快といえば)


 昨晩、八百長を組まれた相手。
 アンジェリークの友人が担当しているという、【ライトブレイド】。
 あれは、不愉快な男だった。


 大人しそうな地味顔に真面目君的な髪型、アクセもピアスもない、何の変哲もない、学ラン姿の男子高校生。
 どう考えても、学校ではその他大勢に埋もれているような、目立たない無個性な男だ。
 海堂とは、対極にいるかのような人物である。


 なのに。


(何でアイツは、あんな目をしていやがったんだ)


 汚らわしい物でも見るかのような目。
 嫌悪感を露わにした、あの表情。
 心の底から、軽蔑するかのような、そんな視線で海堂を見ていた。


(八百長対戦でなければ、【ハウンドマスター】で食い殺してやっていたのに)


 後でアンジェリークから聞いたところ、【ライトブレイド】は彼の監督者であるミリッツァの言うこともきかず、手も借りない馬鹿らしい。
 彼女達にとっても、計画に不安定要素が加わるため、困っている、という話であった。


 何故わざわざ、自分が得をする要素を拒否するのか。【ライトブレイド】の行動を、海堂は理解することが出来ない。


(ただの戦闘狂か)


 そのため彼は、その一言で【ライトブレイド】を片付けることにした。
 どのみち、海堂とは分かり合えない類の人間である。


「まあでも」


【ハウンド】に意識を同調させ、敵を食い殺す【戦い】というものは。


 なかなかに貴重で、愉快な経験ではあった。





 結局、【ハウンド】を8体まで出したところで、海堂は再攻勢に移ることにした。


 精神を集中。
 8匹のうち1匹に意識を同調させリーダー格とし、他の7体を追随させる。


 同調すると、音は消え周囲は闇に沈む。
 そして、臭いだけが。臭いを形に投影したものだけが。
 闇に沈んだ視覚の中に、鮮やかな色となって浮かび上がった。
 視覚に投影される、嗅覚のヴィジョンである。


 まだここからでは臭いは辿れないが、彼女の位置は見当がつく。
 そして、先ほどの接触で、その臭いも覚えている。
 ましてや、ほぼ一本道のこの階に逃げ場はない。
 海堂の【ハウンド】隊は、Uの字のもう一端を目指して、進めば良いだけであった。


 目も見えない【ハウンド】がどうやって障害物を避け、目的地を目指すことが出来るのか。海堂には分からない。
 だが、分かる必要もなかった。
 彼は今までの戦いを、こうやってずっと身を隠しながら、半ば観戦するかのように【ハウンド】を次々と、そして大量に送り込み、敵を屠って来たのである。
 また、組まれたカードも【ハウンドマスター】の能力で与し易い相手のみが選ばれていた。
 海堂にとっての「対戦」とは、容易く一方的なものであり、特に深く考える必要もない、エンターテイメントでしかなかったのだ。


【ハウンド】の群れが、四つん這いで駆ける。
 中央エレベータホールを抜け、東棟に差し掛かったあたりで、海堂は異変に気がついた。


 東棟の廊下が、異様な臭気に包まれている。
 それこそ、廊下に何かが撒き散らされているかのように、あちこちから強い臭いが漂っていたのだ。


 海堂はすぐに気付いた。


(【スカー】め。俺の【ハウンド】が臭いで探知していることに気付いたな)


 おそらく、そこかしこに備え付けられた消毒液やナースステーションに置いてある薬剤、トイレの洗剤。
 そういったものを、片っ端からぶちまけて回ったに違いない。


(3勝ってのは、運だけじゃないのか)


 短時間でよくそこまで考えて動いたものだ、と感心する海堂。
 実際、彼の視覚に投影された嗅覚ヴィジョンは、様々な薬品が漂わせる臭気でぐちゃぐちゃになっていた。
 これでは、【スカー】の臭いを嗅ぎ分けるのは難しい。


(でも、単なる一時凌ぎさ。こっちは、お前の臭いを覚えているんだからな)


 海堂は【ハウンド】群に命じ、【スカー】の臭いだけに対象を絞り、探索を進める。
 白い人型の群れは、鼻を鳴らしながらゆっくりと通路を進んでいく。
 進む度に、撒き散らされた薬品は段々と少なくなり、東棟の端の方まで行ったあたりでは、廊下の臭いはかなり収まっている様子だった。
 配分を考えもせずに薬を撒いた結果だろう、と海堂は考えた。


 必死になって薬品をぶち撒け臭いを消すも、最後になって手持ちが無くなってくる。
 そんな、姿も知らぬ【スカー】が慌てる様子を想像して、海堂はほくそ笑んだ。


 しばらくして、【ハウンド】が一段と強く鼻を鳴らす。
【スカー】の臭いを嗅ぎ取ったのだ。


 それは、一番奥の病室。
 その奥から、【スカー】の臭い。
 嗅覚ヴィジョンが、そう表示してきた。


【ハウンド】はさらに鼻を使い、病室の中の様子を、引き戸越しに探り始める。
 白い顔についた異形の鼻が、部屋の中からアンモニア臭を嗅ぎとった。


 海堂は、これによく似た臭いを知っている。
 3戦目の相手、【サンダーブレーク】が、追いつめられた時に同じ臭気を漏らしていたのを、覚えているのだ。


「あはははははは!【スカー】め!ビビってションベンチビリやがったな!!あはははははは!!!」


 知覚は【ハウンド】に同調したまま。
 海堂は大声を上げ、腹を抱えてゲラゲラと笑う。


 ああ、おかしい。
 なんて無様なんだ!
 色々やったって、結局お前は部屋の隅でガタガタ震えていることしか出来ないのさ!


 そう嗤いながら、【ハウンド】に攻撃指示を出す。
 病室の引き戸は、8匹が力を合わせた体当たりで、あっさりと壊れ、倒れた。
 やや返ってきた触覚によると、どうやらベッドがバリゲード気味に置かれていたようだが、それすらも、まとめて押しのけられた。


 そして、部屋の隅にうずくまる【スカー】の臭いにむけて、8つの裂けた口が一斉に牙を剥き、襲いかかる。


 視覚に投影された嗅覚ヴィジョンの中で、【スカー】を示す赤い表示が分断され、細かく千切れていった。
 おそらくその身体は食い千切られ、噛み砕かれ、細かく分解されているのだろう。
【与一の弓】の時も、【サンダーブレーク】の時も、そうだった。
 見辛くて仕方が無い嗅覚ヴィジョンだが、凄惨な現場を見ずに済むという点においては、都合がいい。


(よっしゃ、今日もこれで終わり!)


 今回も海堂は、恐怖もストレスも感じることなく、相手を屠ったのである。


 いや、屠ったと「思った」のだ。


 ずぶり。


 と。


 背中から脇腹にかけて、何かが突き立てられる感触を感じるまでは。

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