天才の天才による天才のための異世界
第三十一話 暗闇の元凶
ナトリアがラドンと戦闘を始め、逃げの一手になってから、十分が経とうとしていた。
ラドンは攻撃をかわせる程度に繰り出し続け、じわじわと疲れていくのを楽しんでいた。しかし、ラドンのこの余裕が自分の首を絞めることになるとは予想もしていなかったことだろう。
「そろそろ、朝になっちまう。残念だけど、この玩具ともお別れだな」
ラドンは自分の右手をナトリアの頭部をめがけて振りぬく。だが、うまくはいかなかった。ラドンは何が起こったのか分からず、自分の腕を顔の前にやりる。さっきまでナトリアを殺そうとうずいていた右手がまるで、最初から存在してなかったかの如く無くなっている。ラドンの足元には降り注ぐ血を被り、真っ赤に染まっている右手が転がっている。
「うっうわああああぁああ……て、手がぁああ!!!!」
ラドンは手首を押さえながら、その場に蹲る。その叫び声のより、近隣の民家に明かりが灯りだした。
ナトリアはさっきまでのふらついた動きが嘘のように素早く立ち上がる。そして、周りが騒がしくなった。何事かと窓を開けた住民が、血が滴る剣を握りしめた少女と、水たまりのような血液の上で蹲る男を見て、叫び声をあげたからである。もちろん、ラドンはそんなこと気にしていられる状況ではないし、ナトリアはそもそもそんなこと気にする性格ではない。
「一体っ、な、何が……」
ラドンは確かにナトリアに能力を使っていた。本当ならまともに剣が振れることはなく、たとえ振れたとしてもこれほどきれいに手首を切断できるわけはないのだ。ただし、それはナトリアが普通の人ならの話だ。
「私の、能力は、適応進化。十分もすれば、耐性が付く」
ナトリアはリリたちからラドンを引き付けるとともに、ラドンを見失わないように時間を稼いでいた。
「あなたの、敗因は、油断と、余裕」
ラドンは数分前までの優越感に浸った顔から一転、悔しさと焦りの顔が色濃く浮かび上がっている。
ナトリアは剣を構え、ラドンの首を切り落とそうとする。ラドンの力は気になるが、ナトリアにとってそれは知っても意味のないことだ。なぜなら、知らなくても殺してしまえばもう奴が襲ってくることはないからだ。
ナトリアはラドンの首めがけて、右手の剣――白月を振り下ろす。しかし、白月が首に食い込む前に飛んできた石にぶつかり弾かれる。ナトリアは意思が飛んできた方に目をやる。そこには暗くてよく見えないが確かに民家の上に人がいる。
すると、ラドンは神でも見るかのようにそいつの方に体を向ける。
「あ~ヒドロ様。わたくしめをお救いくださるのですか。何たる幸せ」
ラドンは頭を地面にこすりつけ、涙ながらに幸せそうな表情を浮かべる。
あいつが、ラドンの変貌のきっかけだろうとナトリアは思った。
暗闇のそいつ――ヒドロは、低い声を響かせる。
「ラドン……君に力を与えたのは間違いだったようだ」
ヒドロのその一言に、ラドンの表情は幸福から絶望に叩き落された。ラドンは恐怖のあまり上手く言葉が出ず、喉元でつっかえている。
ヒドロが、指を鳴らした途端、ラドンは魂が抜けたようにその場に倒れた。
ナトリアはラドンに何が起こったのか一切理解できない。それに、ヒドロが言った、力を与えたという言葉が気になって仕方がなかった。神通力は生まれながらに持つ希少な存在もいるが、他人から得られるものではない。ましてや、ラドンに至っては経験によって習得したという感じでもなさそうだ。だが、もし他人に神通力を与えることができる能力だとすればと考えた。もし、それならヒドロ自身はそれほど警戒するべき相手ではない。この推察に確証があればの話だが。
「ちょっと、うるさいね」
ヒドロは再度指を鳴らす。すると、あたりで悲鳴を上げていた住民は嘘のように静かになった。だが、彼らの目には全くと言っていいほど生気がなかった。まるで、操られているかのように……
「これで、静かになったね。さて、先ほどの戦い見させてもらった。君はかなり戦闘慣れしているね」
ヒドロはの低音の声は反響して響き渡る。一度見失えば、奴がどこから話しているか分からなくなるほど、奴の声は四方から耳に入ってくる。
「あなた、一体誰?」
ナトリアの問いにヒドロは沈黙する。そして、聞かなかったことにしたのか、ラドンは再び話す。
「私は君に興味がある。私の元に来ないか? もちろん悪いようにはしない。君は私によって最強の武人になることができる。君は私という光を追うことで完成に近づくのだ」
「断る。私には、もう、目指す光がある」
ナトリアの脳内に和也の顔が浮かぶ。ナトリアの心は温かい何かに包まれる。今のナトリアにとってそれはヒドロの誘惑に乗ることなくこの場にいる絶対的な信念となっていた。
「そうか……ではまた来よう」
そう言って、ヒドロはナトリアに背を向ける。
「私は諦めないよ。最高の作品をこの手で完成させるまでは……」
ヒドロは呟く。ナトリアに聞こえない程度に小さく。
そして、ヒドロはその場から姿を消した――
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「そうか……ラドンが死んでしまったか……」
依頼主は両手を組み、小声で呟く。その顔は親友の死という悲しさもあったが、それ以上に安心したような顔だった。任務達成したとはいえ、これほど後味の悪い依頼は初めてだとクリトンは語っていた。
結局、クリトンはなぜやられたのか全く見当がつかず、唯一の情報源たるヒドロはいつ姿を現すかはわからない。わかっているのは低い声から男だろうということと、彼には他人に神通力を与えることができるということだけだった。
********************
「まったく、胸糞悪いぜったくよー」
クリトンはとても機嫌が悪い。依頼のこともあるが、自分の実力不足を実感したからだ。それは、セノも一緒だった。
「ごめんね~最後は任せっきりで」
「大丈夫、何とかなった。それに……」
ナトリアはあの夜のことを思い出す。ヒドロはいつかまた自分の前に姿を現す。今度は絶対に逃がさないと心の中で決心していた。
その時のことは、リリもナトリアから聞いて、把握している。だが、あまり力になれそうになく、とても悔しかった。しかし、リリは自分のできることをするまで。リリは自分の仕事を改めて考えさせられるきっかけとなった。
「ま、まぁとにかく、くよくよしたって仕方がないって。気分転換にギルドで宴でも開かない?」
「いいねぇ、リリもこっちのノリに慣れてきたじゃん」
リリが重い雰囲気を変えようとした提案にクリトンとセノは元気に食いつく。この返事にリリはホッとした。このまま、ギスギスした感じが続くのではないかと心配していたからだ。
ナトリアとリリのやるべきことが増えた。ラドンの変貌がヒドロが原因ならこれ以上被害が広まらないように対策を施さないといけない。和也の捜索も並行して行う。二人はこれから大変になると思ったが、クリトンたちを見るなり、大丈夫な気がしていた。
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「なんだかうれしそうですね。なにかいいことでもございましたか?」
ソファーに座りワイングラスを傾けるヒドロに執事服の男は話しかける。
ヒドロは空になったワイングラスを執事服の男の方にやり、彼はワインを注ぐ。そして、ワインを口に少量運ぶと彼は口を開いた。
「ちょっと、いい素材を見つけてね……」
そう話すヒドロは、とても不気味な笑みを浮かべていた。
――ベルウスの森
「なぁ、ルビーってこの森の中じゃ無敵の大魔導士なんだろ?」
「外の世界を知りませんので何とも言えませんが、それなりの実力は備えているつもりです」
「ならさー、ルカリアまで瞬間移動させる魔法とかないの?」
「残念ながら転移魔法は現地に接続させる必要があります。私はルカリアに行ったことはありませんので転移魔法は使えません」
「そうか。やっぱり大魔導士様でも出来ないことはあるんだな」
和也の発言にルビーは少し意地になった。
「そんなことはありません。あなたをルカリアに届けるくらいできます!」
「なんだよ~じゃあ最初からやってくれよ。んで、どうすんの?」
「古代の風魔法、神の息吹を使えば、あなたをルカリアまで吹き飛ばすことは可能です」
「へぇ~……っておい!それ着地とか大丈夫なのか?」
「それは自己責任でお願いします」
「駄目じゃねぇか!」
和也がルカリアに戻るのは一体いつになるのだろうか……
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