天才の天才による天才のための異世界
第十六話 鬼ごっこ
「整列!!」
今日も元気なオストワルの号令とともに、第三騎士団の団員たちは一斉に整列した。
「今日の任務は脱獄犯の確保だ。脱獄犯の名前はナトリア・ハンフリー」
その名前を聞いた瞬間、あたりはざわついた。
「我々の捜索範囲は王宮敷地内。相手が相手であるため生死は問わないそうだ。皆の者、相手は二年間牢獄にいたとはいえ決して油断しないように。では、捜索開始!!」
「「「「はっ!」」」」
こうして、第三騎士団はナトリアの捜索を始めた。
「やっぱり、団長には伝えなかったんですね」
「団長は隠し事が苦手そうだからな。バレたらいろいろ面倒くさい」
和也はフランと行動していた。周囲で騒がしい当たり、ナトリアはしっかり逃げているようだ。
「でも、いざ始まってみると、王宮敷地内って意外と狭いですよね。第三騎士団全員が相手なら案外簡単に捕まるんじゃ……」
「そうでもなさそうだぜ。ほら――」
和也は余裕をかましているフランにある方向を指さした。指した先には凄まじい速度で、ナトリアが迫ってきている。後方にはかなりへばっている団員たちが後を追っていた。
「こ、こっちに来ちゃいましたよ!?」
フランは剣を構えるが、かなりテンパっている。
「さっきまでの余裕はどこに行ったんだよ。さてと……うわ!?」
和也が剣を抜くと、近づいてくるナトリアに反応して、光の如き一閃を繰り出し、和也とフランは驚愕した。強ければ強い相手ほど宝剣は反応するようだ。
だが、驚いたのはそれだけではない。その一撃すらもナトリアは紙一重でかわし、和也とフランの間を通り抜ける。
「あれをよけるなんて……カズヤさん?」
ナトリアは徐々に離れていくが、和也は一向に追いかけようとしない。膝をついて、肩を押さえている。
和也は涙を浮かべながらゆっくりと振り返り言った。
「肩が……外れちゃった……」
こんな時に何をやってるんだとフランは思った。
和也が宝剣を使いこなすにはもう少し時間が必要なようだ。
********************
「はぁ……はぁ……」
王宮敷地内は広い。だが、第三騎士団全員が相手となれば、とても狭い。
「お腹……空いた……頭も……痛い……体力も……落ちてる」
ナトリアは鳴っている腹を押さえながら気配を殺していた。
「いたぞ!!」
「っ!?」
気配は消していた。さすが騎士団と思っているが、彼女は気づいていなかった。騎士団は気配など察していない。居場所がばれているのは、ナトリアの腹の音のせいだった。
********************
「イテテ……ったく、無理やり戻しやがって」
「治ったんだから文句言わないで下さい」
和也は外れていた肩を押さえている。あのあと、フランが和也の肩をはめ込んだ。
「そろそろかな……」
「何がです?」
和也の独り言にフランが聞き返す。
「いや別に」
「体力切れは期待しない方が良いですよ」
フランは和也の考えていることを予想し、話し出した。
「彼女の神通力は適応進化。状況が悪くなればなるほど、彼女の体は順応し強くなっていきます」
「なるほど、そいつは厄介だ。でも、俺が待ってるのは体力切れじゃないんだ」
「じゃあ、何を?」
フランの質問に和也は答えようとせず、
「とりあえず、これからはナトリアの監視だ。行くぞ!」
「あっ、ちょっと!」
和也はいきなり走っていき、フランも少し遅れて後を追った。
********************
「そろそろ……馴染んできた……」
ナトリアの体は状況に応じ進化してきた。こうしている間に捕まる可能性は低くなっていく。完全に適応した場合、ナトリアの勝利は確実になる。
だが、進化しても空腹と喉の渇きは変わらない。
走り続けてナトリアの喉はカラカラになっていた。
「さすがに……何か……飲みたい」
とはいえ、誓約のおかげで、水を奪うどころか買うこともできない。どのみち、金は持っていないのだが……
その時、ナトリアの前に二人の騎士が現れた。
ナトリアはとっさに逃げようとするが、一人が持っているものを見て足を止めた。
「よう、ナトリア。そろそろこれが欲しいんじゃないか?」
その男――杯戸 和也は手に持っている瓶を見せつける。
中にはただの水だ。
「そろそろ頭も痛くなってきたところだろ。ほら、早くなんか飲まないと倒れるぜ」
誓約で、奪えないことをいいことに、和也は瓶をこれ見逃しに見せつけた。
隣にいたフランは性格悪いなと呟きながら現状を見守る。
すると、和也はナトリアに瓶を差し出した。
「ほら、飲みな」
「え!? 渡すんですか!?」
フランは和也の不可解な行動に驚きを隠せないでいる。
ナトリアは警戒して、素直に貰おうとはしなかった。
「毒を……仕込んでいるなら……無駄……臭いで……わかる」
過去に一服盛られたのか、ナトリアは毒を嗅ぎ分けることができるらしい。
だが、和也にそんな気はない。
「別に仕込んじゃいねぇよ。これは単なる水だ。何なら確認してみれば?」
ナトリアは警戒しながら、恐る恐る瓶を受け取り、中を確認する。
「ほんとに……ただの水……どういう……つもり?」
「疑い深いな。まぁ、それもそうか。安心しろ、俺はゲームを楽しみたいんだ。ほら、グイっと飲めって」
ナトリアは言われるがままに瓶に入っている水を一気に飲み干した。
体からは大量の汗が流れていた。
「後悔……しないことね……あなたの……負けよ」
そう言って、再び逃げようとするナトリアに異変が起きた。
足を絡めたように前のめりに倒れる。
「一体……何を……」
ナトリアは状況が読み込めず、そのまま意識を失った。
「何をしたんです?」
フランは和也に状況の説明を求める。
「知ってるか? 獄中の飯ってめちゃくちゃ味薄いんだ。あそこで過ごした後の塩おにぎりとか絶対うまいぜ」
「何の話ですか?」
「それより、早く何とかしないと死んじゃうから説明は後でな」
和也はナトリアに手錠をかけた後、医務室に連れて行った。
――医務室
医務室のベッドにて、ナトリアは目を覚まし、ゆっくりと起き上り、自分の状態を見て勝負の結果を知る。
「私は……負けたのね……」
「お! 目が覚めたか」
和也が部屋に入ってきた。フランも後に続いて入室する。
「ほら、これでも食えよ」
「食べる!」
和也の持ってきた食料にナトリアは目を輝かせている。
「で、そろそろ説明してもらえませんか?」
フランが和也に説明を求める。ナトリアは食べ物を口に詰め込んで、頬を膨らませている。
「血中のナトリウム濃度が低くなったんだ。獄中の飯は味が薄くて塩分が全然足りてなかった。それに、獄中はとても暑くて水を飲む量と速さはかなり上がっている。汗をかいていることで代謝は良くなり、そのうえでのあの運動量でまた汗をかく。こうしてナトリアの血中ナトリウム濃度はどんどん薄くなっていき、とどめに水を一気に飲んだことで、昏睡状態に陥ったんだ。逃げてるときやけに疲れたり、頭痛がしたりしなかったか?」
和也の質問にナトリアは食べ物で頬膨らませながら頷く。
「つまり、ナトリアは水中毒にかかったんだ」
「……」
フランはあまり分かっていないようだ。もしかしたら、医学は元の世界の方が進んでいるかもしれない。
「簡単に言うと、水分の取りすぎってこと」
説明に区切りをつけると和也はナトリアに目を向ける。
「さて、これでこの勝負は俺の勝ちだ」
「わかってる……なんでも……命令するといい」
言葉にはしているものの、感情はこもってなかった。
「まぁ、そんな顔してる奴を無理やり連れても気分が悪い。で、ここで質問なんだが……」
和也はナトリアを見つめる。ナトリアは食事を終え、物思いにふけっている。
「なんで、自分から捕まったんだ?」
和也の質問は無表情だったナトリアに変化をもたらした……
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