天才の天才による天才のための異世界
第十五話 伝説の殺し屋
和也は悩んでいた。
「今後のことを考えて、強い奴と仲間になった方が良いよな?」
「知らないわよ。自分が強くなったら?」
和也の言葉にリリは呆れ顔で返した。
「俺が特訓したとして、強くなるビジョンが見えるか?」
「……無理ね」
「だろ? なら、仲間を増やす。俺はゲームでも強い奴に手伝ってもらって、楽にレベル上げしたいの」
「言ってる意味が分からないけど、とりあえず、あんたのヘタレさは伝わったわ」
ここは、ルカリア国立図書館。
和也は休日なので遊びに来ていた。
「こんなところで油を売っている暇があったら、剣の訓練でもしたら?」
「手厳しいな。それに、今は筋肉痛で訓練どころじゃないんだよ」
適当に理由をつけると、リリに質問する。
「なぁ、味方になってくれそうな奴しらない?」
「あんた騎士団に入ってるんなら強い人くらいいるでしょ」
「フランはどっか頼り無いし、二クスは脳筋だし、オストワル団長は団長だし、俺は論外だし」
「あんたねぇ……」
リリは、ため息をつくと棚にある本を一冊取り出した。
「確かこの辺り……あった!」
「ん? なんだ? 名前がいっぱい書いてある」
「これは、今、牢獄で服役中の人たちの名前よ」
「なんで、そんなんあるんだ?」
「もちろん、普通は見れないわよ。騎士団にいる人しか拝見できないの」
「へぇ~。で、それがどうしたんだ?」
「ほら、この人」
リリはそう言って、一つの名前を指さした。
「ナトリア・ハンフリー?」
リリは、まるで怪談話をするような顔で語り始める。
「ナトリア・ハンフリー……彼女は化け物と恐れられた伝説の殺し屋よ」
「殺し屋?」
「実力はあのカリファーさんですら、凌駕すると言われてるわ」
「そんな奴、良く捕まったな」
「それが、自分から捕まりに来たのよ」
「なんで?」
「知らないわよ。けど、こんなチャンス二度とないから、おとなしく捕まってもらったそうよ」
「確かにそいつが凄いのはわかった。で、こいつがどうしたんだ?」
「どうしたって……強い人紹介してくれっていうから」
「なんで殺し屋チョイス!?」
「強かったら問題ないかなって……」
「あるよ!! 問題しかないよ! ジョーカー過ぎて使いずらいよ! なに? もしかしてリリって天然?」
「……てへっ!」
リリは下を出して自分の頭をこずいた。
「ま、一応あってみるか」
「会うんだ……」
結局会いに行く和也にリリは、苦笑いを浮かべた。
――王宮
「と、いうわけで、会わせて」
「は、はぁ」
いきなり押しかけてきたと思えば、囚人に会わせてという和也の頼みにセシアは反応に困った。
「面会は別に構いませんが……危険ですよ?」
「大丈夫。俺一人で行ってくるから、別に姫についてきてもらおうとは思ってない――」
和也の過保護的な発言に、セシアは頬を膨らませる。
「見くびらないでください! これでもカリファーに剣は習っています。あなたよりは強い自信はありますよ」
セシアの挑発的な発言に和也は反応した。
「冗談は止してくださいよ姫様。さすがに姫に負けるほど弱くはないですよ」
「いやいやカズヤさんの方が……」
「いや、姫さんの方が……」
こんなやり取りが数分続いたが、使用人が微笑ましく見ていたのに気付き顔を赤らめて、結局二人で行くことになった。
――地下牢獄
光の魔石が置いてあるが、あたりは薄暗く、じめじめしており少し暑い。声は聞こえず、水が滴る音しかしない寂しい場所だった。
「本に書いてあった割には全然人がいないな」
「ここには、ほんとに危険な人しか収容されていません」
セシアの話によると、地下牢獄は重罪を犯し、日の光を拝むことができない人が入っているらしい。
もちろん、普通のきちんとした牢屋は別にある。
誰もいない牢獄を進み、ついに――
「あんたが、ナトリア・ハンフリーか?」
そこには一人の女性がいた。体は引き締まっているが出るとこは出ている。さらっとした短い黒髪は、汗で濡れており、手足は壁から伸びている鎖でつながれている。
「……」
ナトリアはゆっくりと和也を見る。その、黒い瞳は化け物というには儚く、人というにはとてつもなく深い絶望に満ちていた。目の前に置いてある食事はきれいに平らげているあたり、食欲はあるらしい。むしろ、食い終えた後の皿やコップが何枚も積んであった。
――分析!
「……で、いつから捕まってるんだ?」
「そろそろ二年が経ちます」
「この皿は?」
セシアは頬を掻きながら答えた。
「実は……彼女の食欲が尋常じゃなくてですね……」
――もしかして、良いように使われてる?
セシアの歯切れの悪い言い方から、ナトリアが抜け出そうと思えば簡単に抜け出せるのでは?と思った。 ナトリアはまっすぐ和也を見ている。すると、ナトリアが口を開いた。
「おな……が……いた……」
「え? なんて?」
その声は小さく聞こえなかったため、和也は耳を傾けてもう一度言うように言った。
ナトリアは今度ははっきりと
「お腹が……空いた」
ナトリアは眼を輝かせている。伝説の殺し屋とは、とても思えないほど彼女は無垢な表情をしている。
和也はその場でしゃがみ、ナトリアと目線の高さを合わせて、
「腹が減っているなら食べさせてやってもいい。が、条件がある」
ナトリアは面倒くさそうな顔をするが、和也はひるまず続けた。
「お前が勝ったら、ちゃんとしたうまい飯を食わせてやる」
「!?」
表情はあまり変わっていないが、食いついたことだけはわかった。
「ただし、負けたら俺のものになれ」
「な、何を言っているのです!?」
セシアが横から口を挿んだ。どうやらこの勝負には反対らしい。
だが、二人はセシアの言葉に耳を傾けることなく続けた。
「あなた……正気?」
「あぁ、俺にはお前が必要なんでな。別に悪い条件ではないよな? そんな薄味で質素なもんばっか食べるより、美味いもの食いたいだろ? ま、無理かもしれないけど」
「あまり……私を……舐めないで。見ればわかる……あなたは私より……弱い」
「そんなこと知ってる。だから、やるのは俺だけじゃない」
ナトリアは首を傾げた。
「ナトリアが相手にするのは第三騎士団だ」
「それでも……足りない。私を倒すなら……騎士団全員……必要」
「勝手に勝負内容を決闘と決めんなよ。俺たちがする勝負は――」
和也はにっこりと笑い、
「鬼ごっこだ」
********************
「どうするつもりですか!?」
セシアは怒っている。それもそのはず、勝手に囚人に、ましてや敵にするのも恐ろしい人に勝負を仕掛けたのだから。
「なにを? 別に負けたら牢獄から出してやるなんて言ってないんだし」
「そういう問題ではありません。どうやって第三騎士団を動かすのですか? あなたに指揮する権限はありませんよ?」
「そこは権限のある奴が命令するんだよ」
「オストワル団長ですか?」
「違うよ」
そう言って、和也はにっこりと笑い、セシアを見つめた。
――兵舎食堂
「馬鹿なんですか!?」
フランが机を叩きながら立ち上がる。和也はフランの口を素早く抑え小声で話す。
「声がでかい。これはお前らしか話していない」
「なんで俺たちだけなんだ?」
その場にいた二クスは和也に質問する。
和也はフランから手を離し、
「あんまり本当のことは知られたくないけど、協力してくれる人が必要でな」
「にしても、あの伝説の殺し屋がよく勝負に乗りましたね」
フランの言葉に二クスが頷く。
「確かに。無罪放免ではなく食糧だろ? どんな洗脳をしたんだ?」
「洗脳とは失礼だな。普通に話しただけだ。リリの話によるとナトリアは自分から捕まりに来た。そのうえ、脱獄は可能なのにそれをしなかった。おそらく、出られない理由があるんだろう。なら、自分の欲望くらいまともにしたいと考える」
「それが食事の改善ですか?」
「あぁ。それに、ナトリアはこの勝負に勝利するのは簡単だと思っている。だから、勝負に乗った。あいつにとってこれは勝負じゃない。食事が改善される前の遊びとしか思ってない」
和也は悪い笑みを浮かべ、続ける。
「つまり、これはこっちには負けても支障が少ないが、勝った場合得るものが大きいという、低リスクハイリターンの勝負」
――時は遡り、地下牢獄
「シチュエーションとしてはお前がここから逃走し、第三騎士団が捕らえるという形だ」
「好きに……逃げて……いいの?」
「王宮の敷地内だったらどこでも好きに逃げて構わない。ただし、俺たちは手加減抜きで殺すつもりでかかると思うが、お前は手を出してはいけない。ただ逃げるだけだ」
ナトリアは、素直に和也のルール説明を聞く。
「物の売買や強奪も駄目だ。で、手錠をかけられたらお前の負け。日没まで逃げきれたらお前の勝ち。オーケー?」
「わかった……」
ナトリアが合意したことに和也は笑みを浮かべる。
「なら、誓約の儀をしようか」
「勝手に話を進めていますが、わたくしはまだ協力するとは……」
「確か姫さんなんでもするって言ってたような」
「そ、それは……」
「それにこいつは戦力になる。誓約の儀で逃げることもできない。負けても食事内容を変えるだけ。何がそんなに嫌なんだ?」
セシアはため息をつくが、和也の説得が功を奏し、協力してくれるようだ。
そして、和也はナトリアと向かい合い、
「明日が楽しみだな」
和也は笑ってそう告げた。
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