あなたの未来を許さない
第四夜:06【モバイルアーマー】
第四夜:06【モバイルアーマー】
小夜子とは違う並びに建つ、ある住宅の中。【モバイルアーマー】こと金堂武雄は、痛みと怒りに身を震わせ、悶えていた。
「痛え……」
植木鉢で殴られた額が、ずきずきと熱い。しかしもしあれが後頭部や頭頂部を打撃していたなら、痛いどころでは済まなかっただろう。
左腕はさらに深刻だ。まず間違いなく、骨に怪我を負っている。ヒビが入っているのか、折れているのかまでは分からないが……どちらにせよ、腫れてくるのはもう少し後だ。
(あのチビ! 早いところぶっ殺して、この対戦を終わらせてやる)
対戦を終わらせれば、傷は全て元通りになる。一刻も早く倒せば、その分苦痛からの解放も早くなる。だから。
(早く終われよ、チャージタイム!)
【スカー】に見つからぬように息を潜めつつ、少年は心の中で叫ぶのであった。
◆
金堂の能力【モバイルアーマー】には、限界が存在している。
一度呼び出した強化外骨格は確かに、エネルギーが続く限りその強力な力相手を打ち倒し攻撃を防ぐ。だが動く度にエネルギーは消費され続け、底をついてしまえば強制的に装甲は解除、消滅してしまう。そして再使用するまでには、時間をかけて充填されるのを待たねばならないのだ。
しかも残量についてはメーターなどの具体的な表示は一切なく、スーツから伝わるエンジン音のような鼓動が残りのエネルギーをおおまかに伝えるだけ。
着装直後は「どっ。どっ。どっ」というゆっくりとした鼓動だったものが、消費されるに従い「ど、ど、ど」となり、解除される直前には「どどどどど」と猛烈に早まる。着装者はこの変化から残りのエネルギー残量を把握せねばならないのだ。これは慣れておかないと、ギリギリの線がなかなか見極められない。
製品であればユーザークレーム必至の不便さではあるが、監督者のゴメスは、
『君の能力は強力過ぎるから、その辺で運営システムがバランスをとっているのだろうな』
と語っていた。
当事者である金堂からすればふざけた話だが、監督者にとっては納得のいく制限なのだろう。まあどうせ、死地に赴くのは金堂ら対戦者なのである。
だがゴメスの語った通り、【モバイルアーマー】は確かに強過ぎる能力であった。
初戦で対戦した【音速エスパー】が物をぶつけてくる攻撃は、装甲に全く通用しなかった。
二回戦では【ヒートアックス】が操る赤熱化した斧に足を打たれ慌てたが、【モバイルアーマー】の外殻は熱に対しても十分に耐えた。
三戦目の【ワーウルフ】が変身した狼男の速度と膂力、そして鋭い牙と爪も難なく退けられた。
無双。まさに圧倒的な性能である。装着時の敗北を、少年はまったく想像できない。
敵からの攻撃は無効。こちらが殴れば、相手は豆腐のように千切れ飛ぶ。
一方的な力の行使に、金堂は酔いしれていた。
それだけに、反動ともいえる無防備なチャージタイムの訪れは注意せねばならないのだが……先程の負傷は、屋内へ誘い込まれ手間取らされた苛立ちと、後一歩で追いつめられるという焦りが産んだ大失態だ。
やはり彼はまだ、この【モバイルアーマー】の能力を掌握しきれていないのである。
(普段から練習できれば、もっと何とかなるのに)
とは思うものの、能力は複製空間でしか使えないのだから、どうしようもない。
(まあいいさ、次はエネルギーが切れる前に絶対ぶっ殺してやる。あのメガネブス)
こんな目に遭わせたあの女に、思い知らせてやる。
そして早く終わらせて、この痛みから解放されよう。
自らの行為は無視し、金堂の精神が復讐心でどす黒く塗り潰されていく。
どくどくっ! という体内に何かを注がれるような感覚。チャージが終わったことを知らせる合図だ。
「よし、これでいけるな」
そして同時に、金堂の耳へ聞き慣れない音が飛び込んでくる。
きゅいーん、きゅいーん、きゅいーん。
『火事です 火事です 火事です』
どの住宅にも設置が義務付けられている、火災報知機の警報音だ。音はずっと、鳴り続けていた。
「【スカー】の仕業か?」
それしかあるまい。だが何故、わざわざ自分の居場所を知らせようとするのか。
「……決まってるな、罠だ」
誘き寄せて、不意でも突くつもりなのだろう。子供でも分かる、あからさまな小細工。
(だがいいだろう。乗ってやる)
そもそも索敵が、【モバイルアーマー】の苦手分野なのだ。自分から居場所を教えてくれるなら、好都合この上ない。探す手間が省ける。時間が短縮できる。つまりこの痛みも、すぐに終わらせられる。
【スカー】の能力はまだ分からないが、金堂はその点に関して全く心配をしていなかった。
衝撃も、熱も、刺突も、打撃も、この鎧にはまったく通用しない。
装着中であれば、何も効かない。敵が何をしてこようと、問題は無い。
相手が姿を見せたなら、追いかけて殴り殺せばいい。
「そうさ。俺の【モバイルアーマー】は、無敵なんだ」
激しく痛み続ける左腕と額を押さえながら、金堂は玄関へと向かうのであった。
◆
ちゅいいいいいいいん!
火花を散らしながら、【モバイルアーマー】が中腰の姿勢で路上を走っていく。
【モバイルアーマー】の強化外骨格に装備されたホイールダッシュ……足裏のホイールを高速回転させて、滑走する機能……は、道路のような平坦な地形で効果を発揮する。百メートルをおよそ四秒で走り抜けるのだ。
そのため大音量で警報を鳴らし続ける家の前に辿り着くのにも、さほど時間は要さなかった。
「この家だな」
警報を鳴らしているのは、プレハブ工法の近代家屋。その前で、金堂は急停止する。
(【スカー】はあの中にいるのだろうか)
見れば、もう窓から煙も出ている。警報を鳴らしただけではなく、実際に火まで着けたらしい。ならば家の中ではなく、この周囲に潜んでいる可能性が高いだろう。
(構わんさ。仕掛けてこいよ。お前の浅知恵なんかお見通しさ)
装甲の内側で金堂が「にぃ」とほくそ笑む。攻撃を誘うため、視線はあえて煙を吐く家に固定したままだ。
(いいぜ、早く来いよ!)
心の中で呟いた瞬間。
ごつん。ぱりん。
という音と同じくして、装甲越しに後頭部への衝撃を金堂は感じた。
一瞬遅れて、
ぶわっ。
と何かが広がるような音。視界が急激に明るくなる。少年はすぐに、その正体を察した。
(火だ)
【スカー】という能力名に対する予測を完全に裏切る攻撃ではあったが、彼はそれでも動じない。この強化外骨格は、以前の戦いでは赤熱化した斧の一撃にすら耐えたのだから。
「馬鹿め! 後ろだな!」
【スカー】の位置を確認すべく振り返った金堂の顔面装甲に、またもや何かが命中した。
ぶわわっ。
炎で埋め尽くされる視界。続けてもう一発、命中する。
火勢が強まり、その眩さで思わず金堂は息を飲む。
そう。少年は、息を飲んでしまったのだ。
小夜子とは違う並びに建つ、ある住宅の中。【モバイルアーマー】こと金堂武雄は、痛みと怒りに身を震わせ、悶えていた。
「痛え……」
植木鉢で殴られた額が、ずきずきと熱い。しかしもしあれが後頭部や頭頂部を打撃していたなら、痛いどころでは済まなかっただろう。
左腕はさらに深刻だ。まず間違いなく、骨に怪我を負っている。ヒビが入っているのか、折れているのかまでは分からないが……どちらにせよ、腫れてくるのはもう少し後だ。
(あのチビ! 早いところぶっ殺して、この対戦を終わらせてやる)
対戦を終わらせれば、傷は全て元通りになる。一刻も早く倒せば、その分苦痛からの解放も早くなる。だから。
(早く終われよ、チャージタイム!)
【スカー】に見つからぬように息を潜めつつ、少年は心の中で叫ぶのであった。
◆
金堂の能力【モバイルアーマー】には、限界が存在している。
一度呼び出した強化外骨格は確かに、エネルギーが続く限りその強力な力相手を打ち倒し攻撃を防ぐ。だが動く度にエネルギーは消費され続け、底をついてしまえば強制的に装甲は解除、消滅してしまう。そして再使用するまでには、時間をかけて充填されるのを待たねばならないのだ。
しかも残量についてはメーターなどの具体的な表示は一切なく、スーツから伝わるエンジン音のような鼓動が残りのエネルギーをおおまかに伝えるだけ。
着装直後は「どっ。どっ。どっ」というゆっくりとした鼓動だったものが、消費されるに従い「ど、ど、ど」となり、解除される直前には「どどどどど」と猛烈に早まる。着装者はこの変化から残りのエネルギー残量を把握せねばならないのだ。これは慣れておかないと、ギリギリの線がなかなか見極められない。
製品であればユーザークレーム必至の不便さではあるが、監督者のゴメスは、
『君の能力は強力過ぎるから、その辺で運営システムがバランスをとっているのだろうな』
と語っていた。
当事者である金堂からすればふざけた話だが、監督者にとっては納得のいく制限なのだろう。まあどうせ、死地に赴くのは金堂ら対戦者なのである。
だがゴメスの語った通り、【モバイルアーマー】は確かに強過ぎる能力であった。
初戦で対戦した【音速エスパー】が物をぶつけてくる攻撃は、装甲に全く通用しなかった。
二回戦では【ヒートアックス】が操る赤熱化した斧に足を打たれ慌てたが、【モバイルアーマー】の外殻は熱に対しても十分に耐えた。
三戦目の【ワーウルフ】が変身した狼男の速度と膂力、そして鋭い牙と爪も難なく退けられた。
無双。まさに圧倒的な性能である。装着時の敗北を、少年はまったく想像できない。
敵からの攻撃は無効。こちらが殴れば、相手は豆腐のように千切れ飛ぶ。
一方的な力の行使に、金堂は酔いしれていた。
それだけに、反動ともいえる無防備なチャージタイムの訪れは注意せねばならないのだが……先程の負傷は、屋内へ誘い込まれ手間取らされた苛立ちと、後一歩で追いつめられるという焦りが産んだ大失態だ。
やはり彼はまだ、この【モバイルアーマー】の能力を掌握しきれていないのである。
(普段から練習できれば、もっと何とかなるのに)
とは思うものの、能力は複製空間でしか使えないのだから、どうしようもない。
(まあいいさ、次はエネルギーが切れる前に絶対ぶっ殺してやる。あのメガネブス)
こんな目に遭わせたあの女に、思い知らせてやる。
そして早く終わらせて、この痛みから解放されよう。
自らの行為は無視し、金堂の精神が復讐心でどす黒く塗り潰されていく。
どくどくっ! という体内に何かを注がれるような感覚。チャージが終わったことを知らせる合図だ。
「よし、これでいけるな」
そして同時に、金堂の耳へ聞き慣れない音が飛び込んでくる。
きゅいーん、きゅいーん、きゅいーん。
『火事です 火事です 火事です』
どの住宅にも設置が義務付けられている、火災報知機の警報音だ。音はずっと、鳴り続けていた。
「【スカー】の仕業か?」
それしかあるまい。だが何故、わざわざ自分の居場所を知らせようとするのか。
「……決まってるな、罠だ」
誘き寄せて、不意でも突くつもりなのだろう。子供でも分かる、あからさまな小細工。
(だがいいだろう。乗ってやる)
そもそも索敵が、【モバイルアーマー】の苦手分野なのだ。自分から居場所を教えてくれるなら、好都合この上ない。探す手間が省ける。時間が短縮できる。つまりこの痛みも、すぐに終わらせられる。
【スカー】の能力はまだ分からないが、金堂はその点に関して全く心配をしていなかった。
衝撃も、熱も、刺突も、打撃も、この鎧にはまったく通用しない。
装着中であれば、何も効かない。敵が何をしてこようと、問題は無い。
相手が姿を見せたなら、追いかけて殴り殺せばいい。
「そうさ。俺の【モバイルアーマー】は、無敵なんだ」
激しく痛み続ける左腕と額を押さえながら、金堂は玄関へと向かうのであった。
◆
ちゅいいいいいいいん!
火花を散らしながら、【モバイルアーマー】が中腰の姿勢で路上を走っていく。
【モバイルアーマー】の強化外骨格に装備されたホイールダッシュ……足裏のホイールを高速回転させて、滑走する機能……は、道路のような平坦な地形で効果を発揮する。百メートルをおよそ四秒で走り抜けるのだ。
そのため大音量で警報を鳴らし続ける家の前に辿り着くのにも、さほど時間は要さなかった。
「この家だな」
警報を鳴らしているのは、プレハブ工法の近代家屋。その前で、金堂は急停止する。
(【スカー】はあの中にいるのだろうか)
見れば、もう窓から煙も出ている。警報を鳴らしただけではなく、実際に火まで着けたらしい。ならば家の中ではなく、この周囲に潜んでいる可能性が高いだろう。
(構わんさ。仕掛けてこいよ。お前の浅知恵なんかお見通しさ)
装甲の内側で金堂が「にぃ」とほくそ笑む。攻撃を誘うため、視線はあえて煙を吐く家に固定したままだ。
(いいぜ、早く来いよ!)
心の中で呟いた瞬間。
ごつん。ぱりん。
という音と同じくして、装甲越しに後頭部への衝撃を金堂は感じた。
一瞬遅れて、
ぶわっ。
と何かが広がるような音。視界が急激に明るくなる。少年はすぐに、その正体を察した。
(火だ)
【スカー】という能力名に対する予測を完全に裏切る攻撃ではあったが、彼はそれでも動じない。この強化外骨格は、以前の戦いでは赤熱化した斧の一撃にすら耐えたのだから。
「馬鹿め! 後ろだな!」
【スカー】の位置を確認すべく振り返った金堂の顔面装甲に、またもや何かが命中した。
ぶわわっ。
炎で埋め尽くされる視界。続けてもう一発、命中する。
火勢が強まり、その眩さで思わず金堂は息を飲む。
そう。少年は、息を飲んでしまったのだ。
「あなたの未来を許さない」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
1,391
-
1,159
-
-
2.1万
-
7万
-
-
6,681
-
2.9万
-
-
176
-
61
-
-
66
-
22
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
5,039
-
1万
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
8,191
-
5.5万
-
-
2,534
-
6,825
-
-
3,152
-
3,387
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
450
-
727
-
-
3,548
-
5,228
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
89
-
139
-
-
6,199
-
2.6万
-
-
1,295
-
1,425
-
-
6,675
-
6,971
-
-
2,860
-
4,949
-
-
6,044
-
2.9万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
344
-
843
-
-
265
-
1,847
-
-
83
-
2,915
-
-
6,237
-
3.1万
-
-
65
-
390
-
-
62
-
89
-
-
76
-
153
-
-
1,863
-
1,560
-
-
3,653
-
9,436
-
-
183
-
157
-
-
10
-
46
-
-
14
-
8
-
-
187
-
610
-
-
108
-
364
-
-
1,000
-
1,512
-
-
10
-
72
-
-
86
-
288
-
-
4
-
1
-
-
33
-
48
-
-
86
-
893
-
-
71
-
63
-
-
23
-
3
-
-
398
-
3,087
-
-
218
-
165
-
-
2,951
-
4,405
-
-
2,629
-
7,284
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
27
-
2
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
1,301
-
8,782
-
-
1,658
-
2,771
-
-
4,922
-
1.7万
-
-
2,799
-
1万
-
-
62
-
89
-
-
4
-
4
-
-
614
-
221
-
-
47
-
515
-
-
6
-
45
-
-
9,173
-
2.3万
-
-
7
-
10
-
-
408
-
439
-
-
42
-
52
-
-
116
-
17
-
-
104
-
158
-
-
164
-
253
-
-
34
-
83
-
-
51
-
163
-
-
88
-
150
-
-
42
-
14
-
-
2,431
-
9,370
-
-
614
-
1,144
-
-
29
-
52
-
-
213
-
937
-
-
215
-
969
-
-
220
-
516
「現代アクション」の人気作品
-
-
4,126
-
4,981
-
-
986
-
755
-
-
817
-
721
-
-
756
-
1,734
-
-
186
-
115
-
-
184
-
181
-
-
183
-
157
-
-
181
-
812
-
-
149
-
239
コメント