天才の天才による天才のための異世界

白兎

最終話  天才の天才による天才のための異世界



 ルカリアの領地に高さ六十メートルはあろう土の壁が現れた。
 ドルド軍とジンク軍は弓を上空に放つが見事に遮られ、マグスの指示のもと撤退していった。


「助かった……のか……」


「それより、今のうちに怪我人だけでも運ぶぞ!」


 ルカリア軍は壁をただ茫然と見ているものと次の行動に素早く移すものと様々だ。
 攻撃が止んだ今、ルカリア軍には少しばかりの余裕ができていた。
 ただ一部を除いては――


「おい! しっかりしろよ! 団長!」


 和也はオストワルの元に駆け寄り、強い声で呼びかける。
 オストワルの背中には数十の矢が突き刺さり、うつぶせになっている体の下から血が広がっていく。
 庇ったのだ。無数の矢からその体を盾にして。


「おいルビー! 早く傷を――」


「……残念ですが、これほどの傷は今の残った魔力では……」


 高さ幅共に桁外れな壁を作り出し、二回の古代魔法の発動、その上外の世界での魔力の低下がここにきて大きな痛手になった。


「はっはは……私は……皆を守ることが……できた……だろうか……」


 消えかかったかすれた声でオストワルは呟く。


「あぁ、あんたのおかげでこの場にいる奴ら、ルカリア軍を救ったよ」


「それは……良かった……」 


 オストワルの様子が見えたのか、他の団員たちも駆け寄る。


「団長……」


「う、嘘ですよね! あなたがいなくなったら誰がこの団を……」


 集まった団員たちから悲哀の声が響く。これが、オストワルがいかに慕われてたかを鮮明に表していた。
 オストワルは最後の力を振り絞り、ゆっくりと和也の胸に拳を当てる。


「君は……人を導く……力がある……ほかの者に……任せるよりも……信頼できる……」


「それはどういう……」


 和也の言葉を遮るように、オストワルは言葉を続ける。


「君に……第三騎士団を……任せたい!」


 今にも消えてなくなりそうなその声には、脳に響くような強い思いを感じた。
 オストワルはそのまま息を引き取った。
 その顔は戦場にいるとは思えないほど、得意満面な表情だった。


 ――二か月後


 ルカリアは歴史上もっとも大きな敗退を記した。
 ルカリアの領土の三割をドルドに奪われたのだ。南方で防衛していた第二騎士団もこの戦いで多大な犠牲を出し、まさにルカリアは大陸一の小国となるまで追い込まれ、ドルドはベルウスの森を含め、ジンク帝国に次ぐ大国となった。
 ナトリアがルカリアに帰還したときには、中の様子は随分と変わっていた。賑わっていた商業街も何やら活気がなくなっている。家族を、知り合いを、土地を、地位を失くした者が、溢れかえったのだ。難民もあの戦いの損失より、資金の援助をストップせざるを得ない状況になり、一層不憫な生活になった。






 ********************






 ――王宮


「頑張っていますね、セシア姫」


 和也は書類の束に埋もれそうになっているセシアに、少し休憩を取るように勧めた。しかし、セシアにそんな時間はないようだ。


「ルカリアが衰退した今、わたくしが頑張らなければ……」


 セシアはこの国を治めるものとして、今の状況に責任を感じていた。
 戦いに関しては専門外で、ほとんどはカリファーを筆頭に各団長たちが請け負っていたが、セシアはその分中を、国民の生活の改善を図っていた。しかし、今のルカリアの財政ではなかなかうまくいかない。王宮の資金を切り詰めても大した効果にはならなかった。
 悪化の一途を辿るルカリアに国民の不満は募っていく。いつ内部崩壊が起こるか分からない状況だ。


「あんまり根を詰めすぎると、そのうち倒れるぞ」


「倒れている余裕もありませんので。それに、真剣に取り組んでいれば疲れなの気になりません」


 そんな体育会系みたいな考えで何とかなるものなのかとツッコミを入れたいところだが、今のセシアには邪魔でしかないようなので、心の中でツッコミを入れる。


「そんなことより、カズヤさんこそ、こんなところにいていいのですか?」


「大丈夫です。もう遅刻確定ですから」


「駄目じゃないですか!?」


 今日は和也が第三騎士団団長の就任式だ。
 オストワルの遺言もあり、和也が団長になることについては特に大きな不満は出なかった。
 しかし、祝われることもなかったのだが。


「安心してくださいよ。自分出来る事はやるつもりですから」


「そうでなくては困ります。なら、早く行ってきてください」


「わかりました……くれぐれも体調には気をつけて」


「カズヤさんこそ」


 和也は笑みを浮かべると、セシアも笑顔で返し、和也は王宮を出た。






 ********************






 ――第三騎士団兵舎


「遅い! 何やってたの!」


 リリは腰に手を当て、説教する。
 和也は面倒くさすに聞き流し、適当にあしらうと、整列している団員たちの前に姿を現した。


「え~と……とりあえず、今日からこの第三騎士団の団長となりました。カズヤです。よろしく」


 和也が話を始めても、ほとんどの団員は完全に腑抜けている。
 まともに話を聞いてるのはフランと傷が完治したばかりの二クスのみだ。
 和也はこの状況に思わずため息をつき、


「んじゃ、まずはお前ら、騎士を辞めろ」


 自己紹介を終えた和也の一言目に団員たちが驚嘆した。中には「ふざけんな!」と、文句を言う者もいる。しかし、和也は飛んでくる野次に負けないほどの声で続ける。


「悪いけど、俺は死ぬのが目に見えている奴らに命を預けられるほど、馬鹿じゃないんで」


「はあ!? 俺たちが死ぬのが目に見えてるだと……」


 一人の団員が拳を強く握りしめ、前のめりになりながら激昂する。
 和也はそいつに、寒気が伝わるほどの冷徹な目を向け、


「悪い、訂正する……お前らもう死んでたわ」


 次々と挑発じみた発言をする和也に批判が飛び交う。
 和也はその光景を楽しそうに眺め、


「やっと、生き返ったな。それでいい」


 和也の発言に飛んでいた野次が止まった。


「さっきまでのお前らは諦めという言葉が表情に刻まれてた。そんな奴が戦場に行ったって仲間を犠牲にする死神にしかならない。お前らが俺に向けてる感情はそんな死神を消し去るものだ。悔しさを経験したお前らは怒りという力を得た。その力を戦場で発揮しろ! 今のお前らに俺は一つも期待していない。そんな俺を後悔させてみろ! できなければ死ぬだけだ」


 和也は胸を張り、弱気なところなど見せず、魂に響くように、体に教えるように、記憶に刻むように声を張って続ける。


「死にたくないなら戦え! 力がないなら頭を使え! それが無理でも覚悟は決めろ! 俺たちの力で、奪われたルカリアの領土を取り返し、受けた屈辱を晴らす! 奴らは後悔するだろう。このルカリアを敵にしたことを! 奴らは経験するだろう。強者から敗者に変わる様を! 奴らは身をもって知るだろう。ルカリアが最強であるということを! 俺はこの国に全てを捧げる。お前らは俺に全てを預けろ! この言葉を持ってここに第三騎士団団長に就任し、このルカリアに勝利を捧げることをここに宣言する!」


 和也が剣を掲げると、口から出ていた批判が雄叫びに変わった。
 騎士団としては統率性など一切感じない賊のような雰囲気に包まれている。しかし、そこには確かな信頼が生まれ、はたから見ていたリリから胸中に秘めていた不安が消えて、その感情は期待というものになっていた。 






 ********************






 その夜、一通り就任についてやることを終え、第三騎士団は兵舎の食堂で就任式という名目で騒ぎまくっている。和也は食堂から出て、廊下の窓から外を眺めながら物思いに耽っていた。


「お疲れ、団長さん」


 すると、リリがやってきた。手には二人分のコップを持っており、片方を和也に渡す。


「似合わないからやめてくれ。今まで通り普通でいいよ」


 リリは図書館の管理人から第三騎士団の事務関係の職務についた。
 それだけではない、今まで通りナトリアも騎士団に滞在し、そこにルビーも加わった。


「それにしても、あの演説は何? 全員敵に回す気?」


「もちろんそのつもりだけど。落ち込んでいたあいつらにはとりあえず意識を持ってこさせるような衝撃が必要だったし、俺という敵を持って、あいつらが頑張るならそれに越したこととはない」


「残念だけど、あんたを敵と思ってる奴はいなさそうだけどね」


 和也は自分に集めた敵意をドルドとジンク帝国に移動させ、その分を敬意に変えた。


「まぁ、その敬意がいつ消えて、敵意に変わるか分からんし、まだまだ頑張らないと」


 和也は夜空に輝く月を見ながらコップを傾ける。 
 そんな和也を見て、リリは「頑張って」と一言言い、和也の隣に移動する。
 そして、そこにナトリアたちも来た。
 ナトリアは、口元にソースをつけ、ルビーはさらにいっぱいの料理を乗せ、フランと二クスはコップを持っている。


「カズヤ、早くしないと、料理が無くなる」


「これはとても美味です。カズヤ、これは何というのですか?」


「カズヤさん、主役がいないと盛り上がらないですよ」


「中の盛り上がりからして、カズヤは関係なさそうだけどな」


「二クスさん、それは言っちゃいけないでしょう」


「ぷっ……ハハハハ……」


 和也は思わず腹から笑ってしまった。今まで縛られていた緊張から解放されたのだ。
 それに便乗するようにリリたちも笑う。そして、一人ずつ食堂に戻ろうとする。
 リリは、和也の前に立ち、


「行こ!」


 そう言って、金色の髪をなびかせながら振り返り、小走りでナトリアたちの元に行く。
 和也は楽しそうにしているリリ、ナトリア、ルビー、フラン、二クスを後ろから見て、自分にしか聞こえない声で、和也が頭に浮かんでいる人物に問いかける。


「今度は……ちゃんと助けられたかな……」


 和也は再び夜空を見上げ、


「――なぁ、詩音しおん……」


 和也は、立ち止まってこちらを見ているみんなの元に駆け寄った。
 和也はまだ知らなかった。今までの戦いは、これから和也に襲い掛かる現実のほんの一部にしか過ぎないことを。


 これは天才と呼ばれた一人の青年が、仲間と共に過酷な現実を生き抜いていく物語――





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