あなたの未来を許さない

Syousa.

第二夜:01【御堂小夜子】

第二夜:01【御堂小夜子】


 どくん、という鼓動に似た音と共に小夜子は目覚めた。
 ここは、自分の部屋のベッドではない。そもそも横になってすらいない。
 周囲を見回すと、どうやら大型のスーパーマーケットらしき建物の中にいるようだ。
 広々とした店内は照明で明るく照らされており、売り場には食料品が整然と並べられている。


『みんなで楽しくお買い物~安くて新鮮!カサイマート~』


 と軽快な店内BGMが流れているが、店に人の姿は全く見られず、普段見知っているスーパーの姿との違和感に、恐怖すら覚えた。
 今、立っているのは生鮮食料品売り場のようだ。野菜の鮮度を保つための冷気が、ショーケースから溢れて小夜子の肌をくすぐっている。


 自分の身体を見る。服も、パジャマではない。学校へ行く時の紺のセーラーである。
 これは、続きなのだ、と瞬時に理解した。
 昨晩と同じ。あの悪夢と同じだ。
 悪夢だが、夢ではない。
 拳を握りしめ、歯を食いしばって吐き捨てるように呟く。


「クソね」





『空間複製完了。領域固定完了。対戦者の転送完了』


 男の声が、小夜子の頭の中に流れてくる。


『Aサイドォォ、能力名【スカー】!監督者【キョウカ=クリバヤシ】ッ!』


 昨晩と同じ男の声だ。あの時も芝居がかった口調だったが、今回はさらに調子に乗っているようにも聞こえた。
 そして、読み上げた文言が小夜子の目前に形となって浮かび上がる。これも昨晩と同じだ。ただ違うのは、その下に「1勝0敗0分」という今までの戦績も表示されるようになっていたことである。


『Bサイドッ!能力名【ホォォォムランバッター】ァッ!監督者【アルフレッド=マーキュリー】!』


 正しい能力名は【ホームランバッター】で、読み上げている男が変な抑揚をつけているのであろう。Aサイドに続いて浮かび上がったその文字列には、そう書かれていた。その下に表示された戦績は、「0勝0敗1分」。


『領域は店内となります。店内敷地に上下の制限はありませんが、駐車場等、外の敷地は含まれません。対戦相手の死亡か、制限時間1時間の時間切れで対戦は終了します。時間中は監督者の助言は得られません。それでは、対戦開始!対戦者の皆さんは、張り切って相手を倒して下さい!ご武運を!』


 そして、ぽーん、と間の抜けた開始音が鳴り響く。
 だがその音は、今の小夜子にとって処刑の鐘に等しいものであった。





 咄嗟に、野菜が積まれた台の陰にしゃがみ込む。背中が台に当たった衝撃で、積まれた人参が数本、ぼとりと床に落ちる。
 幸い大した音はしなかったが、床に落ちる瞬間を目撃した小夜子は心臓が止まるかと錯覚するほどであった。


 台の陰から恐る恐る周囲を見回し、耳をすます。
 動きはない。聞こえるのは店内BGMだけだ。相手もこちらの動きを探る為に、様子見しているのかもしれない。
 そう考えると、少し思考に余裕が出来てきた。


 窓の外を見る。キョウカが言っていたのが確かなら、対戦開始は真夜中の2時のはずだ。だが外は明るく陽が差している。


(現実とは時間が一致していないのかも)


 建物の出入り口側を見る。
 自動ドアが動いていれば容易に外へ脱出出来そうだが、


(アナウンスでは領域は店内だけって言ってた)


 と思い出した小夜子は、その方向で考えるのを止めた。
 わざわざそう告げられるという事は、外に出られるようにしてあるとは思えない。出られないだけならまだしも、出たら死ぬ仕組みになっていない保証は、どこにもない。


 小夜子が遊んできたゲームでも、領域を離脱するとゲームオーバーになるシステムのゲームは数多いことを思い出す。27世紀のゲームでもそうなのかは知らないが、小夜子達でも理解しやすいように、今の時代のゲームなどにならってその手のシステムをとっている可能性は、十分にあるだろう。


「あの羽虫が説明不足すぎるのよ、ほんとクソだわ」


 ロクに説明もせずに面談時間切れを起こしてしまったキョウカに対し、一人毒づく小夜子。


(もし生き残ったら、次はもう少し考えて色々聞き出さないといけない)


 勿論、生き残れたらの話だが、と付け足しそうになって、小夜子は頭を横に振った。
 必ず、生き残るのだ。
 あと1年半。高校を卒業するまでは、恵梨香と離れるまでは。
 あの毎日の15分がある間は。あの温もりと柔らかさに甘えることが出来る間は。


「絶対に、死んでやるものか」


 ……5分程過ぎただろうか。10分か。緊張と恐怖で時間の感覚が掴めない。
 あれから【ホームランバッター】は動いていない様子だ。いや、無いように思えるだけか。


(しかし、【ホームランバッター】かぁ。もう少し洒落た能力名には出来なかったのかなあ)


 ふと思ってしまう小夜子であったが。
 しかし、いきなり現れた得体のしれない相手に非現実的な話を勝手に進められた上で、使ったこともない特殊な力に対し即答に近い命名を求められて、そうそう気の利いたネーミングを出来る人物もいないことだろう。おそらくはほとんどの者が安直な名前に決めてしまっているのではなかろうか。
 ということは、能力名からある程度、内容予測が立てられるということでもある。


(きっと、相手の能力を推測するというのも、対戦のポイントなんだわ)


 敢えてそういう風に仕組んで、娯楽性を増しているのだろう。
 勿論、当事者側ではなく、観客側、視聴者側に対しての。
 そう考えると、能力名が偶然駄洒落で通ってしまった小夜子はむしろその点においてアドバンテージを得ているのかもしれない。エスパーでもなければ、経緯など分からないだろう。
 もっとも能力自体が【スカ】だから【スカー】なわけで、その点を恵まれているというのもどうか、という話だが。


(相手の【ホームランバッター】という名前が能力そのままなら、きっと棒か何かで殴ったりするような能力なんだと思うけど)


 それならば、【グラスホッパー】のように一気に距離を詰められるような事はないはず、と推測する小夜子。


(なら、試すなら今の内……?相手の反応がなかったら、移動して別の場所に隠れてやり過ごそう)


 十数秒ほど逡巡した後。意を決し、大声を上げた。


「ホ、【ホームランバッター】さん!こ、こんなこと止めません!?私達がその、戦う?必要なんて無いと思うんですよ!えー、このまま時間切れで引き分けにし、しませんか!?」


 舌も唇も、震えて上手く動かない。だが、それでも何とか伝えなければならない。


 キョウカに話していた通り、小夜子は相手を説得するつもりなのだ。
 殺されたくはないし、殺したくもない。それは相手だって同じはず。普通なら。普通の人間ならば。
 これは、賭けだ。しかも小夜子の一方的な思い込みのみを根拠とする、無謀な賭けである。


(でも、これに賭けなきゃ生き残れない!)


 小夜子は唾を飲み込み、相手の反応を待った。


 返事は無い。
「駄目か」と呟きかける小夜子だったが、頭を振って気力を取り戻し、もう一声上げることを決めた。
 息を吸い込み、大きく口を開ける。


「えーと、わ、私はM県Y市A高校の2年生、御堂小夜子って言います!あの、お願いです!話を聞いて下さい!」


 返事は、やはり無い。


 二度も大声を上げてしまった小夜子の位置は、相手に大体察知されてしまっただろう。相手の位置は分からず、一方的に不利な状況に陥っただけだ。


(隠れる場所を、変えなきゃ)


 小夜子は、他の売り場へ移動しようとする。
 震える手足を懸命に動かし、ナメクジのように床の上を這い始めた。出来るだけ姿は隠しておきたいし、音も立てたくないという意図もあるが。
 それ以上に、緊張で身体が思うように動かないのだ。


 だが、小夜子が人参の台からオレンジの台まで移動したその時。いくつかショーケースを挟んだ向こう側と思われる位置から、大きな声が聞こえてきた。


「わかった!そっちが手を出してこないなら俺も攻撃しない!」


【ホームランバッター】の声だ。低い、男子の声である。


「俺は田崎修司!G県T市のA高校、2年生だ!」

「あなたの未来を許さない」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代アクション」の人気作品

コメント

コメントを書く