リライト ・ ファンタジー

アオピーナ

二章 二話「機械獣」



    赤い双眸をいやらしげに細めながら、たった今、跳ね返ってきたビームを咀嚼している機械蛇。その様子に唖然としていると、さらなる異変が起こる。

「──!    盾が……」

    いつの間にか紫の舌が盾に触れ、その触れた部分を中心に、徐々に盾が静かに消滅していくのだった。

『オロカ、デスネエ〜、ワレワレ、カイジュウガ、トクシュナチカラ、ヲモツコトハ、トウゼンナノニ』

「たしかに、ただの蛇ってだけなわけねぇか……」

    敵に直接、己の盲点を指摘されて癪ながらもその事実を大人しく飲み込む。そういったことも踏まえた情報処理を、消失していく盾を手放し、大きく後方へ下がりながら施していく。
    ビーム──言うよりは、遠距離の攻撃は基本、その巨大な口が平らげ、主張の激しい紫の長舌には物質を消滅させる効果がある。ビームの反射を含む大半の遠距離攻撃は食われて終わり、盾での防御含む大半の守備、または攻撃もその物理的な毒舌によって終わる。この時点で、オーソドックスな攻撃手段は封じられたも同然だ。だとすればそれは──、

「周りか──」

    瞬時に、意識を向ける対象を敵自体からその周囲に切り替える。
    一面の壁、見えない天井、床──、

『アンタモ、イタダキマスル!』

「ッ──」

    直後、大蛇がフィソフに向かって再び突撃する。刹那の怯みさえ押しのけて、フィソフはたった今新たに閃いた策を実行に移す。
    まず、座標を書き換えて頭上の暗闇が支配している天井付近へテレポート。次に、重力を無重力に書き換えて無条件の浮遊を実現。続いて行うのは、暗い空間自体を明るい空間に書き換えて、機械蛇の全長と胴体に接触している壁や天井を把握出来る状態にする。

『オヤヤ?    ナゼカ、アカルク──』

    目の前から突然標的が消え、その直後に空間が突如として明るくなったことに対して、驚きを隠せない様子を見せる機械蛇。一見、無関係に思えるこの二つの現象が実は、自分を倒すための突破口になるのだということを蛇は知らない。
    そして、この事実がフィソフに確信をもたらした。

「さぁて、極めつけはこれだ!」

    全てを見渡せ、尚且つ安全な位置の確保。そして、敵の触れている接地面が完全に見えているという状態。

    ──条件は揃った。

    フィソフが成功を確信し、声を上げた時には既に、準備は整っていた。やがて、それは起こる。
    一面が無機質な鉄と緑の回線で塗りたくられていた壁と床の、機械蛇が接触している部分にのみ白光が放たれ、一瞬の白いヴェールが取れた直後、それは鋭い音を上げるものに書き変わった。強い光を放ち、バチバチと音を立てて機械とは相性最悪なトラップ。

『ギギギ──ギギィャャアアアアアア!!』

    ──電気だ。それも微弱なものではなく、巨大な機械そのものを機能停止させる程の強力なもの。

    迸るそれは、やがて頑丈な胴体を突き破り、機能を一気に停止させる勢いで機械にとっての「猛毒」が体内を侵食していく。

「名付けて『雷壁作戦』だ!」

    意味合いは合っているか分からないが、確かにまるで雷の如くショックを与え続ける強力な壁が、そこにはあった。

『ギギギ、ギギ、ギ、オマ、エェェェ!!』

「カイジュウって言ってたけど、お前、あのデカブツよりは全然弱ぇのな」

『アアン、、?    ナ、二ヲ、──』

    脳裏に焼き付いている、主への絶対の忠誠心を持っていた黒い巨大AI複合体との接戦。攻守共に強力なものを兼ね備えていた、あの殺戮兵器には手を焼かされものだ。そしてそんな過去の敵と、目前の敵とを比較することが出来る程の戦闘回数は、少しは積んでしまっているという事実に遅れて気付く。

「──っと、アロハはきっちりと返して貰うぜ」

    アロハシャツを盾にした書き換えと、重力の書き換えに対しての理想の一定時間が過ぎ、それらは元の状態に戻る。それにしたがってフィソフも再び床に降り立ち、風に靡くアロハシャツを掴み取る。そして眼前、恐らく敵にとっては予想外だったであろうトラップに、その身を侵されながらもがき苦しんでいる巨大で無機質な蛇が一匹。
    キ、キ、キ、ーーと呻き声を上げながら蛇はその、かっ開いていた赤い双眸を細めて目前の、少女を片手に抱えて佇んでいる赤い少年を睨む。

『ソノ、チカラ、、、オマエ、マサカ、セイリョクシャ、カ、、?』

「ああ、そうだよ。まあ、本日付けで初出勤の新人だけどな」

『、、、ナゼダ、シチニンノ、ナカニ、オマエノヨウナ、チカラ、ハ、ソンザイ、シナイ、ハズ、、』

「ちっとばかし、イレギュラーなんだよ」

    確かに、本来は七人である聖力者。その異例の八人目であるフィソフも、あの因果にも似た偶然の出会いが無ければここには居ないし、そもそもあの凄惨で血臭漂う裏路地で一生を終えていたかもしれない。
    そして、あの「最悪」を書き換えてから、まだ一日が経過していないことに対して未だに驚愕する。しかし、そんなドラマチックな出会いやショートスパンでの連続戦闘の余韻に浸るのも後回しだ。今はこの訳の分からない場所から脱出し、その為にまずは目先の敵を倒す。
    静かに右手に持つアロハシャツが、黒い大剣に姿を変える。

「とりあえず、お前の主んとこ目指すわ」

    そう、一言発すると、右手だけで大剣を構えて脚に力を入れ、思い切り加速する。その速度に加え、剣の遠心力を利用した右回転によってもたらされた力が、開きっぱなしの口を毒の舌と共に一撃で葬る。
    蛇は呻き声のボリュームをさらに一段階上げる。そんな事もお構い無しに、黒い剣先は勢いに任せてその巨大な胴体への斬撃を真一文字に刻んでいく。終着点に近付くに連れ、蛇の呻き声は段々と大きさを増していくが、もはや電撃の網にかかっている胴体は身動きが取れず、ただ終わりを待つのみ。

「これで──終わりだぁっ!」

『──、、、ギ、』

    やがて斬撃の直進が終着点に辿り着き、同時に蛇の赤い双眸も色が消えていき、機体も機能を停止していく。最後には短い声を漏らしながら事を終えていった、無機質で巨大な蛇が、あの甲高い声やいやらしい眼差しを向けることも無く、代わりにそこへ現れたのは機械蛇だったもの。残骸に生まれ変わったそれが、大剣を地面に突き刺して佇んでいるフィソフの目に儚げに映っていた。

「ふぅ……」

    本当に、僅か一日も経たない間に戦い慣れてしまったものだ、と再び場違いな感慨にふける。ともあれ、まずは一体目の護衛を撃破した訳だが、当然、これだけしか使役出来ないといった貧乏なダンジョンという訳でも無さそうだ。恐らく、この無機質な機械の遺跡はまだ続き、ゴールは遠い。
    しかし、そういったことを考える以前に──、


「ん、んん……──うん??」

「お?」

    先のことを考える以前に考慮すべき問題──即ち、イェローズが未だに夢の中だという事実を解決しようと思っていたが、それは彼女が自発的に解決してくれた様だ。

    可愛げのある顔で寝起き特有の虚ろな表情を見せ、深かったであろう眠りから覚醒してフリーズするのも束の間、今自分が置かれているおかしな状況に対して早速疑問を持ち始める。

「私、今……どういう状況?」

「まあ、その……説明の時間を少しくれ」

    寝起きのイェローズには勿論、フィソフでさえも未だに自分達が置かれているこの状況を完全に理解出来た訳ではない。しかし、少しずつ自身の最低限の情報を認識し始めたイェローズにとっては、そんなこと、二の次にしかならない。何せ──、

    見知らぬ場所、巨大な残骸、暗い──そんな状況の中、自分の身体を抱き抱えているフィソフと、抱き抱えられている自分。顔の距離も決して、平静を保てる程のものではなく、

「フィソフ!?    な、な、な、何で私を抱いて──」

「落ち着け!    落ち着くんだ!    俺は何もしてないから!    落ち着いてくれ!」

「でも!    私今まで寝てたんでしょ?    だったら何されても気付く筈ないから──」

「何もしてません!    僕にそんな度胸ありません!    被告人は無罪です!」

「駄目だよ……フィソフは私に勝って、エリ姉の特別になれたんだよ?    離れたからって私に縋るのは幾ら何でもさ」

「人の話聞こうか?    ねぇ、話聞こうか?   勝手に解釈して話を進めるの辞めようか?」

    あくまで自分の主観的な見識と考えだけで、話を全くの別回答に持っていってしまうイェローズに対して、こちらもあくまで無罪、見解の相違を否定することを貫く姿勢であるフィソフ。まあ、実際にはフィソフの言い分が正しいのだが。
    しかし、このままでは埒が明かないので、話を別の方向に持っていくことを決める。

「それより、今あのでけぇ蛇に襲われたんだよ。お前がぐーすか寝てる間に──」

「それより……?    私、言ったよね?    お兄さんがエリ姉を悲しませたら、跡形もなく消し去るって」

「いや、話逸れろよ!?    というか、脅迫がもっと酷くなってないですか!?」

    力に頼らず、素の努力だけで会話の内容を書き換えようとしても徒労に終わってしまった。イェローズも変なところで強情なので、フィソフは冤罪を付けられるという危機感よりかは、既に面倒臭いと感じてしまう始末。
    様々な出来事が重なって今に至り、疲労も半端なく、この会話に限ってはもう諦めの方向へ向かおうとしていた。潔く負けを認め、有りもしない罪についての謝罪を、小さい頬を膨らませながら可愛らしく怒っている少女にしようとした──、


    ──瞬間、

『警戒レベル2から4へ移行。守護の械獣の増員を許可。狩猟の間にて、機械犬の大量出陣を要請します』


『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』『リョウカイ、ナノデスヨ』────、

    
    突如聞こえてきた、無機質な機械音声と、

「なに……?    これ、いっぱい声が──」

「多分、ここの警備してる奴らだよ。そこで伸びてる蛇もその内の一体だ」

「じゃあ、さっきまでフィソフは戦ってたの?」

「……今は、それより先へ進もう」

    今でも鳴り響き続いている甲高い機械音声。先程の機械蛇と同様に、これも生理的な受けがあまりよろしくないものだ。そして、蛇は一体しか居なかったが、今度の数は恐らく、計り知れないものが想像出来る。
    イェローズも流石に、今の声のオンパレードによって、姉へのお節介を焼く場合では無いことを察した。同時に、通路の暗闇の向こう側に居るおびただしい程の気配の一つ一つに殺意がこもっていることも。

「そうだね。──よっと、そういえば、ピクシー ・ フェザーは動……かないか」

「転移された時から、機能停止してた。あと、俺の《リライト》の使い勝手も少し悪くなってたな。それもこれも、あの時の影響か……」

    セベリアが放った黒い光か、その後に起こったエイリスへの異変か、心に当たる原因があるも、確証が持てない。フィソフの腕から床に降り、背中の羽を寂しげに撫でる彼女も恐らく、同じことを考えているのだろう。もっとも、不幸中の幸いというべきか、イェローズはエイリスが悲鳴をあげながら何かに怯えていた様子を見ていなかったのだが。

「きゃはっ!    なんか、さっきまで戦ってたのに、今は一緒に進もうなんて……人生何があるか分からないねぇ」

「そうだな、俺も今日こんな経験をするとは思わなかったし」

    流石、聖力者においては先輩にあたる少女だ。フィソフより目覚めた後の時間が短いにも関わらず彼より肝が座り、的確な判断を既に可能としている。
    腰の両側部分から小型ナイフの柄のようなものを取り出し、スイッチを入れて淡い緑を放つ短剣へと変貌させる。交えたことのあるその双剣を構え、悠々と残骸を飛び越え、暗闇の先へ向かう少女の小さい背中を見ながら、フィソフもそれに付いていく。

    自分も大剣を構えるが、元となっているアロハシャツはトレードマークなので、一度それをアロハシャツに戻し、わざわざ白いインナーを脱ぎ、それを再び黒い大剣に書き換える。そんな準備が終わり、フィソフも同じく巨大蛇の残骸を跨いで通路の向こうへ。

    そして──、


「声の数から予想はしてたけどさぁ」

「だとしても、こりゃあちょっと……多過ぎじゃね?」

    通路を抜け、空間が一気に開ける。甲高い機械音声はいつの間にか途切れていたが、それにしても聞こえなくなるまでの回数──否、数が多過ぎた。
    イェローズは双剣を、フィソフは大剣を構え、眼前に広がる──、


『カリマス、カリマス』


    百を優に超える数の「猟犬」と対峙するのだった。
    


    
    
    
    



    

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