あなたの未来を許さない

Syousa.

第四日:03【御堂小夜子】

第四日:03【御堂小夜子】

「じゃあこれから私たちは協力関係ね。よろしく、キョウカ」

 手を差し出す小夜子。キョウカが「すっ」と彼女の手まで飛び上がり、指先を抱えるように両掌で掴む。

 アバターで触れることは叶わない。
 サイズが違い過ぎるため、手を重ねることもできない。
 そして何より、両者の間には地球四分の一周もの距離があった。
 だが確かに二人は、握手を交わしたのである。

 小夜子は、キョウカが憎い。恵梨香を否定する、恵梨香の生を否定する、恵梨香の未来を否定する未来人どもを憎悪している。
 だがどれだけ怨嗟の炎を燃やしたところで、それでは恵梨香を救えないのだ。

 それ故に必要なのだ。この握手は。
 避けられぬのだ、この同盟は。
 だから本気で、手を結ぶ。

 彼女ら未来人が自分をこの境遇に追いやった事実など、最早どうでも良い。
 恵梨香を救うためならば、小夜子にとってそんなことは些細な問題ですらなかった。



『で、まずサヨコに言わなければいけないんだが』
「何?」
『君の状況からすればいい線いってる考えではあるが、塩素ガスや硫化水素はアウトだ。使えない』
「どうしてなの」
『条約で禁止されているからさ』

 怪訝な顔をする小夜子に、キョウカは説明を続けていく。

『二十七世紀では幾度もの大戦への反省から、ABCD兵器の使用は国際条約で禁止されている。だから当然僕らも使ってはならないし、ましてやテレビの番組内でその使用を認めるわけには、とてもいかないのさ』
「ABCD兵器?」

 学習机の椅子に座っていた小夜子は、机上のノートパソコンへ視線を移す。画面に表示されている検索エンジンに、「ABCD兵器」というキーワードをタイプ。すぐに画面は切り替わり、

 次の検索結果を表示しています:ABC兵器
 元の検索キーワード:ABCD兵器

 という文字列を映し出した。

「Aはアトミックウェポン、核兵器。Bはバイオロジカルウェポン、生物兵器。Cはケミカルウェポン、化学兵器……か。Dって何? 検索で出てこないけど」
『Dはディメンションウェポン。次元兵器だね。空間断裂爆弾とか時空転送弾頭とかそういうの』
「へえ」

 時間を移動したり複製空間を作ったり、あまつさえその空間に転送したり連れ戻したりもしているのだ。軍事利用されていても、何ら不思議はないだろう。
 同時に未来世界との力の差を改めて確認させられ、小夜子は気が滅入る思いであった。

「……地球はかいばくだんは、何に分類されるのかしらね」
『何だい? それは』
「ジョークよ。気にしないで」

 そうかいと軽く受け流して、キョウカは説明を続ける。

『で、話を戻すけどさ。小夜子が想定していた塩素ガスも硫化水素も化学兵器に分類されるから、複製空間内では生成できないようになっているんだ』
「チッ! 調べていた時間を無駄にしたわね……てか、そんな制限ができるの?」
『既に存在する空間に手を加えるのは難しいが、一から世界を構成する場合にその空間の物理法則を設定するのは結構簡単なんだ。そもそも、対戦者があんな能力を使えるように作っているくらいだしね。現実世界ではいくら僕の時代だって、あんなマジックは不可能さ』

 対戦者自体にあのような超自然的能力が授けられているのではない。専用に作られた空間でのみ行使が許されている、ということなのだろう。

「つまり他の連中は能力の実地練習も習熟も対戦時しかできない、ということか。それなら能力を活用した作戦やら戦術やらが洗練されてくるのは、もっと先ね」
『ほう、そういう発想で来るか。面白い』

 キョウカが感嘆の声を上げる。

「それに戦闘中に試行錯誤しなきゃならないなら、能力を使うことへ意識が向かうだろうし。対戦相手への考察にしても、能力内容ばかりが気になるはずよ」

 片側だけ歪む、小夜子の唇。

「ヘンテコ能力バトルへ夢中になっている間に、私が普通に殺してやるわ」



「で。毒ガスが駄目なら、他に使えそうな攻撃手段があればいいけど。キョウカ、何か心当たりはない?」

 腕を組んで考え込みながら発した小夜子の問いに対し、キョウカは首を横に振って応えた。

『残念だけど、教えてあげられない。僕ら監督者が戦闘面でのアドバイスをすることは禁じられているんだ。もしそれを行うと、その時点で船のメインフレームから通信をブロックされ、当日の面談が打ち切られてしまう』
「へえ、そっち側に制限が加えられているとはね」
『これはあくまで【教育運用学】の試験だからね。いかに君たちを動機付けて戦わせるか、が課題であって、僕ら自身の戦闘理論が試されているわけじゃない。人間を動かす勉強の試験なのに、軍事的な知識で結果が左右されたらおかしいだろう? だから、こんな面倒な制限が加えられているのさ』

 そう、そうね。と苦々しげに相槌を打つ小夜子。多少は当てにしていたのだ。落胆はする。

『それに、もし僕たちから戦闘面でのアドバイスを受けられたとしても、あまり中身には期待できないと思う』
「ま、兵隊さんでも何でもないものね」
『そういうこと。僕の時代では兵士や警官といった戦闘を担当する個体は、ほとんど人工知能が担っている。そりゃあ人間と機械の力量差を考えれば当然だよね。君らの時代でも、既にその傾向はあったとは思うけど』

 小夜子の脳裏に、ニュース映像で見た記憶が再生される。のっぺりとした顔をした飛行機が、ミサイルを撃っている姿だ。あれを突き詰めたものが、未来の戦争だということか。

『つまり、物理的な闘争からは僕たち二十七世紀人はすごく縁遠いんだ。とても人殺しの技術や戦術なんて、レクチャーできないのさ。だからこそ君らの戦いが、刺激的なショウとして成り立つとテレビ局は考えたんだろうけど』

 人が剣や銃を手にしなくなった未来でも、結局残酷さや醜悪さは変わらなかったらしい。

「本当、人間ってクソね」

 小夜子は、短く低くそう呟いた。

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