虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした
15・権能
優希がパンドラに教わった権能の能力は七つ。
肉体情報を上書きする〖機能向上〗。
情報を保存する〖予備情報〗。あとで分かったことだが、保存先はパンドラの脳らしい。そして、そこから情報を読み込んで現実で反映させる〖読込〗。一見万能ともいえるこの能力は、使用すると十秒ほど権能の能力が一切使えないらしい。戦闘時に十秒権能の能力が使えないのはかなりのリスクだ。今後の使用は考えなければならない。
そして、脳に命令して洗脳する〖思考命令〗、肉体に直接命令し、意識に反して操ったり条件反射や無条件反射を作り出すことができる〖行動命令〗。
最後に相手の位置をマナや視線、気配から場所を把握できる〖検索〗と他者に唯一干渉できる〖接続〗。
 
「つまり、こいつに〖接続〗して、肉体情報を俺の体に上書きするって感じか」
パンドラの思考を推測し、自分なりに方法を模索して言葉に。
パンドラは優希の推測した方法に、「あぁ」と肯定しながら、付け足す。
「その前に〖予備情報〗しておかないと、元には戻れないから気を付けるんだな」
彼女の助言を心にとめながら、優希は〖予備情報〗した後、ジークの頭部に手を添える。
〖接続〗は、基本的にどこに触れても問題ないが、接続できるまでの時間が変わってくる。
頭部でも三秒、そこから頭から離れれば離れるほど効果を発揮するまでに時間を要する。一番遠い足部で七秒だ。そして、〖接続〗している間は相手にも寒気や嫌悪感が感じられているため、戦闘中に仕掛けることは難しいそうだ。
だが、今回は死体。死体相手では使える能力は限られてくるが、優希が使うのは〖接続〗。そして、
「〖走査〗――ッ……」
〖走査〗はその名の通り、接続先の情報を調べ上げる。お前に素材や成分などが走査対象だ。
しかし、この能力が優希が鑑定士であることの意味を否定しているような気がして、便利だが素直に喜べない。まあ鑑定士の恩恵に特別思い入れはないため、そんな感情は数秒で消えてしまうのだが。
そして、一通り走査したジークの情報を自分の体に〖機能向上〗する。普通なら自分の体が他者の体に変わるなど想像もつかず、不安や恐怖から実行を躊躇するのだが、生憎今の優希はそのすべての要素がパンドラとの契約で消えている。
「……どうだ?」
「あぁ、外見は瓜二つだ」
近くに鏡がないため、パンドラに効果が発揮されたかどうかを確認する。
綺麗な白髪のから覗かせるは猛々しく情熱的な緋色の瞳。その相対する色を引き立てるような健康的な肌色。幸い身長などはさほど変わらなかったため、立ち上がった時の視界のブレは少なく、感覚の違和感以外は問題なかった。
彼女の返答、外見は瓜二つとのことだが、優希からすれば変わったのは外見だけではない。
血液型、体付き、指紋まで完全に一緒にしているため、少し体に違和感が否めない。ただ、すべてまるまる上書きしたわけではない。一応、魄籠や魄脈など恩恵者としての要素はそのままにしている。
つまり、今の優希はジークが恩恵者になった状態ということだ。
「ミスった。体洗う前に上書きしちゃった……洗ったら落ちるかな」
外見は白髪だが、元の優希の髪は血で染まっていたため、乾いた感覚はそのままだ。
洗ったら感覚は落ちるのだろうかと心配する優希。
「それなら一度能力を解いてしまえばいい。違う奴の情報を読み取らなければジークの情報は残ったままだし、お前の情報は私の脳の中にある。その姿の方が町に入る時便利だから今解く必要はないだろう」
とりあえず安心の吐息を吐く優希。あくまで感覚の問題なので上書きした今では消えないと言っても特に問題は無いのだが、見た目サラサラの白髪だが感覚がパリパリのままだとやはり落ち着かない。
一度能力を解除すれば前の状態に戻るらしいので、そこで洗えば問題ないらしい。アルカトラのシャンプーはしっかりと血も落としてくれるみたいで、素晴らしいの一言。
「で、あとはこいつに元の俺の情報を上書きしてっと」
ジークの体が元の優希、黒髪の日本人姿に変貌する。
「うわぁ、まさか自分の死体姿を見ることになるとは。ま、特に感想は無いけど」
優希は戸惑いなく優希の体を模したジークを道の端に置く。ついでに優希の眷属プレートを首にかけて。
「偽装工作よしっと。後はシレンとかいう奴がこいつの安否を確認しにこれを見つけてくれれば俺が死んだことになるんだが」
来た道を見てみるが、今だシレンが戻ってくる気配はない。
竜車を止めてかれこれ十分ほど経っている。優希の嘘などすぐばれて元の場所に戻っていても不思議ではない。そして、その場所には頸椎が三回転程ねじ曲がったガノンの死体が転がっているのを見て、こちらに向かってくると思っていたのだが、その姿は確認できない。
第一印象だけの判断だが、彼は冷静でガノンの死体を見ればどういう状況なのか大体把握できそうだ。
ジークの死体を見つけさせるため、竜車がこちらに向かったという痕跡もしっかり残してきているから、優希がここにいることなどすぐに分かりそうなものなのだが。
「ま、分からないならそれでいいか。別にこいつをここに放置しとけば誰か見つけるだろ」
優希はあっさりと待つという選択肢を切り捨てて竜車の荷台へ。
パンドラは死体遺棄の現場が目前にあるというのだが、退屈そうに欠伸をして、荷台に乗り込む優希に「もういいか」と確認を取ってから、御者席へと移動。
手綱を握り、またされてイラついているのか鼻を鳴らす竜に前進の合図を送る。
待ってましたと言わんばかりに足を動かす竜は、さっきよりも激しく荷台を揺らす。地肌が見えているだけのでこぼこ道を、土煙を上げながら道なりに進む竜車。
数分動いたところで、パンドラは竜を操る手綱を手足のように操りながら、荷台の壁にもたれ掛かり、変わらない景色を見つめる優希に問いかける。
「で、これからどうする? ここからだとどっかの町か帝都につくが」
「帝都まで行こうってなったらどれくらいだ?」
「そうだな……幸いこの竜は特に足が速いことで有名な風竜種だからな……休憩を入れても早くて二日後か」
アルカトラには竜と龍が存在する。龍は宝魔龍イルガルドのようにすべてが超級魔界に生息する超級魔族である。魔界に出向くことが多い金プレートの眷属でさえも恐怖する伝説級の存在。一体倒すのに練度一万を超える黒プレートの眷属が十人は必要だそうだ。
そして竜は魔族ではあるが、主に馬同様、移動手段として重宝されている。恐竜のような姿はこの世界では珍しくはないようだ。
種類は三種、最大時速九十キロほどのスピードが出せる風竜種。ただ、風竜種は速度に比例して体力がない。全力で走り続ければ三時間で体力が切れ、一時間の休憩を要する。長時間走らせるには全力と半分くらいの速さで走らせなければならない。
十トンほどの荷物を運ぶことができる全長七メートルほどある豪竜種。こちらは三種の中で一番の鈍足で、早くても時速二十キロ程しか出ない。
そして、速度もあり重い荷物を運ぶことができる、風竜種と豪竜種との間のような竜、黒竜種。全身漆黒に包まれたこの竜は、気性がとても荒く、扱うのがとても難しいが、戦闘能力もあり、主を守るため練度2500の恩恵者を撃退した話もあるそうだ。
優希が乗るキャラバンを操るのは最速の風竜種。それでも帝都まで二日かかる。残念ながら荷台には食料は無い。おそらく近くの町で泊まりながら帝都に向かう予定だったのだろう。
「なら近くの町で食いもん揃えないとな。金ならあるし。俺のじゃないけど」
そう言いながら優希はジークの銀行カードを持ち出す。一緒にあった紙には銀行に預けられている金額が書かれた通帳らしきものもある。躊躇なくそれを見て今いくらあるか確認。
「金貨12枚、銀貨275枚……まぁまぁあるな。これなら帝都まで持ちそうだ」
優希はそのカードと紙をコートの裏ポケットに入れ、一緒に置いてあった書類に目を通す。
物品の一覧表には今荷台に積んである売り物の製品名と値段が記載されている。
主に扱っていたのはやはり魔道具。魔石を組み合わせたそれは豊富な種類があり、結構する高めのものからお手頃価格のものまで取り揃えている。
優希がこれを確認しようと思ったのは、一応行商人の立場は残しておきたいからだ。眷属と言うのは当たり前だが警戒される。だが、行商人なら眷属に近づいても護衛や依頼など理由もあり自然だ。優希の敵は恩恵者で眷属。近づく理由は自然かつ合理的に行きたいのだ。
しかし、経営学の知識など皆無の上、シルヴェール帝国の税金制度も詳しくない優希は、一から勉強しなくてはならないのだが、それは帝都についてからしっかりと把握することにしよう。
「見えてきたぞ」
パンドラの声に反応し、優希は進行方向を覗く。パンドラの背中からその先の町に視点を合わせて、優希は書類の類をもとにあった場所に戻し、御者席の方へ。
優希が町に興味を持っていることを確認したパンドラは、前方の町について存知の情報を提供する。
「今見えているのは『リリナスの町』。特に有名ではないが、町の自慢としては有名人が一人いる」
「有名人? 芸人とかか?」
有名人として思いつくのはテレビに出ている人物。だが、テレビの無いこの世界で有名になるには、相当のものだろう。なざなら、情報伝達など風の噂ぐらいしかないのだから。
あとは、旅芸人ぐらいだろうか。ただ、それでも有名人と言われるほどなのだろうかと疑問に思う。
「芸人とは違うな。そいつは恩恵者だ。眷属資格は無いがな」
「眷属資格のない恩恵者とかまた珍しいな」
恩恵者は眷属の資格を取るのが普通だ。なぜなら、眷属は危険だが、自分の力を最大限引き出せる職業とも言ってもいい。恩恵者になっても、眷属資格を持たない者が恵術を使うのは、シルヴェール帝国の法に触れ、バレれば一瞬で犯罪者だ。使った恵術にもよるが厳重注意から懲役30年と幅は広い。もちろん眷属でも殺人は基本的に犯罪だ。例外もあるが。
優希達が最初に眷属の資格証であるプレートを渡されたのは、少しでも早く恵術の使い方を学んでもらうためだろう。
眷属の資格は帝都で取得できる。年一回行われ、毎年二千人ほどの申し込みがあるらしい。
試験内容は様々で、一次試験だけで終わることもあれば三次試験まである時もある。そこは試験管たちの気分次第というアバウトな資格だ。あくまでこれは試験対策を阻止するためなので悪しからず。
『リリナスの町』を囲う城壁に設置された巨大な門。すでに開かれているその門の門番は片手に槍を持ち、瑠璃色の騎士装束、衛兵だ。
どの町にも普通なら衛兵がいるものだ。元の世界でも田舎とはいえ、交番などは存在している。アルカトラでも同じで、一つの町に数人は衛兵はいる。いない町もあるようだが、その町の姿は見るに堪えない無法地帯だそうだ。
つまり、門番がいる時点で今日の宿泊先は安心できる。
「ま、こっちは野宿でも全然問題ないけどな。寝込みを襲われても〖行動命令〗があるし」
「私は嫌だぞ。ふかふかのベッドでないと私は寝付けない。ちなみに寝不足の私は少々気が荒いから気を付けるんだな」
不敵に笑うパンドラ。その笑顔の裏にある気性の荒さを想像し、優希は「それはそれは」と適当にあしらった後、荷台に戻る。
そして、『リリナスの町』の門に到着し、パンドラは門前で減速、忠実に指示に従う風竜種は、門番を鋭い目で見つめながら、その足を止めた。
「身分証の提示を。なければ身分の証明まで少々時間をいただきます」
衛兵の言葉にパンドラは困惑。なぜならパンドラは証明書を持っていないのだ。
荷台にいた優希が御者席から顔を出して一枚の紙を提示する。
それはジークの顔写真がある商人の証明書。
「行商人か。そっちのはあんたの奴隷か?」
「……あぁ」
いきなり聞きなれない単語を聞き、返答に困ったが、ここはあえて乗ることにした。
という理由で奴隷となったパンドラは不機嫌そうだ。
優希の咄嗟の返答を疑う姿はなく、衛兵は証明書を受け取り、優希と証明書の写真を照査。
衛兵の表情は険しく、優希もまた負けず劣らずの緊迫した表情。
緊張感が漂う時間が数秒。そして、
「ようこそ『リリナスの町』へ。町を代表してあなたを歓迎します」
急激に笑顔へと変わった衛兵に、優希も微笑で対応して、二人は『リリナスの町』に馬車を走らせた。
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コメント
熊猫
長時間は知らせる→長時間走らせる
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