虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした
54・水の都
燦々と輝く太陽と、瑞々しいそよ風が優希達を出迎える。
街道には決まって整備された河川が隣接する。透き通った川の上にはゴンドラが行き来気して、複雑に橋という橋が交差して、川上の道を繋げている。
水の都『アクアリウム』――帝国八都市の一つであるこの都市は、アルカトラに唯一存在する太湖の上にある為、水上都市とも呼ばれている。
「凄いよメアリー! 川底がすごくくっきり見える」
日の光を反射する川を覗いて、笑顔で率直な感想を述べる皐月。彼女の言う通り、アクアリウムの水はとても綺麗で、すべて飲み水といっても不思議ではない。
だが、やはり使用目的はどこも同じだ。むしろ水源が豊かなこの土地の川は、利用頻度、目的の多さはガンジス川に匹敵する。
ならなぜ、アクアリウムの水はこれほどまでにきれいなのか。
「ほらそこ、所々光ってる奴があるだろう。あれは浄化石といって、水や空気を綺麗な状態に変化させる希少石だ。この都市の河川には大量に埋め込まれている」
「だからこんなに綺麗なんだね。私この都市気に入ったかも」
「私は気に入ったぞ。特にこの水饅頭は絶品だ。ひんやりと、それでいてプルプルな舌触りの葛の中には甘い甘い餡が一杯に詰まっている。なるほど、店主が宝箱と言っていたのも理解出来る」
川底を覗く皐月の言葉無き疑問に解説を加えるのは、幸せそうに店で買った水饅頭を堪能するメアリーだ。
光り輝く艶ややかな銀髪と、真珠のような黒瞳が至高の極みに緩み切る。
彼女の解説に納得の表情を浮かべる皐月。綺麗な黒い髪は短くなっている。帝都を出る際、新しく踏み出そうと思い切って短めに切ったのだ。腰あたりまで伸びていた髪は、今は肩くらいの高さに切りそろえられている。
「そろそろ行くぞー」
話している二人の所にジークの姿をした優希が、ジャラジャラと金の詰まった袋を持って戻ってきた。
アクアリウムには竜車が通れるほど道幅がある道は少ない。だから、ここで商売をしている商人は誰も彼も建屋や露店を持っている。
そんなものを持ち合わせていない優希は、最小の商品を持ち込んで即座に売り払う。
「で、どうだった? ま、その袋を見るに結果は分かるがな」
「あぁ、中々の売れ行きだった。どれもこれも言い値で買い取ってくれた。まぁ、一つだけ売れなかったが……」
そう言って懐から取り出すのは一つの人形だ。それは少年少女が欲しがるような可愛いものではなく、そこらに落ちていれば呪術の道具か何かと勘違いされそうな不気味な風貌の人形だ。
全体のフォルムは人の形をしているが、半開きの口と、白目が一切ない目が、歪な配置で顔を形成しており、紫紺色の体が不気味さを際立てている。
それを見せつけられて一番落ち込んでいるのは、優希ではなく、水饅頭を食べ終えた銀髪の元女神だ。
「ば、かな……」
「いや、これはどう考えても売れんだろ。どんなセンスしてんだお前」
「ふん、ティムル君の良さが理解出来んとは、お前も交渉相手も審美眼が欠如しているらしいな」
メアリーが三日かけて縫い上げた人形ティムル君を、不機嫌そうに優希から取り上げて我が子のように愛でる元女神。
優希は売る前から反対したのだが、意見を求め先が皐月の方へ行き、微妙な反応だったが、何とか美点を絞り出して、とりあえず売る努力はしてあげた優希。これを出した時の、「こいつのセンス大丈夫か?」と言いたげな商人の表情が今も脳裏に焼き付いている。
「それで、これからどうするんだ? 持ち込んだ商品はティムル君以外ないだろう?」
「まだそれ売る気でいんのかよ…………これからなんだが、二人は好きにしていい。こっちはちょっとやることがあるから」
「やること、ですか? それなら私も手伝いますよ」
「いや大丈夫。帝国建国祭でここも賑やかになるだろうから十分楽しんでくれ」
この数日で、皐月との距離を考えた優希は話し方も次第にラフな感じにしていき、今では優希もぎこちない演技を緩和出来て楽になった。
二日後は帝都で建国祭が行われる。ここアクアリウムでも建国祭で賑わう準備が進められている。
優希はここで別行動をしようと背中越しに手を振って歩き出す。皐月とメアリーに見送られながら、優希は目的の場所へ向かって行った。
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「ここか……」
優希が来たのはアクアリウムの中心部に位置する大規模なギルド。空色の瓦が特徴的なそのギルドは、アクアリウム唯一にして最大のギルドだ。構成員は三千人程で、いろいろな依頼を請け負っている。
優希はここに依頼に来たのだが、当然それが目的ではない。
……いた。情報通りだな。
ギルドの中にある洒落たカフェテリアでコーヒーカップを片手に見据えるのは、四人の少年少女。
リクエストボードを眺めて依頼を選考する彼らを視界に入れて、その中でも視点を合わせるのは一人の少年。
毛先がツンツンした刺々しいショートヘアーが若い活力のイメージを付加し、荒々しく感じさせる釣り目は、眷属にとって強者の風格を匂わせている。
鬼一翠人――優希の次なる標的だ。
全体的な配色が白と水色の和洋折衷な装束と、左腰に携えている日本刀が、風景の中に存在感を放っている。
そして予想通り、彼を取り巻く人物も元の世界と変わらない。
鬼一の隣で共に依頼を探す男。紺色の甲冑に背中で交差するように木刀を二本身に着けている。
右耳にクナイの形をしたピアスがぶら下がり、黒髪に青いメッシュがかかった頭部が、古風な装備と若い風貌のギャップが際立つ男、日向一夏。
優希の知る限りでは、鬼一と一夏は中学から知り合いで、高校でも仲が良かった。当然、鬼一がいるなら彼も共にいるだろうとは思っていた。
次に、彼らの後ろで依頼を選び終える二人を待つ少女二人。鮮やかな茶髪のポニーテールの少女は、飴を舐め、気怠そうに待っている。高校の制服に近い見る限り防御力皆無の身軽な軽装備、三十センチ程の杖を、専用のレッグホルスターで着けている。
もう一人は、肩に掛からない程度のショートカット少女。澄ました顔に健康な肌艶は十分に美少女と言える。こちらも動きやすく、腰の括れがはっきりした衣装で、矢筒が背中に、折りたたまれたショートボウが腰にベルトで固定されている。
茶髪の少女が布谷瑠奈。ショートカットの少女が花江哀。
鬼一との詳しい関係は知らないが、高校ではこの四人が一グループだ。
標的を確認した優希は、席を立ち、受付に足を進める。
目的は勿論依頼をする為だ。優希のいる場所から受付に行くには、鬼一達の横を通って行かなければならない。だが、それは問題ではない。
今の優希の姿は、この世界でジークと言う名の商人の姿だ。
当然、鬼一達の隣を通り過ぎようと、向こうは気にも留めない。
だからこそ、自然に、堂々と歩く事が出来る。不自然な動きを作らず、相手に悟られず、相手が気にも留めないように、自分も相手を気にせずに歩く。
互いが互いに通行人の一人に過ぎない今、足音を消す、気配を殺すなどご法度だ。
人の多いギルドの中、自然に、風景に、周りに溶け込む事が求められる。
呼吸のリズム、全身の挙動、歩幅、歩速……自分の事は自分が一番理解していると言う台詞があるが、実際は自分の身体は自分の思い通りになっていない事は多い。
状況、感情、環境、その他諸々の原因が、気付かないうちに、日常との変化が現れる。
そして、その不自然さは理解してしまった瞬間、修正しようと身体が働き、更に不自然な動きに変わる。
普通なら気にも留めない変化だとしても、感覚が研ぎ澄まされ、マナという明確な波長を読み取れる恩恵者に対しては、大声で近付いているようなものだ。
本来、いつ如何なる状況でも、日常との区別なく、自分が自分でいられるようになるには、充分な訓練が必要だ。
だが、優希の権能を使えばそんな訓練など必要ない。身体に覚えさせるという感覚的なものではなく、脳に全身に刻み込み、どんな状況下でも、普段と変わらず行動できるように、〖命令〗してやれば良い。
〖行動命令〗。この能力は、自分の意思に関係なく肉体を働かせる事が出来る。
この能力の主な用途は、敵の攻撃に対して、自動的に回避、反撃体制をとる反射だが、今のように、意識と肉体を切り離して動かしたい場合にも有効だ。
能力の性能は、鬼一達の反応を見れば明らかだ。
一人の通行人として、彼らの意識下に置かれ、警戒どころか、視野に入れようともしない。
存在には気付いているだろうが、マナの波長、殺気のない視線。本来なら相手に悟られないように身体を動かし、逆に警戒を煽る事になるが、権能の力で自由自在に心身操作が可能な優希は、容易に鬼一達の意識に溶け込んだ。
そして、受付に辿り着いた優希は、
「指定で依頼をしたいのですが……」
青写真を描く優希。彼の第二の復讐開始の合図が、誰に聞こえるでもなく静かに鳴り響いた。
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