天才の天才による天才のための異世界
第三十八話 繰り返される絶望と希望
――体が軽い
この感覚を和也は知っていた。カストナー戦の時、とっくに倒れてもおかしくない状況下で、体はウソみたいに動いていた。アドレナリンの分泌とかいうレベルではない。まるで他人の体を借りているようだった。
「一人に何を手間取っている! さっさと仕留めんか!」
「おらぁあ!」
和也は森という地の利を活かして、決して真っ向から戦わず、死角から一人ずつ減らしていった。
斬っては逃げ、斬っては隠れを繰り返す。和也の剣は一体何人の血が付着しているだろうか。ついこないだまで、命のやり取りなど無縁の生活を送っていた彼を何が動かすのか? それは本人にもわからない。
「はぁはぁ……俺も狂ってきたな。もうなんの抵抗もなく斬ってやがる……」
和也は血で染まった手を見ても落ち着いている。それは、兵士としては成長したが、人として大切な何かが欠けたと感じた瞬間だった。
ドルド軍とジンク軍は和也を捜索する。和也は木に隠れ、気配を殺しながら休息をとる。いくら体が軽いといっても、体力には限界がある。
和也は目を閉じ、上を向いて呟く。
「ルビーの方はどうなったかな……」
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「早く装置を破壊しないと……」
ルビーは走る。
こうしている間にも和也は数千の敵と対峙している。
「……ん? 誰かいないか?」
「は? おいおい森から人が出るとすれば目的は達成したってことだろ」
「いや、森からじゃなくて……」
とあるドルド兵が森より北それた方向に指さす。そこには水色のショートボブをたなびかせ、白い生地に青い刺繍が施された服を身にまとい、先端に蒼い宝石をつけた杖を持っている少女がいた。
その少女が手を前に出すと、赤い魔法陣が展開され、装置を守っていたドルド兵に向かって無数の火の玉が飛来してきた。
「ぐわぁああ!」
「おい、大丈――っぐは!」
「敵襲!」
その少女――ルビーはすかさず魔法を放つ。森の中ではないため魔法発動の速度は少し遅くなっているが、それでも普通よりは速い方だ。
「人数が多い……範囲攻撃の魔法で数を減らさないといけませんね」
ルビーは広範囲を攻撃する魔法で数を減らす。だが、奴らも馬鹿ではない。外に逃げてきた時のために、奴らも魔導士を連れてきている。
広範囲魔法はその分攻撃力が弱い。魔導士が防御魔法を展開すれば防ぐことができる。
「はぁー……森の中ならあんな魔法簡単に破壊できるのですが……」
ルビーは外の世界での力の衰えに、思わずため息をつく。
そして、杖を空に向かって掲げると、何かを唱えだした。
「その力は神の化身なり……
その輝きは天を割き……
その轟は大地を砕く……
火よりも熱く……
水より鋭く……
風より速く……
土より強い……
汝 我を契約者として承認するなれば……
今 敵を撃たんがために顕現せよ!
雷神の代行者!!」
詠唱を終えた途端、ドルド軍の中央に魔法陣が光輝いた。
ドルド兵は地面に浮かび上がる魔法陣を凝視し、そして――
「「「「「ぐうぁああああ!!」」」」」
突如落ちてきた電撃は、展開されていた防御魔法をたやすく破壊し、ドルド軍を多数吹き飛ばした。
悪い奴は即死、助かっても神経が完全にマヒするほどの電撃がドルド兵たちを襲った。
地面に浮かび上がった魔法陣が消えないのを見て、ドルド軍は警戒する。が、それは無駄だった。
法則性なく降り注ぐ電撃の猛襲に、耐えるどころか逃げることすらできない。これが、呪文詠唱を必要とする古代の魔法。
「道が開けた」
ルビーは森の中を移動していた時の風魔法を発動し、魔法阻害装置に一直線に向かった。
いまだ降り注ぐ電撃にドルド軍の兵力は急激に減少した。
「来るぞー!」
ルビーが迫ると、魔法陣の外にいたドルド兵が一斉に弓を構え、ルビーに向かって放つ。
しかし、風に身を任せているルビーには届くことなく、風の壁に遮られる。
ここにいるドルド軍の精鋭はベルウスの森にいるのもあるが、ルビーの力は一軍を相手に裕に戦えている。
天才魔導士――それは森の中だろうが外だろうが変わらないことをこの場で証明した。
そんな彼女が装置を破壊するのは思いのほか早かった。
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「おっ! ルビーやりやがったな」
それに広がっていた薄緑の結界が徐々に消えていくのを確認した和也は思わず笑顔がこぼれる。
あと少しという思考が和也の中に現れた。しかしそれは、油断という言葉に変わることを和也はきずかない。
「いたぞっ!」
「やべっ、見つか――ぐぁああああ!」
とっさに逃げようとした和也の右足を矢が貫く。今までの戦闘で傷はかなり負っていたが、体に何かが突き刺さるという感覚は味わったことがなかった。周辺に血が滴る感覚と、激しい痛み、刺れた場所の感覚がだんだんと鈍くなるのを感じていくにつれ、和也はあと少しという言葉に押しつぶされそうになる。
「こんな……ところで!」
和也は木に捕まりながら立ち上がり、右足を引きずりながら逃げる。右足は痛みで、左足は疲労でその速度はかなり遅く、ドルド軍、ジンク軍が追い付くのに時間は必要としなかった。
「っくそ……」
和也はドルド軍、ジンク軍に囲まれ一斉に剣を向けられる。
「ここまでよく頑張っと敵ながら褒てやろう。が、ここで終わりだ……」
和也は完全に追い詰められた。装置の破壊されたであろう時間帯からして、今ここでのルビーの助けは望めない。和也は打つ手がなくなった。しかしそれは、和也が戦闘を基本とする兵士としての場合だ。戦闘において和也はその実力を発揮しない。
「おい……殺すのはまだ早いと思うぜ……」
「生憎、私は物事を迅速に終わらせるのが性分なんでね、君が何と言おうとここで始末させてもらう」
「俺がいれば、あんたらの同盟が対等になると言ってもか?」
「何!?」
和也の言葉にドルド兵は食いついた。ジンク兵は即刻和也を殺そうとするが、和也と話しているドルド兵がそれを止める。この場での指揮権は彼にあるようだ。
「例えば、あんたの名前はカルム。剣の腕はなかなかだが得意武器は弓。体重は七十五キロ。その鎧は他のドルド兵と違って土属性を混ぜ込ませた特注品……」
「何故それを? お前とはここで初めて会ったはずだ。なぜそこまで知っている?」
「これが俺の力だからだ」
「続けろ」
「俺は見たものを分析する力を持ってる。この森で魔法を使えなくしたあの装置、あれはドルド軍のものではない。ジンク軍の兵器だろ?」
ドルドの知識ではあのような装置は生み出されない。なぜなら、ドルドは主に白兵戦を得意としている国だ。兵器を作る知識は最近になって必要になって来たのだろう。そんな国にあの装置を発明できるとは思えない。
しかし、ジンク帝国は兵器の生産量は大陸一。すなわち、あれはジンク帝国から拝借したものだ。必要な情報だけを開示し、設計図などは隠蔽する。ドルドはこの場所を手に入れるため、他の国よりも秀でるためにはジンク帝国にすがるしかないのだ。しかし、それは同盟と言えるほど対等ではない。ジンク帝国が手を切れば、一瞬で力は落ちる。だから、同盟中のうちに兵器を手に入れたいと思うのは普通。しかし、ジンク帝国から輸入すれば明らかに不利益な金額が要求される。売る側のジンク帝国に優先権があるからだ。
和也はそこをついた。別に、ドルドは兵器の知識がないだけで、ジンク帝国には劣るが、それなりの技術は持っている。
和也が設計、指揮をすればドルド内でも兵器の生産は可能。それは、ドルドが最も望む状況になる。
「悪い話じゃないぜ。それに、俺はあんたらの国をもっと栄えさせることができる。俺の故郷ではこの大陸よりも発展してるんでな」
元の世界での知識はこの国でも有効。それは家探しの時にシンナーが存在していることから証明されている。
「お前がいれば我が国をさらに強くする。そういうことか?」
「あぁ。それに俺は戦闘においてはここの誰よりも弱い。けど、ここまで対抗できたのはなぜだと思う?」
「その剣に秘密があるのか?」
カルムは和也の戦いに違和感を抱いていた。相当な使い手ともなれば、剣の動きと体の動きが一致していないのが分かる。
「この剣はクラネデアの宝剣と言ってな、剣は意思を持って行動する。俺がここまで抵抗できたのもこの剣のおかげだ」
「つまり、兵としてもお前は使えるということだな?」
「そういうこと。これで俺の自己PRは終了だ。どうだ? 俺はあんたらが生かす価値のある人間か? 面接官さん」
カルムは深く考える。ジンク兵がいるこの場で指揮権を委ねられるということはそれなりの権力は持っている。この場でドルド軍に加えることは出来なくても、生かしてドルドに連れていくほどの権力は。
「いいだろう。正式な決定は今は出せないが、入隊できるよう俺からも推薦してやる。我が軍の発展に貢献できるように頑張るんだな」
「さっすが、話が分かる人でよかったよ」
和也は両手を後ろで縛られ連れ居て行かれる。ジンク帝国はたまったものではないだろう。秘密にしていた兵器の情報という餌が使えなくなるのだから
それでも、この場では誰も何も言わない。反論できる力を持つものがこの場にいないからだ。
和也の作戦は上手くいった。これで終われることなく逃げることができるからだ。
足をやられた和也に逃げる手段はこの他にない。あとは――
「それにしても、お前も酷い奴だな。逃がした少女もおそらく始末されてるだろう。いくら神の代行者と言われても二国を相手にできないだろうからな。それを知ってる上で自分だけでも生き残ろうとは」
「幻滅したか? 確かにいくらあいつでも二国の兵士、魔導士を相手じゃ生き残れないだろうな。それより、気付いてるか? この場所は木々で覆われて空の状況が分かりにくい上、あんたらは俺を追うのに必死だったから気付いてないかもな」
和也はそういうと、カルムは上を向く。視界一面葉で覆われていたが、隙間からかすかに見える空にカルムは仰天した。
「なっ! お前――」
カルムが和也の方を見ると、和也を縛っている縄を握っていた兵士が、胸部に深い傷を負って倒れた。
それと同時に和也の縄は何かに斬られたようにばらばらになる。
「ふぅ~何とか間に合ったな」
和也は手首をさすりながら、一点を見つめる。
カルムがそこに目をやると、そこには今にも魔法を発動するルビーが立っていた。
「助けに来ましたよ。カズヤ」
「どうせ呼び方変えるならお兄ちゃんと……」
和也が冗談を言っている間に、周りのドルド兵は吹き飛ばされた。
立っているのはカルムただ一人だ。
「何故だ!? なぜ装置が破壊されている!」
「おいおい、ただの魔導士の集まりが古代の魔法に対抗できるほどの守りができると思ってんの?」
「貴様ぁ!」
カルムが剣を抜くと、そのまま後方に吹き飛ばされた。
「ありがとルビー。さて、援軍が来る前にとっとと逃げるぞ」
「このまま、全滅させても……」
「残念だけど、もう不意打ちみたいな魔法発動は出来ないし、また、予備の装置でも使われたら今度こそおしまいだからな。抵抗できる力があるうちに逃げないと」
和也は足のけがをルビーに直してもらうと、例の風魔法をかけてもらい移動した。
絶望的と思われた状況を切り抜けた。
――と、思うのは早かった。
「おいおい、いくら何でも早すぎるだろ!?」
逃げた先にはジンク軍が待ち構えていた。
ルビーは道を開こうと攻撃魔法を発動しようとする。しかし、それは出来なかった。同時に、身にまとっていた風魔法が突然消え、和也たちは慣性に身を任せて、前に転げる。
「一体何が? ……っな!?」
和也が上を向くと、木々の間からかすかに見えていた青い空が、透き通った薄緑に変わっていた。
「ほんとに、いくら何でも早すぎるだろ……」
魔法阻害装置を使われたのだ。
和也もここまで早く予備を用意されるとは思っていなかった。ジンク帝国の技術力は和也の予想をはるかに上回った。戦場で脅威とされる魔導士を無力化する装置を、三つも保有していることに。いや、この場に用意された時間からしてもっとある。いくら何でも、この場に魔法阻害装置をある分すべて持ってくるとは思えないからだ。
絶望的な状況から一握りの希望を掴み、喜びを覚えた瞬間に再び絶望に叩き落される。
和也の頭は真っ白になった。
全方向からジンク軍が迫っているのに対し、何の抵抗もせず、ただ茫然と立っている。
ルビーも和也に身を寄せながら構えるが、その表情には一切希望を感じていなかった。
死――これが、この時の和也たちの中にある感覚だった。
しかし、天は和也たちを見捨てなかった。
空間に割れ目が広がった。
周りいるジンク軍、ルビーは動揺するが、この現象は和也を正気に戻した。
「これは……なんつう幸運だよ」
和也は満面の笑みを浮かべながら、ルビーの手を握り、その空間の割れ目に入って行った。
その割れ目はすぐに消え、後に残されたのは、ただただ状況を読み込めずにいたジンク軍のみだった――
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