虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

70・さらわれた姫君

 薫がその光景を目に入れた時、強い痛みを訴える心臓と、引いた血が戻らない感覚を味わった。
 呆然と佇立する薫が、状況を理解しようと身体を動かすまでに数秒を要した。

「――――」

 薫は鼓動をその耳に聞きながら部屋の中に足を踏み入れる。
 特に争った様子はない。前にも入った景観が維持されている。だが、ベランダへと続く窓が割られて破片が部屋に散らばっている。
 陶器の紅茶はまだ温かい。つまり、クラリスがいなくなってからそれほど時間は経っていない。

 ……どうする?

 薫は一旦落ち着き深呼吸、同時に思考を巡らせる。
 状況から見て誘拐。なら、まだ彼女は無事だろう。
 彼女はあまり城から出たことが無いと言っていたことから、目的は彼女ではなく帝国。
 彼女を人質にする以上何らかのコンタクトがあるはずだ。

 薫は部屋を出て、真っ先にウィリアムの所に向かう。
 騒ぎを大きくするわけにはいかない。建国祭前に皇族が、それも城内で誘拐されたとなれば、騎士団と衛兵の警備も疑われ、信用は失墜は必須。

 今しなければならないのは、このことが公になる前に早急に事態を収拾しなければならない。
 敵の正体が分からない以上、騒ぎを起こして刺激するわけにはいかない。
 自分一人で抱え込んでも状況は変わらない。助けを求め、相談し、事態を解決する。
 
「ウィリアム!」

「……ん? どうしたんだいカオル」

 書類の山が崩れそうなほど不安定に机の上で積み重なり、インクの香りがするウィリアムの書斎。
 力強くドアを開ける薫に、ウィリアムの困惑した顔が出迎えて、薫は事態を説明する。
 慌てながらも、落ち着いて確実に伝えると、ウィリアムは部屋の外に誰もいないことを確認して扉を閉める。

「なるほどね。よりによって建国祭の前に事を起こされるとは」

「幻魔教の仕業なんですかね」

「その可能性もあるね。けど、帝国に恨みを持つ者は少なからずいるだろうから確信は持てないな」

「そうだ! その予言をした人に姫の場所を特定してもらうのは? 【予知】が出来るなら相当な易者。場所の特定ぐらい――」

「それは難しいだろうね」

 薫の提案を、ウィリアムの否定の声が遮断する。
 
「勿論、うちの騎士団で特定は進めていくけど、姫様のマナを遮られていた場合易者の恵術には引っかからないんだ」

「マナの阻害?」

「易者にはもの探しや人探しに向いた恵術が沢山あるけど、どれもこれ言わば【感索】に近いんだ。世界中に特定のマナを感知する。つまり、そのものにマナの反応が無ければ易者の恵術には引っかからない。微弱なマナさえも阻害する技術は、高価な魔石――封魄石を使えば珍しくないからね。誘拐するということはそれは手に入れているだろうし」

 魄籠を持たない一般人でも、空気中のマナを僅かに細胞に取り入れて、マナの反応は微弱ながらに出てくる。ましてやクラリスは恩恵者、易者で探索は可能だ。
 しかし、封魄石は帝国の牢屋にも使用されている弓兵の恵術【封魄】の効果を持つ魔石だ。何年にもかけて緋月の光を取り入れた希少石。
 
 魔石の大きさによるが、一定の範囲内にあるマナは他者から感知されることは無い。その範囲内にいる者全員マナが使えないという使い勝手の悪さが目立つ代物ではあるが、誘拐などには打って付けだ。

「じゃあどうすれば……」

「向こうから何らかのアプローチを期待したいけど、出来ればその前に片を付けたい。街中で高らかと要件を晒されたら街中を不安にさせてしまうからね」

「と言っても場所の特定が出来ないならどうすればいいんですか?」

「……少し時間がかかるけど、メリィに頼もうか」

「メリィさんに?」

 メリィは宮廷メイド長だ。クラリスの世話係を務めている彼女は、この事態に手を貸さないわけがない。
 だが、何故彼女なのだろうか。

「そういえばまだ言ってなかったね。メリィは帝国でも凄腕鑑定士なんだよ」

 

 ********************



「状況は理解しました。このメリィ、メイド長の名に懸けて姫の探索に奮励する所存であります」

「助かるよ」

 状況を聞いたメリィは落ち着いた物言いでそう言った。
 
「じゃあ薫はメリィと共に姫様の部屋に行ってくれ。間にオレは人の手配をしてくる」

 言ってウィリアムは歩いていき、すぐさまメリィは部屋に向かう。
 薫はその後に続いて、

「随分と落ち着いているんですね」

 目前メイドにの声をかける。
 メリィは早歩きではあるが、走ることはしない。落ち着いていると言えばいい話だが、ここまで淡白な反応だと焦燥感に駆られている自分が馬鹿みたいに感じてくる。

「そう見えるでありますか?」

 足を止めることなく、彼女は背中越しでそう言った。

「あ、まぁ、その……落ち着いていることは良いことだと思います。けど、あなたの反応はこのことが分かっていたような反応だったんで……」

「……お気を悪くさせたのなら申し訳ありません。これは癖みたいなものであります」

「癖?」

 メリィは瞳を閉じて、過去を脳裏に呼び起こす。

「私はもともと感情が身体に現れる体質だったであります。嬉しい時ははしゃぎ、哀しい時は俯いて、焦っている時は慌しい。そんな少女だったであります」

「……今とは想像できないですね」

「そうでありますな。ですが、それは戦闘には向いていない体質だったであります。表情が身体に現れるということは自分の手の内を少なからず敵に教えているもの。そこに付け込まれることもあります」

「何故戦闘を意識するように?」

「……私は元々別の家で仕えていたであります。と言ってもまだ見習いだったでありますが。母親と二人で住み込みで働いていましたであります。ご主人様もお優しく、当時の私は幸せでした」

 薫は口を挟まず、過去を語るメリィの言葉に耳を傾けた。
 彼女の言葉は幸せを思い出し微笑んでいるようだが、それでもどこか寂寥とした雰囲気を感じさせて、

「当時七歳の時でした。初めて帝都の外にお使いに一人で行った時であります。メモと睨みあいながら、何とか任務を遂行したであります。いつも通り、家に帰れば母の笑顔が出迎えてくれる。そう思っていた私を出迎えたのは、血と死体で汚れた現実でありました」

「…………一体何があったんですか?」

「私の仕えていた家は帝国に多大な力添えを賜っておりました。その為、帝国からの指示は従わざるをえなかったであります。嫌々ながら汚職にも手を染めたことがあります。その結果、“フェンリル”の標的になったであります」

「“フェンリル”って何ですか?」

「反乱軍の精鋭たちが集まった暗殺組織であります。構成人数は不明ですが、既に手配書が出回っている者もいるであります」

「つまり犯人はその組織……」

 当時、残虐な殺害現場と化したその家には“フェンリル”であろう人物が遺体で横たわっていた。
 おそらく警護していた衛兵と相打ちになったのだろう。

「ですが、ご主人様が汚職に手を染めていたのは事実であります。そこは自分にも言い聞かせたであります。ですが許せなかったのは……」

 メリィは足を止めて、珍しい激情をその瞳に静かに抑えて薫を見た。

「何も知らない母も……殺されていたであります」

「……つまり復讐……ですか?」

「初めはそのつまりだったであります。ですが、今ではお嬢様をお守りすることが、私の存在意義であります。では、捜査を始めるでありますか」

 いつの間にかクラリスの部屋に到着した薫達。メリィは綿手袋を両手にはめる。
 部屋に入り、数秒程部屋中を見渡す。

「姫のマナが途中で途絶えているでありますな。封魄石でこの部屋中のマナを消し去った後、侵入したというところでありましょうな。足跡の大きさからして相手はかなりの巨漢でありますな」

「足跡? そんなもの何処に……」

「それは鑑定士の恵術【鑑識】であります。敵も詰めが甘い。封魄石をどこかに忍ばせておけば、その排除に更に時間を要していたでありますのに」

「それで、姫の居場所は分かりそうですか?」

「難しいでありますな。マナの粒子を辿れば逆探知も出来るでありますが、封魄石によってその方法は難しい、かと言って足跡や指紋はベランダで途絶えているであります」

「くそっ! じゃぁどうすればいいんだ!」

「焦っても仕方がないであります。封魄石を使ったということは相手もマナを使えない。つまり空が飛べる恵術だったとしても使えないということになります。つまり、科学的な方法で飛行したか、この城を登ってきたということであります。前者なら少なからず目撃者がいるでしょうし、後者なら痕跡が残っているはず。諦めるのは早いでありますぞ勇者様」

 笑みを刻むメリィから溢れる安心感に、薫の焦燥感はかき消されて、落ち着きを取り戻させる。
 すみませんと謝罪する薫に再度笑みを浮かべると、メリィはベランダの柵に飛び乗る。

「一体何を!?」

「私は捜索を続けるであります。勇者様はウィリアム様と合流してすぐに動ける準備を。一時間ほどいただくであります!」

 飛び降りたメリィ。薫はベランダに出て映る城下の視界にメリィを探すが、彼女はすでにどこかへと消えていて。

「……お願いします!」

 聞こえているか分からないが、それだけ言い残して、薫はウィリアムの元へと向かった。

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