天才の天才による天才のための異世界

白兎

第二十七話  可能性



 真っ白な空間に少女は一人立っている。
 そして、それを何も言わずに見ている和也に彼女は言う。


 ――カズくん……


「うあぁぁあああ!!」


 気が付くと和也はベッドの上にいた。寝心地は良く、いつものように関節技で起きたわけでもない。だが、寝起きは最悪だった。


「はぁ……はぁ……っくそ!」


 和也は頭を掻きながら、あたりを見渡す。そこには優雅に茶を飲んでいるルビーがいた。
 ルビーはそっとカップを置き、和也に近づく。


「お目覚めですか」


「で、俺に何をした?」


「それはこちらのセリフです。あなたが私に何かしらの力を使ったので意識を奪わせてもらいました」


「見た目に囚われてたよ……ルビーもそれなりに強いんだな」


 和也はホルスゲイン同様、分析の力を野生の勘のようなもので特定したのかと思った。しかし、ルビーは違った。


「私には自分に干渉した力を肌で感じます。あなたからは舐めまわすような感覚が伝わりました」


「語弊のある言い方辞めてくんない!?」


「ですが、あなたの力はよくわかりません。魔力は一切感知できませんでした」


「俺は魔導士じゃないからな。あれは俺の神通力だと思う」


 和也が自慢げに話すと、ルビーは驚きの顔を見せる。


「それはあり得ません。この森の中で神通力を使うことなど、できるはずがありません。だから言っているんです。あなたの力はよくわからないと……」


 和也は分析の力を神通力と思い込んでいた。だが、ルビーの言葉に和也は自分の力が何か本当にわからなくなった。この世界については和也より知っているはずのルビーが知らない。つまり、この力はこの世界の概念のものではない。


「それに、神通力なら身につけたときに自覚があるはず」


「なら、俺も良くわからん。能力のことを知る限り教えてほしいならそっちも俺の質問に答えてほしい」


 和也の交換条件にルビーはよく考えて返答する。


「わかりました。ただし、嘘はなしです」


「わかった。交渉成立だな」


 あくまでも口頭の約束。だが、ルビーにはそれを成立させるほどの力を持っている。和也は嘘なしで話す。


「これは分析の力……と、俺は言っている。見たものを分析し、脳に情報を刻む。いろいろ条件はあるけどな」


「なるほど……やはり、私の知識の範囲外です。とても興味深い」


「はい、今度は俺の質問に答えてもらう」


 和也は彼女に聞きたいことが山ほどある。
 伝説の武器について。それを記載してある本について。だが、和也にはそれらよりも聞きたいことがあった。それは、このチャンスに使うのは最も愚かな行動だ。しかし、聞かずにはいられなかった。


「さっき、俺に何をした? あれはルビーが構築した世界なのか? 俺の記憶を覗いたのか?」


 ルビーは思いもよらぬ質問に困惑した。


「気を失った後、かなり苦しそうでしたが、少しやりすぎたようですね。普通なら黒歴史を引き出すことが多いのですが……」


 ルビーは軽く謝罪をした後、和也の質問に答える。


「あれは、対象のトラウマ――思い出したくない過去を引き出す魔法です」


「トラウマを引き出す?」


「はい。普通なら恥ずかしい過去や悔しい過去などが引き出されるのですが、あなたには刺激が強かったようですね」


「けど、あんな一瞬で魔法が使えるんだな。魔法陣すら見えなかった」


「この森の中では念じるだけで魔法が使えます。それくらいできないと神の代行者は務まりません」


 魔法を使うには個人差によるが時間がかかる。魔力を練り上げ、魔法陣を構成する時間だ。強力な魔法であればあるほど、魔法陣の構造は複雑になり、時間がかかる。古代の魔法になれば詠唱も必要になってくる。それをノータイムで行えるということは魔導士にとってはとても羨ましいことだろう。


「なるほどな。そりゃ進軍する馬鹿を一人で対処できるわけだ。見た目は幼いのに最強の魔導士ってチート過ぎるだろ」


「あなたの言っていることはよくわかりませんが、一応誉め言葉として受け取っておきます」


 和也は話の流れで聞いてみる。


「もう一ついいか?」


「それはルール違反です」


 和也はダメもとだ聞いてみたが、やはりルールには厳しいようだ。見た目に限らずしっかりしている。
 和也はあたりを見渡しす。きっちりと整頓されている本棚に七つほど空きがあったり、先ほどから何度も色が変わっている水晶体があったりと、気になることはいくつかあるが、おそらく機密事項だろう。そもそも、出会えて話ができただけでもかなり良い方だろう。
 和也はベッドから降り、帰ろうとする。


「んじゃ、場所もわかったしそろそろ帰るわ」


「そうですか。そちらの魔法陣の上に乗れば大樹から降りられます」


 そう言って、ルビーは床に刻まれた魔法陣を指さし、それ以上何も言わなかった。


「えっと……送ってくれないの?」


「私はここから離れるわけにはいきません。帰るならお一人でどうぞ」 


 ベルウスの森とルカリアの間にドルドの領土がある以上、和也一人で帰ることは危険だ。ナトリアたちの迎えもすぐには期待できないだろう。
 和也はしばらくの間、ルビーにお世話になることにした。彼女は特に反応することなく受け入れた。異性というものを知らないのだろうか


「まぁ、まだ子供だしな」


「怒りますよ。私はこれでも十五歳です。もう大人です」


 ルビーに子供発言はタブーなようだ。






 ********************






 和也が姿を消した後、ナトリアはカリファーの胸倉を掴み問い詰めた。だが、カリファーたちにも事情がある。すぐさま救援に向かい、敵に背を向ければ前線は壊滅する。これは、ナトリアも反論できなかった。高ぶる激情を押し殺し、ルカリアはその場を撤退した。


「ナトリアさん……」


 ナトリアはその日以降家に引きこもった。数日間何も口にしていないようだ。それほどまでにナトリアは和也に執着していた。
 フランと二クスは度々様子を見に来るが、ナトリアの状態に変化はない。フランはなんでもいいから口に入れようと勧めるが、


「カズヤが帰るまで、食べない」


 ナトリアはデービーの時も、帰りをずっと待っていた。
 今回もナトリアは待ち続けるだろう。
 フランはどうすることもできなかった。
 そして、そんなフランの横を通り過ぎ、中に入っている彼女がいた。
 ナトリアは彼女を横目で見る。


「リリ……」


 リリはフランたちに話を聞いている。和也のことも心配だが、ナトリアの方が一番心配だった。
 二人とも和也が死んでいるとは思っていない。だが、今この場にいないということがナトリアにとっては大きかった。なぜなら、和也を探す手段がどこにもない。マグス本人にもわからないものを探すのは難しい。飛ばされたのがルカリア領土内なら見つけることは簡単だ。もちろん帰還後はルカリア中を探し回った。だが、どこにもいない。つまり和也はルカリア内にはいない。そうなればもう手はない。ここから先は一兵士の力ではどうにもならない。セシアなら他国とコンタクトを取り、情報が手に入るかもしれないが、今は戦争中。そう簡単にはいかない。


 リリはナトリアの元に近づき、顔を自分の方に無理やり向ける。


「ナトリア……あんたはまた、後悔するつもりなの? デービーの時も思ったんじゃないの? もう少し早く気づいていればって。あなたはまた同じようなことを繰り返すつもり?」


「でも、もう何もできない」


「できることはあるわ。あなたは正確には騎士団のメンバーじゃない。なら、検問さえクリアすればキスガスに入ることも出来る。そこで、情報を集めれば……」


 フランたちがその行動をすれば反逆行為だ。だが、ナトリアはそんなことどうでもよく、リリは一般市民。その辺は他より甘い。
 二人なら和也の捜索に行ける。ドルドは他国の侵入を一切許していないため、入ることはできないが、キスガスはルカリアほどではないにしろ、検問さえ通れば入国できる。
 リリの言葉に、ナトリアは準備を始める。可能性を見つけたナトリアに迷いはない。
 リリもすぐに準備を始めるために帰った。
 フランは安心したように二人のを見守った。


 こうして、リリとナトリアはルカリアから東の国――キスガスに向かった――





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