泡沫

小田 恵未里

目を覚ました。
私は階段を降りて台所へと向かった。

                        「おはよう」

私が挨拶をすると、おはよう、とそこにいた人物も挨拶を返した。
「テーブルに朝ご飯を置いてあるから。」
そう言われてテーブルへ向かうと、苦労のわかるその手で握ったのだろう、大きなおにぎりが二つ、皿へ乗せられた状態で、テーブルに置かれていた。
「今日は晴れらしいねぇ。」
私がおにぎりを頬張った瞬間、彼女は言った。
「雨が降っているけど?」
急いで飲み込んでから私は言った。
「ここは降っているけど、別の場所は晴れているでしょう?」
相手の顔は、リビングのテーブルからは見えないけれど、その言葉を聞いてから見た後ろ姿は、とても悲しそうだった。
「ずっと旅をして、晴れの日を追って生きていけたらいいのにね。」
そんな様子とは反対に、彼女は明るい声色でそう言った。
「‥雨を知らないのも悲しいよ。」
「毎日雨が降ったら、もっと悲しい。」
ざあっ、と窓の外から雨の音が聞こえた。
「私は今日を晴れにするよ。」
ガチャリ、と音がした。勝手口が開いたのだと思った。
彼女はそこから外へと飛び出した。

                               バタン









目を覚ます。
私は階段を降りて台所へと向かう。

                        「おはよう」

そう、挨拶をしても返してくれる相手はいない。
あの大きなおにぎりを食べることもない。
あの背中を横目で見ることも。 
目から雫が零れ落ちている。
当たり前はもうそこにはなかった。

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