あなたの未来を許さない

Syousa.

第五夜:03【アクセレラータ】

第五夜:03【アクセレラータ】


 あれからどれくらい経ったのだろうか?


 事務所の窓際で、カーテンの隙間から外の様子を伺っていたフェオドラは、


「【残り時間確認】」


 と小さく呟いた。


 すると、フェオドラの眼前に、「01:23:35」という数字が浮かび上がる。
 それを見たフェオドラの表情に、影が差した。


(もう40分近くも経ってる……)


 闇夜で視界が悪いこともあり、フェオドラは敢えて相手の出方を待つことにしていた。


 だが、【スカー】に動きは、無い。
 いや、動いているのかもしれないが、動きが掴めない。
 微かに、何かを叩くような音が聞こえるような気もするが、窓からの視界だけではそれも判断がつかなかった。


 だが、このままじっとしていれば、対戦時間が終わってしまう。
 そうすればフェオドラはどうなるか。
 また、ブルイキンによる「総括」が待っているに違いなかった。


 あの気が狂いそうになるほどの痛み。気絶しようとしても、それも許されぬ激痛。
 死んだほうがマシだ、と思えるほどの惨苦。
 折角、もう受けずに済むようになってきたと思ったのに。


(またあれは、嫌だ。嫌だ。嫌だ!)


 奥歯がガチガチと鳴る。冷や汗が吹き出す。


(こうなったら、制限時間内に見つけ出して始末するしかない)


 今までの敵は、何もしなくてもこちらに向かってきた。
 隠れる敵を探しだして倒すのは、フェオドラにとって今回が初めてである。


 不安は、ある。


 だが、フェオドラは立ち上がり、何かに背中を押されるように事務所の外へ向け歩き始めた。





「「総括」は、嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ」


 繰り返し口中で呟きながら、フェオドラが事務所を出て歩き始める。
 そのまま、事務所の隣に建つ自然学習展示館へと足を運んだ。


 周囲を見て回る。
 窓ガラスも、入り口も、どこにも破壊された形跡は無かった。鍵もかかったままだ。


(ここの中には入っていない……)


【スカー】は引き続き武器を探しに建物に潜入しているのではないだろうか。
 そう思い、念の為に見てみただけだとはいえ、他に思い当たりそうな場所はない。
 タイムアップへの焦りもあり、彼女は少し、苛立った。


「【対戦領域確認】」


 オレンジ色のバリア壁が、フェオドラの視覚に投影される。
 300メートル四方の直方体。彼女はそのほぼ中央付近にいる形になる。
 勿論、闇夜ではっきりと視認できるわけではない。が、自然学習展示館の壁面に掲示された公園内の案内図と照合しても、その範囲内に事務所と展示館、そして屋外トイレ以外の建造物があるようには思えなかった。


 周囲を見回す。


 防犯のために入り口に明かりが点いている事務所と展示館。やや離れた屋外トイレ。それ以外は、まばらに街灯が立っているだけだ。月明かりも乏しく、明かりで照らされた場所以外は、そこかしこに沢山ある植え込み、そして彫像やブロンズ像、謎の近代芸術オブジェといったもののシルエットがぼんやりと見えなくもない、といった程度である。
 どうもこの公園はこういった屋外展示の芸術品が多いようで、かなりの数が設置されていた。


(まさか、相手は時間切れを狙っている?)


 公園の案内図を見ながら、そうフェオドラが疑った矢先。


 彼女の眼前を何かが掠めて、展示館の壁に激突した。


 がしゃん!


 という音を立てて、破片が飛び散る。
 驚いて思わず左を向いたフェオドラの方へ、もう一発、二発。三発。続けて飛来する。
 うち一個はフェオドラの左脇腹に当たり、砕けはしなかったものの彼女に苦悶の息を吐き出させた。


(【スカー】の攻撃!?)


 フェオドラは即座に【アクセレラータ】を発動。立っていた場所から5メートルほどを、高速でバックステップした。能力に感覚が追いつかない。ややバランスを崩し、よろける。
 次の瞬間。彼女の回避行動に照準が追いつかなかったのであろう。【スカー】の攻撃がもう一発、壁に虚しく命中し、砕ける。
 そこでフェオドラはもう一回【アクセレラータ】を使ってさらに5メートルほど後退。展示館の壁際から離れ、脇に立てられたブロンズ像の一つ、その陰に身を隠した。


 距離をおいた彼女は、飛来物の残骸へと視線を移す。
 展示館入り口の照明が、先程までいた場所をほのかに照らしていた。
 その薄明かりを頼りに注視する。
 茶色い破片を撒き散らして砕けていた、それは。


(瓶!?)


 そう、それはただの小瓶であった。
 自販機でよく置いてあるような、エナジードリンク風炭酸飲料の、茶色い小瓶。
 ゴミ箱からでも拾ってきたのだろうか?それを、連続して投げつけられていたのだ。


(一体こんなものを投げつけて、何がしたいというの?)


 一個は命中して、確かに彼女は苦悶の声を上げた。
 だが、痛いだけだ。それも、少し痛かっただけ、だ。
 到底、人を殺せるような代物ではない。


「【能力内容確認】」


 浮かび上がった文字を見るが、【スカー】の能力内容は不明のまま。
 物を投げつける能力でも無いし、瓶の破片から何かをする能力でもなさそうだ。


 瓶が飛んできたと思われる方向へ、像の陰から顔を半分出して覗く。
 見えるのは、植え込みや謎オブジェだけ。
 視界が暗すぎて、【スカー】の姿は全く確認できない。
 が、次の攻撃があり次第、フェオドラは【アクセレラータ】を発動させて、その方向へ向かい反撃するつもりである。


【アクセレラータ】は阿呆みたいな攻撃力が無い分、制限が緩い。
 運動速度の倍加は本人の力の入れ具合で2~5倍にはなるものの、感覚は倍加されないので早過ぎると動きにコントロールが追いつかない。
 加速して動いた疲労は、相応が蓄積されるので、あまり続けて使用すると、息も切れるし四肢にダメージも受ける。
 加えて、先述のように武装に関わる能力が、無い。
 だが、【アクセレラータ】には再使用時間は必要とされなかった。
 本人の体力が続く限り、小刻みではあるが、連続しての発動が可能なのである。
 これは、とてつもなく大きなアドバンテージであった。


『問題ないだろう。人間は鉄骨やコンクリートで出来ているわけじゃない。破壊力と引き換えで得たリスクや隙の大きな能力より、使い勝手が良い小回りの利く能力の方が有利に決まっている』


 具体的な戦術指南に当たらぬよう、以前ブルイキンは言葉を選びながら彼女の能力をそう評したものだ。


『人間は苦痛に弱い。傷を負えば動きは鈍る。そして、生身の人間に傷をつけるのは、容易だ』


 彼の言は的を射ており、今までの実戦において、フェオドラもそれを実感していた。


(たとえどんなに強力な能力を持っていたとしても、所詮本体はただの人間)


 ……だから。


 武器を千枚通しからカッターナイフへと持ち替え、チキチキチキ、と刃を伸ばす。


(早く、仕掛けて来なさい、【スカー】!)





 だが。


【スカー】からの攻撃は、それ以降ぷっつりと止んでしまった。

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