虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

42・勇者

 
「ウギィィィイイ!!」


 時期は優希が竜崎達に見捨てられた頃。
 帝都西区の門から出て数百メートルの魔境で、魔族の叫喚がこだまする。
 紫の体毛が全身を覆い、お尻は赤く、攻撃的な眼光が五人の少年少女を突き刺す。


「ウギィ、ウキィ!」


「だぁあああ、ウロチョロと猿みたいに!」


「落ち着いて和樹。猿みたいって猿でしょあれ。糸出してるけど」


 見た目は紫の体毛を纏う猿、だが、猿は指先から糸を放出し、森林という環境を巧みに利用していた。
 猿蜘――紫の体毛を持つ猿で、森林の中を鳥のように華麗に動く高い機動力を持つだけでなく、ゴリラ並みの腕力、さらには人差し指から蜘蛛のように粘着力のある糸を排出する。
 その素早く前後左右上下と幅広い移動範囲に苛立ちを覚えるショートヘアの少年は追村和樹おいむら かずき。槍を構えて猿蜘へと突き刺すが、中々捉えられず地団太を踏んでいる。


 そんな彼を宥めるのはハーフアップの少女、椎名葵しいな あおい。右手にはベージュのリコーダーを持っている。革製の防具を身に着けていることいがい、彼女の装備は確認されない。


「あの猿、さっきから、両手交互に、糸出してる、なら――」


 眠たそうにショートボブの少女、田村たむらひまりは、そのおっとりした目で狙いを定める。
 弓を弾き矢先で捉えるは、猿蜘が次に糸を出して移動するであろう樹。
 そして彼女の予想通り猿蜘は引き寄せられるかのように糸を出して、


「ウギィァ!?」


 突然飛んできた弓を辛うじてかわす。
 だが、体勢を崩してしまい一瞬だが機動力が無くなった。ほんの一瞬だ。しかし、彼らはこの隙を見逃すほど戦闘に関して素人ではない。


「今だちーちゃん、拘束!」


「分かった! 【鎖縛】!」


 少年の掛け声に呼応して少女は杖を構えて恵術を発動する。
 全身から淡い光が少女を包む。セミロングの茶色交じりの黒髪が動くたびに揺れ動く少女、上垣茅原うえがき ちはら
 彼女から溢れるマナは次第に杖の先端へと移動し、茅原が杖を猿蜘に向ける。
 すると、猿蜘の周囲、虚空から突然鎖が現れ、猿蜘を縛り上げる。マナで構成された鎖は猿蜘を縛り上げ、身動きを完全に封じ込めた。


「和樹!」


「おう! 今なら俺でも――おらぁ!」


 少年の合図はタイミングといい人選いい的確で、一切のズレや食い違いもなく和樹は合図を出した少年の思うように、踏み込んで槍を投擲する。
 勢いよくらりの先端は猿蜘の身体を貫いて、


「キィ!!」






 ********************






「いやぁ、疲れた疲れた。今回俺が一番頑張ったよな。いやー俺マジ頑張ったわぁ」


「はいはい和樹は頑張った頑張った」


「なんだよその適当な扱い」


 魔境からの帰り道、先頭を歩くは自称MVPの和樹。一仕事終えたかのように肩を鳴らして歩き呟く和樹の言葉を葵はこちらも疲れているのか軽くあしらう。そして、追い込むようにひまりは団子を食べて、


「でも実際、和樹はやけくそに槍突いてただけ。薫の指示が無かったら、ただの役立たず」


「……ひまりはもう少しオブラートに包むことを覚えようか。薫もなんか言ってくれよ。俺そんなに役立たずだったか?」


 縋るように和樹は最後尾を歩く少年に目を向ける。
 爽やかなショートヘアはそよ風でなびき、防具も何もつけていない青シャツから見える体はとても引き締まっている。黒いズボンをブーツインさせて、軽い足取りで皆の後に続いていた少年、相沢薫あいざわ かおる
 突然話を振られて耳をこする程度にしか話を聞いていなかった薫はキョトンとしたまま、


「え、あぁ、和樹は頑張ってたよ」


「なんか覇気のない返事だな。まぁいいや、実際薫の掛け声があるだけでだいぶ変わってくるしなぁ」


「急になんだよ。僕は何もしてないよ」


 自嘲気に笑う薫に、少し前を歩いていた茅原は薫の横に移動し彼に歩幅を合わせる。茅原の眼の高さに薫の肩が足の動きに合わせて動く。
 彼女は薫の眼を見つめて、


「もう、薫はすぐに何もしてないって言うんだから。私たちのリーダーなんだからもっとしっかり、和樹ぐらい無駄に自信満々でもいいんだよ」


「あれ、なんか俺が悪く言われてる気がするんだが」


「気にしたら、負け。茅原は、薫以外は、結構毒吐く」


 薫に救いを求めた結果、まわりまわって軽くディスられた和樹。ひまりは興味なさそうに呟いて、団子を頬張る。
 薫は話を切るように手を叩いて、


「さぁ、誰が活躍したとかは置いといて、早く町に戻ろう。海斗が店を抑えてるみたいだから」


「そうだね。藤枝君も待ってることだし、早くもどろっか」


 そんな話をしているうちに、薫達は帝都へと戻っていた。薫達が拠点にしているのは帝都の西区。
 商業が盛んな西区では物が揃えやすい。最低限の装備しかもらえない『始まりの町』で長居するよりはこちらで活動した方がいいと考えた薫達は、誰よりも早く帝都へと向かっていた。
 幸いアルカトラに来た時に支給された金額はかなりの高額だったので、いきなり帝都で活動するとなっても大した苦はなかった。
 一応今のところは順調に進んでいる。


 優希達の目標は元の世界に帰ることだ。そのために彼らは魔族を倒して、この世界を救わなければならない。
 彼らも魔族を倒せばエンスベルが願いを叶えてくれるという情報を得ていた。
 というのも薫達にはもう一人仲間がいる。彼は戦闘には参加しないがその分この世界の情報を集めていた。


 藤枝海斗ふじえだ かいと。恩恵は易者で、アルカトラに来た時もやけに落ち着いていた人物だ。彼はこの世界で薫達が練度上げを行っている間に、この世界について調査していた。当然アルカトラの聖書にも目を通して、元の世界に帰る方法を幾つか予想している。


 彼は一応薫の仲間だが、この世界に来てからというのもあまり行動を共にすることがない。
 もちろん恩恵の役割から戦闘に向かう薫達と情報を集める海斗に分かれても不思議ではないが、それだけではなく、この世界では町にいるときでもあまり会うことはない。
 会うのは偶に情報を伝えてくれる時だけだ。今回のように店で慰労会に参加するなんてことはまずなかった。


「ここかな」


 一枚の紙に記載してある店名と、店の看板に書いてある店名を見比べて、海斗がいる店であることを確認。アンティークドアを押して、店の中に足を運ぶ。
 夕暮れ時、扉を開けると茜色の光が店内に差し込む。扉を開けると鈴の音が薫達を出迎え、店員に存在を伝える。


 中には五席ほどテーブルがあり、ちらほら人が飲み食いしている。
 その中で人席だけ、寂しそうに一人座っている席がある。
 少し長めの髪に眼鏡をかけた少年。黒のブレザーに赤いネクタイ、チェック柄のズボンを履いた少年。
 薫は見つけるとすぐに彼の元へと足を進める。他の皆も後へと続いて、薫と眼鏡をかけた少年と目が合う。


「やぁ海斗、相変わらず制服好きだな」


「久しぶりだな。相変わらず汚れてないな」


 海斗が視線をずらした先は、薫が背中に担ぐ一本の剣。帝都で新調した剣だが、実はまだ一度も使っていない。全く使っていないわけではないが、まだその剣で、いや、アルカトラに来てからというもの一度も魔族を殺めたことがなかった。
 練度上げにしても魔族を切ることはなく、すべて気絶で終わらせている。最近に至っては、戦闘にすらまともに入っていない。ただ指示を出すだけ。


 海斗はその場にいたわけでもないのに、それをすぐに見抜いた。
 剣は鞘に納まっているものの、あまりボロボロになっていない柄、他の皆は多少汚れているが薫だけは一切汚れていない。あくまでこれだけの情報から読み取った推察だが、薫の反応から間違ってはないことを確認する。




「それじゃ、久しぶりに全員集まったということで、乾杯!」


「「「「「乾杯!!」」」」」


 和樹の号令で全員グラスを合わせて一気に飲み干す。
 次々に並べられる料理に手を出しながら、慰労及び反省会を始める。まぁ、途中から話はそれて結果的にただ騒ぐだけに変わるのだが。
 かれこれ数時間、最終的には周りの客も一緒に騒ぎ通して、落ち着き始めた時間帯、話があると言われて海斗と薫はカウンターに移動していた。


「で、何を隠してるんだ?」


 唐突に、海斗は問いかける。
 眼鏡をかけなおし、グラスを傾ける海斗に、薫は出されている菓子を食べてから、


「何のこと? 僕は別に何も隠し事なんかしてないよ」


「お前は隠し事はしない、というよりは出来ないという方が正しい。上垣から聞いている。最近は剣すら抜いていないらしいな。召喚当初は先陣きって支えていたのに、今では完全に司令塔だな。確かに自分ばかり活躍しては他の奴の腕が落ちるのも分かるが、まだそれほど練度差はないだろう。それがいきなり戦うことを止めている」


 海斗がここ最近の薫の変化について思うところを述べると、薫は軽く笑みを刻む。諦めるような笑みを海斗に向けて、


「なぁ、海斗の練度って今どれくらい上がってる?」


「俺のか? 1200ってところだ。あんまり外に出てないからな。暇なときに恵術使って少しずつ上げてるが、それでも少しずつ伸びしろが無くなっている」


 偶然かそれとも分かっているのか、海斗は話の進みやすいところを踏まえてきた。
 練度は上がれば上がる程伸び率は悪くなる。それがアルカトラに来る前、エンスベルが簡易的に作ったあの世界で説明していたことだ。


 薫は首にかけていた眷属プレートを外して海斗に渡す。
 銀色に輝くそれは、店内の灯を反射して、海斗の眼鏡を照らす。
 渡された当初から変わらず、恩恵、名前、練度が記載されている。そして、驚いたのは練度の部分、本来なら茅原達と変わらないはず、最近に至っては戦闘していない為、もしかしたら茅原達よりも低い可能性すらあった。だが、薫の練度は、


「なるほどな。これが戦闘に参加しなくなった理由か」


 4670――薫のプレートに刻まれている練度の数値だ。
 あと少しで5000、つまり天恵が使えるようになる。


「違和感に気付いたのは最近。全然練度の伸びが変わらないんだ。僕としてはありがたいんだけど、なんかみんなを置いていくような気がして」


「で、自分が次のレベルに進む前に皆を優先的に鍛えてたわけか。みんなに黙っていたのは、その現象を狙って狙われる危険を防ぐためか」


「練度の伸びが悪くならないってことは、成長速度も速い。簡単に力を身に着けられる。利用するにしろ排除するにしろ狙われる可能性があるからね。少なくともこの現象が何か分からない限り皆に知らせようとは思えないな」


「……なぁ、その力について思い当たるところがあるんだが」


「ほんとに!?」


 薫の声に周りが振り向く。
 軽く一回咳払いして、


「もっと早く君に相談しとけばよかったな」


「まぁ、俺も詳しいわけでもないからな。それは詳しい奴に話を聞くとしよう。それに丁度彼と合わせる予定だったからな」


「もしかして、今日海斗が慰労会参加したのってなにかさせる為?」


 薫がジト目で返すと、海斗は眼鏡をかけなおし、にやりと笑った。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品