天才の天才による天才のための異世界

白兎

第三十二話  暗闇の見物



「誰かー! こいつを助けてくれ!」


 突然ギルドに男の声が響く。入り口には男が二人、一人は隣で肩を貸しながら叫び、もう一人は、大けがをしており、足元には血の跡が残っていた。


「何があった?」


 クリトンは二人の元に駆け寄る。的確な指示と応急処置で、その男は一命をとりとめた。
 クリトンは担いできた男から話を聞き、リリたちが据えあっているテーブルに向かう。


「まただ」


「またってことは例の……」


「あぁ」


 キスガス内で人格の豹変事件が多発している。今回も依頼達成報告の際、依頼主にいきなり襲われたそうだ。その依頼主は若い娘で仕事中はとてもよくしてくれたそうだ。それが、いきなり近くにあった刃物で襲ってきた。もちろん、男二人は戦闘のプロで、最初はたやすくかわしていたが、徐々にその強さや狂暴性は増していき、最後には逃げるのに必死になっていた。その娘は後に、正気を失い近くの診療所に預けられた。
 リリたちはこの事件の首謀者に心当たりがある。


「ヒドロ……」


 この事件はナトリアとリリがくる以前に度々あった。だが、最近になって、頻度が増してきた。ナトリアは少なからず責任を感じているが、クリトンたちの励ましもあり、今は事件の解決に力を入れる。もちろん和也の捜索もいち早く行いたいが、こっちもほっとくわけにはいかない。


「事件のほとんどはラドンのような力を手にしている奴じゃないから、ヒドロが力を与えられる人数も決まってるんじゃないか」


 クリトンはここ最近はギルドの仕事を休業し、事件の解決に専念している。クリトンはギルドのリーダー的存在であり、ここまで活発なるとさすがに自分も本格的に調べないといけないと思ったのだ。
 豹変事件はこの数日で十件ほどあり、そのうち二件は能力持ちだった。そのどちらもラドンと同じようにいきなり倒れたと思えばそのまま息を引き取った。


「怪我人も多く出ている。はやく何とかしないとな」


「とはいっても、ヒドロの情報は全然ないんでしょ。今は防戦しかできなくない?」


 クリトンの使命感をセノの現実で否定する。実際、セノの言う通りだ。ラドンの時以来、クリトンどころかナトリアすらもヒドロに出くわしてはいない。故に、調査については一切進展がない。今は事件が起こるのを待つしかないのだ。その事実がクリトンたちを焦燥させていた。


「……」


 リリはこんな時和也ならどうするか考えた。少ない情報をどう活かすかだ。リリは今まで――最近起こった事件から昔の事件まで調べることにした。実際に目で見て、耳で聞き、想像する。集めた情報を紙にまとめ、改めて考察する。和也ならきっとそうすると、リリは行動に移した。






 ********************






「これで、全部かな」


 クリトンたちの協力もあり、思いのほか早く調べられた。ギルドの中にある個室で、リリは集めた情報を整理していた。
 改めて見返すと、複数の事件に全く関連性がない。被疑者、いや、被害者の彼らは、年齢もお年寄りから子供までさまざまで、襲われた方も主にギルドのメンバーだが、一般人も襲われている。ラドンの件がなければヒドロに辿り着くまでの情報が一切ない。共通点と言えば、神通力を使った被害者は必ず亡くなっている。普通に襲ってきた被害者は気を失い、その時の記憶を失くしている程度で済んでいる。


「神通力を手にしたから死んじゃったか、洗脳期間による問題か……」


 リリはヒドロの能力は洗脳と仮説を立てた。神通力を与える力はとりあえず置いといて、今は洗脳の力について調べた。過去の被害者に話を聞いても、本人たちは全く記憶がない。いつ頃記憶が無くなったかもあやふやだ。彼らは気づいたら診療所のベッドの上だったと供述している。


「はぁ~」


 リリは大きなため息をつけながら、机に頭を置き、全身の力を抜く。最初の事件は七年前のため、事件をまとめた書類は山積みになっている。さすがに、リリ一人では手が足りない。しかし、クリトンはこういうのは苦手で、セノもあまり得意な方ではない。ナトリアは言うまでもない。


「少し休も」


 リリは体を伸ばして部屋を出る。もうギルドには人は少なく、いる人は酔っぱらって寝込んでいる。
 リリはギルドの外に行き、新鮮な空気を吸う。もうすっかり日が暮れ、空には無数の星々が輝いていた。


「無理しても能率が悪くなるだけ。今日は帰ろ」


 リリはそのまま宿に向かった。
 事件のこともあり、少し恐怖心がある。少し歩く速度を上げ、ちらちらとあたりを見渡しながら、宿に向かう。すると、何やら背後から視線を感じた。最初はあまり気にしないようにしていた。恐怖心からくる錯覚だろうと思っていた。だが、自分の足音とは違う足音が聞こえ、気になって仕方がない。リリは立ち止まって恐る恐る後ろを向く。


「……はぁ、気のせいか」


 リリは背後に何もいないのを確認するとする。そして、再び足を動かす。すると、さっきの視線や足音が再びリリを襲う。度々振り返るがそこには誰もいない。リリは胸の中にあった恐怖心が表情に現れだした。 リリは走る。何かから逃げるよに一心不乱に前だけ見つめて。そして、路地から出てきた人に接触し、リリはその場に倒れる。


「だ、大丈夫かい? ごめんね。ちょっと急いでてね」


「い、いえ……」


 リリは手を差し伸べるその人を見て、少し安心した。リリは差し出された手に捕まろうとすると、いきなり体の震えが止まらなくなった。その人の目は真っ白で、顔は傷だらけ、服はボロボロで所々血が染み込んでいる。まるで、この世の者とは思えないような感じだった。


 リリは思わずそこから走り去った。一刻も早く帰ろうと、震える足を前へ前へと運ばせる。しかし、どこに行ってもそいつはリリの目の前に現れる。もうリリの体は疲労で限界だった。


「助けて!」


 リリは大声を上げる。しかし、周りは一向に反応しない。人がいないように静かだ。
 リリは必死に助けを呼ぶ。喉がはち切れそうなくらい大きな声で。


「たす……けて……」


 リリはその場に崩れる。その男はゆっくりとリリに近づいていく。リリは足がすくんで動けない。もう声すらも上手く出せなかった。
 すると、その男は何かに驚いたように、軽い身のこなしで後ろに飛ぶ。
 リリは後ろを振り返ると、そこには二本の剣を持ったナトリアがいた。


「リリ、もう大丈夫」


 ナトリアの登場に男は動揺している。


「何故だ!? 何故貴様がここにいる!?」


「あなたの、神通力は、錯覚。私には、即効性の能力しか、効かない」


 実際、ナトリアも男の神通力によって、さっきまでリリと一緒にいると思い込んでいた。しかし、ナトリアの適応進化により、その能力に耐性がつき、幻のリリは消え、急いで本物のリリの元に駆け付けた。
 リリが走っても走っても男に出くわし、大声を上げても誰も反応しなかったのは男の能力によるものだ。 リリは宿に向かって走っていると思っていたが、実際は同じところを回っていたのだ。大声も実際は全く声が出ていない。すべて錯覚の能力によるリリの思いこみだったのだ。


「っくそ!」


 その男は逃走を試みるが、ナトリアは音速の如き速度で男を取り押さえる。ナトリアも驚くような力で抵抗するので、仕方なく肩の骨を外して無力化する――


「あ……」


 つもりだったが、思わず肋骨の骨も折ってしまった。
 男は断末魔を上げる。気がかりなのはさっきから全く騒ぎにならないことだ。リリは錯覚の力で声が出ていなかったが、この男の声はしっかりと響いている。なのに、人が全く出てこないということは――


「……」


 ナトリアはあたりを見渡す。そこにはナトリアの予想通り、ヒドロがいた。


「やっぱり君は最高だよ。欲しい……この手で君を完全無欠の存在に作り上げていきたい!」


 ヒドロは興奮で、声を震わせる。その姿はまさに狂人そのものだった。どこか狂っている。人の感性に疎いナトリアでもはっきりと分かった。


「もっとだ……私にもっと君の力を見せてくれ!」


 そう言って、前のように指を鳴らすと、ナトリアの下で倒れていた男はナトリアを乗せたまま立ち上がり、肩を外された方の腕で、ナトリアを投げ飛ばす。男の肩は完治しており、さっきまで保っていた理性が完全に飛んでいた。口からは唾液があふれ、呼吸はかなり荒れている。


「うゔぁぁああ!!!!」


 男の一撃を受け止めたナトリアは後ろの建物まで吹き飛んでいき、崩れた瓦礫がナトリアに降り注ぐ。
 ナトリアが瓦礫の中から姿を現す。頭部から血が流れ、建物の木片が足に刺さっている。 


「さぁ、じっくりと堪能させてもらおうか」


 ヒドロは容姿を現すことなく、二人の戦いを食事をするかのような目で見つめていた――



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