あなたの未来を許さない

Syousa.

第一夜:06【ライトブレイド】

第一夜:06【ライトブレイド】

 ここは郊外型ショッピングモールの駐車場。駐められた車が、陽の光を反射し輝いている。
 軽自動車、コンパクトカー、セダン、ミニバンと様々な車種。週末の買い物で賑わっているのだろうか。駐車エリアは、車で一杯になっていた。

 だがそのどれもが動くことはない。ドアが開く車は、一台も無い。
 本来いるべき運転手も同乗者も、ここには誰一人存在しないのだから。

 ……ぱんぱかぱぱぱぱーん。

『Bサイド【フレイムウィップ】死亡! 勝者はAサイド【ライトブレイド】! ミリッツァ=カラックス監督者、一勝目おめでとうございます!』

 開始を告げたのと同じ声が、戦いの終わりを宣言する。
 それを聞いて緊張の糸が切れたのだろう。【ライトブレイド】はアスファルトの路面に、がくんと膝をついた。

 その左腕は激しく焼けただれ、肘から先はほぼ炭化している。どこまでが詰め襟学生服の袖で、どこからが焦げた肉なのか、区別すら分からない。

 カラン、カランカラン……。

 猛烈な痛みに耐えかねた少年が、右手に握っていた筒状の道具を投げ捨てる。
 筒は乾いた音をたてて転がり、少し離れたところに横たわる柔らかい物体にぽすん、とぶつかって静止した。

 それは、ブレザー姿の男子学生とおぼしきものの上半身。何故わざわざ「上半身」と形容するのかといえば、「下半身」はやや離れたところに転がっているからである。
 ブレザー学生は腰の少し上あたりで両断され、既に生命活動を停止していた。惨状に対し血だまりがさほど広がっていないのは、その断面が高温で焼き塞がれていたためだろう。

 ……能力名【ライトブレイド】。プラズマを力場で包む光剣の柄を生み出し、それをもって敵を焼き切る能力である。
 名前は、テレビで観たSF映画に登場する武器に基づき少年が付けたもの。彼の監督者であるミリッツァは『時代の流行りを反映しているのは、視聴者に喜ばれるだろうね』と語っていたが、少年は別段そこまで考慮して名付けたわけではない。

「あ……が……」

 震える右手で、炭と化した左腕を押さえようとする【ライトブレイド】。
 指が触れた瞬間に左手首から先がぼろりと千切れ落ち、路面を黒く汚した。

「ひっ」

 驚愕で目を剥く。苦痛と恐怖で涙が溢れだす。引き攣るような呼吸。

「あっあっあっ」

 言葉にならない声を発しながら、アスファルト上をのたうち回る少年。振動で、さらに焦げ肉がぼろぼろと飛び散っていく。
 その激痛の中で、身を捩りつつ【ライトブレイド】は大きく息を吸い込む。痛みを和らげるために、叫ぼうとしているのだろうか。

 だが。

「あぶなかったあああああああ!」

 少年が発したのは、苦痛の叫びでは無かった。

「でもやれたぞおおおお、やれたんだああああああ!」

 痛みが無いわけではない。鼻水や涎を盛大に垂れ流し、こぼれる涙や歪んだ顔も苦痛によるものであった。
 しかし彼が上げたのは歓喜の声。間違いなき、勝利の雄叫びである。
 悶えながら、ライトブレイドは喜びに包まれていたのだ。

「何てことだ!」

 怖かった。あんなに怖い思いをしたのは始めてだ。
 痛かった。いや、今も痛い。痛いどころじゃない!
 想像していたよりもずっと、遥かに、比べ物にならないほど!

 ああ、でも、でも!
 こんなにも興奮と充実を味わったことなど、無かった。
 そう、今まで一度も! 一度たりとも!

 だがこれでもし相手が無抵抗だったならば、とても殺せなかっただろう。
 こちらの意志を明確に伝えたおかげか、相手も「やる気」をすぐ出してくれたのも良かった。
 延々一週間もかけて、歴史がどうとか、人権がどうとか、自称未来人からくどくどと下らない説明を受けていたが……それに耐えた甲斐はあった。話に乗って、正解だ!

(何にせよ、良かった。運が良かった)

 心から噛み締める彼の脳裏に、ふとよぎる言葉。

『君は歴史的にも生物的にも、存在する価値が無い』

 そうあの未来人、ミリッツァは語っていた。
 思い出しつつ「ひゅっ、ひ、ひ」と絶え絶えの呼吸で【ライトブレイド】は嗤う。

(そんなことは、僕が一番知っているさ)

 自分の人生に意味が無いであろうことなんか、分かっている。
 言われる前から、そんなことは知っている。
 ああそうさ。その通りさ。僕はきっと、そうなんだ。

(……だけど)

 僕の「生」に意味が無いのなら。
 ならばせめて。
 僕の「死」には……意味をくれ。



『二回戦は、明日の午前二時から開始となります。監督者の皆様も、対戦者の皆様も、それまでゆっくりとお休み下さい。それでは、お疲れ様でした!』

 アナウンスが彼の頭の中に響いていたが、【ライトブレイド】はそれを聞いてはいなかった。
 彼は笑顔のまま、既に意識を失っていたのである。

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