リライト ・ ファンタジー

アオピーナ

一章 十三話「移り変わりて」



    ──イェローズが使った聖力《スキップアウト》の対象は、自分やフィソフ、ましてや空間の時間等ではなかった。

    元々、自身の速度は上げてあったし、フィソフがその速度を模倣したままで、スタルチスを駆使したトリッキーな戦闘スタイルで迎え撃ってきても、彼女には彼より小柄で且つアクロバティックな動きが出来る身体があったし、その動きと連動して高度な飛行が可能なピクシー ・ フェザーもある。
    つまりは、戦闘力の面では問題無いどころかイェローズの方が大いに勝っていた。

「────ッ!」

    しかし、問題というのは別のところにあった。即ち、フィソフの聖力──《リライト》が何に使われるか、どう使って来るのかという点。互いに聖力の弾数を一回と指定しても尚、その不安は消えないままだった。では、どう対策を打つか。

    あの力は先攻と後攻で表すと、どちらかと言えば後攻のタイプである。であれば、不意を付いた先手必勝が必須条件であり、その付け入る隙というのは、彼が無条件で信頼しており、尚且つ頼れる戦力であるスタルチスだ。

「──!?!?」

    聖力をピクシー ・ フェザーのヘヴンズ ・ フォトン消耗速度に使用。「《スキップアウト》の効果を受けたことによる現象」そのものをコピーしていたフィソフにも、当然の如く、同様の現象が見られることとなる。つまり、そっくりそのままスタルチスのヘヴンズ ・ フォトン消耗速度が加速してしまうのだ。

「なん──で……」

    《リライト》を逆手に取った戦術。見事にフィソフはその術中にはまり、ピクシー ・ フェザーのガス欠と共にスタルチスもガス欠。停止した相棒機を背負う両名は、そのまま重力に従って眼下の海へと落下。不意を付かれたフィソフの首元に位置する、チョーカーに埋め込まれた宝石を破壊──。

    ──ここまでは良かった。そう、ここまでは良かったのだ。しかし、どうも現状を見ると結果がおかしい。


「なんで……私の宝石が……」

    彼の宝石を壊したつもりが、自分のものが壊されていた。しかも、赤い影はいつの間にか後方へ瞬間移動していて──、

「それはもちろん、俺が勝ったからだよ。いやぁ、俺の閃きが炸裂したぜ」

「フィソフ……一体何をどうしたの!」

    それに、あの時確かに彼の首元を捉え、宝石に致命傷を与えていた──筈だ。今になって確信が持てなくなったのは、感触が違和感を物語っていたからだ。実物に攻撃したのちも関わらず、刃は空虚を斬っていた感覚。部屋の中で目をくらまされて、白煙の中、空気を斬っていたあの感触とは別物の様にも感じたのだ。

    やがて、切羽詰まった様子のイェローズに、フィソフが自慢げに口を開いて答えを述べる。

「簡単な話──『存在』をずらしたんだ」

「……は?」

「《リライト》で俺の存在を、一秒ずれて写るように書き換えたんだよ」

「──はぁぁっ!?」

    時々、頭がキレるがやはり単細胞──これが、イェローズがフィソフに対して抱いていた、大まかな人間像だ。しかし、実際にはもっと頭を捻っていたようで──、

    「存在をずらす」なんて、突飛な発想を思い付いていたということを読み取れるはずもなく、読み合いというよりはアイデアの差で負けた。その事実を再認識して、ヒビが入った宝石を撫でると、その勝ち気な目を崩さずに、軽く笑みを浮かべる。

「まあ、今回はフィソフの方が上手だったってことで」

「俺はいつでもお前の上を行くけど?」

「うるさい!    黙れ!    死ね!」

「ひでぇっ!?」

    口下手な賞賛も、フィソフの前では戯れ言に塗り変わってしまう。そんな彼に叱責を放つ。

「それにしても綺麗だな……」

「はぁっ!?    褒めてもエリ姉のお隣り権はあげないんだから!」

「お前に言ってねぇよ!    この夕日にだよ!    あと、一応俺勝ったんですけど!?」

「なッ──死ねっ!    落ちろ!    死ねぇっ!」

「落ちてる落ちてる!    そんでお前も落ちる!」

    緊迫した戦いから解放されて水平線の彼方を見据えると、そこには朱色と藍色が入り交じったグラデーションが広がり、フィソフは恍惚と、その絶景に見蕩れて感想を漏らす。そして、またもや読み間違えてしまったイェローズは、今度こそ顔を──それこそ沸騰しそうな程に赤らめて精一杯フィソフに暴言を吐きまくる。

    だが、今は落ちているのだ。そう、少しの間余韻に浸っていて忘れていたが、只今、絶賛落下中なのだ。まずはそれをどうにかしないといけない。

「ったく……安心して、ちゃんと元に戻すから」

「元に……?    なるほど!    聖力って解除も出来るのな!」

「はぁっ?    そんなことも知らなかったの!?」

「おめぇの姉ちゃんが殆ど教えてくんなかったんだよ!」

「エリ姉……」

    力の解除の選択権。聖力にはそんな機能もあったのかと、ついさっきまで戦っていた相手から言われて初めて気付いた。まるで、適当なトレーナーのもとでいい加減な指導を受けていたのかのように、最低限のマニュアルしか教わっていなかったらしい。
    心当たりでもあるのか、妹に等しいイェローズでさえもその点については共感出来たようで、フィソフに少なからずの同情の眼差しを向けて、呆れた様子でエイリスの名前を呼ぶ。

『色々あったから全部は伝えきれなかったのよ!』

「お、戦犯が帰ってきた」

『戦犯言うな!』

    と、そんなやり取りをしているとエイリスが復活。先のスカイダイビング型戦闘にて、イェローズが《スキップアウト》を応用してスタルチスの機能を停止させた際に、いつの間にか彼の機能により立体像で具象化されていたエイリスも消えてしまっていたのだろう。
    それにしても、相変わらず高度な技術だ。映像越しに確認していた傷や、彼女の雰囲気もそっくりそのまま反映されており、まるでエイリスがこの場に居るかのような──、

「って、感触がある!?    お前本物なのかよ!」

「えっ!?    嘘!」

「へへ〜ん!    驚いた?    実を言うと、あの立体像はルッチーの仕業じゃなくて、私自身だったのです!」

    あまりにもリアリティのある立体映像かと思いきや、それがまさかの本人だったというドッキリ。そして、それを聞いて悪趣味だと思ったことが──、

「じゃあ、お前いつでも俺らの戦闘に介入出来たってことかよ!    うわ!    趣味悪過ぎだろ!」

「いやぁ〜、あんなに私のためにムキになってくれてたイェロちゃんが可愛過ぎて……そのまま見守ることにしたの!」

「したの!    ──じゃねぇよ!    話が縺れてたんだから、意地でも止めろよ!」

「か──かわ……可愛くなんか──」

「お前も照れるんじゃねぇ!」
 
    みりのあまりにも私情を優先した理由と、イェローズの照れ具合に、フィソフはまたしても声を荒らげる。今更ではあるが、エイリスの自由奔放さは、「神女」と言う堅苦しい異名のそれとは、かけ離れて見える。
    何はともあれ、イェローズが聖力を解除したことにより二人は海面に叩きつけられずに済んだ。

「ひとまず、屋敷の目の前戻りましょう。そこにグレジオラスも置いてあるし」

「そうだな。てか、お前普通に飛んだり、さっきも急に現れたり、中々人間じみてないよな」

「普通に飛んできて、普通に転移してきただけよ」

「なるほどな」

    もう、エイリスの奇想天外さには突っ込まない。逆に、力も思考もその殆どが人間離れしている事実そのものが、エイリスと言う少女の人間像を組み立てているのだろう。
    そう、渋々結論に持っていくと、当の本人の彼女はイェローズに抱きつき始めた。一応、言っておくが現在飛行中だ。

「ちょっ!    エリ姉!?」

「本当によかったわ。お姉ちゃん、貴女が反抗期かと思って本気で心配したんだから……ちょっぴり嬉しくもあったけど」

『目線が姉というよりかは、母親のそれだな。イェロちゃん照れてる?』

「お?    イェロちゃん照れてる?」

「あれ?    イェロちゃんもしかして照れてる?」

「うるさいうるさあぁい!    照れてなぁぁい!」

    一気に弄られる対象となってしまったイェローズ。赤いゴロツキと賢いAIと過保護な姉と、つい先程まで対立し合っていた者達同士が、もう既にからかったり赤面したりと、まるで仲の良い友人同士のやり取りのような光景がそこにはあった。
  
    今日一日の中での度重なるサプライズや初体験、膨大な情報らによって尋常では無い程の消耗を、フィソフは心身に受けていた。
    だからだろうか。たった数時間前までは、いつものように仲間達と変わり映えしない日常を送っていたというのに、今、こんな風にやり取りをすることが、フィソフにとっては大分久しぶりな気がしたのだった。


    もう、夕陽は灯りを消して眠りにつき、バトンタッチして夜を月明かりが照らし始めようとしていた。朱色の光は徐々に藍色のヴェールに侵食され、やがて空全体が黒と化していく。
    その交代劇が直接関係しているのか分からないが──、

「────」

    イェローズの背後から抱き着いたまま自分達と共に飛行している白き神女。そんな彼女の双眸が、黄金のそれから一瞬だけ白銀に塗り変わり、不敵な笑を浮かべていたことは、誰も知る余地が無かった。



*                *                *                *



    ──アザミール邸正面玄関前の広場に戻ってきたのは、それから暫くしたあとだった。
    生身の肉体を空上に晒しながらの飛行には随分と慣れてしまったもので、溜まりに溜まった疲労感の奇襲を受けたフィソフは、半ば夢の中に旅立っていた。エイリスとイェローズに関しては、先程と立場が逆転し、フィソフとの関係を根掘り葉掘り詳しくイェローズが尋問する形になっていた。スタルチスは恐らく、フィソフに心地良い夢を届けるよう努力していたのだろう。

「ん〜!    だはぁっ!    なんか、一気に疲れたわ。あと、俺、空で戦い過ぎな。一応、陸地専門の生き物なんだけど。鳥になった覚えは無いんだけども」

「そう言いつつも、ルッチーとのコンビは抜群じゃない。もういっそのこと、貴方達融合しなさいよ。いつでも飛べるんだから、悪い話ではないでしょ?」

「サイボーグになれってか。あと、こいつと混ざると変な性格になりそうで怖いわ!」

    身体を伸ばして、貯蓄された疲労感と共に息を吐き出しながら、初戦闘にも関わらず、8:2の割合で空中戦をこなしていたという事実に軽く愚痴を溢す。
    思えば、こうやってまともに地上に地に足着いて立っているのも久しい感覚だ。イェローズとの戦いとかで、地上での攻防はあったけれど、あの時は息付く間もなかった。
    身体のあちこちからバキバキと音が鳴り出し、その様子から大分疲れが溜まっているな、と痛感するのも束の間、イェローズがフィソフの方へ詰め寄ってきた。

「いい?    フィソフが勝ったんだから、その──エリ姉をどう想おうか、エリ姉とどうなりたいかはあんたの勝手だけど……何か不埒なことしでかしたり、下手なちょっかい出したりしたら、フィソフ──あんたを瞬きより速く斬るからね!」

「おい、エリ姉さん!?    お前の妹分めちゃくちゃ怖いんですけど!?」

「流石は私を見て育っただけあるわね」

    そう言えば、勝った方がエイリスにとって特別な存在になれる──という、決闘の賞品を自分が手にしたということを、今更ながら実感した。正直、あの時は全身の血が沸騰し、アドレナリンが大分泌していたからそのような案に乗っかったのかもしれない。
    実際、イェローズに誤解されながら言及された度に言った通り、エイリスには恋愛感情というものを抱いてはいない。抱いている感情があるとすれば、それは恐らく信頼や友情に近いものだろう。

『何にせよ、フィソフ、君は何があってもエイリスを守り抜かないといけなくなったね。僕からも、同じ共犯者としてこれからも宜しく頼むよ』

「共犯者──そうか、エイリスやお前は一応、追われてるんだったな……ってか、俺巻き込まれてね!?」

「え?    今更?」

    「共犯者」と言われて、自身もまた、政府──神聖城塞なる中枢機関や、ヴェイジーなる警備機関達に追われる存在に含まれてしまうということに、今更ながら気付く。だったら尚更、スタルチスの言う通り、我々の大切な神女様をお守りしなくては。まあ、当の護衛対象となるお姫様は、フィソフにこうなることを黙って、傍観するといった悪趣味を働いていたのだが。

「何にせよ、きちんと守り抜いてあげてね? エリ姉、たまに抜けてるとこあるから」

「かぁ〜!    お姉さん、あんたはいい妹を持ったよ!」

「誰よ貴方」

    ツンツンしながらも、自分が持ちかけた勝負の勝者に、自分の大切な姉貴分の安否を委ねる点、彼女もまた、姉同様に根は真面目なのだ。そして、優しさに満ち溢れている。そんな姉想いな妹を見て、フィソフは感極まってキャラ崩壊。それにエイリスの冷静な突っ込みが突き刺さる。

『──ッ!    逃げろ!    皆!』

「ん?    どうしたスタルチス。もうとっくに戦いは終わってんぞ?」

『そうじゃない!    フィソフ!    後ろに──』

    突如スタルチスが叫び出した。「逃げろ」と。全く、何を言っているのだろうか。ひと通りの戦いは終了し、あとはグレジオラスに乗って無法都市に帰還するだけで──、


「────」

    スタルチスの声に釣られて、エイリスとイェローズの二人もこちらを見る。途端に二人も顔色を変え、フィソフをその場から位置をずらすために、両手で突き出さんとする。まるで彼の後ろに何かから守ろうとするかのように──、

    だが、彼女達がフィソフを庇おうとした時は既に、後ろを振り返っていた。スタルチスもエイリスもイェローズも、咄嗟に顔色を変えて彼を庇いたくなる気持ちも分かる。何より、「それ」から最も距離が短いフィソフが唖然と、言葉が出ないのだから。


    そして──、

「──ぇ?」

    目の前の──突如出現していた「裂け目」の、その異常ぶりに目を奪われていると、やがて一筋の閃光が走った。

「フィソフ!!」

    唐突に訪れた痛みと熱と脱力感。本日でもう何度目となるのだろうか。そんな生命的危機を感じ、純粋な疑問を浮かび上げながら──、


    自分の白いインナーの中心が赤く染まっていくのをただ見ていた。










    



    

    

    

    

    

    





    

    

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