あなたの未来を許さない

Syousa.

第六日:03【御堂小夜子】

第六日:03【御堂小夜子】


 家に帰り玄関を開けた小夜子は、玄関に革靴が脱いであることに気付いた。
 父が、出張から帰ってきているようだ。


 小夜子は靴を脱いで家に上がると、鞄を部屋に置く前に、まず居間へ向かう。
 彼女の父親が、テレビを見ながらソファーに座っていた。


「ただいま」


 座ったまま、父が振り返る。


「おかえり」
「父さん、お仕事はもういいの?」
「今回のは、な。明日からは九州だ。始発のバスで出るよ」
「そう。大変ね」
「帰りは来週の木曜になると思う」
「わかったわ」
「晩ご飯は寿司を買ってきてあるから、それを食べよう。冷蔵庫に入れてある」
「そう。今日は帰りにスーパーに寄るのを忘れていたから、丁度良かったわ」


 着替えるために部屋に戻ろうとする小夜子を、父が呼び止める。


「小夜子、父さんがいない間、特に何もなかったか?」


 足を止め、振り返り。


「何もなかったわ。父さん」


 と言い残して、小夜子は二階の自室へと上がっていった。





 キャスターが、今日起こった交通事故のニュースを読み上げている。
 それを聞き流しつつ、小夜子と父はテーブルで夕食を食べていた。


「学校はどうだ」
「まあまあ」
「勉強の方は」
「正直、微妙ね」
「いじめとかは受けてないか」
「大丈夫じゃないかな。多分」
「長野さんの家の恵梨香君には、仲良くしてもらっているか」
「毎朝一緒に、学校に行ってるわ」


 そうか。と短く返し、父は食事を再開しようとした。


「ねえ、お父さん」
「何だ」
「再婚とか、しなよ。私のことはもう、いいからさ」


 父はきょとん、とした顔をしていたが、すぐに眉をしかめて不愉快そうな表情を作った。


「……子供が何を言っとるんだ」
「そうね」


 父親よりも早く食べ終えた小夜子は、寿司のパックを片付けると、


「ごちそうさま。ありがとうね、お父さん」


 と告げて、二階へ向かった。


(言っておくべきことは、言った)


 だからこれでいい。
 後でこの言葉を思い出し、あの人が母と自分から解放されれば、それでいい。


 そして、多分。


 今日でさようなら。お父さん。





 部屋に戻り、ノートパソコンで調べ物をしていると、「20:00」になるのと同時にキョウカが現れた。


『こんばんは、小夜子』
「こんばんは。キョウカ」


 挨拶を交わす。


『昨晩の対戦記録も見たよ。大したものだね。ベトナム戦争時代のゲリラにでも生まれていれば、もっと君の才能は開花したかもしれない』
「全然嬉しくないけどありがとう」


 昔、恵梨香と一緒に観た名作ベトナム戦争映画のDVD。終盤に登場した女ゲリラを思い出し、小夜子は、ははは、と乾いた笑いをあげた。


「……微笑みデブよりはマシか」
『なにそれ?』
「いや、何でもない」


 小夜子は頭を振って、これ以上の脱線を止める。


『それよりも、今後のことについて話があるんだ』


 いつになく真面目な様子のキョウカ。


「どんな?」
『まず、これを見て欲しい。【全日程】【対戦成績確認】』


 キョウカと小夜子の間に、画面6枚表示される。一枚は全対戦者の一覧で、残りは各日の対戦結果表だ。


『ヴァイオレット=ドゥヌエ。アンジェリーク=ケクラン。ミリッツァ=カラックス……この三名、が僕を』


 僕をいじめている主犯格だ、と続けようとしたキョウカの言葉を遮り、小夜子は


「アンタがこの間、注意しろって名前を挙げてた連中ね」


 と口にした。
 小夜子の配慮に気付いたキョウカは、ふっ、と短い息をつき、話を再開する。


『……うん。で、今からこいつらの分だけピックアップするから見てくれ』


 各日の記録を指さし、いくつかの欄を点滅表示させた。三名の擁する対戦者の記録に絞って、抽出したのだ。
 その内の一つに【ホームランバッター】が倒された対戦記録があり、いささか小夜子の気分を暗くする。


『何も知らなければ、ただの偶然だ。だが、この三名の名前を知っていれば、確率論で片付けるには、ちょっと偏っているとは思わないか?』


 点滅する枠を、3点まで絞る。


 2回戦。アンジェリークの【ハウンドマスター】不戦勝。
 4回戦。ヴァイオレットの【ハートブレイク】が【ハウンドマスター】と対戦。引き分け。
 5回戦。ミリッツァの【ライトブレイド】が【ハウンドマスター】と対戦。引き分け。


 確かに、何も知らなければ、全く違和感は無いはずだ。ただ単に、アンジェリークが不戦勝のカードを引いていた。それだけの感想で終わるだろう。
 だが、こうやって三人に絞れば、まだ1枚しか出ていない不戦勝というラッキーカードや三人内での対戦が、たかだか5回戦の内に固まっているのはどうにも不自然に思えてくる。
 疑われないように「程々」で収めている意図まで、透けて見えるようだった。


『今日までは漠然とした予想だったけど、今日で確信した。連中は僕達に能力を割り当てないようにハックしただけじゃない。対戦カードまで、操作している。多分、八百長以外の対戦……他の対戦者と組み合わせた分だって、何か計算のもとに組んでいたのだろう』
「計算っていうと、他の対戦者の能力内容を知っていて、勝てそうな相手を選んで組んだ、っていうこと?」
『その可能性は、高い。彼女達三人の仲がいいのは、皆知っているからね。不自然な八百長対戦は程々で抑えておいて、相性だけで勝てる相手を組んでおくほうが、自然でバレにくいと考えたのだろう』


 背中の産毛が、ぞわっ、と逆立つ感触。


(許せない)


 小夜子の目に、怒気が漲る。


【グラスホッパー】も、【ホームランバッター】も、【モバイルアーマー】も、【アクセレラータ】も。
 自分と同様、訳もわからぬ状態で死地に放り込まれ。戸惑い、足掻き、戦い、そして、死んでいったのだ。
 明確な殺意を抱きあい、小夜子自身が手に掛けた者だっている。
 だが、彼等は己が生命をチップとして、堂々と、懸命に、苦しみながら勝負に臨んだのだ。
 そのことは、誰にも否定することは出来ない。
 いや。
 否定させなど、しない。


 なのに、それを。


(汚された)


 殺しあった相手のことだというのに。小夜子の全身を、熱く暗い血が駆け巡った。
 歯を食いしばり、拳を握りしめる。


(【ハートブレイク】、【ハウンドマスター】、【ライトブレイド】)


 その名前、覚えた。覚えたわ。しっかりと。


 汚らわしい奴ら。
 最低限の掛け金すら用意せぬ、卑怯者め。
 許さない。私はお前達も、許さない。


 もし私が相見えたなら、相応の報いを受けさせてやる。


 赤く、黒く、粘りを持った何かに塗りつぶされた心の中で、小夜子はそう思った。

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