あなたの未来を許さない

Syousa.

第六夜:01【スカー】

第六夜:01【スカー】


 スマートフォンには、「午前1時58分 10月31日 土曜日」と表示されている。


「さて」


 ベッドに座ったまま、小夜子が口を開いた。


「……ねえ、まだヘソ曲げてるの?悪かったって言ってるじゃない」


 キョウカはフン、と頬を膨らませてそっぽを向いた。
 髪が揺れた拍子に、光の粒子が小さく飛び散る。


 先程の、熱を入れた講談。それを小夜子がほとんどまともに聞いていなかったことに、腹を立てているのだ。


「ゴメンってばもー。あ、そろそろ時間みたいね。まあ、戻ってくるまでに機嫌直しておいてよ」
『君が戻ってくるまでにかかる時間なんて、こっちだと10秒も無いだろ!』
「戻ってくるのは前提で考えてくれているのね。ありがと」


 あはは、と笑いながらキョウカの頭を撫でる小夜子。
 当然キョウカの頭をすり抜けて、手の甲から上半身が生えているような奇っ怪な絵面になる。


「じゃあ、行って来るわ。相棒」
『うっさい!やられちゃえ!』


 また、あはは、と笑う小夜子であったが。
 その意識は突然ぷつりと途切れ、闇へと落ちていくのであった。





 どくん!


 鼓動とともに、小夜子の意識が復活する。


(この感覚にも随分と慣れたものね)


 そう思いつつ、まず周囲の状況を確認する。


 一見して分かる。屋内だ。照明で照らされ、周囲は明るい。
 小夜子が今立っている場所はどうやら廊下らしく、細長く伸びた通路の脇には、ところどころ引き戸が設けられており、その奥は個室になっているようであった。
 そこまで観察して、小夜子は今回の戦場が何を複製したのか、に気付く。


(ここは、病院だわ)


 そう。そこは、病院の一角であった。
 市民病院や医療センターといった、大型の病院。その入院病棟なのだろう。


『空間複製完了。領域固定完了。対戦者の転送完了』


 アナウンスが、小夜子の頭のなかに響く。


『Aサイド!能力名【スカァッ】!監督者【キョウカ=クリバヤシ】!』


 浮かび上がる、小夜子の能力名。
 対戦成績は「3勝0敗2引き分け」。


『Bサイド!能力名【ハウゥゥンドマスタァァ】!監督者は【アンジェリーク=ケクラン】!』


(三人の内の一人か!)


 表示された能力名は【ハウンドマスター】。
 戦績は、「2勝0敗2引き分け」。
 1戦分成績が足りないのは、不戦で一日勝ち越した分だからか。


『領域はこの病院の3階、東病棟と西病棟です。階段やエレベータに侵入したり、窓の外に出ると即、場外判定となります。対戦相手の死亡か、制限時間3時間の時間切れで対戦は終了します。時間中は監督者の助言は得られません。それでは、対戦開始!良い戦いを!』


 ぽーん。


 という開始音が鳴り響く。


「いいわ。すごく、都合いいわ」


 小夜子は誰もいない廊下で、一人ほくそ笑んだ。





 昔、父が盲腸で入院したことがある。着替えや見舞いのために、入院病棟というところには、何度か訪れた。
 概ね、大型の病院などというものは似たような構造になりがちだろう。
 だから。間取りはともかく、戦場を構成する材料に関して小夜子は概ね予測が可能であった。


 まずは、武器の調達が必要だ。
 今までと違い、今度の相手は小夜子の能力が【何も無し】なのを知っている。初手から攻めてくるのは、明白だ。
 急いで武装する必要がある。


 個室の入り口。その引き戸の脇を見ると、小さな消毒用液のポンプ付き容器が設置されていた。
 最近は病院だけでなく飲食店やそれ以外の店でもよく置かれているのを見かける、それだ。
 手で押すと、カシュ、という音と共にアルコールの液体が射出される。


(消毒用と言えど、アルコール。この手の奴も燃えたはずだけど、灯油みたいに火炎瓶に使えるかどうかは聞いたことが無いわね)


 持って行こうかとも考えたが、これは全病室の入り口に備え付けてあるようだ。とりあえず、止めておいた。


 がらら。


 引き戸を開けて、病室に入る小夜子。
 あまり広くない部屋には4つのベッドが置かれ、それぞれがカーテンで仕切られている。


(とにかく、武器を手に入れなければ……)


 ひょっとして、手術室でメスでも探さなければ難しいのではないか、という小夜子の危惧は、杞憂に終わった。


 恐らくは見舞いの最中にでも空間が複製されたのだろう。
 二番目に調べた個人スペース。そのベッドの脇に備え付けられた机の上に、梨と果物ナイフが置かれていたのだ。
 しかも、三番目に調べたスペースからも、もう一本入手することが出来た。


 いきなり、果物ナイフが二本。
 些か拍子抜けする小夜子であったが、有り難いことに違いは無い。


 しかし逆に、果物ナイフ以外の武器を発見することは出来なかった。
 入り口の消毒用アルコールを活用できないかと思い、入院患者の荷物も漁ってみたが、ライターの類は、無い。
 考えてみれば、入院患者が煙草を吸う訳もなく。他の部屋を探しても、着火器具を入手するのは困難であると予測された。


 一つ目の病室を出て、隣の病室に入る。
 同様に武器が手にはいらないか、物色を開始する。
 そして手を動かしながら、相手の能力について推理を始めた。


 能力名、【ハウンドマスター】。
 猟犬使いを意味するその名から想像できるのは。


(まず第一に考えられるのが、「猟犬」を使役する能力)


 この場合「猟犬」がそのまま犬を意味するとは限らない。何か別の生き物かもしれないし、全く別の「何か」かもしれない。
 だがどの場合でも、戦術パターンとして考えられそうなのは二つ。
 猟犬と共に襲ってくるか、本体はどこかに隠れておいて猟犬だけを戦わせるか、だ。
 おそらく前者の可能性は、低い。


(次に思いつくのは、「猟犬」に変身する能力)


 この場合は、まるで狼男のように変身した本体がそのまま襲い掛かってくることになるだろうか。
 人間の判断力を持ったまま身体能力が強化された相手……【モバイルアーマー】のような敵と、移動経路が限られる屋内で戦わされるのはあまり好ましい状況とは思えなかった。
 一度遭遇した相手から隠れるにも、振り切るにも。この戦場は厳し過ぎる。


(……何にせよ、もっと武器が欲しい)


 そう思いつつ、小夜子は部屋の探索を続けた。


 結局、武器は発見出来ずに終わるものの。
 代わりに、おそらくは入院患者に配っているであろうプリントを、机の中から発見することが出来た。
 早速、プリントに目を通す。


【3階 東棟:産婦人科病棟 西棟:産婦人科および小児科病棟 見取り図】


 という見出しで書かれたその案内には、この階の東棟と西棟の見取り図が描かれている。


(これで、この戦場の全体図が分かるわ)


 簡単に説明してしまえば、東棟西棟はそれぞれL字型をした建物で出来ており、そのLの字の、いわば短辺同士を互いに接続することにより、病院は大きなUの字のような形をとっている様子であった。
 L字の接続部分はエレベータ3機と中央階段を備えたホールとなっていて、あとは各棟にそれぞれ上下階へ向かう階段が1つずつ設けられている。


(多分、私は東棟の端。その付近にいる)


 入る前に確認した病室の番号と見取り図を照らし合わせ、小夜子は現在の位置を把握した。


(通路だけで見ると、ほぼこの階はUの字一本道ね)


 恐らく、小夜子と【ハウンドマスター】はそのUの両端からスタートさせられたのだろう。
 ならば、相手は、病室を一つ一つ探索していけば、自然、小夜子に辿り着くことになる。


 いや、むしろ。
 同じプリントを入手するなり構造の予測をつけるなりすれば、こちらのスタート地点まで一気に来ても、おかしくはない。


(それでも何通りか、切り抜けようはあると思うけど)


 そう、考えを巡らせる小夜子の耳に。


 どん!
 どん!
 どんっ!


 という音が聞こえてきた。


 音がした方を見ると、病室の引き戸が、強い力で押されている。
 揺れている。軋んでいる。
 戸をスライドさせるための部品が、強引に押しのけられ、破壊されそうになり、ビキビキと悲鳴を上げている。


【ハウンドマスター】が、そこまで来ているのだ。

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