泡沫

小田 恵未里

甘い香りが鼻を過ぎていった。
今年もあなたの季節が来たのだと思った。
星から甘い香りがする節目のこの季節が。
けれどあなたを見つけるのは、とても難しい。
空気中に香りだけが漂うのが、もどかしかった。




「どこから匂っているのかな。」
そう言って私は小さな窓から身を乗り出す。
「もう、この辺りには無いはずよ。」 
「本当に?」
「ほら、お隣の切り株。見えるでしょう?昔はあれがそうだったの。」
「もう、花はないのに香りはあるの?」
「そうなのかもしれないわね。」
根だけを残して切られた木。
それでも香り続ける木。
それは人間だとどういう状態になるのだろうと考える。
「ねぇ、お母さん。」
「なあに?」
「切り株になっても香り続けてね。その分、探すのは大変かもしれないけれど。」
「ー分かったわ。」
星が降るように、母は笑った。





それからすぐ、母は切り株になった。
私は、香りだけ残して、切り株になった母を今年も探している。

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