霊感少年

夜目

見えないもの6

 久我 静人くが せいとには霊が見える。それは決して幼い頃からのものではなく、ある事件から静人はその体質になった。そして南雲なぐもは静人のその体質を見抜いたのである。
 「久我静人、君の力は必要だ、運命的に」
 南雲の話しに嘘は感じられなかった。まず、誰も知らないはずの自分の体質を見抜いた時点で、静人は南雲が本物であることを悟った。そして、南雲に協力することを決める。それが、自身を助けることにも繋がるから。

 間白 優子ましろ ゆうこは今度こそ、本物の自分の家にいた。久我静人と瀬崎 南雲せざき なぐもに連れてこられ、やっとたどり着くことができたのである。
 しかし、優子は荒れ果てた我が家に絶望した。ゴミは玄関に放置されたまま、庭は手入れされておらず、草が伸び放題であった。たとえ父がいなくても、確かに幸せな家庭はあったというのに、今、優子の眼前に広がる我が家が纏う空気は、あの廃校と何ら変わらない気がした。
 静人は優子に、家の中に行くことを促す。母親に会ってくるように。たとえ、優子の姿が見えなくとも。
 優子は玄関をすり抜け、家の中に入る。ありえないことを、自らの体でやっていることで、自分が今や死んで幽霊になっているということを痛感する。湧き上がる悲しみを抑えながら、優子はリビングに向かう。おそらくカーテンを閉めたままなのだろう。リビングから洩れてくる光は、人工的なテレビの光だけであるように思える。
 リビングに入ると、ソファーの上で優子の母は座ったまま眠っていた。少し見ない間に随分と老けた。優子にはそう思えた。優子は母の傍に寄る。母の顔は疲れきっていて、涙の跡がついているのがはっきりとわかった。
 母さん。
 そう優子がつぶやいた時だった。
 「優子・・・」
 優子の母が声を出した。寝言のようである。しかしそこには、心配と不安と寂しさと、数え切れないほどの母親の感情が組み込まれている。
 母さん。
 「ごめんね、優子。ごめんね、守ってあげられなくて」
 優子の母は眠ったまま、涙を流し始めた。
 母さん。 母さん!
 優子の中から、抑えていたものが一気に溢れ出した。どれだけ母は自分のことを考えてくれていたのか。どれだけ母は自分のことを心配してくれたのか。どれだけ母が、自分を愛してくれていたのか。
 「母さん!母さん! ごめんなさい、ごめんなさい! 私、わたしね、死んじゃった!死んじゃったんだよ! ごめんなさい、母さん、ごめんなさい!」
 優子は母を抱きしめた。決して触れることはできないその身体で、しっかりと、母を抱きしめた。
 「優子、優子!」
 あたたかい。確かに優子は感じた。それはあの廃校で見た幻と同じようなものだったのかもしれない。しかし、それでも、ありえないことだとしても、優子は母のぬくもりを感じた。母の愛情を感じた。
 母さん、一人にして、ごめんね。
 きっと母を幸せにしてみせる。その想いはもう決して実現しないことを噛み締めながら、優子はそっと母の元を離れた。
 リビングを出て、廊下を歩き、玄関に立ってから、振り返る。
 「母さん、行ってきます」
 行ってらっしゃい、と母の声が聴こえた気がした。

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