虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

69・闇の部屋

 実力を証明するための決闘は薫の勝利で終わった。
 終わると呆気ないもので、観衆の騎士や衛兵達は結果を見るや否や解散し、それぞれの持ち場へと戻った。
 ウィリアムは薫達の所に歩いていき、

「お疲れ様。二人ともいい戦いだった。ティファもこれで納得したかい?」

「はい。彼の実力は認めます。出過ぎた言動をお許しください」

 落ち込んだ表情のまま、ティファはウィリアムに頭を下げる。
 そんな彼女に、ウィリアムはそっと頭を撫でて、誰にも聞こえないように彼女の耳に顔を寄せると、

「ありがとう」

 たった一言囁かれる。
 その後文字に、ティファの心臓は高鳴り気分は高揚する。
 顔を赤く火照らせて、頭部に感じる温かく優しい感触を記憶に刻み付ける。

「さてとカオル、この後時間あるかな?」

「別に構わないけど」

「それじゃ少しいいかな。見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの?」

「ついてくれば分かるよ」

 ウィリアムは出口へ歩いていき、薫も後を追おうと足を進めようとしたその時、
 
「ちょっと待ってください」

 ティファの声が、薫とウィリアムの動きを静止させる。
 振り向いて視界に入ったティファの姿は、どこか腑に落ちないと言った表情で。

「一つ……聞いてもいいですか?」

「……何かな」

 ティファが抱く疑問。
 練度的にはティファが上。戦闘の資質などは薫が上だろうが、まだそれを発揮できる実力とは思えない。
 それなのに、ティファは薫に一撃も与えることが出来なかった。

「どうして、私の攻撃が避けれたのですか?」

 勘が鋭いといった感じではない。最早あれは後ろに眼があるか、未来予知と言ってもいいくらいだ。
 完全に見切られて、死角からの攻撃が意味をなさなかった。
 彼女の疑問に、薫は教えてあげようと言葉を選ぶ。
 薫と共に視界に入るウィリアムの表情は笑みを刻んでいて、ティファが抱く疑問の答えを知っているようだ。

「何故って、見えなかったから」

「…………?」

 薫の言葉を理解しようと、決闘の記憶を回顧するティファ。
 そんな彼女の記憶を開設するように薫が続ける。

「一つ、【神速】で消えて姿が見ないということは僕の死角にいるということ。二つ、君の攻撃は純粋で分かり易い。三つ、君は集中していなかった。最後にこれが初戦と言うこと」

 ヒントを上げるように述べる薫。
 彼女は薫の言葉を自分の記憶に反映させて理解しようと試みた。
 
 まず一つ、彼女は【神速】で姿を消したはいいものの、毎回背後や頭上からの攻撃になる。
 弓兵と違い姿を消すことが出来ない槍兵が姿を消すとなれば死角にいるか、障害物に隠れるかの二択。この場所で隠れるような場所が無いことから彼女の行動は前者。つまり、視野の広い薫にとって場所の推測は容易。

 次に攻撃の単調さ。
 彼女の槍術は、とても綺麗で丁寧だ。まさに見本のような槍術。故に知識として知っていれば攻撃を読みやすい。

 そこまで理解はした。だが、また疑問が浮き出る。
 場所の推測が出来たとして、何故ティファの攻撃を見切ることが出来たのか。
 薫が反応した時は、まだティファを視認出来ていない。
 彼女がどんな攻撃をするのか、薫には判断できないはず。

 その答えが三つ目、集中力を欠いていたことに繋がるのだろうか。
 最後の初戦だったからという意味とは。

 ティファの思考が止まるのを感じたウィリアムは答え合わせと口を開く。

「ティファ。君の攻撃が彼に見切られたんじゃない。君が彼の思い通りに攻撃していたんだ」

「思い……通り?」

「君の攻撃は見本のように丁寧だ。最初の数手でそれを感じた薫は、攻撃の誘導を試みた」

 わざと隙を作り、言動、行動、呼吸のリズム。いくつもの要素を巧みに操り、彼女に自分の思うような攻撃を仕向けさせた。人心掌握は戦闘でも有効だ。ウルドに摺りこまれたこの技術はまだまだ未熟だが、この時この状況なら通用する。

 相手は基本を極めた相手。
 トリッキーな動きをする相手よりも動きを理解しやすく通用しやすい。
 加えて彼女は、薫に苛立ちを覚え、細かいところまで注意出来ていなかった。薫が言動に似合わない余裕な笑みを刻んだのは、いわば挑発。冷静さを欠くための作戦。

 しかし、実戦経験は彼女の方が上だ。薫が生み出した隙は大雑把で分かり易い。
 隙が生まれたと確信が持てるほどに。普通ならそこで警戒する。だが、彼女はそれをしなかった。それは薫が戦闘慣れしていないと判断していたからだ。

 平和な世界で過ごしていた彼が、この短期間で剣術を完璧に操れるわけがない。
 生まれた隙は、彼の経験不足が如実に現れた結果だと、彼女はそう思い込んでいた。
 だから、あからさまなトラップにも迷うことなく突っ込んだ。

「とまぁそんな感じかな。僕の実力を見誤った油断と浅い読み、君の複雑な感情に阻害された動きのキレ。この二つが、攻撃誘導にハマった主な要因かな。だから、今からもう一度君と勝負をした場合、確実に僕は負ける」

 自分が攻撃していると思っていたのが、攻撃するように仕向けられていたなんて思いもしない。
 それも主な要因が全部自分が原因。自分の未熟さに腹が立つ。

「それに、この技術はあくまで予知しているかのような堂々とした振る舞いが求められる。迷いを見せたら逆に付け込まれるから。だから、この決闘には有効になるわけ」

「どういうことですか?」

「つまり、実戦じゃないということ。これが実践だった場合失敗したら終わりだけど、今回の場合、攻撃誘導に挑戦して失敗したとしても、寸止めで終わって死ぬことは無い。だから思い切った行動がとれた」

 本当に、この決闘だからこそ薫は勝てたということ。
 しかし、その状況に合った戦略がとれる彼の実力は本物た。
 そこは認め、自分も見習わなければならない。

「どう? 納得はいった?」

「はい……自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えるくらいには。……これからよろしくお願いします。カオル」

 彼女は不機嫌そうに右手を差し出した。
 さっきは薫が出した手を無視していたのに、今回は彼女から。
 少しは親密になれたかな。

「よろしくティファ」

 嬉しさで表情を緩めながら、薫はしっかりと彼女の握手に答えた。



 ********************



 ウィリアムの隣を薫は歩く。
 途中、城内の使用人達が笑顔で挨拶していて、若いメイド達にはウィリアムが通り過ぎた後、何やら楽しそうに会話が弾む。
 相変わらずの人気を感じながら、薫はウィリアムの言葉に耳を傾けた。

「そういえば、姫様様には返事したのかい? 今回だけじゃなく彼女の騎士として仕える気なんだろ?」

「いや、返事はまだなんだ。あの後一度も姫様とは謁見していないからね。返事は建国祭が終わってからしようと思う。今は姫様も忙しいだろうから」

 廊下を歩いていると、ウィリアムの脚はとある扉の前で静止する。
 重厚感溢れる扉は、まるで誰かを投獄しているように感じられる。

「ここは……」

「今から目にする光景は絶対に口外しないでほしい。この部屋の存在を知っているのは陛下とオレ、後は宮廷眷属だけだからね」

「そんなものを僕なんかに教えていいんですか?」

 この先に一体何があるのか。勿論口外する気など一切ないが、それでも秘密を抱え込める自信があるかと言えば不安だ。
 薫が自信なさげに言うと、ウィリアムは逆に得意げな笑みを刻んで、

「君にはこれから色々と助けてもらう場面があるだろうからね。情報を共有しておいて問題はない」

 ウィリアムは扉に手をかざす。
 ウィリアムのマナが扉に注がれて、ガチャリと何かが解錠した音が響く。
 
「この扉は普通に開けても何もない部屋に繋がるけど、認められた者がマナを当てると秘密の部屋に繋がる。いわばマナが鍵みたいなものだよ」

 説明を加えて、ウィリアムは扉を押した。
 重々しい音を響かせながら開く扉が、秘密の部屋を覗かせる、
steam
「さぁ早く入って。誰かに見られると面倒だ」

 急かされて、薫は部屋の中を確認するよりも先に足を進めた。
 薫が入室した瞬間、ウィリアムは扉を閉める。外の光が収束していき、窓のない部屋は暗然とした空間が出来上がっていた。

「…………これはッ!?」

 薫から驚嘆の声が漏れる。
 暗然とした空間を、瑠璃色の光が淡く照らす。
 この部屋がどれほどの広さ何か、内装はどんな感じなのか、この光量では分からない。
 故に、その光源が眼に焼き付く。瑠璃色の淡い光を放つ正八面体の結晶体。
 倒れないように台座に乗せられているそれは、薫の言葉は思わず漏れた声を最後に奪われる。

「姫様様の為にも君には……この国の闇を知ってもらいたい」

「この国……闇……」

 ウィリアムは光る結晶体に触れながら中を覗き込む。
 視界にはその結晶体に納めたまま薫は耳を傾けた。低い、怒りを感じさせるその声は、普段のウィリアムからは想像がつかなくて。

「エンドラの殺戮兵器事件は知ってるかい?」

「まぁ、噂と公表されている歴史程度には……」

「ここに眠るのは、その事件がきっかけで目覚めた初代勇者――――ライン・アルテミスの死体」

 目前に結晶体の中で眠る遺体の正体に、息を呑んだことすら自覚できないほどの衝撃。
 何故、そんなものがここに眠るのか。

「エンドラの町で復活を遂げたライン・アルテミス。しかし、理性を失った彼はただの殺戮兵器へと化してしまった。ただしそれは不完全な蘇生。活動時間は極めて短く、その肉体は滅んだ……」

「そこまでは歴史書で知っています。僕が知りたいのは、何故滅んだ肉体がここにあるかということ……」

 薫が尋ねると、ウィリアムは憎悪を込めた嘲笑に近い笑みを刻んで、

「簡単なことだよ。陛下はこの殺戮兵器を手に入れたかった。折角復活したのに、そのままにしておくのは勿体ないってね」

「けどッ! これは多くの犠牲を生み出した原因。これじゃあエンドラの町人達の処刑が、まるで利用したみたいじゃ――」

「正解だよ」

 遮られて、自分の言葉に溶け込むようなウィリアムの台詞に、薫の喉は感情的に溢れる多くの言葉で詰まり、吐き出すことが出来なかった。

「エンドラの町に“冥界の扉”を作らせたのは帝国。暴走は誤算だったようだけど、帝国の目的はあくまでライン・アルテミスの肉体の復活。目的が達成された以上、情報を持つ者は不要になる」

「まさか……エンドラの人たちは口封じのために濡れ衣を着せられたのか……」

「……そう。当時、まだオレは生まれていないけど、事件に関わっていた元騎士団長から聞いた事実だ。証拠もある。問題はこの遺体をどうするのか」

 今はあくまで保存している状態。肉体はあれど魂は存在しない、ただの肉塊だ。
 それでも、こうして厳重な機密事項として保存しているのは、それなりの理由があるから。

「ここからはオレの推測だけど、陛下はこの肉体を支配下に置くつもりではないかと睨んでいる」

「支配下って……どういう……」

「そのままだよ。ライン・アルテミスは歴代勇者の中でも最強。もし彼が自分の思うままに動く道具となった場合、それは最強のカードとなる」

「けど、そんなことして何になるっていうんだ。陛下はもう大陸を統一し帝国の長。確かに、戦力として最強の彼が味方になれば帝国の防衛線は強くなる。けど、帝国には騎士団も、宮廷眷属だっている。また暴走するかもしれない危険を背負ってまで蘇生する意味が分からない」

「陛下は権力において貪欲を極めている。騎士団長から皇帝、皇帝から――神になる」

 ウィリアムは天を指さし、力強くそう言った。
 神になるというのは、ライン・アルテミスを蘇生し、神――エンスベルを殺して、自分が神になろうとしているのだろうか。
 クラリスから聞いた冷徹な人格、人々を自らの野心のために利用するやり方。
 これほどまでに人に嫌悪的なイメージを植え付けられたことは無い。

「ウィリアムは……それを知って陛下をどう思いましたか?」

「流石に驚いたよ。でも、立場上オレが謀反を冒すわけにはいかない。騎士の矜持よりも、オレは騎士団の皆や、国民の命を優先する。だから、君に協力してほしい。」

「僕が謀反を?」

「違う、そうじゃない。クラリス姫様は帝国を内側から変えようとしている。そして君は彼女に選ばれた」

「姫様の傍にお仕えし、彼女の意志を尊重する。つまり、彼女の理想に手を貸してってことで良いのかな?」

「そうだ。今日君にこの場所を教えたのは、ここで怒りや憎悪、嫌悪感といった感情を飲み込み、かき消してほしかったから。怒りに身を任されて反逆でもされたら困るからね」

「……分かったよ。僕も帝国相手にする度胸は無いし、姫様の理想は好きだ。是非、協力させてもらう」



 ********************



 扉を開けると溢れる光に薫は思わず目を覆う。
 すぐさま部屋を出て早急に扉を閉めるウィリアム。薫がもう一度扉を開けた時は、何の変哲もない部屋と化していた。
 
「では、オレは仕事があるから持ち場に戻るよ。薫は姫様の所に行くんだろ? 部屋の場所は分かるかい?」

「大丈夫。城内の地図は海斗に摺りこまれたから」

 薫がこめかみを人差し指軽く突いてそう言うと、ウィリアムは笑顔でその場を去った。
 さてとと、薫は身体を伸ばしながらクラリスのいる部屋に向かう。
 似たような風景が続く場内を歩いて数分、何かが引っかかる。

「…………」

 誰とも会わない。
 ウィリアムと歩いていた時は、それなりに使用人たちとすれ違っていたが、今は人気が一切ない。
 偶然かもしれない。そう思って、薫は辿り着いたクラリスの部屋の扉を叩く。

「姫、逢沢薫です。突然の訪問お許しください。少しお話があるのですがよろしいでしょうか……」
 
 …………………

 返事がない。不在なのだろうか。
 薫はもう一度ノックする。結果は同様無反応。

「失礼します」

 薫は鍵のかかっていない扉を開ける。
 二度目の景色。女の子らしい桃色の内装、豪奢な家具と絨毯やカーテン。
 部屋から扉へと吹き抜ける風と――――――――割られた窓。

「姫……」

 ――――奇妙なまでの静寂が、薫を迎え入れた。

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