天才の天才による天才のための異世界

白兎

第三十三話  進展

 
「うゔぁあああ!!!!」


 男はまるで不死身だった。ナトリアが心臓を刺しても潰しても男の体は何事もなかったかのように起き上がり、ナトリアに襲い掛かる。
 実力は圧倒的にナトリアが勝っている。しかし、なかなか決着がつかない。やれてもやられても立ち上がり襲い掛かる男にナトリアは思考を巡らせる。


「まるで、ゾンビみたい」


 その男はゾンビそのものだった。見た目、特性、動き、すべてがそれに該当した。今までの豹変とは全く違う。しかし、もしゾンビならとナトリアは倒すより無力化を試みた。
 力は人間と思えないくらい強いが、速さはそれほどでもない。ナトリアは男の左腕を切り落とした。
 男は切断された腕を傍観する。腕からは滝のように血が地面へと落ちていき、男の表情も一切変わらない。
 もはや、不気味ということ以外、ナトリアは思いつかなかった。


「リリ、数分、目を閉じてて」


 ナトリアはリリに気を使っていた。腕を切り落としてなんだが、これ以上は刺激が強すぎるからだ。
 リリはナトリアの指示に従い、ゆっくりと目を閉じる。恐怖というものが目を閉じた途端一気に増したが、耐えられないほどではなかった。この場でのナトリアの存在はリリにとってはかなり大きい。
 リリは深呼吸して状況を整理する。


 これまでと違って、今回は洗脳と言うには難しいものがあった。他の者は痛覚があったが、今回はそんなものは一切なかった。これはもはや、


「精神汚染……」


 リリは小さく呟く。男は感情を消され、人形のように動いている。ヒドロの力はそのようなものとリリは仮定した。次の疑問は神通力の譲渡だ。ヒドロの力が精神汚染なら神通力の譲渡は一体何だろうか。通常、神通力を一人が複数持つのはあり得ない。まれに、二つの神通力を持つ者もいる。生まれたときに得る先天性の神通力と生活で得る後天性の神通力の二つだ。だが、その場合どちらかはまともな性能を発揮しない。絶対にどちらか、もしくは両方がないに等しいほど小規模な力になるのだ。だが、精神汚染と能力譲渡は武器になるほどしっかりと効果を発揮している。


 リリはヒドロにはもう一人仲間がいるのではと推測した。ラドンの件と言い今回と言い、ヒドロが現れる前から能力を使用している。つまり、ヒドロが能力を与えるところなど見ていないのだ。しかし、ヒドロ以外、この件の首謀者がいないため、勝手にこの二つは一人で行われていると思い込んでいた。
 リリは考えをまとめると、ゆっくりと目を開ける。今、外の光景を見るのは怖い。でも、自分だけ目を背けるわけにはいいかないのだ。
 リリが目を開けると、ナトリアと男の戦いはすでに決着がついていた。男は四肢を切り落とされ、動くかない。男は完全に死んでいた。
 すると、拍手音が夜の街に響き渡る。


「いや~楽しませてもらったよ。やはり君の戦いは時間を忘れさせてくれるほどに美しい」


 ヒドロの余裕は変わらない。ナトリアはさっきから一言もしゃべらずにヒドロの方を見つめる。


「もう日が明ける。今日はお開きにしようか。では、また会おうナトリア……」


 ヒドロは再び暗闇に姿を消した。リリがナトリアの元に駆け寄ると、ナトリアの表情は驚愕と同様の色に染まっていた――






 ********************






 あれから、ナトリアの態度は少し変だ。考え込むように普段のナトリアには似合わない表情をしている。リリが何かあったのか聞いても、ナトリアは一切答えない。何もないの一転張りだ。しかし、そんなわけないと分かるほどにリリとナトリアは親密になっていた。
 リリはあの時何があったのか考えた。ヒドロに関する情報は能力面以外一切分からない。あの場でナトリアだけが分かることそれは――


 ――正体が見えた……


 リリはそれ以外思いつかなかった。ここ最近夜の戦闘が増え、ヒドロが現れたときは遠くのものを凝視するようになり、あの場で適応進化が働いたとすれば、ヒドロの姿を見えても不思議ではない。そして、その後の表情からナトリアの知っている人物。そう考えるとリリにはいくつかの疑問が浮かび上がった。今まで気にしていなかっがよく考えるとおかしい点があった。しかし、それを考えるとリリは怖くなった。一人の人物が浮かび上がったからだ。証拠はない。あくまでも状況による推察。だが、一度疑ってしまっては他の人物が思いつかなくなる。
 リリは、確かめるため行動に出た――






 ********************






 ――ベルウスの森


 和也はおとなしくしていたが、いつまでも待ってるわけにはいかないと、自分から動くことにした。
 大樹の外に出れば、迷うこと間違いなしなので、調べるのは部屋の中のみ。まずは、本棚を調べてみた。 所々空いている部分の一つは、ルカリア国立図書館にある、伝説の武器を記載してある本だ。それ以外の空いている部分六ケ所は全くわからない。周辺の本は魔導書や童話といったものだった。ただ一つだけ他のものとは違う感じの書物があった。他の本は厚いカバーで覆われていたが、これだけは紙を重ねて紐でまとめただけだった。和也はそれを手に取り、中を拝見する。ルビーは食事の調達に出ているため、部屋にいない。またあの草や枝かと夕食に不満を持ちながら、中の文に目を通した。中には、手書きで文字が書かれている。しかし、全く読めなかった。図書館に置いてあった本と同じ字だ。これはルビーの情報を得ることができると、他人の日記を覗くのは気が引けるが、和也も必死だったため、分析の力で七年分はあるだろう分厚い紙束の内容を把握した。中は日記だった。




 神歴五百七年春、私は日記を書き始めることにした。先代の寿命が残り少ないので、今日からはしっかりと思い出を形にしていきたい。
 …………
 今日は先代が新しい魔法を教えてくれた。声を高くする魔法だった。いつ使うのでしょうか……
 …………
 今日は先代の調子が悪く一日中そばにいてあげた。まだまだ若いものには負けないと元気にしているが、どう見ても無理をしていた。お願いだから安静にしてほしい。
 …………
 今日は先代の体調がよく、久しぶりに泉に身を清めに行った。私が泉に入ると先代は鼻の下を伸ばしながらこちらを見ている。このエロジジイと思った。
 …………
 今日は先代が不法侵入者を撃退しに行った。体は前よりも弱弱しいが、さすが先代。相手を寄せ付けず、圧倒的な実力差で撃退した。私もこんな風になりたい。
 …………
 今日は先代の体調が再び悪化した。この前の戦闘で張り切りすぎたと本人は言っている。それが本当なら少し休めば戻ると思う。早く元気になってほしい。
 …………
 今日も先代の体調が悪い。あれから一週間が経つが、一向に回復の兆しが見えない。私はこのまま治らないんじゃと思ってしまった。私は先代の前では元気な姿でいないと。
 …………
 今日は先代は一言もしゃべらなかった。一日中眠っている。私は気持ちよさそうに眠っている先代を見て、とても不安になった。早く元気になってほしい。
 …………
 今日、先代が息を引き取った。こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。今日は日記を休もうと思ったけど、先代がいたころから続けているから、今後も書いていきたい。
 …………
 今日、泉に行った。泉に入ると先代が居た頃を思い出す。胸が締め付けられるように痛くなった。けど、これは先代が居た頃を忘れないようにするため、毎日行っていきたいと思う。
 …………
 今日、一人の男が上から降ってきた。どれだけ高いところから来たのか、男は即死だった。私はあまり冷静だった。今日は私の感情の何かが欠如しているのを実感した日だった。
 …………
 今日は外の世界を覗いてみた。先代が教えてくれてから一度も使っていないからうまくできるか心配だったけど、なんとか上手くいった。覗いた先は暗く、魚が泳いでいる。見覚えのある光景だ。そこは泉の深い部分だった。深すぎるから先代に行かないよう注意されたのを思い出した。数分覗いていたら、いきなり人が現れた。水圧に潰せれて、そのまま窒息してしまった。それでも、この前同様一切気にしなかった。私は先代が居なくなってから優しさがなくなったかもしれない。
 …………


 日記は続く。
 この日記は停滞していた状況を大きく進展させることになる。





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