あなたの未来を許さない

Syousa.

第五日:01【御堂小夜子】

第五日:01【御堂小夜子】


 ふんふんふ~ん。
 はんはんは~ん。
 ふん!はっ!ふん!


 と謎の鼻歌交じりに髪を編む小夜子。


(いける、いけるわ。この調子で倒し続ければ、えりちゃんが持ちこたえられれば、あの子を助けられるわ!)


 鏡の前で、ガッツポーズまで決める。


 ……小夜子は昨晩、人を殺した。
【モバイルアーマー】。本名も知らぬ少年。
 相手も彼女を殺す気であったとはいえ、殺人という禁忌を犯した事実は変わらない。


 小夜子は、超えてはいけない一線を超えたのだ。


 そのことから、目を背けているわけではない。
 だが小夜子にとって、地球上、いや全宇宙で最も大切なものを守るためなら、彼女はどんな悪行にでも手を染める覚悟があった。誰をも殺める理由があったのだ。


(私が地獄に落ちる。それだけで、えりちゃんが助かるのなら。そんな安い買い物なんてないわ)


「……そうよ」


 鏡の中の自分に目を合わせ、呟く。


「だからもう少し、もう何日かだけ、保たせるのよ。それまで挫けるのは、許さないからね、御堂小夜子」


 もう一人の小夜子が、瞳に強い光を湛えたまま、頷いた。





 玄関の時計は「10月29日木曜日 07:33」と表示している。
 恵梨香との待ち合わせである7時40分には少し早いが、玄関へ向かう小夜子。
 今日も生きて恵梨香と会えると思うと、いてもたってもいられなかったのだ。


 家の前には、もう既に恵梨香が立って待っていた。
 普段は小夜子の方が早いのだが。今日に限って待ち合わせ時間よりもずっと早く出てきていたのだろうか。


「えりちゃブフォ」


 勢い良く抱きついて、豊かな胸に顔を埋める。
 ブラが硬い。だが構わない。
 一通り匂いと感触を堪能したところで、満面の笑みで顔を上げ


「おはよう!」


 と挨拶した。
 すぐに、いつもの可憐な声が返ってくる。


 ……いや、こなかった。


 恵梨香は、顔を強張らせ、硬直しているのだ。


「……えりちゃん?」


 恵梨香は、呼びかけられてはじめて、はっ、と気付いたように瞼をまばたかせた。
 そして小夜子へ目を合わせると、


「おはよう、さっちゃん」


 ぎこちなく、笑顔を作る。


 二人はしばらく黙したまま見つめ合っていたが、やがて恵梨香が口を開き、


「行こうか、さっちゃん」


 と小夜子の手をとって歩き始めた。


「……うん」


 頷いて、小夜子も歩き始める。
 最早、単純には幸福とは言い難い、「至福の15分」の始まりである。


 しばらく歩いていると、小夜子の手を握っていた恵梨香の手が動いた。


 互いの手の平が、こすれ合う。
 細く美しい指が、相手の指の間を求めて這い、潜り込む。
 恵梨香が、小夜子の指を貪るかのように、指を絡めてきた。
 ……恵梨香の方から、恋人繋ぎを求めてきたのだ。
 確かに今まで、小夜子からのこの繋ぎ方を彼女が拒んだことは無い。だが、恵梨香から望んで結んできたのは初めてである。
 そして、その手を握る力はとても強かった。
 まるで、引き離されるのを恐れるかのように。


(一体、どうしたのだろう)


 そう疑問に思ったところで、小夜子は自分の愚かさに気付いた。


(私、馬鹿だ)


 恵梨香の強張った顔、ぎこちない様子、小夜子を離さまいとする手。


(……えりちゃん、昨晩は、余程怖い目に遭ったんだわ)


 生きていてくれたことにばかり気を取られて、恵梨香が受けたかもしれない精神的な傷を考慮していなかった。


(それなのに私、いつもみたいに甘えちゃって)


 恵梨香の心は、傷つき疲れているのだ。
 取り繕うことも出来ぬほど。
 小夜子の手に縋りたくなるほど。


 励ましてあげたい、と小夜子は思った。
 勿論、対戦や未来人について触れる訳にはいかない。そんなことをすれば、神経を灼かれて死ぬ。恵梨香を守れなくなる。
 だが、それでも。
 何とかして恵梨香の心を支えたい、と小夜子は考えたのだ。


「大丈夫よ、えりちゃん」


 小夜子からも恵梨香の手を握り返し、口を開く。
 恵梨香が驚いたように、小夜子を見た。


「何か悩んでいるのね。でもね、どんなに辛いことでも、終わりはあるわ。耐えていれば、必ず近いうちに道は開けるわ。だから、ね。それまでちょっと我慢して、頑張ろう!」


 結んだ手を持ち上げて、「えい、えい、おー」と、上に突き出すように持ち上げた。
 普段の小夜子ならば、絶対に出ないようなポジティブな言葉である。そして、あまりにも稚拙な励ましであった。
 だが、とにかく。何でもいいから。小夜子は恵梨香を元気づけたかったのだ。
 自分の語彙の無さと、気の利いたことも言えぬ言語力と表現力の低さに絶望しつつ、小夜子はもう一度「えい、えい、おー」と繋いだ手を持ち上げた。


 恵梨香はそれを受けて、一瞬泣きそうな顔を見せたが、数秒程そっぽを向いた後再び小夜子へ向き直し、儚げに微笑んだ。なんとか精一杯の笑顔を作ったのだろう。
 小夜子もそれに微笑み返し、さらに強く恵梨香の手を握りしめるのであった。





 会話も無く、「至福の15分」は終わりを告げる。
 他の学友達と通学路が重なるところまでやって来たのだ。


 小夜子が手を解くと、恵梨香は掴み直そうとして手を伸ばしてきた。
 必死そうなその仕草に、小夜子は思わずもう一度手を伸ばしかける。
 だが。


「おはよう、長野さん」
「エリチン、オッス」
「恵梨香さん、おはようございます」
「おう長野、グッモーニン」


 と、学友達がぞろぞろと恵梨香の周りに集まり始めたため、二人の手が結ばれることは無かった。


 結局小夜子は彼女達の後ろで距離を開けて歩くことを強いられ、この日はその位置関係のまま登校することになってしまった。

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