虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

37・告白



 ノマルドの安全ルート時から離れてもう三日経っていた。
 柔らかい湿地の感触にも慣れ、サバイバル生活も様になってきた。
 勝手に帰るのではないかと不安だったメアリーも、春樹によって変幻自在に変化する虫料理の数々に胃袋をつかまれたようで、文句ひとつ言うことなく過ごしていた。
 最上の方は二日目から川の泥臭い魚を料理してもらい、そちらを主に食べている。


「まぁそんなこんなでカンナ達は元の世界に帰る方法を探してるの。なんか知らない?」


 食事中。今日もまた見た目に反して美味な虫料理をいただきながら優希達は雑談していた。
 昼間は主に状況打破のために時間を使っている。全員の目印である最上は拠点から動かずに恵実と共に片付けを担当し、春樹と柑奈は虫を採取、釘町と燈は川で魚を取る。
 西願寺、優希、メアリーで周囲の散策を担当し、夜は休んで次の日の備えるといった形だ。


 そして柑奈達は情報収集の為か、優希とメアリーに現在に至るまでの状況を説明し、元の世界に帰る手がかりを尋ねた。
 彼女らも優希と同じように、エンスベルがアルカトラと元の世界を行き来していたことに気付き、帰る方法を模索しているようだ。


「すいません。ちょっと力になれそうにないですね」


 元の世界に帰る方法は優希も調べているところであり、生憎彼女らの質問には答えられない。仮に知っていたとしても教える機など一切ないが。


「で、お前たちは元の世界に帰ったとして、それからどうするんだ? なんか夢でもあるのか?」


 ただの興味本位。メアリーは優希の記憶を覗いたために優希達の世界のことを知っている。そんな中、彼女らが帰還後どう過ごすのか知りたくなったのだ。
 柑奈達はメアリーの質問に数秒考えこみ、まず最初に切り出したのは春樹だった。


「オレはそうだなぁ、まぁ一通りほとぼりが冷めたら、またラグビー頑張るかなぁ。幸いここで過ごした分身体を動かすことが増えていい筋トレになってるし」


「コックとか目指さないのか? お前の腕ならそっちの方がいいだろう?」


 確かにアルカトラでの暮らしは、元の世界に比べて過激だ。
 帰還できたのなら、驚くほどに体は軽く、動体視力も桁外れに上がっているだろう。ラグビーに限らず、あらゆるスポーツで活かされると思う。
 だが、彼はそれと同時に料理が上手かった。趣味や一人暮らしで培われたものとは違う、本格的な腕と味付け。それはこのアルカトラという未知の場所の食材であっても活かせるほどに知識もある。
 メアリーはてっきり料理人でも目指して誰かに弟子入りしていたのかと思っていたのだが、彼の反応からそちらの道に関してはあまり気が向かないようで。


「オレの実家が地元で有名な定食屋なんだけどさぁ、親父が俺を跡継ぎにしたくて小さい頃から、いろいろ仕込まれたんだけどな、オレはラグビー選手になりたいんだよ。で、いろいろ言い合って、一回でも花園……全国大会に行けたら大学でも続けるって約束取り付けたから帰還したらひたすら練習かな」


「そうか……それは残念だ。お前の店なら毎日通いたいものだがな」


「ハハハ、そりゃ嬉しいね。けど、オレの夢は変わらないからさ」


 嬉し気に笑う春樹を横目に続いたのは柑奈だった。
 座っていた彼女は唐突に立ち上がり、その起伏のない胸に手をやって、自信に満ちた表情を浮かべて、


「カンナの夢は身長百六十センチ! これだけは外せないわ」


「なら牛乳ちゃんと飲まないとね」


 横から釘を刺されるように恵実に言われた柑奈は、高らかに宣言した状態のまま数秒硬直し、


「ぎゅ、牛乳無しで身長を伸ばすことよ!」


「あ~ダメだよ好き嫌いは。もうかわいいなぁ~このこの~」


「なぁー! 頭を撫でるな身長縮む~!」


 恵実は人形でも抱きしめるかのように柑奈の後ろから抱き着き頭を撫でるが、柑奈は嫌がる子猫の反応で返す。それがさらに愛らしいと恵実は撫でるのを止めない。
 次いで答えたのは最上だった。彼は春樹によって泥臭い川魚から市販の刺身へと昇華した海鮮料理を口にしながら、


「俺はこれと言って夢はねぇかな。一応趣味でバンド……ギターやってるくらい、あんま上手くねぇけど。まぁその路線で目指すならギタリストか。まぁよくわかんねぇや」


「ほぅ、ギター弾けるのか。それは一度聴いてみたいものだな」


「健は結構上手いよ。私が保証する」


 ポニーテールを揺らして自分のことのように自慢げに語る燈。
 最上は彼女の前でギターを弾いた覚えがなく、少し疑問を感じたが、あまり気にするほどでもないので心の中で止めて会話を流す。


「皐月は夢とかってあんの? あんまそういう話聞いたことないけど」


「わ、私!?」
 自分から話していた柑奈達とは違い、唐突に話を振られた彼女は思わず吃り、数秒考えた後、頬を赤らめて、横にいるメアリーにすら聞き取りづらいほど小さな声で、


「お嫁……さんかな」


 言っててさらに恥ずかしくなったのか、皐月は思わず手で顔を隠してしまう。
 そんな彼女の反応に、話を振った張本人の最上は慌てると同時に緊張しながら、


「別に恥ずかしい夢じゃないよ全然! ほら、皐月ならいいお嫁さんになるって、俺が保証するって」


「……」


 最上の反応に燈は黙り込む。
 俯いてるせいか前髪で目元が見えず、けれど寂しそうな表情をしているのは読み取れる。
 そのことに気づいたのは優希とメアリーのみ。だが、その理由に気付いたのはメアリーだけのようで、何故か愉悦に浸る笑みを浮かべていた。


 そして優希はこの場に誰か足りないことを今更ながらに認識した。
 気付いているものは少ない。だが、優希より先に気付いた人物はもう外に出ているようで、表情をうかがう前に階段を下りていく背中を見るしかなかった。


「すいません。少しお手洗いに」


 軽く会釈しながら優希は小屋を出る。
 すると野営用のテントの中に明かりがついていた。
 暖色系の光でテントの中に人影が生まれる。
 膝を両手で抱え込んで座り、明りの光魔石をただ黙然と見つめている。


 優希は小屋を出て階段のところで座り、聴覚を研ぎ澄ませる。
 柑奈達の騒ぎ声が強く響くが、優希が聞きたいのは小屋の喧騒ではなく、テントから聞こえる微かな談話だ。
 瞳を閉じ、湿気臭い風をその頬に滑るのを感じて、優希はテントに耳を研ぎ澄ます。
 周囲の物音や話し声が騒がしいというのに、少し集中すればイヤホンでもしているかのように、テント内の会話が聞き取れる。


「こんなところにいたんだ。そこ、座っていい?」


「恵実……」


 一人感傷に浸る朝日に、恵実はそのセミロングの髪を整えながら、爽やかで落着きがある笑みを浮かべる。
 そんな彼女に朝日は一人になりたい、しかし彼女が来てくれたことが嬉しいような複雑な感情を抱きながら、それでも彼女の前では笑顔であろうと無理やり笑みを刻んで、場所を開けるように剣を置くに移動させる。


「どうしたのそんなところで。また昔のこと思い出してた」


 朝日が今なぜ落ち込んでいるのか、恵実は知っているようで、


「もう二年か……まだ思い出すの?」


「ハハ……情けないよな、過去の事をぐずぐずと」


 スポーツ刈りの頭を掻いて自嘲気に笑う朝日。恵実はそんな彼を見て、ただ明るく笑いかける。


「将来の夢……朝日の夢は野球選手、それはまだ変わらないの?」


「恵実は意地悪だなぁ。分かっててそれ言うの?」


「ごめんね。けど、今思うとここに来たのは幸運だったかもね。落ち着いて考える時間が出来た」


「そう……かもね」






「……」




 優希には彼らが何の話をしているのか、少しだが理解できた。
 それはまだ優希が彼らと共に過ごしていた時、軽く話した程度の記憶。
 釘町朝日は幼少期から野球をやっていた。ただの一般家庭で育った彼は、なぜ野球にこれほどまでに引かれたかはわからない。けれど野球をしている時は時間がいつも早く過ぎていた。
 真面目で努力家な彼は練習に励み、中学の野球部ではまだ中学二年だというのに、エースを任されるようになるくらいに上手くなった。


 そんな中、朝日の先輩には高校からは家庭の事情で野球を続けられない人がいた。野球部のキャプテンだったその先輩は人望も厚く、彼の野球人生は花を持たせて終わらせようと、部員全員が全国大会に向けて練習に励んでいた。
 朝日もまた同様に、努力していた。それもその先輩と朝日は部員の中でも最も仲が良く、お世話になっていた為、彼の意気込みはどの部員よりも強かった。
 ――だがその思いは強すぎた。


 全国中学野球軟式野球大会の出場をかけた試合。
 朝日の中学は毎年出場できており、この試合も大丈夫だろうと観客や応援に来ている生徒達の誰もが思った。


 彼は先発としてマウンドを踏む。もちろん選手たちは油断などしない。どんな相手だろうと手加減や余裕の表情など見せずに、正々堂々とスポーツマンシップに乗っ取ってプレーをする。
 朝日は一回裏から見事なピッチングで相手に得点を与えない。
 だが、体力は無限ではない。むしろ朝日は体力にあまり自信がなかった。七回全部を投げ切ったことはない。当然疲れと共に制球力と休息も落ち、相手に打たれだしてくる。
 最初はチーム全体でカバーしていたが、それにも限界がある。
 五回裏、点差は五対三で朝日の中学が優勢だ。
 だが、この回にピンチが訪れた。
 ワンナウト満塁、ピッチャーはまだ朝日。だが、彼も限界を超えていることは誰にでもわかった。これ以上点差を縮ませるわけにはいかない。


「交代だ」


 監督の同情交じりの声が朝日に響く。
 だが、彼にも意地があった。
 自分が作ったピンチは自分で押さえたい、ここで終わらせるわけにはいかない。自分なら出来る、自分が無理なら、他の誰にもこのピンチは切り抜けられない。そんな傲慢な気持ちが朝日を支配していた。
 プライドという言葉を先輩の為と繕って、チームの意見を無視して彼はマウンドに残った。
 この試合は重要だが、最後ではない。
 この試合に勝てば、全国でまだまで野球ができる。むしろ先輩に最高の形で引退してもらうには、ここで交代した方がいいのは朝日自身分かっていた。だが、それでもここで交代するのは、何故かみじめに感じられてピッチャー、ましてやエースの自己満足にすぎないプライドが許せなかった。


 朝日は意地でもマウンドに残り、チームも彼を信じるよりかは、半ば諦める形でポジションに戻っていった。
 そして、彼が意地とプライドで残ったこの試合の結果は――


「……ッ」


 惨敗だった。
 交代を押し切って、投げた一球目は、握り損ねの棒玉を放り、対するバッターが四番の強打者ということもあり、いとも簡単にスタンドに叩き込まれた。
 あっさりと今までの努力は一時の意地によて砕かれた。
 この時、本人には言わないが陰で彼を責める者もおれば、仕方がないと、君のせいじゃないと励ます者もいた。だが、そんな他者の評価など朝日には関係なかった。この結果を招いた事実が彼にとっては強いトラウマとなった。先輩に花を持たせるどころか、三十年ぶりに全国にも行けないという実績を塗り付けてしまったのだ。


 それ以来、朝日はボールを投げられなくなってしまった。
 投げようとすると、その時の記憶がよみがえり、身体が委縮してしまう。今までのように速く正確で気迫あるピッチングが出来なくなった。それどころか、チーム内にも居場所を感じられなくなり、気付けば彼は、野球をすることは無くなっていた。


「あたしね……朝日のこと、中学のころから知ってたんだー」


「ぇ……」


 朝日の記憶では恵実と出会ったのは高校からだ。顔を合わせたのは教室だが、親しくなったのは野球の試合を見に行った時、そこに偶然いた恵実と野球好きということで意気投合した。
 だが、彼女はそれより前に朝日の事を知っていたようで、朝日は思わず驚嘆の感情が声となって零れ落ちる。


「ほらあたし野球好きで、中学の頃野球部のマネジャーしてたじゃない?」


「いや知らないけど」


「で、試合とか遠征で朝日のこと見かけたんだけど……なんでか引かれたのよねぇ」


 その時僅かだが、朝日の頬が赤く染まる。光魔石のせいで分かりづらいが、朝日の表情は照れ臭そうに、それでも嬉しそうに、表情が緩くなる。


「確かに上手かったけど、別に目立ちまくる感じでもないし、イケメン過ぎるってわけでもないし、有名人の子供ってわけでもないし」


「酷い言われようだねぇ」


「でも最近分かるようになってきたんだ。野球が出来なくなっても、野球選手になりたい、野球を諦められない、もっとやりたいと心から思ってる。試合を見るときは寂しそうにしてる。そんな一面を見てきた今だからわかる」


 恵実は視線を合わせない。けれど、それでよかったと朝日は思う。今の顔を恵実には見せたくなかったから。


「あたしは……野球をやってる朝日が好きなんだって」


 言い切った。清々しく、大胆に、彼女は野球をする彼が――野球を愛し、夢に向かってひたすら努力する釘町朝日が好きなのだと。
 朝日の鼓動は跳ね上がる。体温が上がると同時に、彼の心は葛藤する。
 野球は続けたい。けれど、まだあの時の、傲慢で自己満足によってチームメイトに迷惑をかけ、最悪の形で先輩の野球人生に終止符を打ち、批判され、孤立し、逃げるように野球をしなくなった釘町朝日を思い出す。
 利き手の左手が震える。ボールが投げれなくなった手が、小刻みに震える。その震える手をそっと握りしめるのは朝日の右手ではなくて。


「トラウマを克服するのがいつになるかわからないけど、あたしは待ってるから。あたしの夢は今決めた。朝日に甲子園に連れて行ってもらうこと。ぴピッチャーじゃなくてもいい。野手でもベンチでも、もう一度楽しそうに野球をやる朝日を近くで見たい。もっと朝日の傍にいたい」


 戸惑う朝日に恵実は笑顔を崩さず、頬を赤く染めるが恥ずかしくはないようで、はっきりと、朝日の手を自分の手でぎゅっと包み込んで、今度は視線を朝日に向けて、


「今はまだ返事はいい。元の世界に帰ったら、返事聞かせて。もちろん甲子園でね!」


 言うだけ言い切って、恵実は勢いよくテントを出た。
 外にいた優希は彼女がテントから出ていくに合わせて身を隠す。
 そして再び覗き込むように恵実を見た。
 さっきまであんなにも大胆だった彼女は顔を手で覆い、今になって羞恥心が蘇ったのか、湿った地面を何度も踏みつけて、言っちゃった言っちゃったと聞こえそうな素振りを見せつける。


 それでも彼女の表情は、後悔ではなかった。いつもは落ち着きがあり、柑奈達のお姉さんのような存在だった恵実の今の表情は、どこにでもいる恋する乙女のようで――
 

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